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覗き餌  作者: 空束 縋
1/3

試サー






 ―人の行き交う駅前通り。

 夏の日射しが容赦なく照り付け、誰もが汗の滴る顔を歪ませている。

 吹く風すらも肌を焼くような暑さの中、黒い背広に山高帽という、季節も時代も眼中にない男が一人、実にゆったりと歩を進めていた。

 一滴の汗も流す様子のないその男は、人気のない、薄暗い路地を曲がって行く。その先には、男と同じく周りの景色に全く似合っていない、覗き絡繰りの装置があった。

 暗い色をした木製の箱に、覗き絡繰りという文字と、題目とが金色に輝いている。

 題目、―(のぞ)()

 それ以外、看板もなければ装置にも絵やあらすじなどの説明書きはなく、覗いてみるより他にどんな世界が広がっているのか、どんな物語が詰められているのか知る術はない。

 装飾の乏しい外観ではあったが、ぽっかりと空いた覗き穴に嵌め込まれたレンズはきらきらと輝いてその中の暗さを強調し、妖しく、吸い込まれそうなほどの魅力を放っていた。

 男は装置に歩み寄り、そっと慈しむように木目を撫でる。指を這わせながら、まるで西洋紳士が淑女の手を取るように膝を折り、その手への口付けの如くレンズへと目を寄せた。

 外の世界と繋がる感覚は全て遮断され、広がるのは箱の中、絡繰りの物語。

 覗く男は瞬きもせず、恍惚とした表情を浮かべていた。








 七月二十八日。この日も気温は三十度を超えている。毎日毎日天気予報を見る度に、記録的な猛暑だの翌日も真夏日だのと聞かされ、全くもってうんざりする。夏なんてなくなればいいと本気で思う。

 玲胡(れいこ)は気が遠くなるのを何とか堪え、早く冷房の涼しい風にあたることだけを考えながら歩き続けた。歩き慣れた通さえ、灼熱地獄と化している。

 太陽に殺意さえ覚えはじめた時、やっと見えてきたのはT大学の校舎だ。暑くて何もやる気が起こらない中、視界に入れるにも億劫な建物ではあるが、講義以外の用事であるから何とか踏み入ることが出来た。


 玲胡の他にもまばらながらに人が居るが、彼女はどんどんと、人気のない方向へと足を向ける。利用されているのか疑わしいほど寂れた一角に、目的の部屋があった。

 扉には、おどろおどろしいフォントで“オカルト研究会”と印刷されたプレートが掲げられている。

「失礼しまーす」

 明るい声を出したつもりが、暑さのせいかうんざりしたような声音だった。

 中にはもう五人の男女が集まっていて、一斉に玲胡へと視線が集まる。

「遅かったねー、来ないかと思ったよ」

 初めに声をあげたのは、カメラを構えた果那(かな)だった。シャッターを押すでもなく、レンズ越しの視線をあちこちに向けている。

「来るよ…うわっ涼しっ」

 室内に入った途端、ひやっとした空気が駆け抜ける。文字通り生き返った心地だ。冷気を全身に浴びながら空いた席へ腰掛け、しばし文明の偉大さに浸る。

 体内の温度が下がったところで、集まった面子を見渡した。

「この部屋に私達以外誰も居ないってすごくない?」

 玲胡の言葉に、五人は何とも言えない表情を浮かべる。タブレット端末に視線を落としながら、(つとむ)が「それはね」と子供を諭すように切り出した。

「他はもっと良いとこ行ってんだよ。UMA勢は山奥に宿とってツチノコ強化合宿。妖怪勢は祭りまで衣装作り合宿して祭りの後は海坊主さがしに海。悪魔勢は相変わらずよくわかんねえけど、UFO勢は高原で交信合宿だとさ」

 このオカルト研究会には、何故か多くの学生が在籍している。だがオカルトと一口でまとめるには各々が求める闇は様々で、研究会内でもいくつかのグループに分かれて活動している状況だ。

 冷房に救われた気がしていた玲胡は、またうんざりした気持ちになって頬杖をつきながら冷気を吐き出す箱を眺めた。

「突っ込みどころが多い」

 全く脱力した状態で口から漏れたのは、言葉というよりほとんど溜め息だった。五人も同じようにやる気のない表情で「それな」と返す。

「まずさ、ツチノコ強化合宿って何さ」

 尋ねられた務はオシャレ眼鏡を中指で押し上げ、口をへの字に曲げた。いくら眼鏡がオシャレでも、務は仕草がインテリおやじくさい。仲間内では神経質なコンビニ店長の霊にでも憑かれているのではないかと言われている。

「とりあえず全力でツチノコ探すとか言ってたけど。見つからなかったら作り出す研究に移行するってさ」

「最早マッドサイエンティストの集まりだな」

 果那の向かいに座る空太(くうた)がけらけらと笑った。

「ここでツチノコ作り出されても気味悪いしさ、妖怪コスプレサークルと悪魔教とエイリアンハンターときっちり分けて派閥で部屋もらった方がいいんじゃねーの?」

「それいいね!あたしらは試サーってことで」

 空太の隣に座る(きり)が手を叩いて賛同した。務はまた口をへの字に曲げ、赤字に悩む店長のように溜め息をついた。

「それが出来ればいいんだけどな。大学からすりゃ妖怪だろうが宇宙人だろうが一緒なんだろ」

 彼の口振りから、既に部屋の振り分けには失敗しているらしい。


 その時、部屋の扉が勢いよく開き、男が一人飛び込んで来た。

「暑いっ!暑い暑い暑いーッ!」

 大声で叫んだかと思うと、男―佑治(ゆうじ)は冷房の風が一番届く場所でヴィジュアルバンドのヴォーカルスタイルで両腕を広げた。

「うるせえな」

 果那の隣に座る芽愛子(めいこ)が呟く。全員が頷いた。

 全く気にしない様子で佑治は玲胡の隣に座る。遅れたのを償うためか、コンビニの袋から全員分のジュースを取り出した。

「んで、何の話してたの?」

「お前抜きでどんな楽しいことしようかってさ」

 にやにやと空太が答える。からかいながら、自分と霧の分のジュースは手元へ引き寄せていた。佑治は頬を膨らませながら、トートバッグを漁った。

「確かに遅れましたがぁ?先日の写真プリントしてたんですけどぉ?」

 取り出した封筒から、暗い画面の写真をばらばらと机に広げた。目を輝かせて果那が覗き込む。

「わあ、ありがとう!どれもいい感じだね芽愛子!写ってるのある?」

「撮ってすぐ現像すれば遅刻しねえんだよ。果那、飲み物どれにする」

 感謝と説教を同時に受け取り、佑治は微妙な顔になった。


 それぞれ数枚の写真を手に取り、一枚ずつ隅々まで確認していく。

 写っているのは今集まっているメンバー。撮影場所は神社や墓地、廃墟やトンネルで、どれも背景は真っ暗だ。

「私のとこには無いっぽいー」

「あたしのも無し」

 果那と霧が写真を置いた。手元に視線を落としながら佑治が「えー」と声をあげた。

「本当に?ちゃんと見た?」

「見たよ。あたしらより自分の心配しなよ」

 霧の反論に果那が頷く。

「じゃ霧、私のと交換して見逃してないか確認しよう」

 少し佑治が不憫になり、玲胡は霧に持っていた写真を差し出した。いじられてもめげない佑治は見ていて面白いが、フォローしないとプライドが微塵もなくなりそうに思う。

「支え合ってるなーゆうれいカップルは」

「愛あるよねー」

 感心しているのか茶化しているのかわからない空太の深い頷きに霧が乗る。佑治と玲胡はメンバー内でゆうれいカップルと呼ばれていた。佑と玲の字を取っただけである。

「くうき夫婦に言われても皮肉だわ」

 呆れて棒読みではあるが、玲胡はいつもの返しをした。空太と霧は籍こそ入れていないものの、事あるごとに結婚話を持ち出しているため夫婦と呼ばれているのだ。

 くうき夫婦は大袈裟な手振りで否定しながら「いやいや」と揃って満面の笑みを浮かべている。

 慣れたメンバーは黙々と写真の確認を進めた。


 全部の写真の確認が終わり、机の真ん中へ積んでいく。

 務がまとめて揃えていく中、果那がつまらなさそうに溜め息をついた。

「今回もなかったねー、心霊写真」

 心霊スポットと言われる場所を五ヶ所回って撮った多くの写真には、それらしいものは何も写っていなかった。オーブと言われる発光体くらいあるものかと思ったが、周りが暗闇なだけでどれも楽しそうな青春写真である。

「心霊番組とか嘘っぱちなんじゃないかと思うよね。怖がる人達のとこに出るんなら、あたしら試サーのとこにも出て来いってのよ」

 バンバンと机を叩いて霧が言った。それを聞いた佑治が首を傾げる。

「試サーってなに?」

「肝試しサークル」

 すかさず芽愛子が答えた。「なるほど」と頷く佑治を横目に務が写真を封筒にしまいながら声をあげた。

「次はどうする?このあたりのスポット大体回ったろ。二週目いくか?」

「それかこの涼しい部屋でホラー映画か百物語かだなー」

 UMAやUFOを追うグループと違い、玲胡達は夏の計画を全く立てていなかった。むしろ先ほど初めて聞いて驚いたくらいだ。

 幽霊は是非とも見てみたいが、同じスポットに行くのも気が乗らないし、ホラー映画はいつもの活動と同じ、怪談話もいくつも聞いた。何か夏らしい面白いことがしたい。

「あっ、あのね!」

 突然、果那が勢い良く立ち上がった。そのままポケットからスマートフォンを取り出し、何やら操作を始める。

「私、面白いサイト見つけたのっ!ちょっと見てみて!」

 机の上に差し出されたスマートフォンを全員で覗き込む。何やら暗い画面だった。赤い文字で“警告―本当に危険な怨霊情報―”と書かれている。

「スマホ見づらいな。ちょっと待てよ」

 務がタブレット端末を出し、同じサイトを探し出して机の上に置いた。確かに少し見やすい。


 果那が勧めたサイトは、霊感のあるらしいサイトの管理人が、偶然発見した質の悪い霊の注意情報を書き込んでいるものだった。はじめの注意書きに、面白半分で幽霊探しをすることに使用しないで欲しいということ、書かれた場所の近くでおかしい事があっても近付かないこと、幽霊探しをしようとする知人がいたら止めるように勧めることが書かれていた。

「えー何これ、マジかな?」

 佑治が声を弾ませる。他のメンバーも惹き付けられているようだ。芽愛子が「偉いぞ」と言いながら果那の頭を撫でた。

 記事を見て行くと、郊外の交差点の横にある小川や、街の有料駐車場にある自販機の後ろ、T大学に近い場所にある古い工場など、これまでとは違う日常に近い場所ばかり挙げられている。

「他のサイトとかじゃ見ない場所ばっかりだね」

「何か大勢で行くのもおかしいような…」

 玲胡の呟きに空太が頷いた。

「それぞれ手分けして見に行こうぜ。心霊写真撮れたやつに他のメンバーが奢るってことで」

 務がタブレットから顔を上げてにやりと笑う。全員賛成のようでこくこくと頷いた。

「じゃあ振り分けは、ゆうれい組、くうき組、あとの残りでいいよな」

「それはいいでしょ。問題はどこに行くかだって」

 振り分けを仕切る空太の横で霧が好みの記事を探していく。すいすいとタブレットを動かしていた手が、ぴたりと止まった。

「これ!これにしよ。深夜の公園に出る女の子」

 霧からタブレットを受け取って空太が記事に目を通す。「オーケイ」と言いながら芽愛子にタブレットを回した。

「けどこれヤバそうだぜ?本当に大丈夫なのかよ」

「空太が守ってくれるんでしょ?大丈夫だよ。結婚するまで死ねないし」

「わかった。無事に心霊写真撮って結婚な」

 くうき夫婦が手を取り合う横で芽愛子が記事に目を通す。最早誰も言葉を挟まない。

 一度目を通している果那の意見を聞きながら、三人は駐車場の自販機と高架下を見に行くことにした。

「言っとくけど、果那はうちが守るから。お前の出番ねえよ」

「あ、はい」

 務は大人しく頷いた。笑顔を浮かべるが、目が全く笑っていない。その手から佑治がそっとタブレットを抜き取った。

 画面を覗いたかと思うと、佑治が「あ」と声をあげた。

「更新きた」

 途端に他のメンバーも画面を覗き込んだ。

 新しい記事のタイトルには“最凶発見…”と書かれている。見た瞬間、玲胡の背筋に冷たいものが走った。不安が広がり佑治を見たが、彼の目は好奇心で輝いている。

「駅前…スーツに山高帽?の男。普通の人みたいに見える。これは本気でやばそうだから絶対近付くな、見えるだけでも結構やばい状態、だって」

 普通の人に見えたなら、それは普通の人なのではないか。それで何が最凶なのか。そう考え、玲胡は心を落ち着けた。本物のわけがない。これまで探して幽霊など一度も見たことがないのだ。メンバーに言ったことはないが、もう幽霊など信じていない。信じてなど、いないのだ。

「じゃあ、私達はここへ。だよね?」

「もちろんだ!」

 佑治が力一杯頷く。くうき組のような茶番をする気はないが、彼が居れば大丈夫な気がした。

「よし!行く場所も決まったし、あとはここで時間潰してファミレスで晩飯食って、それからだな!」

「えっ、今日行くの!?」

 驚いた玲胡だったが、他のメンバーは今夜活動するつもりでいたようで、逆に驚いた反応を返された。果那が遠慮がちに首を傾げる。

「何か予定ある…?」

「いや、そんなんじゃないけど」


 何度目かの幽霊探しが決定された。

 玲胡はまた、ざわざわとした心地悪さを感じたが、メンバー達はいつもと同じように幽霊捕獲計画などを話し合っている。

「玲胡、DVD選ばせてやるよ」

 夕飯をとるにはまだ早く、映画鑑賞をして時間を潰すことになった。務がホラー映画DVDの詰まったボックスを玲胡の前に置く。

 何も考えず、一番端のものを取って差し出した。

 登場人物が次々と呪い殺されていく物語。

「うわ不吉。俺達はこうならないようにしないとな」

 受け取った務は、笑いながらデッキへセットしに向かった。何だか笑えず、玲胡は視線を外へと逃がす。

 窓の外では、木々が激しくざわめいていた。






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