第七話
が、いざ戦いとなれば心もとない。
「これは、過日に大鮫どもが竜宮城にやってきたところです。私も乙姫さまと一緒に彼らを出迎えましたが、いやあ、怖かったのなんの」
「……」
砂介はそう、当時を振り返るように言うが。通無言。
「我ら誇りも高き大鮫である。率直に言おう、我らにひれ伏せ!」
「否ッ!」
率直にもほどがある要求を赤い鼻先の大鮫は叫んで、乙姫さまは即答して叫んだ。砂介は無言のまま。
「あれはやはり怖くて私何も言えなかったんですね」
聞いてもないのにわざわざ言う。しかし壁に移る動く絵に、通の耳目は釘付けであった。
「否とは。恐れを知らぬは勇気にあらず、哀れなり」
「互いに手をたずさえ共存しゆくのであればよい。しかし、お前たちの蛮勇に従ういわれはない。早々に立ち去れ!」
乙姫さまは大きく右手を振り、大鮫どもに立ち去るよううながしたが。これらが「はいそうですか」と引き下がるわけもなく。
「否ッ!」
と、さきほどの乙姫さまのように、要求を拒んだ。
「おとなしく我らにひれ伏し、貢物を差し出せば命までは取らぬものを。これは慈悲なるぞ」
「思い違いをするでない。そなたらを哀れに思えばこそ、立ち去れと言うのじゃ。さもなくば、相当の仕置きをせねばならぬが」
「笑止!」
大鮫どもの嘲笑が響いた。
「たかが竜宮城が、誇りも高き我ら大鮫に勝てると思うてか」
鋭い牙を見せつけるように大口を開けて笑う。
だが乙姫さまはひるまず、威風も堂々と宙に浮きながらも直立不動の姿勢を崩さない。
「知っておるぞ。金毘羅の力も失せ、地の底に眠るを」
「金毘羅……」
通は思わずその名をつぶやく。
金毘羅とは海の神の名であり正式には金毘羅大権現と呼ばれる。金毘羅はインドのサンスクリット語、クンビーラの音写でガンジス河の鰐を指す言葉だが。仏教とともに東へ東へ伝わるさなかに竜神信仰と合わさり、竜神様と同等のものとなった。
讃岐西部においては金毘羅大権現を祀る寺社が建てられて、またそこは幕府の直轄領、天領とされ代官も置かれたほどであった。
その金毘羅さまは塩飽の水夫をはじめ海事に従事する者たちから特に厚く信仰されていた。そこから広がりを見せ、海の者にとどまらず広く一般の人々からも信仰されて、日本各地から讃岐へ旅する金毘羅参りが流行りになるほどで。
それにともない、金毘羅船船なる歌がいつの間にかできて人々の間で歌われるようになり、讃岐に根付いて民謡となった。
その参拝者がやってくることによる賑わいの恩恵を丸亀藩も受けたものだった。それ以前に、通も金毘羅さまには信仰心とともに深い親しみもおぼえていた。
この竜宮城にその金毘羅さまがおられるということなのか。しかし、力失せ地の底に眠るとは。
壁に映し出される乙姫さまは怖じない。それどころか、首を横に振る。
「そなたらは思い違いをしておるのじゃ。金毘羅さまはご自身に大いなる力があることをむしろ憂い、自ら力を封印し地の底に入られたのだ」




