第六話
それに……。
通はちらりと、自分の左横に控える砂介を見やった。このスナメリは何者か。
他の宙を泳ぐ魚介類とは一線を画し、人語を解す。尋常ならざる者ではないか。しかも人々の中に見事に溶け込んでいるではないか。
「理も非もなくここ竜宮城に連れてこられて、さぞ穏やかならぬであろう」
「……はい、正直胸が高鳴っておりまする。私はどうなってしまったのでしょう」
「これまでのいきさつを覚えておるか?」
「はい。確か、海に落ちて……」
「あれは我が力によるもの。そなたは選ばれし者。いささか乱暴であるが、是非とも来てもらわねばならなかったのじゃ」
「え? あの高波は、それで海に落ちたのは、乙姫さまの仕業であると?」
「左様。あらためて詫びよう」
「なにゆえ私を。選ばれし者とは」
「おそれながら乙姫さま、通どのにはそれがしが」
官人がひとり、乙姫さまに代わり通に話をすると進み出た。しかし、
「かまわぬ。これは大事な話であり、わらわから通に話そう」
「はは――。さしでがましいことでした。申し訳ありませぬ」
乙姫さまはおもむろに玉座から立ち上がると、通らに背を見せ。眉間の紅から光が出たかと思えば、広い壁に絵が浮かび上がった。
「ええ?」
通は信じられぬものを目にして、目を見開き驚きの表情を隠すに隠せない体であった。
「落ち着いて。この世界は通さまの世界とは何もかも違う異界ですから」
「あのような、摩訶不思議な神通力とでも言いましょうか、そんな力を備えた人がいるのが当たり前の世界というのですか」
「さすが通さま、お察しが良い」
砂介は満足そうな笑顔を見せて頷いた。
「私がこうして話をし、空を飛び、通さまをお出迎えになれたのも、乙姫さまのお力によるものなのです」
「そ、そうなの」
「通よ、壁に映し出されるものをご覧なさい」
「は、はい」
こっちの気持ちなどほとんど無視されて、なし崩し的に話が進められる。
壁には、スナメリの砂介のように、宮城こと竜宮城の上空を飛ぶ大鮫の姿が映し出されていた。
しかも一頭だけではない、十頭くらいはいるだろうか。皆凶悪な面相をし、大鮫軍団とでも言おうか。そんな危なっかしさが感じられる。
先頭の大鮫は特に大きく、この中で一番大きい。しかも尖った鼻先が赤い。
その大鮫たちの前に、同じように宙に浮き。まるで観音さまのように背筋を伸ばして威厳と慈悲の双方を兼ね備えた面持ちの乙姫さまが対峙する。
その乙姫さまの隣に、お供として砂介がいた。砂介も大鮫どもを前にして凛々しい顔つきをしている。




