家族想いな青年
アレンが馬車に乗ってから10分ほど経っただろうか。
「少し止めてくれるか?」
そう言って馬車を止めたのは本屋の前だ。
久しぶりに妹に会う。
次に会えるのはいつになるか分からないから、家に帰ったら絵本でも読んでやろう、という、彼なりの、妹に対しての優しさである。
店に入ると、そこの店主らしき男性がアレンに近寄ってくる。
「あぁ、アレン様! こんな小汚い店に……。何をお探しでしょう?」
「妹に3冊ほど絵本を渡してやりたいんだ。あぁ、あと4冊ほどの小説も欲しい」
「かしこまりました。ーーこちら、最近親が子に向けて買うことが増えた絵本ですが……」
「なるほど、シリーズものか。ならその本を頼む」
ちょうど3冊セットになった絵本を勧められ、それを買うことに決める。
小説は自分が読むわけではなく、両親に向けてだ。
彼の両親は読書家なので。本はいくらあっても困らないはずだ。
両親、妹と言っても、アレンと血が繋がっている訳ではない。
彼は9歳の時に養子として今の父に引き取られたのだ。
その時の義母はアレンが11歳の時に家に入って来た豪族たちの襲撃に遭い、亡くなった。
今でもその時のことは鮮明に思い出せる。
母の血、燃え盛る炎、鳴り止まぬ銃声。
そしてその時にアレンはーーーー。
ーーいや、止めよう。今はその話をするべきではないだろう。
今の母も、アレンにとても良くしてくれる。
元々アレン自体も、ある程度社会の理を知っていたため、最初から「義母さん」と呼んでいたからという部分もあるだろうが。
「ありがとうございました」
丁寧に礼をして言う店主に
「対応、とても良かった。嬉しく思う」
と言うと、店主は目を丸くした後、とても嬉しそうに笑うのだった。
今日はなぜか、とても気分が良い。
誰か新しいコトに出会う予感がする。
彼は再び乗った馬車から、青く澄む空を見上げた。
:
「アレン、帰るなら連絡すれば迎えを寄越してやるのに」
「いらねぇってそんなの。これ、義母さんと読めば」
半ば無理矢理本を義父・ライアンに渡す。
エステルの街の中心部にあるアレンの家は、誰もが認める邸宅である。
侍女や執事などもおり、彼は立派な『お坊ちゃん』なのだ。
「あら、アレンさん。帰ってらしたの? おかえりなさい。風邪などは引いてない?」
隣の部屋から義母・ルイーザが出て来てアレンを出迎える。
「ただいま、義母さん。俺は元気だよ。その本、義父さんと読んで。……ナギは?」
「ナギなら……」
ガチャ!タタタタ……
「兄さま〜!」
侍女たちが騒がしかったことで察しがついたナギが、自力で部屋のドアを開けて走ってくる。
アレンも少し屈んで、自分に飛び込んで来たナギを抱き上げた。
「久しぶりだな。ちょっと大きくなったか?」
「うん! ナギ、早く大きくなって兄さまと結婚するの!」
その発言にアレンも含めた全員が微笑む。
「兄さま、今日はお仕事お休み?」
「あぁ、半日だけ休んで良いって言われたからな。お前のために、絵本を買って来たんだ。読んでやろうか?」
「本当? わ〜い! 嬉しい!」
「ちょっ、暴れるな、危ないだろ!」
嬉しそうにナギがはしゃいだため、危うく落としそうになった。
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「しかし、本当にアレンさんは良い子ですね。血の繋がりもないあの子や私を、本当の妹と母として接してくれるなんて…。私はとても幸せです」
ソファに腰掛けたアレンの脚の上にナギが座り、アレンが彼女に読み聞かせをしている。
そんな姿を部屋の外から見ていたルイーザとライアンだった。
「あぁ。アレンは本当に良い子だ。私が養子として引き取った時から、弱音を吐いたことも、反抗したことすらもない。遊ばせる暇なんてやらなかったし、子どもにとっては辛かっただろうが……」
「その分、カノンさんが甘えさせてたんですよね?」
「その通りだ。……だが、カノンが亡くなってアレンに対する根も葉もない噂が立った時は、流石に私でもあの子が相当辛い想いをしていることはわかった」
「それで、アレンさんを今のお仕事に就くことをお勧めしたのですか?」
「迷っていたからな。自分の力をどう制御するべきか。それなら、同じ境遇の者たちと力を磨き合うほうが良い。……だが、あの子はたまに見た感じでは想像出来ないほどの大胆なことをする。少し心配になるよ」
そう言ったライアンに、ルイーザは「そうですね」と優しく微笑むのだった。