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どうか心の片隅に(第二章)

 殺された香川弓子は妊娠していた。真相を探る千夜にも変化が…。千夜の恋人が登場!

第二章

 翌朝の教室は、昨日とは違った意味でざわついていた。

「香川、妊娠してたんだって」

 そんな話が耳に入り、千夜は溜め息をついた。

「おはよ、なんか変な噂が広まってない?」

「あー、なんか一年のやつが産婦人科に入っていく香川を見たとかで」

 原石が頭を掻き、答える。

「で、柔道部員が噂の元なんだね」

 秋葉が肩を竦め、

「でも、全然驚いてない辺り千夜も知ってたんじゃないのか?」

 と、問いかける。

「お通夜の後、香川さんのご両親が話してるの聞いた」

「じゃあマジなんだな」

 風切は「うーん」と腕を組む。

「犯人は二人殺したようなもんだよな、ひでえ話」

「でも、高校生で妊娠か」

 真面目な冷奈としては信じられないらしい。

「今回の事件も切り裂きジャック――じゃなかった、切り裂き権兵衛のしわざなのか?」

「わざわざ言い直さなくていいって」

「違う」

 千夜は思わず断言してしまい、取り繕うように付け加えた。

「と、思う」

 キョトンとしている四人に対して、

「ほら、売春とかしてそうにないタイプだったし」

 と言った。

「ま、確かにそうだな」

「しかし千夜にしては珍しいな。お前、基本的に他人には興味ないのに」

 秋葉に言われ、千夜は苦笑する。

「ま、こういうこともあるさ」

 そして、ふと思った。

 ――情報収集なら、『あそこ』が一番かな。


 放課後、漫画研究部にやって来た千夜。

 コンコンとノックをすると、「やばい、隠して!」という声の後に「はーい」と返事が返ってくる。

 ――何を隠してるんだか。

 千夜は苦笑した。

「やあ、元気?」

「あ、海戸せんぱーい! どうしたんですか?」

 るるが嬉しそうに立ち上がる。

「安本さんたちにちょっと訊きたいことがあってね」

「はい! この安本るる、海戸先輩のためなら何でも答えちゃいますよ!」

 彼女は敬礼をし、瞳はやれやれと肩を竦め、リナ困ったように微笑む。

「先輩は何が知りたいんですか?」

「殺された香川さんのこと。わけあって真相を知りたくてね。教えてくれないかな?」

 そしてまるで男が女を口説くように、るるへと顔を近付けた。

 するとるるは「はい!」と嬉しそうに声を上げ、瞳とリナの方を向いた。

「三年一組のファイルってどこだっけ、瞳ー」

「もー、ほんとは外部に漏らしちゃダメなんだよ。あくまであたしたちのネタ用なんだから」

 ネタ用という言葉はあえて気にせず、千夜は本棚にずらりと並んだファイルから一冊を取り出したるるに問いかける。

「彼女の交友関係とかは?」

「えっと、クラスに友達とかはいなかったみたいですよ」

 千夜は納得する。クラスメートたちの他人事のような反応はそのせいだったのだろう。

「クラス外には?」

「香川先輩は図書委員だったから、その絡みはあるみたいですね。三年五組の多田先輩が香川先輩に告白したとかなんとか」

「告白? 結果は?」

「玉砕ですよー。好きな人がいるからって断られたらしいです」

「ふむ」

 千夜は頷く。

「あ、あの、あと……」

 リナがおずおずと口を開く。

「生物室によく通ってたみたいです……。きっと生物が好きだったんですね……」

「生物が好きとは限らないわよ?」

 るるがにっと笑う。

「生物教師が好きだったって可能性はあるわね。国本とか趣味悪過ぎだけど」

 瞳が呆れたように言い放つ。

 生物教師、国本忠司の授業は千夜も受けている。どこか暗い感じのある四十代男性で、あまり生徒に好かれている様子はない。

「あたしたちが知ってるのはこれくらいですね」

「そっか、ありがとう。ちなみに彼女は妊娠してたわけだけど、心当たりとかある?」

「いやー、さすがにそれは。でも……」

 るるは言葉を切った。

「売春してたって話は聞いたことないから、恋人とかそういう相手の子供なんじゃないですか?」

「なるほど、ありがとう」

 千夜は三人に、「じゃあね」と手を振り部室を出た。

「とりあえずは図書委員の多田君、それと国本先生、か」

 そう呟き、学校前のバス停に向かった。


 そして次の日、放課後になると千夜は図書室にやってきた。

 カウンターに座っているのは二人、男子生徒と二年であることを表す黄色のネクタイをした女子生徒だ。

 千夜はすたすたと歩み寄ると、声を落として尋ねた。

「多田君いる?」

 男子生徒が溜め息をつき、「俺だけど」と答える。

「俺が多田浩太。何の用だ?」

「香川さんのことについて訊きたいんだけど」

「またですかあ?」

 隣に座っていた女子生徒が、嫌悪感を剥き出しにして唸る。

「え、なになに? またってどういうこと? というか、君は?」

 女子生徒の剣幕に驚き、千夜は一歩下がった。

「あたしは鈴原ルカです。もう十人目ですよ! 多田先輩にそのこと訊きに来たの!」

 眼鏡に三つ編みという地味な外見だが、なかなか気が強いらしい。腰に手を当てて立ち上がり、千夜を睨み付ける。

「多田先輩だって傷付いてるんですから、好奇心でそういうことを訊きに来るのはやめてもらえませんか!」

「まあまあ」

 多田の方が苦笑し、ルカを宥める。

「まあまあじゃないですよ、先輩! ムカつかないんですか?」

「まあまあ、図書室では静かに、ね?」

 千夜が人差し指を唇に当て、ニヤリと笑うと、ルカは更にきつく睨んだ。

「えっと、海戸だよな、三年一組の」

 多田に訊かれ、千夜は首を傾げる。

「そうだけど、何で知ってるの?」

「色んな意味で有名人だし、お前」

「へえ」

 あえて突っ込むことはせず、曖昧に笑った。

「お前はさ、好奇心とかで来たんじゃないんだろ? なんとなくだけど」

「うん、まあ。――多分」

「多分って何だよ」

 多田は「ははは」と笑うと、ルカの肩を叩いた。

「悪い、ちょっと出てくるから、しばらく一人で頼むわ」

「いいですけど……」

 ルカは釈然としない様子ながらも渋々頷く。

「どこで話す?」

「この時間なら食堂とか?」

「オーケー、手短に頼むな」

 二人は図書室を出る。ルカはその背中を見送ると、「もう!」と腕を組んだ。


 人がほとんどいない食堂で、二人は缶ジュースを手に話を始めた。

「香川さんに告白したって、ほんと?」

 直球だが、手短にと頼んだのは多田の方だ。千夜は問いかける。

 多田は気を悪くした様子もなく頷く。

「ああ、三ヶ月ぐらい前かな。図書室で誰もいなかったから、告白した。――ま、見事玉砕だったけどな。他に好きな人がいるからって」

「そっか」

 漫研の情報は確かだったらしい。

「好きな人が誰かは、言ってた?」

「いや、そこまでは。あ、でも……」

「うん?」

「きっと結ばれない相手だって、言ってた」

 多田は少し淋しそうに目を伏せる。

「なあ、あいつ、妊娠してたんだろ?」

「うん、そうらしいね」

「じゃあ、その好きな人とは結ばれたのかな? 誰の子供だったんだ……」

「さあ、私もそこまでは」

「十人目だって、鈴原が言ったよな」

「ん? ああ」

 多田が苦笑した。

「中にはさ、俺が父親じゃないかって言うやつもいるんだよ。玉砕したから、そのままレイプしたんじゃないかって」

 ルカがピリピリしていたのは、そんなことを言ってくる輩がいたかららしい。

「それは、酷いね」

「ま、そう思いたくなってもしゃーないよな。みんな動揺してんだよ」

 こうして話していると、彼はとても弓子を強姦するような人間には思えない。更に、人を殺せるようには見えなかった。

「じゃ、俺はそろそろ行くな。あいつ一人にしとくのも心配だし」

「ああ、うん。ありがとう」

 千夜はその背中を見送ると、多田の言葉を整理する。

「結ばれない相手、か」

 ――家族、同性、教師……。

「あのキスは、好意の証とかじゃないよな」

 結ばれない想い人に自分も当てはまる可能性はある。

 しかし、千夜は自分が弓子に想われる覚えがない。

 何より、彼女を妊娠されることなど不可能だ。

「キスして妊娠なんて、今時子供でも信じないよ」

 そして、問題はもう一つある。

 子供の父親と犯人が、同一人物なのか否かということだ。

「同じと考えるのも、ちょっと軽率か……」

 千夜は「うーん」と唸った。


 生物室は北校舎の二階にある。

 千夜は誰もいないその教室で、窓から見える中庭をぼんやりと見ていた。

「ここに、香川さんがよく出入りしてた、か」

 ――何のために?

 るるたちが言っていたように、国本に想いを寄せていたのだろうか?

 中庭には、帰り始めている生徒たちの姿が見えた。

 ふと、友人たちのことを考える。

 風切と秋葉はバイト、冷奈は早めに塾に行き自習をしているはずで、原石は柔道部。

「みんな頑張ってるなあ」

 ――私は、何をしてるんだろう。

 塾に通っているのは惰性で、弓子の事件を追っているのは、殺人鬼に頼まれたからで……。

「いや、でも……」

 千夜は首を振る。

 ――夢や目標とは違うけど、私には私なりのビジョンがある。

「そのためにも、失うものは少ない方がいい」

 かり、と人差し指の関節を噛んだ。

 その時、生物室の戸が開く音がした。

「何をしてるんだ」

 はっと振り返ると、白衣姿の国本がどこか神経質そうな目で千夜を見つめていた。

「あ、先生。すみません、少しぼーっとしてました」

 教師からの信頼を得ている千夜だからか、国本は特に疑う様子もなく「そうか」と言った。

「そろそろ帰ったらどうかね。最近は物騒だ」

 そう言いながら、彼は生物室のカーテンを閉めていく。

「はい、そうします」

 千夜は微笑んで歩き出し、ふと足を止めた。

「香川さん」

 その名前を口に出すと、国本の動きがピタリと止まった。

「――が、よく生物室に出入りしてたって聞いたんですけど、彼女、生物が好きだったんですね」

 あえてとぼけたことを言って振り返り、国本の様子を伺う。

 どんな反応を見せるかと思ってしたことだったが、結果は意外なものだった。

 千夜の方を見た彼の目から、涙が一筋溢れた。

「え?」

「香川君……、いや、弓子の」

 国本はポケットから水色のハンカチを取り出し、目元を拭う。

「お腹の子の父親は、私かもしれない」

 その告白に、千夜は息を飲む。

「愛し合っていたんだ、私たちは」

「何で、それを私に?」

「君は口が軽いようには見えない。誰かに、知ってもらいたかったんだ。私と弓子の間に、愛が存在したことを」

「はあ……」

 それ以上踏み込むことができず、千夜は「失礼しました」と言って生物室を出た。

 どこか国本に、恐怖を感じたのだ。

 ――知ってもらいたかったって、何だよ……。

「愛し合っていたなら、殺す必要はない、か……?」

 そう考えると、子供の父親と弓子殺害の犯人は別ということになる。

 しかし、国本の言葉を丸々信じることもできなかった。

「そもそも、何で腹を裂いたんだ」

 それに関しては、思い付くことがいくつかあった。

 現代の切り裂きジャックの犯行に見せかけるため、とか。

 弓子のことが憎かったから、惨たらしく殺したかった、とか。

 ――あと、もう一つ……。

「いや、それはいくら何でも、狂ってる……」

 千夜は頭を振った。

 ――いけない、いけない……。

 殺人犯のことを考え過ぎて、侵食されそうだった。

 殺意は、伝染するのかもしれない。

「怖い……」

 自分の中の殺意が、暴走しそうになる。

「は、は……」

 千夜は踊り場で蹲った。

 まるで、あの時の弓子のようだ。

 ――殺したい。私も、殺したい。

「あの、男を……」

「千夜?」

 名前を呼ばれ、はっと顔を上げる。

「どうしたんだ、気分悪いのか?」

 原石が、心配そうに千夜の顔を覗き込んだ。

「いや……、大丈夫」

 不快な感覚が収まっていき、千夜は息をついた。

「君こそ、どうしたの?」

 少し無理にだが、笑ってみせる。

「いや、部活終わったからお前を探してたんだ。こっち来たって聞いたし」

 原石は照れたように頬を掻く。

「後輩が、行けなくなったからって水族館のチケットくれてな、二枚。それで、日曜日に一緒に行かないかと思って」

「水族館?」

 前に話したことがある。海の生き物が好きだと。

 千夜はどこか小悪魔的な笑みを浮かべた。

「それは、デートのお誘いかな?」

「ち、違う!」

 真っ赤になる原石を見て、千夜は「ふふふ」と声を上げた。

「じゃあ是非、エスコートしてもらおうか」


 そしてその後、千夜はバスで十分ほどの所にある商店街にやってきた。

 そして二階建てのビルに入り、階段を上る。

「こんにちはー」

 『海戸探偵事務所』と書かれたプレートが貼ってあるドアを開け、声をかけるとデスクで煙草を吸っていた男がそちらを向いた。

「おー、千夜か。どした?」

 黒い帽子にサングラス、同じく黒のスーツをだらしなく着こなし、カールした肩までの黒髪というどこか胡散臭い男は、千夜の叔父で探偵の海戸十夜だ。

 千夜は応接用のソファに座ると、

「クラスメートが殺された事件のことなんだけどさ」

 と、口にする。

「ああ、現代の切り裂きジャックのやつな」

 どうやら海戸もあの事件は水上の犯行だと思っているらしい。

「うん。その関係で、おじさんに頼みたいことがあるんだけど」

「ん、何だ?」

「被害者の香川さんの中学時代のこと、調べてくれない?」

 海戸はきょとんと間抜けな顔をしたあと、眉間に皺を寄せた。

「お前、まさか探偵の真似事か?」

「そんなとこかな。頼まれちゃって」

「誰に頼まれたんだ。そういうのは警察か本職の探偵に任せとけ」

 誰にと訊かれても、現代の切り裂きジャックとはさすがに答えられない。

 ――殺人鬼に仲間扱いされたなんて、言えるわけないし。

「真剣に頼まれたから断りづらくて。お願い、おじさん! 危ないことはしないから!」

 千夜が手を合わせ、海戸に頼み込む。

「絶対、危ないことはすんなよ。調べるだけはしてやるから」

 頼まれると断れないのは血筋なのか、姪に甘くしてしまう叔父の性なのか、彼は渋々了承した。


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