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モデラー探偵 巴照盛太郎

転輪同盟

作者: ドワガミ

ショートショートです。

「モデラー探偵 巴照盛太郎」第1話の登場人物である神谷三郎が主人公なので、まずは第1話を読んでみてください。

お目汚し、暇つぶしに。


私、神谷三郎はバツイチのモデラーである。

会社員として働いてきてそれなりの地位と収入があり、離婚はしたが、最近は別居している大学生の一人娘との親子関係もうまくいっている、今の時代としてはかなり幸せな部類であろう。


娘と一緒に住んでいる別れた妻とも、娘との関係がうまくいっているせいか、一時期よりは良い関係は築けている、、、ように思う。


そんな私の趣味はプラモデルである。

もっぱらミリタリ物とガンプラを作ることを楽しみにしており、勤め先のあるM市の良く行く模型店では顔なじみの常連客なども居る。


その常連仲間に出刈でかるという男がいる。

痩せた中背だが極度の猫背で、実際の身長より低く見える。その低い身長の、長く伸びた前髪の間を縫うような視線でじっとこちらを見る様子がどことなく不気味で陰気な印象の男だ。


だが、この出刈氏、意外に気さくな人物で、熱心なガンプラファンでもあり、私がMGガンダムを購入した際はコアファイターの垂直尾翼のはめ込み方の注意点などを、レジ横でわかりやすく教えてくれたりもしたものだった。


ある日のことである。

仕事帰りにふらりといつもの模型店に立ち寄り、ガンプラの棚を眺めていると、どこに居たのか出刈氏が近寄ってきて、顔を私の顔の間近にまでくっつけて私にささやいた。


「神谷さん、あなたに耳寄りな情報があるんです。」


長い前髪の間からのぞく目がどことなく虚ろなのを不気味に感じながらも、私は"耳寄りな情報"とやらに興味がひかれた。

そんな私の気持ちを読み取ってか、返事も待たずに出刈氏は続けた。


「あなた、新作のガンプラを買いそびれたり、発売日に手に入らなくて悔しい思いをしたことはありませんか?」


あるに決まってる。


これだと思うものは予約するが、仕事の繁忙期に新作情報を見落としたり、予約し忘れたり、予約しようか買おうかかどうか迷っているうちに店頭から消えてしまったり。


そんな思いをしたのは一度や二度のことではない。


「ちょっとした作業をしていただくだけで、新作のガンプラを完全予約、かつ発売日前に購入できると話があるんですよ」


胡散臭い話だ。

だが、出刈氏は周囲を憚るように見回し、棚の陰に私を引き込んだ。


「一種の倶楽部でしてね。ある財団が後ろ盾になってるんです。その財団と提携している販売ルートがあり、新作のガンプラを一定数押さえられるんです」


なんでも大手のおもちゃ会社の元役員が、仕事が忙しくて新作を買い逃してしまう社会人たちを救済しようと設立した財団らしい。


会員には自動的に新作ガンプラすべてが予約されるらしい。予約情報は通知されるので、購入したくないガンプラは予約をキャンセルできる。

また、独自の流通ルートを持つため、発売日当日や発売日を過ぎて店頭から消えたものも比較的購入しやすいのだそうだ。


会員になるには既存会員の紹介が必要なだけでなくいくつかの条件があるようだ。


「まずは社会人であること。それとガンプラが好きであることです。神谷さんの場合、最初の条件は問題なしです。ガンプラ好きというのも私が推薦しますからきっと大丈夫です」


店頭の展示への出品やこの店主催のコンテストへの参加などの実績があるから充分なのだという。


「もちろん会費なんて要りません。これはガンプラ好きの社会人の救済のための事業なんですから」


どうにも怪しげな話ではあるのだが、面白そうな話でもある。


「そうでしょう?どうです?実はちょうどこれからその“ちょっとした作業”を行う日なんです。案内しますから一緒に参加しませんか?」


出刈氏の熱心な勧めにことわるタイミングを逃した私は、手を引かれるままに彼と共に馴染みの模型店を後にした。


出刈氏とどこをどうに歩いたのか、いつの間にか見慣れない雑居ビルの前に私はいた。

例の模型店からもそう離れていない繁華街のはずれであることだけはわかる。


出刈氏がこちらですよと階段を上っていく。人が降りてきたらすれ違うこともできそうにない狭い階段を上った二階に、古びて素っ気ない、昭和の遺物のようなスチールのドアがあり、部屋番号も何も書かれていないそのドアを出刈氏は躊躇もなく開けた。油の切れかけたドアクローザーがきしみをたてる。


ドアの奥はなぜか花柄レースの暖簾がかかっており、出刈氏は片手でその暖簾をかき分けて中に入っていく。

玄関で靴を脱いで並べてあったスリッパを履くと、私も出刈氏に倣って暖簾を手でわけてくぐり、その部屋に足を踏み入れた。


部屋は意外に。。。というかかなり広く、ちょっとした大学の教室くらいはある。

作業机が並べられており、そこで40~50名の人が何やら作業を行っていた。馴染みのある溶剤の匂いがする。


「ここで戦車模型の転輪の塗装と組み立てを行うのが“ちょっとした作業”です」


なるほど、作業机の上には丸い転輪のパーツが無数に並べられてある。

起動輪、誘導輪も見られるので戦車のホイール全般を作業しているようだ。


「ほとんどが4~5号、タイガーIあたりのホイールです。塗装された転輪は戦車モデラーに配られるのですよ。この作業が我が『転輪同盟』の会員に課せられた唯一にして絶対の条件です」


どうやら倶楽部の名前は『転輪同盟』と言うらしい。

この『転輪同盟』の会員たちはもくもくと転輪を塗装している。よく見るとあの店の常連客がかなりおり、私に気づいて笑顔を向けてくる者もいたが、塗装と組み立ての手を休めようとはしなかった。


「ノルマなどはあるのですか?」


作業机の間を歩きながら、先導する出刈氏に聞く。


「いえ、ただ決めれらた時間、ここで作業してもらうことが条件です。その時間の間に転輪1つでも塗装していただければ結構ですよ」


そう言うと、出刈氏は空いていた作業机の前に立ち、椅子を私に勧めた。


「さっそくどうですか?せっかくですから」


確かにここまで来て帰るという手もない。

私は隣で作業する男に軽く会釈して椅子に腰かけた。目の前には筆塗りの塗装道具と、1/35タイガー戦車のものと思われる転輪・動輪が左右合わせて30個以上並べられてあった。


戦車のプラモデルを作っていて「飽き」が来るホイールの塗装と組み立てという作業だけを行うというのもなかなか退屈だが、これも新作ガンプラを手に入れるためだ。

出刈氏は、作業に取り掛かった私を見ていたが、大丈夫だと見極めたのか、少しして私の会員登録をしてくると言い置いてどこかに行ってしまった。


すぐに戻ってくるだろうとタカを括っていたのだが、なかなか戻ってこないのでそわそわしだした頃に、作業中の誰かが「あっ!」と声を上げた。

見ると、先ほど私に気づいて笑顔を見せた常連客のあの顔見知りだ。


「今日は『MG シャア専用カプール』の発売日だ!」


室内がにわかにざわめきだす。

シャア専用カプール?そんな新作があったのか!

私も周囲につられ、作業の手を止めてあたりを見回した。


いち早く出入り口の暖簾をくぐった者がスチールのドアの前で足を止めた。ドアノブがガッチャガチャを回す音が聞こえる。


「くそ!外から鍵がかかってる。どうなってるんだ!」


閉じ込められた、という事実が室内のパニックを誘引した。

この部屋に換気扇はあるものの窓がないことに気づくと、我々の混乱はますます膨れ上がった。


「出してくれ!MGカプールは予約してないんだ!はやく!はやく店に行かないと!」

「圏外だと?!なんでだ!電話が通じない!ネットも見られない!ヨ●バシにもスル●屋にもAmaz●nにも繋がらない!!」


怒号が飛び交い、悲鳴が響き渡り、作業テーブルの間を行き来する人々が椅子をひっくり返し、その椅子やら人やらがテーブルにぶつかり、工具と転輪が床に散乱する。

私もポケットに手をやるが、どこに置いてきたのかスマートフォンが見当たらない。私の焦燥感が最高潮に高まったその時である。


にわかにピンポーンと、やけにのんびりとしたのどかな呼び鈴のチャイムが鳴り響いた。


「みなさん。落ち着いてください。今ドアを開けます」


2~3人が寄ってたかって開かなった入口のドアが、がちゃりと鍵の外れる音がしたかと思うと難なく開いた。

そこには、丸顔のひょろっとした長身の男が穏やかな顔で立っており、なぜか私の娘の珠莉も後ろに控えている。


「さあ!みなさん!早く出るのです!心配はいりません!江油模型店にみなさんの分の『MGシャア専用カプール』を取り置きしています!さあ、早く江油模型店に急ぐのです!」


何が何やらわからない。馴染みのある丸顔の男、巴照盛太郎ぱてもりたろうが入口に殺到する人々をすいすい避けながら私に近づいてきた。


「出刈は詐欺師だったんですよ。こうして一か所にモデラーを集めて閉じ込め、その隙に新作のガンプラ『MGシャア専用カプール』を買い占めるつもりだったんです。」


「な?なんですって?じゃあ『転輪同盟』というのは??」


「もちろん出刈のでっち上げです。新作ガンプラを購入しそうなモデラーをここに足止めするためのね」


なんという男だ。新作ガンプラを独り占めするためにそこまでするとは。


「出刈の身柄はM市の模型店で取り押さえました。結局、やつは『MGシャア専用カプール』を購入できず仕舞いでしたけどね」


はっはっは、と巴照さんが笑うと後ろの珠莉もはっはっはと高らかに笑い声を上げた。

私はしばし二人を呆然と眺めていたが、周囲に我々以外は誰も居なくなっていることに気づいて我に返った。


「私も江油さんのお店に行かないと!」


慌てて入口に走りだそうとした私に、珠莉が声をかけた。


「お父さんの分は私が買っといたわよ!感謝してよね!」


珠莉がにっこり笑ってガンプラの箱を私の前に差し出した。

ああ、なんてよくできた娘なんだろう。

巴照さんの前なので娘を抱きしめるのをなんとかこらえて差し出された箱を両手で受け取った。

ところが、箱のイラストを見るなり私は声を上げた。


「あ!これは!『MGクワトロ専用カプール』じゃあないか!赤いカプールじゃない!金色のカプールだ!・・・・いや、これはこれで良いけれども、やっぱり赤いカプールが欲しい。私もシャア専用カプールが欲しい!」


娘が笑ったままこちらを見ている。


「お父さん、クワトロもシャアも中の人は同じじゃない?お父さん、どうしたの?お父さん?」


「ちがうんだ!珠莉!クワトロは!シャアは!私は!・・・・」


「お父さん!お父さん!」


はっと気づくと私は自分の部屋のソファで目を覚ましていた。

目の前にはバッグを肩掛けにした珠莉が怪訝そうな顔で私をのぞき込んでいる。


「もー、マンションの下で待ち合わせって言ったのに来ないから部屋まで来ちゃったわよ。今日は買い物、付き合ってくれるって言ったでしょ?」


もちろん忘れてなんかない。

だからきちんと着替えて少しでも若く見える明るい色のジャケットとスラックスを着て万端整えていたのだ。

ただ、早く準備しすぎて時間があったので読みかけの本を読んでいたらうっかり眠ってしまっていたらしい。


ソファの横のテーブルには、『シャーロック・ホームズの冒険』が開いて伏せられてあった。

その横のスマートフォンには珠莉からの着信が表示されている。電話が鳴ったのも気づかなかったとは。


「あ。この本、小学校の時に買ってもらったホームズシリーズだ。1巻がないと思ったらお父さんが持って行ってたの?」


珠莉が気づいてテーブルの上の本を取り上げ、読みかけのページに目をやった。


「『赤毛同盟』。。。これってどんな話しだっけ?」


私は本を娘の手から取り上げてぱたんと本を閉じ、テーブルに置いた。


「あとでお茶でもしながら話してあげよう・・・・ところで、巴照さんが一緒だったりしないよな?」


私、神谷三郎はバツイチのモデラーであり、娘の珠莉の父親である。

私と娘の休日は始まったばかりだ。


シャーロック・ホームズシリーズの『赤毛同盟』は結構好きなエピソードなんです。


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