ノーベルハイドの吸血鬼(6)
「あなたがこの森で一人で暮らしているのはその婚約者を殺してしまったから? ノーベルハイドの吸血鬼は人を殺したと言われているのはそのことが原因なの?」
どんな反応を示すだろうかと危惧していたが、アリシアはリリを殺してしまった経緯には触れず、そんな質問をしてきた。
「……そうだよ。本当は殺されるはずだったし、リリが死んでしまったことがバレた時、僕は銃で撃たれたよ」
「それは……、自警団に? それとも身内の方に?」
驚いたように目を大きく見開いたアリシアは声を震わせながらさらに問いを重ねた。
「どちらでもないよ。あえていうなら身内の方が近いのかもしれない。僕を撃ったのは友達だった奴だから」
「どういうこと? どうしてあなたの友達があなたを撃つことになったの?」
「僕とリリが二人きりになれる場所は美術商のビリー・ウォッカの息子であるギルが手配をしてくれたんだ。ギルはリリの幼馴染で、美術商の父と一緒にオルコット家やファリントン家に出入りしていて僕とも仲が良かった。三人で遊んだりもよくしていた。当然一番最初に僕らの様子を見に来たのも彼で、彼は僕がリリを吸い殺してしまったことを察知した瞬間、迷わず撃ったよ。僕を、何発も。あの時に僕は本当だったら死ぬはずだったんだ。けど死ななかった」
「撃ちどころが良かったってこと?」
「いや、違うよ。普通の人間だったらきっと死んでた。けれど僕は、僕の身体は吸血鬼だから、すぐに傷が治癒してしまったんだ」
「普通の人間より傷の治りが早かったってこと?」
「いや、早いなんてものじゃないよ。数時間で完全に傷口は塞がって元に戻っていたからね。医者の手も借りずに自己治癒したんだ。僕がはっきりと意識を取り戻した時には傷は完全に癒えてた。普通の人間と違うその様は傍から見ても顕著だったんだろうね。ギルに撃たれた後、彼以外からも追い打ちのように何発も撃たれた。けど最終的には祖父が止めてくれたんだ。痛くて痛くて、意識が朦朧としていたからはっきりとした経緯はわからないんだけどね」
どうすることもせず、銃弾を受け続けた。リリを殺してしまった報いだと思っていた。祖父はきっと生殺し状態になってしまっていた僕を見かねて助けてくれたのだろう。
「あなたは撃った人達のことを恨んだりとかしないの?」
「恨んだりなんてとんでもない。リリを殺した吸血鬼である僕を見れば誰だって身の危険を感じて殺そうとするよ。当然の結果さ。むしろ僕の方が申し訳なさでいっぱいだよ」
「あなたは自分の境遇を嘆いたりしないの? 恨んだりとかしないの?」
「嘆いたり、恨んだりかい? そんなこと、したことないよ。まあ嘆かれたり恨まれてたりはするかもしれないけど」
嘆くだとか恨むだとか、アリシアの言うその言葉自体が僕にはピンと来なかった。後ろめたさだとか劣等感に苛まれこそすれども、自分が吸血鬼の血を引くこと自体に関する恨みを母や顔も知らない父、その他第三者に対して抱いたことはない。その発想自体が僕にはなかった。
むしろ彼らに対する申し訳なさが常にあった。
特にギルには、彼には酷いことをした。僕は彼も大切に思っていたであろうリリを殺した。そして彼は美術商としての仕事の傍ら、わざわざノーベルハイドの森へ追放された僕の元へ物資を届けてくれたり絵画を買い取るために訪れてくれている。
「そう。あなたはとても良い人なのね。変わってる」
「リリにも言われたけど、僕ってそんなに変なのかな?」
アリシアにまでそう指摘され、傷つく。
「変」
「そんなに断言しなくてもいいと思うんだけど」
「でもそこがあなたの良いところだわ」
アリシアははっきりと僕の目をまっすぐ見て言った。
「それは、ありがとう。……そういえば君は父親と婚約者と共にここまで来たって言ってたけど、君は婚約者と仲は良いのかい?」
そういえばアリシアにも婚約者がいたことを思い出し尋ねてみる。すると
「そんなわけないでしょう! あんな人、大嫌いよ!」
瞬時に表情をこわばらせアリシアは声を荒げた。僕に向ける視線も険しくなる。
「そう思うのはきっとまだお互いのことをよくわかり合えていないだけじゃないかな? 僕も最初はリリに嫌われてた。でも、お互いのことがわかっていくうちに自然と仲良くなれたよ。だから君もそのうち婚約者のことを好きになれると思うよ。いずれ結婚して夫婦になるんだしさ」
婚約者を毛嫌いするアリシアにリリと似たような雰囲気を僕は感じた。だから僕はそうサとしたのだが、アリシアはさらに僕を睨みつけてきた。そして大声で言い放つ。
「勝手なこと言わないでよ! 私の婚約者がどんな人か知りもしない癖に……。自分の婚約者と私の婚約者を勝手に同一視して判断しないで!」
彼女の肩は怒りのためかわなわなと震えていた。
「ごめん……」
アリシアの剣幕に圧倒され謝る。確かに僕は彼女の婚約者がどんな人物か全く知らない。自分の経験則で勝手なことを言ってしまったのかもしれない。
「あの人に私は……。私は……」
アリシアは震える自身の身体を抱きしめた。
「婚約するならあなたみたいな人が良かった。あなたみたいな人とだったらきっと私は結婚する気になれたに違いないわ」
そう言った切り彼女は黙り込んでしまった。僕は彼女に掛ける言葉が見つからず、スケッチを再開する。しばらくするとアリシアもまた鉛筆を動かし始めた。
こうして僕らはお互い無言のまま、それぞれの制作へと没頭し出した。