第十八話
かたく目を閉ざして腹這いに寝かせられた赤鼻であったが、はっと目を見開き。
「俺様は生きているのか」
と、自分がまだ生きていることに驚いているようであった。ところどころが火傷を負ってはいるが、命に別状はなさそうだ。
金毘羅さまや乙姫さま、通に砂介とお琴たちの視線が赤鼻にそそがれる。乙姫さまの目から、砂介とお琴、そして通の目から涙がしたたり落ちる。
すると、晴れ渡っていた竜宮城の空がにわかに曇り、ぱらぱらと雨が降ってきたではないか。
「あ、雨が」
「涙雨じゃ。竜宮城が泣いておるのじゃ」
「……」
皆雨に濡れる。通は何も言えなかった。
(竜宮城が赤鼻さんのために泣いている……)
その生い立ちや事情は知らぬが、力にすがる生き方しか知らぬというのは、勇ましそうであるが実際には哀れな生き方であった。
その報いは、先ほど見たように業火に包まれ我が身を焼く。それを見せられる方も、辛い。
「俺様は、間違っていた。火に焼かれ、ようやくそのことに気付いた」
雨に濡れながら、赤鼻は泣き出した。さきほどまでの悪辣さは影をひそめ、わんわんと泣いていた。
火に焼かれただけに、涙雨のありがたみが身に沁みる。
「心を改める」
「なんじゃと?」
「そなたらの言う通り、心を改めよう」
それを聞いた乙姫さまの顔はぱっと明るくなり、赤鼻に駆け寄り。通も思わず大うちわをかついで神通陣から出て乙姫さまに続き。砂介とお琴たちも、一緒に赤鼻を囲むように集まってくる。
「それでよい」
空から優しげな声を涙雨とともに降り注がせながら、金毘羅さまの姿は涙雨にとけるようにうっすらと消える。
我が身を雨水と一にし、地に浸みゆくことで、再び地の底に帰ったのであった。
それと同時に雨がやみ、雲が風に運ばれ太陽が姿を現し。水のあるところをきらきらと輝かせ。まるで竜宮城が輝いているようにも見えた。
そんな竜宮城にさわやかなそよ風が通り抜けるように吹く。その風は春の風のように暖かで、濡れた身体に心地よい。
「金毘羅船船、追風に帆かけて、シュラシュシュシュ♪」
通は心地よさのあまり、思わず金毘羅船船を口ずさんだ。
「いい歌じゃな」
乙姫さまは微笑んで、さきほどの金毘羅船船の出だしを真似て口ずさむ。それから、砂介とお琴や、竜宮城の人々は乙姫さまが口ずさんだのを真似て、同じように口ずさめば。
なんと、赤鼻までかご機嫌そうに口ずさんでいる。
「皆とともに歌をうたうことが、こんなにも楽しいとは」
そう、改心の喜びを感じていた。




