縁日 中編
浴衣の着方が分からず戸惑っていると、姉御が派遣してくれたのであろう妖狐が数人部屋に入って来て。
私とマオ様に着付けをしてくれました。
何でしょう。マオ様の見た目にピッタリと合う浴衣を用意して頂いたようで。
ただでさえ人形のような見た目だったマオ様が、浴衣を着る事で、ミスマッチなその姿には艶やかさと妙な魔性を感じさせます。
水色の髪に白の着物が合わさって清涼感を漂わせながら、
「マデラは良う似合っとるの。紅に赤を合わせるのも中々映えるの」
などと私に向かって言うのは照れるのでやめていただきたいのですが……。
顔が朱に染まったのはバレていませんでしょうか。
「ま、マオ様こそ、よくお似合いでございます」
「褒めても何も出んぞ? さて、行こうかの。ツヅラオも神楽も待っておるじゃろ」
そう言って私の手を引いて屋敷の外へ引っ張って行って。
案の定二人して裾を踏み、勢いよく宙に体が舞う。
さすがにっ! このままではっ!?
思わず羽を出し空中で受け身を取ろうと思いましたが、そうすると着物が破けてしまうという事を考えてしまい。
間に合わないまま建物の障子に突進をかまして――。
ひとりでに開いた障子を尻目に、何もせずとも宙を漂う私とマオ様。
「スマン、マデラ。ちとはしゃぎ過ぎた」
「いえ。大丈夫です。……これは?」
「うちの魔法に決まっとるやろ。あ、障子開けたんは魔王さんやで?」
謝罪してきたマオ様を宙で抱き締めながら、今の状況を誰ともなく問いかけてみれば。
それに反応したのは姉御であり。
どうやら風魔法を駆使して宙で受け止めていただいたらしいです。
「身体のせいか少し歩きづらいの。いや、前もこんな感じだったか?」
何やら胸の中でブツブツとマオ様が呟いていますが、やや意味は分かりかねますね。
「魔王さんもそんな慌てんと、ゆっくり歩いて来たったらええやん」
「祭りで縁日じゃぞ!? 時間はいくらあっても足りんわ!」
私の胸から謎の推進力で飛び出したマオ様は、空中で一回転し見事に着地。
その後土煙を上げて出店と思わしき明かりの元へ猛ダッシュしたマオ様を追いかけますが、まるで追い付けないのが不思議でなりません。
一体、どんな速度で移動しているのでしょうか。そして、そこまでマオ様を駆り立てるのは何なのでしょうか。
*
ようやく追いついたマオ様はすでに、両手一杯の食べ物を買いこんでいて、
「ほれ、マデラ。うまいぞ」
と何やら白い綿のようなものを渡されました。
「これは?」
「綿菓子じゃ。砂糖……飴細工になるのか? ともかく甘いお菓子じゃ」
とりあえず尋ねてみましたが、マオ様がお答えになると同時にその綿菓子なるものを少し千切って私の口元へ運んできます。
特に抵抗なく、マオ様の指だけは噛まないようにと細心の注意を払っていただけば。
口に入れた瞬間にふわりと溶け、涼しさすら感じさせる後味と、すっきりした甘みが口に広がりました。
「うまいか?」
「はい。美味しいです。――いただいても?」
「さっき言うたであろう。これはマデラのじゃ」
串に刺さったその綿の塊をマオ様から受け取って。少しづつ千切って食べていく。
あぁ、甘いものというのは、どうしてこうも美味しいのでしょうか。
「マデ姉が幸せそうな顔しているのです。綿菓子が気に行って貰えたようで何よりなのです」
「ひょっとしてこの綿菓子、ツヅラオが作ったのですか?」
「はいなのです! 父様から教えてもらって、今日の僕は綿菓子屋さんなのです!」
身長が足りないからでしょう。台の上に乗って、落ちないように器用に飛び跳ねているツヅラオの微笑ましい事。
当たりを見ればちらほらと冒険者達の姿も見えますね。
「マデラ、味わうのもいいがはよせんと時間ばかりが過ぎるぞ。お次はこれじゃ!」
またマオ様に手を引かれ連れていかれたのは――。
「ミニレモラすくい?」
「そうじゃ。面白そうじゃろ?」
そもそもレモラ……。レモラ……。
確か水棲のモンスターで頭に吸盤のある怪力の魚でしたか。
それをすくう? 無茶を。
「これ、何ですくうんですか?」
「普通はポイが用意されておるのじゃがな。これ、何ですくうのじゃ?」
当然の疑問を口にすればマオ様も分からないらしく。
この屋台の店番をしている妖狐へと尋ねる。
この子は確か……壬と呼ばれていた子ですね。
「も、申し訳ありません! このミニレモラすくいは素手にて行っていただいておりますです!」
はて? レモラはモンスターですよね? それを素手で? 果たして冒険者にそれは可能なのでしょうか?
「ちなみにここはマオ様及びマデラ様、そして神楽様とミヤジ様専用ときつく言われてますです」
納得しました。なるほど。そう言う事ですか。
「制限時間とかあるのか?」
「一応ルールとしましては1分間です。時間内にすくえた数によって景品もご用意していますです」
「そうか。ではわしからいくぞ?」
袖をまくり、やる気満々で水槽前にて構えるマオ様。
「では、よ~い……スタート!! です」
その合図が早いか、水槽から水しぶきが上がるのが早いか。
マオ様のミニレモラすくいが始まりました。
*
「そこまでー! です」
声がかかると同時に水しぶきはやみ、すくった数は……。
2匹……ですね。
「こいつら鬼のように素早いのじゃ。……むぅ」
不満そうにふくれっ面になるマオ様。
さて。次は私ですか。
マオ様と同じく掛け声がかかり……。
その瞬間に“威圧”を発動。ミニレモラの動きを止めたうえで確実にすくわせていただきます。
まぁ結果は当然大漁でして。
具体的に言えば20匹でした。……まさか“威圧”すら効かないのが何匹か居るとは……。