EXSTORY 広がる波紋
みなさんおはようございます。
本日も仕事を頑張って行きましょう。
……仕事を始めて一時間もしない内に、すぐにでも帰りたい衝動に駆られるような案件が飛んできましたが。
きっと、何かの冗談でしょう。
ですからほら、マオ様。
そのように露骨に嫌な顔をしないでください。
私も嫌ですが表情に出すのは流石によろしくありません。
「ちょっと!! どういうことなのよ!!」
嵐や豪雨のような天災に例えられるソレは、ダンジョン課の窓口へ来るなり私達へと向けて怒声を浴びせてきましたが、落ち着いて対応しましょう。
「どうかなさいましたか?」
席を立ち、ごてごての装飾に彩られた装備を身に着けるその女性の元へと行けば。
「レベルが全く上がらないのよ!! 壊れてるんじゃないの!!? どう落とし前付けてくれるの!!?」
と着飾った見た目に反して下品に唾を飛ばしながら怒鳴ってきますが、ここで表情を崩してしまうと相手を不快にしてしまうかもしれません。
平常心、平常心。
「大変申し訳ありません。そのように言われましても、私共には何の話か、皆目見当が付きません。詳細を伺ってもよろしいでしょうか?」
「わざわざここまで出向いたのよ!!? ダンジョンに関する事に決まってるじゃないの!! そんな事も分からないのかしら!!?」
平常心、平常心。
「さっきうちの子を連れてダンジョンに潜ったのよ! もちろん、うちの子に合わせたダンジョンにね! そしてクリアして出て来てみればあなた、うちの子のレベルが一つも上がってないじゃない!? 一体どういう事なのよ!!」
……色々突っ込みたい事がある供述というか、何というか。
彼女の言った事から想像するに、冒険者になりたての息子を連れて、息子に合わせたダンジョンに経験者である目の前の女性が同伴し、ダンジョンをクリアしたという事でしょう。
そしてダンジョンをクリアしたのにレベルが上がらず文句を言いに来たと。
なるほど、――まさかとは思いますけど。
「ダンジョン内でどのような事を行ったか伺ってもよろしいでしょうか?」
「はぁ!? 何よあなた! ダンジョン内で何をしようが冒険者の勝手でしょう!!?」
「では、いくつか質問を。ダンジョン内のモンスターはどうしましたか?」
素直に答えてくれないクレーマー寄りの冒険者へ、洗いざらい話せ、から、質問にだけは答えろ、にレベルを下げる。
「全部倒したに決まってるでしょ!! ダンジョンマスターには逃げられましたけどね!!」
その言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろす。
どうやらダンジョン内のモンスター全滅は免れたようです。
この女性が一体どれくらいのレベルなのかは分かりかねますが、初心者用のダンジョンが適正なわけがありません。
装備からも伺えますし。
「では、モンスターを倒したのはどちらの方でしょうか?」
「うちの子になんて危険すぎてやらせる訳無いでしょ!! これだから子を持っていない人は……」
なるほど。
つまり子供は見学か何かで連れて行ったのですかね?
……それでレベルが上がるわけが無いんですけど、言って理解して貰えるでしょうか。
甚だ疑問ではありますが、一応説明してみましょう。
「確認ですが、レベルが上がる為には何が必要かご存知でしょうか?」
「あなた馬鹿にしてるのっ!!? 経験値でしょ!! 冒険者なら知らない筈ないじゃない!!」
何故知っててレベルが上がらない事は理解できないのか、これが分かりませんね。
「では、経験値とは何ですか?」
「モンスター倒したら貰えるモノでしょ!! だから言ってるじゃない! モンスターを倒したのにレベルが上がらなかったって!!」
えぇ、言ってますね。
息子さんは一匹もモンスターを狩っていない、と。
それでどうやって経験値を得られると考えたのでしょうか。
「申し訳ありませんが、仰られた事を思うに、どうして経験値が入ったと思われたのでしょうか? モンスターを倒させずに経験値は入る筈が無いと思いますが?」
「はぁっ!!? だから言ってるじゃない! そんな危ない事させられないって! 子供に配慮して経験値が入るようにしなさいよ!!」
頭痛がしてきたのは気のせいでしょうか。
というか初めてですね、ダンジョン課に来て冒険者カードに。
ひいては冒険者のシステムに文句を言いに来た方というのは。
しかも言っている事は全員平等に敷かれているシステムを歪めろというふざけたものですし。
「申し訳ありません。そのような要求には応える事が出来ません」
「じゃあどうしろっていうのよ!!」
「他の冒険者と同じく、モンスターを倒したりしていただくしか無いかと。もちろん経験する値の通り、冒険者として経験を積めばレベルは上がりますので、様々な事をチャレンジしていただくしか……」
「何言ってるの!! 冒険者のやる事なんて、やる事なす事全部危険に決まってるじゃない!! うちの子にさせられるわけ無いでしょ!!!」
何でしょう、ここまで過保護ですと息子さんに同情してしまいそうになりますが。
先ほど、ちらと確認した彼女の言う息子とは、見た感じ二十代後半にしか見えないんですけど。
「ではレベルが上がらないのも致し方ないかと。レベルに関するシステムは、私ども冒険者支援ギルドが管理している訳ではありませんので、私共ではどうする事も出来ません」
「じゃあどうすればいいんだよ!?」
ようやく声を自ら発したかと思えば……。
よくもまぁそんな分かりきった事を聞けますね。
「そんなもの決まっておるじゃろ。一人で、とは言わずともきちんとパーティを組んで様々な事を経験する事じゃ」
私が口を開く前に、割り込むように口を出したのはマオ様で。
見るからに不機嫌でイライラしているのが見て取れますが、気持ちは凄く分かります。
「そんなのうちの子が怪我したらどうするのよ!!」
「怪我程度で済むのだからマシじゃろ! 殺されんのじゃぞ!!?」
「怪我したら痛いじゃないか!」
こいつ……。
「なら痛みも感じぬように即座に葬ってやろうか? そんな腑抜けた考えなら魔王になぞ辿りつけぬだろうし」
マオ様、満面の笑みで指を鳴らさないで下さい。
そして冒険者に喧嘩売らないでください。
万が一買われたらどうする気ですか。
「あなた! なんて口利くのかしら!? 本当に冒険者支援ギルドの職員なのかしら!!?」
「臨時じゃがの」
「そう、……分かったわ」
うん? 急に物分かりが良くなったのは気になりましたが、納得していただいたなら幸いですね。
「貴方をボコボコにして謝罪させるわ!!」
私の予想の斜め上。
マオ様をビシっと指で示して、そんな事を言ってのけた。
「オイオイオイ、死んだわ、こいつ」
マオ様の笑みが邪悪に染まっている気がしますし、何やら不穏な事を呟いている気がしますが、きっと気のせいでしょう。
ですから魔王様、冒険者と共に意気揚々と外に出ないでください……。
――――平常心、平常心。