プロローグ
好きだった。彼女のことが。誰よりも。他の異性には感じ得ない特別な想いが熱を持って募っていた。彼女に対してだけ。
触りたいと思った。もっと深く彼女のことを知りたい、見たい、感じたい。
しかしそれと同時に別の感情もくすぶっていた。噛みつきたい。飲み干したい。真っ赤で温かいであろうその液体を。
彼女の血を吸いたい。
その欲求もまた強く僕の中で存在していた。
初めて人間の血を吸った時、不思議なくらいの充足感があった。いつも絶えずある倦怠感。灰がかったようにどことなく霞んでいた世界。それらが消え去り、視界がこれほどにないくらいクリアになっていた。口から嚥下した喉、そして全身へ力がみなぎるのを確かにその時の僕は感じた。
けれど気づく。それと引き換えに起こっていた事態に。
そもそもなぜ僕は人間の血を吸っている? 今まで牛や豚等の家畜の血しか吸ったことがなかったこの僕が。そして一体誰の血を?
血を吸ったと知覚するまでの記憶がその時の僕にはなかったのだ。
「リリ……?」
首すじに赤い二点の噛み跡をつけた彼女が、目の前で仰向けに、血の気のない顔を晒してベッドの上で倒れていた。 僕の口から液体が零れ落ちた。顎を伝ったそれを思わず手で押さえる。そして少しべっとりとした指に付着したそれを僕は見る。
それは真っ赤だった。僕の体温より少しだけ温かいそれはとても鮮やかな赤色をしていた。