『記憶の混乱』
「で?結局、レイナが行ってきた場所は、どういう問題があったの?」
エリーがレイナにそう聞くと、顎に手を添えて
「周囲を見て回ったけど、特に異常は無かった。見回りの時はそれが不思議だったけど、今ではよく分かるね」
「今回彼らが来たことによって分かった、人間界の一部と精霊界の一部が繋がってしまう、という現象の前兆ということでしょうか? ……これもやはり……」
レイナの言葉の後に恐る恐るセリカが言うと、レイナも大きく頷いて、
「うん。『記憶の混乱』と、何らかの関係があってもおかしくない」
千鶴たちは、その聞いたこともないワードに首を傾げ、口を揃えて「記憶の混乱?」と呟く。
レイナは「そうよ」と言ってから、
「ここは彼女に任せた方が良いかな? ミーシア! ミーシア!! いる!?」
レイナがそう言うと、謁見室の大きな扉が開かれる。
そしてそこから、髪を高い位置で団子にした、大人っぽい顔立ちの女性が入ってくる。
メイド服を着ているので、恐らくレイナの侍女か何かだろう。
切れ長だが決して小さくはない目は黒く、髪の色も同じく黒い色なので、いかにも「ザ・メイド」というイメージのように思える。
彼女がミーシアらしい。
「お呼びですか?」
丁寧な口調でそう言った彼女に対し、微笑みながら
「うん。彼らに『記憶の混乱』について教えてあげてくれる?」
と言う。
「承りました」とレイナに礼してから、千鶴たちの方を向いた。
ミーシアによると『記憶の混乱』とは、ある特定の期間の記憶があやふやになっていること、らしい。
とても簡単に言えば、の話だが。
「精霊界のみならず、魔界や鬼族の間でもそれは起こっています。ある特定の2年間の記憶が存在せず、加えてレイアナ様に至っては、魔力を失ってしまった原因も分からないのです」
「あの、さっきから魔力、魔力って言うけどさ……具体的には何なの? それ」
千鶴の質問には礼が答える。
「精霊や他種族が生きる為の源って感じかな? それで、中でもそれを集めて放出できる者もいて、まぁアレンたちもそうなんだけどさ。私も何らかの魔力を持ってたはずなんだけど、どんな魔力だったのかも、その2年間に何があったのかも、何も分からないんだよ」
「それはレイナだけなの?」
「今のところは、ね。私以外にも、そう言った者が出てこないとも限らない。どちらにせよ、『記憶の混乱』は全種族に共通している現象だってことは変わらないけどね」
苦笑して言うレイナに加えてアレンが言った。
「この状況が長く続けば、それを利用して良からぬことを考えるバカが出てくる。考えれば考えるほど、他人を騙して悪さをすることは容易だ。特に、中途半端に金と権力持ってる連中だと余計な」
「しかもさー、『記憶の混乱』に気付いたのって結構最近の話なんだよ。気が付いたら、『アレ? 何かこの期間の記憶なくね?』ってさ。皆が皆思い出せないから、誰かがそういう強力な魔術でも使ったんじゃねぇかって話もある」
陽気に話してはいるが、内容はとても深刻である。
千鶴たちは、自分たちと次元が違いすぎる話のような気がして、その現状が、イマイチ想像がつかない。
だがこれから人間たちは、この世界の恐怖を目の当たりにすることとなる。