第二十話 最終話
それから年月が経ち。
江戸へ行った通は養性院の逝去にともない故郷丸亀に帰り。丸亀藩士・三田宗寿と結婚。この結婚は良縁で、子宝にも恵まれた。
それまでの間、丸亀から江戸までの道中に「東海日記」を、江戸滞在期に「江戸日記」を、帰郷の道中に「帰家日記」を記していた。
そしてもうひとつ、竜宮城でのことを思い出しながら書いた「異界日記」を記していた。
その「異界日記」を、夫は「面白い創作だね」と言い、子らとともに読んだ。
通は、
「これはまことのことでございます」
と、頬を膨らませて、言おうと思ったが。にわかには信じられぬ話であるのは確か。創作であると思うならば思わせておこうと、苦笑しながら決めた。
さらに年月が経ち。
子らも大きくなり。頭も白くなった。
夫は、通らを残して先立った。
しばし別れの悲しみに暮れたが、月日の流れが、悲しみに暮れることで亡夫を悲しませるということに気付かせてくれて。
隠居して、気持ちも新たに著作活動に専念した。
その合間、亡夫の墓参りにゆき。
いづくにかあまがけるらん 夢にだに見ること難き魂のゆくすゑ
(今どのあたりを天翔けているのでしょう。夢でさえ見ることが難しいあの人の魂の行く末よ)
といううたを詠んで、亡夫を偲んだ。
偲びながら、ふと。
「竜宮城にでも行ったかしら?」
と、つぶやけば。
「通の書いたことはまことであったか」
そう驚きながらも、乙姫さまや砂介にお琴、赤鼻たちと仲良くやりながら通を待ってくれているだろうか。などということを思い浮かべて、くすりと、空想に浸り。
金毘羅船船、追風に帆かけて、シュラシュシュシュ♪
と、金毘羅船船を口ずさみながら帰路についた。
完
後書き
この物語をお読みいただき、ありがとうございます。
この物語の主人公、井上通は、実在の人で。江戸期の文学者として、井上通女の愛称で親しまれています。
ラストの亡夫を偲ぶうたは実際に詠まれたもので。
愛情深い人柄が伺えます。
自分は高知県の人間ですが、一時香川県で暮らしたことがあり。その時に香川県が好きになってしまったのでした。
そして、歴史が好きでもあり、香川県の歴史人物を主人公に何か書きたいと思い書いたのが本作です。
この他に十河存保夫妻を主人公にした十河抄、新選組隊士で高松藩出身の蟻通勘吾を主人公にした勘吾の誠など書いています。
自分は空想が行き過ぎるきらいがあり、本作も空想のおもむくままに書いたので史料としては不適切ではあります(汗)。
ともあれ、力量無しの分際であれこれ書いて、どのような評価を下されるかわかりませんが…。
このような人がいたことを知っていただくきっかけになれば、作者として幸いです。
そして改めて、本作をお読みいただき、ありがとうございました。




