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殺し屋たちの家族生活  作者: もってぃ
1/3

ミロ・スカーレットの邂逅

「たはは…面白い面白いおもしろーい!!!」


ミロ・スカーレットは高らかに笑っていた。

右腕の鉤爪を振り回しながら。


彼女の産みの親は他界しており、育ての親はミロを殺し屋として幼い頃から訓練し育て上げた。


彼女の右腕、肘間接から後には何もなく、代わりに5本の刃が円形に、開閉式に取り付けられていた。

刃が開けば手の平を広げたようになり、閉まると指をすぼめたような形になる。


この鉤爪の腕はミロの意思に関係なく、育ての親の意向で取り付けられた。


体は全身を改造され、骨格は特殊合金で精製されており、生半可な攻撃では折れることがない。


改造の手術には、多大な苦痛が伴った。


ミロは、そばにいる義父の顔を見ながら、一心に見つめながら、この苦行に耐え抜いた。


ミロの鉤爪はすでにミロの体の一部として、人間の腕として自由に扱うことができている。


パンをつかむことも、刃を器用に開いてバターを塗ることもできる。


友達の肩を叩いて呼び止めることもできた。

刃は引かなければ切れないため、皮膚を傷付けることはなかった。


刃を器用に動かして瞼を擦ることもできた。


たまに血が溢れ、家政婦に怒られることもあった。

家政婦は興奮し、心配もしながら困った顔でミロに教えていた。


「刃で目を擦るのはやめなさい。痒かったら左の指を使いなさい。」


ミロは左手の指を使って右目を掻いてみた。

掻きづらくて、やっぱり鉤爪で掻いてしまった。

家政婦がやってきて、ミロの前でまた困った顔をした。


「そうだ。」


「あなた、この服欲しがってたでしょう。あなたにあげるわ。」


家政婦は、ミロの前にメイド服を差し出した。

ミロが、家政婦の召しているものを見て欲しいと言っていたものだ。



くれるの?



「あなたが、その右腕で目を掻かなければね。」


ミロは、その日以来自分の体を鉤爪で触ることはなくなった。



時は経ちーーー。


大人になったミロは子供の頃の記憶を反芻して、そして目を開いた。

目の前に現実が広がる。黒い影が、佇んでいる。

黒い影に問いかける。


「お前は、私を狙いに来たのカ?」


「どうだろうな。ただ、見に来たのさ。鉤爪の殺し屋がどんな者なのかを。」


黒い影はニヒルに笑った。

帽子に隠された顔面から三日月型に曲がった口が覗く。


ミロは思い出していた。家政婦との記憶を。

体が疼く。全身を掻きむしりたい衝動に駆られる。

右腕の5本の刃がけたたましくぶつかりあう。

ああ、我慢できないーーー。


ミロは刃で左側の二の腕を引き裂いた。

血がドバッと溢れる。

そして左足の太ももを引き裂く。血が溢れる。

止まらない、この震えが。

ああ、始まる。この男との殺し合いが。

全身の血が熱く騒いで、疼きが止まらない。

早く。

早く。

早くしよう。シよう。シヨう。


鉤爪に力を込めた。

脚が地面を強く蹴る。

蹴る。

蹴る。

男が近付いてくる。いや、ように見えるだけだ。

ミロの体は無意識に男にせまっている。気が付いたら走り出していた。

男が懐から銃を取り出す。

拳銃だ。

2発撃ち込んだ。

ミロは横に避ける。

避ける。

男の頭上にミロは跳んで翻った。

逆さの世界。

男がこちらを見つめている。

男の背中側に着地すると、思い切り鉤爪をすぼめ前に突きだした。

男の背中を目掛けてすぼめた刃が迫る。


キィンーーー。


何の音だ?

…そう思った瞬間、ミロの体は回っていた。

視界がひっくり返る。

男に背負い投げをされた。

拳銃が焦げたように傷付いている。

拳銃で刃を弾かれたのか。

そう思った刹那、地面に体が叩きつけられた。

ドゴッと鈍い音がして、ミロの意識は失われた。







「起きろ。」



目が覚める。

さっきと変わらぬ場所…ミロはビルの屋上の元、タイルに横たわっていた。

地面の堅さが、彼女のスレンダーな体の骨張った部分に擦れる。

ざらついた地面だ。

ふと、自分の体の引き裂いたのを思い出した。

切れるような痛みは残っている。だが、血は流れていなかった。


「応急措置はしておいた。」


「…」


「しばらく立つのは難しいだろうな。」


両腕に力を込める。

立ち上がろうとしても足腰が言うことを聞かない。

出血多量で貧血状態を起こしているのか。

興奮も収まってきているようだ。

アドレナリンの放出がとまり頭がズキズキする。

なにもやる気が起きない。

だが、この男への興味は留まることを知らない。

ミロは口走る。


「たひひ…!!お前強いナ。」


訓練を受けた。

強くなるための訓練を。

最高の殺し屋となるための訓練を義父から。

育ての親から。

ミロは笑いが込み上げてくるのを止められなかった。


「くひ…!くひひひひ!!!」


無意味だったか。あの訓練は。

笑える。笑けてくる。

涙を流し果て、戸惑いを殺してきて、怒りを出しきってきた。

出しきって、全て失ってきた。

ミロは、拷問に耐えることも、笑顔で忘れることができた。

笑顔だけが自分に残された唯一の感情表現だったから。

ミロは、笑うこと以外の全ての感情を失っていたのだ。

涙も怒りも戸惑いも、全て殺し屋には不必要な感情だったから。

だって、そんなものがあったら、あの辛い辛い殺し屋の訓練を乗り越えることができなかったから。


ミロは笑った。


泣くように笑った。


「私を殺すのか?ドウシテ?」


笑いながら問う。


「どうしてって頼まれたからさ。殺し屋にそれ以外の理由はないだろう。」


「ダヨナ。」


ああ、安心した。

こいつも殺し屋だ。正真正銘の殺し屋だ。

こいつに殺されるのなら、私は本望だ。

不安があった。

殺し屋を続けていて。

このまま続けていて、老いて体が機能しなくなってきて、そしたら私はどうなるのか。

周りに誰もいないところで、の垂れ死ぬのか、と。

笑いながら不安を抱えていた。

この男は、天使かナニかだ。

私を殺してくれる、止まらなくなった私を天国へと連れていってくれる、天使だ。

殺してくれるのなら早くしてくれ。



「なぜ拳銃の引き金を引かなナイ?」



男は拳銃をこちらに向けたまま、動かなかった。

小さい沈黙の後、男は口を開けた。



「どうだ。」



「…」


「こないか、こちらのウチへ。」



「…?ウチ?」



「とびっきりのおもちゃを用意してある。お前が、一生遊ぶのに困らないような、頑丈なおもちゃだ。」


「…ナンノコトダ?」


「クックック…」


男の笑みがうるさい。

ニヤリとした口が感に障る。

ミロは怒るように笑っていた。

なんなんだこいつは?なんの企みを持っている?

腕に力が入る。太股が膝を地面に擦りながら動き出す。

なんだ?やめろ。

その薄気持ち悪い顔をやめろ。

なにが言いたい?

殺すか、こいつ。


「待て待て。うごくな、ミロ・スカーレット。傷口が開くぞ。」


「…」


「そうだな。お前は俺には絶対勝てん。お前は弱いからな、俺より遥かに。勝てるとしたら、その美貌くらいさ。残念ながら、俺は顔には自信がない。見てくれよ、この醜い顔を。」


男は帽子をとると、うつむき顔をこちらに見据えてきた。

醜い顔…そうだ、男には顔がなかった。

いや、言い方を変えると皮膚がなくなっていた。

顔面の右半分は皮膚が失われていて、内側の明るい赤の筋肉が丸見えとなっていた。

目玉がこちらを睨んでいる。

その眼にも皮膚がなく。

眼球の丸い形が露になっていた。

左目がこちらに訴えかけてくる。



「どうだ、酷い顔だろう。体を改造されたのはお前だけじゃなかったってことだ。俺は全身に筋力増加の手術を施されている。お前の動きはまるで熊のようにのっそり見える。ただ、副作用として所々の皮膚が爛れちまっているのさ。施術前の姿は見る影もない。俺は誰にも愛されることのない姿になっちまった。そんな俺が最近気付いたことがあってさ。聞いてくれよ。ミロ・スカーレット。鉤爪の殺し屋。」


「随分と饒舌に喋るんだナ。」


「ハハハ。コンプレックスが強いと、比例して言葉の数も増えていくのさ。さて、今回俺が思い立ったこと。その結論を先決に言うぞ。ミロ・スカーレット。俺と家族になる気はないか?考える時間は少ないぞ。奴等はもうここまで来ている。クックック。」


「何をいっているんだオマエハ?」


問いかけるミロの目の前に、6人の影が現れた。

空から、音もなく、なんの前触れもなく跳んで降りてきたのだ。


「ナ…」



「ミロ・スカーレット。」


男はこちらを見据えて言う。

右の露になった目玉も今は意思をもって燃えている。

左目の鋭さも輝きを放っている。

男の顔は、もう醜くは見えなかった。

男は快活に笑う。

この顔に、ミロは心を確かに打ち付けられたように感じた。

眩しい顔がミロを霹靂へと誘う。


「我ら七人。この殺し屋たちと一緒になって、この世界の転覆を謀ろうじゃないか。」


ミロは殺し屋たちの姿を見る。

多種多様、個性豊かなその姿を持った殺し屋たちは、男と変わらぬ輝きで、ニヤリと笑ってこちらを見守っていた。

笑顔は、その笑顔は自分のものとは違う。

誇りを持った、何者をも跳ね返すような光を讃えている。

家族。

こんな人たちと、家族に。

この男の途方もない陰謀には目もくれず、ミロはその一点に心を奪われていた。

遊びたい、こいつらと家族になったならば、どんな人生がこれから待っているのだろう。

ミロはニヤニヤが止まらなかった。


笑うような笑顔で彼女は言う。



「面白そうだ、その話、ノッタ。」



今、光の当たらないような薄暗い裏の世界で、8人の殺し屋の家族生活が始まった。

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