第九話
最後、玉手箱の力により老いたという結末を思い起こし、通は自分もそうなるのかと恐怖を覚えた。
「人とは悲しきものじゃ。そなたのように、縁あって竜宮城に来た者が幾人かあったが。それらの多くが己に負け、その心根を卑しくしてしまった」
「……」
通はごくりとつばを飲み込み、乙姫さまの話を聞きながら、浦島太郎の簡単なあらすじを思い出していた。
浦島太郎は子供たちにいじめられていた亀を助け、そのお礼にと竜宮城に招かれて乙姫さまらの歓待を受け。
開けてはならぬという玉手箱を土産に渡され、ふるさとに帰ったが。
ふるさとは変わり果てており、知り合いもいない。
不思議に、不審に思いながら、不安に襲われて。不安はなぜか、開けてはならぬ玉手箱に目を向けさせて。
亀を助けた砂浜まで来て、玉手箱を、えいやっと開けてみれば。
紫雲のごとき煙が箱から出て浦島太郎を包み。煙が飛び去ったあと、その身は白髪の老人に変わり果てた――。
常人ならば、なぜこのような仕打ちをと悩むであろう。
「浦島太郎とは、そなたのように異界より来た者の総称であろう。竜宮城は幾たびかの危機に襲われ、そのたびに、この人ならばという者を召喚したが……」
乙姫さまの目から一筋の涙が光る。
「多くの者が己に負けて、自らの身も心も、壊してしもうた」
「その壊れた者たちが、逆恨みから竜宮城を貶めるため、あのような戯れ言を広めたのです」
「そ、そんなことが?」
乙姫さまの言葉を砂介が継ぎ。通は呆気にとられる。
「その物語は、竜宮城は恩知らずにも浦島太郎を陥れたと読めます。無理強いはせず、そのままふるさとに帰してあげたこともあったのに」
砂介は悔しさをにじませる。人の心は恐ろしいと。
ふと、通は乙姫さまの容貌を見つめた。とても美しいと思った。
その美しさに目がくらみ、見栄を張ってしまった。
学者である父は言った。何事においても一番の敵は己自身であると。召喚された勇士が、一番の敵である己自身のあらぬ欲望に負けて、あらぬことになって竜宮城を恨むようになったのかもしれぬと思わないでもなかった。
(美しさは罪とはいうけれど)
傾国の美女などという言葉もあるほどだ。男の女を逆恨みするその性根は、まことにもって恐ろしいものである。
「で、まさか、男は信用ならぬと、女の私を召喚なされたのですか」
「いや、今まで召喚した者の中にはおなごもおった。竜宮城の危機を救い、それなりの財宝の褒美を与えふるさとに戻したのじゃが。褒美に骨抜きにされて、身を持ち崩してしもた」
「あら……」
己に負けてしまうのは、男も女も同じであるようだ。
しかし、竜宮城はいままで幾たびかの危機があり、そのたびに異界より人を召喚して危機に対処して。それが浦島太郎のもとになっているとは。