美女・レイナ、現る
「よいしょっ……とぉ!!」
ヒュンッ!! ドサ!!
キャウゥン!!
突然武と千鶴の間を何かの塊のようなものが通過し、それがその獣に当たった。
獣は子犬のような鳴き声を上げ、一度立ち止まる。
2人の間を通ったその塊は、もそもそと動く。
人間か?
「よっこらせ……と。やっぱ久々に動くと体重いなぁ〜」
そしてその人物は4人に向かって言った。
「ここをまっすぐ行ったところに小屋がある。そこに向かって走りなさい」
言い終わると同時に獣がその人物に飛びかかった!
「早く!!」
その人物に言われ、何が何だかわからないまま言われた通りにまっすぐ走る。
するとやはりそこには小屋があり、4人は全員ほぼ同時にその中へと入る。
「さ、さっきの、ひと、誰?」
「おれ、が、知るか……」
「マジで、死ぬかと、思った……」
ゼェハァ言いながら会話をする。
「でも、さっきの人、大丈夫かな? たった1人であれだけ多くの、獣的なやつ、相手に……」
ガチャ
「!!」
小屋の扉が開かれて、そこに全身を茶色っぽい布で覆った人物が入ってくる。
恐らく、さっき助けてくれた者だろう。
「さっきは危ない目に遭ったわね、あなたたち。こんな夜中にこの森に入るなんて、土地勘がない方々なのかな?」
そう言ってその布をパッと解くと……。
「え、女の子!?」
懐中電灯とスマホの光を当てた先に、とても美しい女性が立っていた。
確かに声も美しく、喋り方も女性らしい感じはしたが……。
「女の子が、どうしてさっきの獣を退治したかって?
簡単よ。1匹を1発ボコってやったら皆びっくりして逃げてっちゃうから」
何とまぁ逞しい女性だこと……。
思わず口を開けて彼女を見ていると……。
「あなたたち、どこから来たの? ここらに住む少年少女って訳でもないんでしょ?」
彼女が床に座って4人に話しかけて来た。
「それが、あのデカイ樹の下にいたら出口が失くなってよぉ……。そしたらさっきのヤツに追っかけられたんだ」
初対面の相手にも普通に話が出来る武は、こう言う時、頼もしく思える。
「デカイ樹? ここの辺りには、そんな大きな樹なんて無いよ?」
……そうだ。
晴斗は彼女に言われて初めて気付いた。
自分たちはあの生ぬるい風が吹いた後、全ての方向を見渡すことができたのだ。
あの大きな樹があるのなら、一度に全方向を見ることなんて不可能なのに。
「……あの、ここって一体どこですか?」
晴斗が恐る恐るそう聞くと、彼女は至って当然と言わんばかりに
「精霊界の、星の国星の国のガルシア村にある山の1つだけど?」
「せ、精霊界!?」
驚きで叫ぶようにして言った彼らに対して、
「ん? そうだよ?」
と、首を傾げてそう言うのだった。
だが、やがてすぐに「もしかして」と何かに気付いたように前置きして、
「あなたたち、人間?」
そう彼女に聞かれはしたが、実際4人は人間以外で会話のできる生物など見たことがないので、その質問には曖昧に返事をするしかなかった。
「うわぁ〜。人間なんて初めて見た。本当に存在するのね」
「ふ〜ん」と言いながら、じっくりと4人の顔を見る彼女。
「あんまり見た目は精霊と変わらないわね……」
「あ、あの〜……」
「あ、ごめんごめん! 珍しいもの見たから、ついね! あ、私、レイナって言うの。よろしくね」
パッと4人から一歩下がって、唐突に名乗ったレイナ。
「俺は武ってんだ! コイツが晴斗で、このケバいヤツが千鶴、大人しいのがあずさ!」
「何で勝手にアンタが私たちの紹介もしてんのよ」
千鶴が武に睨みを聞かせているのには目もくれず、
「OK。武に晴斗、千鶴にあずさね」
レイナはこの一瞬で4人の名前を完全に覚えたらしい。
「ここは精霊界のステッラていう国にある小さな村。
あなたたちが、どんな訳があってこんな場所に来たのかはよく分からないけど……。とりあえず、精霊界についての大まかな話はしといてあげるね?」
美しい彼女の声に聴き惚れながら、話の内容を必死で捉えにいく。
レイナの話によると、この世界は人間が空想によって生み出した生物が住む世界なのだそうだ。
精霊だけに限らず、妖精、妖怪、鬼、悪魔なども、存在すると言う。
「うーん……。でも、このままこの世界に溶け込むってのも良くないよね。あなたたちにも帰る場所があるし……。だからと言って今すぐ帰らせてあげることも……」
ある程度話が終わると、1人で頭を抱えてレイナが考える。
「あ、そうだ! 良いこと考えた!」
「?」
「夜が明けたらここを出て。私は同行出来ないけど、村の人に『カーライル家はどこですか』って聞くの。で、カーライル家に着いたら門番の人に『レイナに言われてここに来ました』って言うの。分かった?」
「わ、分かったけど、何なの?カーライル家って……」
あずさがレイナにそう聞くと、「一言で言うと」と前置きして、
「愛想の悪い不器用な怪力男が住んでいる家、だよ」
「何それ心配」
レイナのその言葉で4人は一斉にガタイの良いムスッとした2m近くの大男を想像する。
だがレイナは微笑んで、
「まぁ、ちょっとした旅になるかも知れないけど、元気でね。私もそろそろ行かないとダメだからさ」
「こんな夜の森を女の子1人でどうやって帰るんだ?
あんたも一緒に……」
「心配御無用。近くに愛馬を待たせてるの。それに……さっきあなたたちを助けたのは誰?」
そう言ってニコっと笑うのだ。
か、かわいい……。
すると、「あ」と何かを思い出してから懐をごそごそと何か探し始める。
「あったあった。はい、これ。緊急用のお金ね。何かあったら使ってくれて構わないよ」
「か、金なんて貰えるかよ!」
「持ってないとどうしようもない時もある。それに、あなたたちとはまたどこかで会える気がするわ。……その時に、お金のお返しとして人間界の話を聞かせてくれる?」
ガチャリ
「じゃあね」
「え、ちょ」
千鶴が止めるのも虚しく、レイナは1人小屋を出て行ってしまった。
「……」
彼女が去った小屋に静寂が訪れる。
「……まぁ、ここは彼女の言う通りにしてみよう。カーライル家ってのがどんな連中かは知らないけど、金も貰ったんだ。明日の朝、ここを出よう」
晴斗の言葉で皆は少し溜息混じりに頷く。
「じゃあもう寝ようよ。朝から夕方まで草むしりして、夜中の10時頃にあんな場所へ駆り出されたんだもん。疲れたったらありゃしないわ」
「悪かったな!」
「季節はこの世界も同じみたいだから良かったね。冬とかだったら凍え死んでたんじゃない?」
「アンタら、襲ってきたら殺すから」
「お前を女だと思ったことはない」
「マジで殺したろか」
こう言う時だけ晴斗と武の息が合うのをウンザリとした表情で罵る。
賑やかな会話をした後、それぞれ自分のポジションを見つけて横になる。
そして、疲れていたからか、皆、闇に吸い込まれたかの様にぐっすりと眠ってしまった。
「……面白そうなことになってきたね」
小屋の外で4人の様子を感じ取っていたレイナは、フフッと楽しそうに笑い、愛馬・アヴェリーに乗って走り去って行った。
:
「うっわぁ、何ていうか、海外の商店街って感じね」
小屋から出て山を降りると、活気のある朝市が村で行われていた。
すると見知らぬオジサンに声をかけられる。
「やぁ君ら! 見ない顔だね、観光客かい? 美味いもんいっぱいあるから食べていかないかい? 安くするよ〜!!」
近寄って見ると、とても良いニオイがする。
カレー……の様だ。
同時に4人の腹が鳴る。
「いっただっきまーす!!」
「はいよ! 召し上がれ!」
結局4人同じものをそれぞれ頼み、食べる。
腹が減っては何とやら、だ。
晴斗はその屋台のオジサン、店主に話を聞くことに。
「えと、俺たちカーライル家に行きたいんですけど、どうやったら行けますか?」
その店主は晴斗の言葉に目を丸くし、
「君ら、カーライル家に用があるのかい? いやぁ、あまりここらじゃ見ない服着てるから、地元の子じゃねぇとは思ったが……。君らも若いのに大したモンだ」
「ん? ドユコト?」
千鶴が聞き返したが店主は続けて言う。
「カーライル家ってのは、あの山を越えて、川を渡ってしばらく行った所にある。だがまぁ、徒歩だと山を越えるまでに3日はかかるかも知れねぇな。足場も悪いし」
その山のある方向を指差してから腕を組む。
そして一瞬間を空けてから「おぉっ」と1人で納得した様に言うと、屋台の奥にある店主の家へと通じる扉を開け、そこから叫ぶ。
「おい、ジュール! ジュール!! お前今からエステル街に買い出し行くだろ! その道中この子ら送ってやれ!」
すると中から同じぐらい大きな声が返ってくる。
「はぁ? 何で俺が見たこともねぇモンのためにそんなことしないといけねぇの!? つか、親父も面識ねぇだろ、何の得があるんだよ」
「お客様におもてなしするのがウチの流儀だ! 納得出来ねぇならとっとと結婚してこの家から出てけってんだ。まったく、25手前にして彼女もいねぇだなんて情けねぇにも程がある!大体お前は……」
「あぁもう分かった! 行くよ行く行く! 行きゃあ良いんだろ!!」
店主の長話が繰り広げられる寸前で、ジュールと呼ばれる青年が、奥の部屋から盛大に足音を立てながら出て来る。
そして、バッと勢いよく暖簾を開いたかと思うと、ギロッと鋭い目つきで4人を睨む。
「アンタらだな。こっち来い」
今からケンカでも始めるんじゃないかと言わんばかりのツラでそう言ったジュールの後を、恐る恐る付いて行くと、そこには2頭の馬が。
「カーライル家はエステルって街にある。今からだったら着くのは昼の2、3時頃だ」
そう言いながらテキパキとその2頭の馬と荷車を繋げて出発の準備をする。
「おい、君ら」
家の裏口から店主が出て来ると、
「弁当だよ。途中腹が減ったら食べな!」
そう言って4人に1つずつ大きな葉に包まれた弁当を手渡した。
「そんな、ありがとうこざいます」
「なぁに、気にするな。若い子らが頑張るってのにケチなんてできるかよ!」
「いや、だから何を勘違いして……」
「行くぞお前ら〜。早くしねぇと置いてくぞ」
ジュールにそう言われると急いで荷車に乗り込む。
「また暇が出来たら、いつでも遊びにおいで。美味いカレー作って待っててやるからな!」
店主がそう言ったのとほぼ同時に、簡易馬車が動き始める。
店主の姿はだんだんと小さくなって行く。
カタカタと心地よい音を立てて、馬車は進む。
店主は見えなくなるまでずっと4人の姿を見ていてくれたようだ。
(今日の朝会った人ですらここまで優しくできるなんて……。私たちの本来の世界なら、こんなこと無いよね……)
千鶴は自分たちの住む世界を思いながらそう思った。
馬車に乗っている彼らを、柔らかな風が通り過ぎて行く。
なんだか、人間の世界よりもとても気持ちが良いような感じがしたのだった。
(それにしてもカタカタ音はするのに、全然揺れがないな……。乗り心地良すぎ)
千鶴はそう思ったが、他の3人は楽しそうに会話をしていたので、彼女はその馬車内で寝転び、青く澄んだ空を見上げた。