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EX2 御戯れ

 突然ですが冒険者の皆様へ質問と言いますか……。

 問題を一つ。

 さて、元魔王であるマオ様は、転醒し人形遣い(ドールマスター)となった現在ではどのくらい強いと思われますか?

 正解は至極単純です。

 なぜならば転醒というものは、決して弱くはなり得ないからです。

 つまり勇者が転醒し魔王となり、その魔王から転醒をしたマオ様が従来よりも弱い筈が無くてですね……。

 何が言いたいかと言えば、冒険者と絶対に遊ぶつもりとは言え手合わせだなんて断固としてさせてはならないのでして……。

 引き留めようと声を掛けても気にせず冒険者を引き連れてギルド入り口前の広場へと行きますし……。


「ツヅラオ、少し離れます」

「はいなのです。マデ姉、マオ様を……よろしくお願いするのです」


 やり取りは耳に入っていただろうが、念のため奥で書類仕事を任せていたツヅラオに一声かけ、すぐにマオ様の後を追う。

 果たして私でマオ様が止められるかどうか……。


「ここらでよかろ? 好きにかかってこい」


 何事だ、と冒険者のギャラリーが出来る中、広場の中央にて仁王立ちしそう言い放ったマオ様に対して、息子を以上に溺愛している冒険者は。


「ええ、もちろん。遠慮なんてしないわよ?」

「いらん気遣いじゃな。……ん? どうした、ほれ。何の為に二人して外に出たというのじゃ。お主もかかってくるがよい」


 得物である細剣(レイピア)を抜いて臨戦態勢になる母親冒険者と、それに隠れるように移動していた息子冒険者に向けて放ったマオ様の言葉は……。


「だから! うちの子にそんな事させて怪我でもしたらどうするのよ!!」


 何故だか母親冒険者の逆鱗に触れたらしく、勢いよくマオ様へと突っ込んでいく。

 ……オイオイオイ、死にましたよ、あの人。

 マオ様へ正面から突撃? 冗談じゃない。

 例えどのような魅力的な提案をされたと言えど、私では決して実行しないであろう愚行に思わず目を瞑ります。

 お願いします、目を開けた景色が紅で染まっていませんように!

 なかば祈る様な気持ちでしたが、どういう訳か肉が潰れる音も、魔法が発動する音も聞こえず、耳に届くのはギャラリーの感嘆の声だけでした。

 恐る恐る顔を上げれば、恐らく渾身だったであろう母親冒険者のレイピアによる一撃は……。

 マオ様の影から伸び出て来た無機質な手によって刃の部分を掴まれ止められていて。

 疑問符を浮かべる人間達をよそに、思わず頭を抱えてしまう。

 どうやって冒険者達にマオ様の能力を説明しようか、と。


「甘いのう。が、いい武器は使っておるの。細剣に風と水の属性付与、追加で切れ味増強……フムフム」


 一人で勝手に納得しながら頷いているマオ様へ、母親冒険者は半身を捻って蹴りを入れようとして――。

 影から出て来たもう一つの手によってその蹴りも防がれる。


「あなた! 一体なんですの!」

「そう怒鳴るな。今見せるからの……よいしょっと」


 そんな掛け声と共に、自らの影に腕を突っ込んだマオ様は……。


「どっこいしょ! っと」


 と言って影から一体の人形を引っ張り上げた。

 マオ様の見た目を雪とするならば、引っ張り上げられた人形は何と評しましょうか。

 マオ様とは違い日に焼けたような褐色の肌に、スラリと伸びた手足を覆うのはやや大きめのトレンチコート。

 薄いベージュのトレンチコートに合わせているのは、少し黄色みの強い茶系のハンチング帽で、本当に何と表現すればいいのでしょうか。


「紹介しよう、相棒のシャルじゃ。優秀じゃぞー」


 掴んでいたレイピアを母親冒険者ごと放り投げたシャルと呼ばれた人形は、ペコリと周りへとお辞儀をする。

 ……あれ、マオ様が操ってるだけですよね?

 優秀も何も、全てはマオ様の指先一つな気がしますが、恐らく口に出してはいけない部分なのでしょう。


「あ、あなた!? 何者なのよ!!」

「何者とな? ご存知の通り、ただのダンジョン課の職員じゃ。文句あるかの?」


 投げられた先で受け身を取りつつ、マオ様にそう吐き捨てた母親冒険者へ、文句あるかと威圧するマオ様。

 文句しか無いと思いますが……。

 そんな事を思っていると母親冒険者は再度勢いよく地面を蹴って突撃した。

 ――今度はシャルと呼ばれた人形に、である。

 正直、狙いは悪く無いと思った。

 人形遣い(ドールマスター)と言う位であるし、あの人形こそが得物であるのは明白だったからだ。

 もちろん、マオ様を知らないのであれば、という条件付きだが。


「ほいっと」


 そんなマオ様の気の抜けた声と。

 風を裂き、圧倒的な速度で暴風を発生させるシャルというふざけたギャップを見ている者に与え、レイピア相手に真っ向から拳を放ったシャル。

 結果を言えば、母親冒険者の戦意を完全に消失させる出来事を引き起こした。

 母親冒険者の得物である細剣(レイピア)が甲高い金属音を発して真っ二つに折れたのだ。


「な、優秀じゃろ?」


 シャルの肩を叩きながらのマオ様の言葉を聞いた母親冒険者は、がっくりと膝を付いて何やら小刻みに震えていた。


「わ、……私の……武器が……」


 ……少しマズいですね。

 嫌な予感を覚え、地に転がっている細剣(レイピア)を拾い上げる為に私が駆け出すのと。


「よくもやってくれましたわね!! 訴えてやりますわ!!」


 母親冒険者が怒鳴るのが同時だった。

 あぁ、やっぱり。

 どうせそうなるだろうと思っていましたよ。

 ですので――。

 拾い上げた細剣(レイピア)を体内の魔力を込めて折れた断面図同士を繋ぎ合わせ。

 魔力を弄って高温にした手の温度により溶接まで完了させて、母親冒険者へと差し出す。


「こちら、お返ししておきます。大事な武器なのでしょう?」

「は? あ……へ?」


 理解出来ないとしばし視線を泳がせていましたが、どうやら納得してくれたようです。


「覚えてなさい!!」


 そんな捨て台詞を吐いて息子と一緒にギルドを後にした母親冒険者を見送り、マオ様に声を掛けダンジョン課へと戻る。

 ……忘れるわけが無いでしょうに。

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