縁日 前編
「そういや神楽、お前んとこ縁日とかやってねぇの?」
「なんや藪から棒に。――縁日? なんやのんそれ」
「寺とかで催される供養やお祭り。屋台なんかを出したりするんだよ」
「ほーん。……楽しそうやね。マデラにダンジョン改修の報告でも出しに行こけ」
「お、乗り気だな。んじゃ今の内から屋台に仕えそうな食い物集めとくか」
「うちを誰と思うとるん? そもそもあんたが付けてくれた名前やんか。『楽しむ神様』ちゅう意味なんやろ?」
「字面はな。元は神に奉納する歌舞だ」
「ほうけ」
旦那の要望に応える為に、ダンジョン内に屋台をいくつか設置する報告書をダンジョン課へ提出する為に筆を執った神楽は、ゆっくりあるいてダンジョンを後にするミヤジを目を細めて見送った。
*
姉御からまたダンジョン改修の報告書が達筆で送られてきたときは思わず溜息が出ましたが、どうやら出店を期限付きで出すという内容らしく。
屋台の中身を見ればなるほど、どうやらお祭りなるものを開催しようとしているらしいです。
「これはあれじゃな。ミヤジの案じゃな」
「どうしてそう思われるので?」
「寺で祭りなぞこの世界で聞いた事も無いでな。ふむ、奴らしいと言えば奴らしいか」
報告書を覗き込んだマオ様が何か一人で納得していますが私にはさっぱりわかりません。
とはいえこの程度の改修なら許可しても問題無いでしょう。
「ついでに仕事終わりに行って見らんか? 屋台があるのであれば酒に合う物も売っとるじゃろ。何より神楽が好むじゃろうしの」
「そう言えば今朝、父様が意気揚々とどこかへ出かけていたのです」
冒険者への案内を終えたツヅラオが私達の会話に入って来まして、何やら気になる情報を教えてくれました。
「ふむ。……屋台の食い物でも集めに行ったか?」
「意気揚々と、ですか?」
「クラーケン焼きとか前にあやつと話した事があったからの」
「それ一人で狩る気なのです!? 父様大丈夫なのです?」
「元魔王じゃし平気じゃろ? 安心せい、ミヤジは強い」
ツヅラオの頭を優しく撫でるマオ様は――、撫でるだけでは飽き足らずに耳とそれから尻尾を存分にモフリ始める。
そんな様を微笑ましく見つつ私は、胸の中で今日の定時退社と、姉御の所で行われる縁日に行く事を固く誓った。
*
「マデ姉、マオ様、ようこそいらっしゃいましたのです!」
姉御のダンジョンに着いた私達を迎えてくれたのは、いつもと違い甚平を着たツヅラオで。
耳をご機嫌に動かして、身体と同じ大きさの尻尾を揺らしながら笑顔を振りまいてくれる。
「魔王様もマデラもよう来たね。――て何普段着で来とんの!? こっちきぃや二人とも」
ツヅラオの後ろから歩いて来た姉御にいきなりマオ様と共に手を引かれて。
何やらダンジョン内の建物の一つに連れていかれ……。
「二人用の浴衣用意しとって良かったわ。これに着替えりぃや。サイズなんかはあっとるはずやで」
と何やら渡されて。
「気が利くの。――言い出したのはミヤジか?」
「そや。縁日には浴衣だろって力説しとったで?」
私には私の髪の色にも負けない紅蓮の浴衣を。模様は蝶でしょうか。
マオ様には白い生地にアサガオが描かれた浴衣を。それぞれ渡されて。
「あね……神楽さんは普段通りの着物なんですね」
受け取りつつ、普段と変わらぬ格好の姉御にそう尋ねれば……。
「もうこの際姉御でええよ。マデラからさん付けで呼ばれるとなんやムズムズするわ。うちも浴衣着ようとしたんよ。そしたらミヤジがそのままでええ言うからな」
「お熱いのう。この建物内は特に」
惚気と受け取ったマオ様が茶化せば、姉御は顔を真っ赤にして振り返り、私達から顔を見れないようにして。
「は、はよ着替えり。外で待っとるさかいな」
と言ってそそくさと建物を出て行った。
……あの、これどうやって着るんですかね?