ミロ・スカーレットの帰省
「娘っ子かァ、今度は。」
「可愛いじゃないのさ、愛らしい顔してる。」
「拙者、おなごは苦手な故…帰りたいでござる。」
「帰る家なんてないだろ。いや、ここが家だ。」
「フッハッハッ、愉快愉快。家族が増えるとはなんとも嬉しいことよ。」
「お前らさあ、テンションがおかしいんだよな、新人に対してのさ。こわがっちまうぜ?彼女。」
「何言ってんだ?あんた。相手は鉤爪の殺し屋だぜ。お前らなんか比べ物にならないくらい大物だ。」
顔面の爛れた男が放った言葉に、他の6人が顔を変える。
男を睨み付ける。
やってみようか?…誰かがそんなことを言った。
明らかに6人共殺気立っている。
男はそんな彼らを見てヘラヘラ笑っている。
相も変わらずニヤつきのイラつく男だ。
ミロは笑顔で言った。
「殺るならヤロウ。オマエラ、全員八つ裂きにするカラ。たひひひひ!!」
「どうやら、こいつは死にたいらしいな…。」
20代くらいの若い金髪の男が立ち上がる。
細身だが筋肉の付きは良く、整った顔をしている。
手にもった大きな金槌を、ガラガラと引きずっている。
遊んでくれるのか?ミロはそう思った。
「どこ見てやがんだ。」
フッと男の姿が揺らいだように見える。
と、その瞬間後ろから強い打撃を体に受けた。
なんだ…!?
振り向くとそこには正面にいたはずの金髪の男が立っていた。
…早い。
男は次々と場所を移動している。
現れては消え、現れては消えを繰り返す。
男の移動に伴い砂埃が舞っている。
「くひひ…面白いおもしろーい!!!」
ミロが鉤爪を振り回す。
男には当たらない。
男の目線を見て次の移動場所を予測する。
ここだ。鉤爪を突き出す。
だが、当たらない。
かすりもしない。
「目線をみて次の行動を予測する。良くある話だ。本当の殺し屋ってのはな、相手に予測のつかせない動きをするんだ。俺の目線は、常に意識外の場所にある。」
もう一回打撃を加えられる。
脇腹に痛みが走る。
貧血状態だったこともあり、動きが鈍る。
そうか…、予測をつかせない動き、ねえ。
それが。
ミロはすでに相手の動きを捉えていた。
相手の腕、相手の脚、間接の動き、筋肉の動き。
息づかいまで、次の場所への移動先を教えてくれている。
意識っていうのは、目線にばかり出るものじゃないんだ。
そんなこと、子供の頃から教わっている。
会得している。
鉤爪を前に差し出す。
肉が食い込み、男の体を鮮血に染める。
はずだったが、別の大男に止められた。
腕を伸ばしきる前に捕まれたようだ。
分厚い皮膚の感触を感じる。
大きな手だ。
「そこまで。娘よ、良くやった。お主の勝ちだ。逆にお前は、不甲斐ないやつだのう、ヴァルツ。」
「なんだよ、止めんなよ、おっさん。俺が負けるか。もう少しで、やれそうだったのに。」
ガッハッハッハッハ!!!
大男が笑う。
分厚い筋肉が大胆に揺れる。
「負けず嫌いは嫌いじゃない、誉めてやるぞ。次は一撃で討ち取れい。」
そうだ。
奴の攻撃は効いたが、軽かった。
致命傷を与えるような攻撃だったらやばかった。
まだまだ、鍛えどころのある能力だ。そう思った。
ミロはニヤリと笑う。
「次は?次は誰が相手をしてくレル?」
「ちょっと、ヤバかったんじゃないの、この子を家族に率いれるの…。」
女が困った顔で笑った。
「家」に着く。
埃まみれの汚い家だ。
中はそれなりに掃除してあるが、所々に物が散乱している。
細身の男が言う。
「僕がいつも綺麗にしているんだ。でも、奴等がすぐに荒らす。」
細身の男は心底辟易した顔をしていた。
その顔を見ると笑みがこぼれてしまう。
ミロは両手で(一方は鉤爪で)口元を覆った。
「なんだいそのポーズは?かわいいね。萌えポーズかい?」
そんなことを言うもんだからミロは吹きそうになった。
爛れた男が口を開く。
「何をしてるんだ?いや、打ち解けたならいいことだ。そうではない?まあ、いいことだ。説明でもするか。ここが『家』だ。お前の好きに使っていい。ただし、程々にな。手加減はしてくれ、見た目通りボロい家なんだ。」
相変わらずよく喋る。
ミロは周りを見渡す。
クローゼットがある。
机がある。
台所がある。
ソファーがある。
二階もあるようだ。
それなりの広さがあり、床は木の板を敷いてある。
天井の隅には蜘蛛の巣が張っている。
テーブルの上には蝋燭が1本。
照明が天井にひとつ。
明かりはこれだけのようだ。
洗面台はどこだろう。
手を洗いたい。
全身をくまなく洗いたい。
体が埃まみれだ。
「こっちにおいで、ミロちゃん。」
大人びた女が手を引いた。
顔は女優のように彫りが深い。
美人とはこういう顔のことを言うのだろう。
手足もスラッとして長く、エキゾチックな衣装がはまっている。
ドレスからはみ出た脚が美しく、妖艶な香りを放っている。
おいで。
歩くたび、張りのあるお尻が左右に揺れる。
「どこにイクの?」
「体を洗いたいでしょう。手当てもしなきゃ。こっちよ。」
誘われるがままに、ミロは歩き出す。
通路を抜け、洗面台が現れる。
風呂もついているようだ。
安心した。
服を脱がされる。
メイド服を丁寧に扱って。ミロはそう言った。
「かわいい服よね、これ。誰に貰ったの?」
かわいいでしょう。そうでしょう。
ミロは得意気だった。
家政婦の顔が頭に浮かぶ。
ミロはまたニヤついた。
笑顔を隠す。
「ふふ、可愛い。さあ、こっち来て。」
風呂場に入って、体を洗い流す。
傷口から出た血がみるみる排水溝へ伝わっていく。
痛みはない。男の縫合は完璧だった。
応急措置か、これが。
女は体の隅々まで洗ってくれた。
先程受けた傷にも刺激を与えないように、丁寧にゆっくりと。
女の手付きに意識が行き、顔を合わせられなかった。
視界の隅から覗くと、優しく笑ってるようだった。
「やわらかい肌。お餅みたいね。」
お餅?たしか、日本の食べ物だったか。
そんなことを思いながら、ミロは夢見心地に浸っていた。
「さあ、これでお仕舞い。綺麗になった。」
女はミロの小さな体を拭き終わり、満足げに言った。
風呂の暖かさがまだ体の内側に残っている。
そのままベッドのある部屋まで案内された。パジャマは風呂場で渡された。
ベッドに全身を投げ出す。
暖かく、太陽の香りのするベッドだ。
気持ちがいい。
ウトウトとしてきて、ミロはそのままドップリとした深い眠りについた。
夢の中で、ミロは家政婦の顔と、女の顔を思い出していた。