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〇〇◎〇〇〇〇〇式殺人事件  作者: 夢之ゆめぜっと
○○◎○○○○○式殺人事件
8/12

仮面(ペルソナ)

執事は主の弟であり石渡三兄弟の父 博文ひろぶみの自殺を語り始める。

十三年前の会合、重役にはびこった軋轢。

殺意の連鎖はそれぞれの上位階級者に向けられた、全く一方通行の矢印を描いていた。

そして、最上階にある博文が、最下階にある青年に殺意を持つという、結果として殺意の閉じた環をその全体は構造していた。

「ウロボロス」。

…そう表した虫栗の直観が一同を幻想風景へと駆り立てる…

しかしその事件の顛末は、博文が核となり皆へ挑んだ、集団心中という賭けとなり結実した…


 遅い昼食会をおえて、ひとときの安息を一同は待ち望んだ。

 疲弊仕切っている様子だ。


 食堂を跡にした皆はどこへ消えてしまったのだろう…

 ロビーは閑散としている。

 ポツンとソファーに座り込んで、虫栗はそれとなく窓際へ移った。


 窓の外を見ていた…

 すると、以外な人物が虫栗のもとへ…


「美しいですね」


「?」


 虫栗の部屋から見る庭と違って、花よりも緑の広がった風景…


「…ああ。市朗さん…こちらにおいでになられましたか」


「…ええ…皆はそれぞれの部屋に…大分お疲れのようですので…」


「そうですね、とても濃い内容でした。あなたはずっと聞き入っていました、大変気力を使い果たされたのでは…市朗さん?」


「…はい。しかし、お話ししておきたいことがあるのです、虫栗さん」


「…そうですか。ではあちらに移りましょう」


「ええ。しかし、やはりこのままでお話ししてもよろしいでしょうか?」


「構いません…では、お話し下さい」


「昨夜お話ししましたが、ぼくは複雑な家庭事情を持っています」


「…ええ…ご兄弟の狭間にあって大変気苦労も多いことでしょう」


「…、実は、長男の一楼も似た境遇です」


「……?」


 ふいに断定された一言が虫栗の脳をぐるぐると巡っている…


「一楼兄さんは、ぼくを大変慈しみ、親のように育ててくれました」


「…失礼ながら博文氏はあなたの祖父のような年齢でしたし、それこそ組織に入り浸りだったでしょうし…」


「はい。ぼくにとっては正に父親です」


「…やはりそうだったのですね…」


「…しかし、さきほども言ったとおり、実は一楼兄さんもぼくに似た境遇を持っています。それで…」


「…それは…どういう意味なんですか?実は彼も養子ですか??」

 

「ぼくは養子で、腹違いの母が亡くなってからこの石渡家へ移されました。この拠り所のない浮遊した気持ちは独特です…」


「その境遇でなければ他者にはわからないでしょう」


「それで…しかし兄は、全く同じ境遇ではないけれども、精神的には似たものを抱えこれまで生きてきたのだと思います…だからこそ、ぼくを特別愛してくれたのだと思います…」


「…精神的に…ですか…」


「ぼくがこの石渡家、つまり石渡博文の家に入る前、一楼兄さんの持つ、それこそ父すら気づいてはいないであろう過去を、伯父となる道山氏は、ぼくを館に招いて話してくれました」


「…ほう…それは非常に興味深い…」


「伯父のあの一室で、父や一楼兄さん、そして伯父の奥様などのいきさつについて…」


「…あの写真の美しい…」


「ええ…あれは同時に一楼兄さんの母でもあるのです」


「!!やはり一楼さんは…養子だった?」


「…いえ…それは一面です」


「……」


「強いて言うなら事情はもっと複雑で、ゆえに根深いものでした…」


「それは難解ですね…想像すらできません」


「そうでしょう。それをお話いたします…」


 虫栗は市朗の強いメッセージを感受していた。しかしそれがなぜ、そしてどうして自分へ向けられたのか、感知できずにいた。


「今一楼兄さんは確か42歳です。そして、父が義母ははと結婚して数年かからずに一楼兄さんは産まれました」 


「はい」


「実は、父ははじめ、伯父とこの館で暮らしていたそうです」


「…そうでしたか…それは知りませんでした」


「…ええ。一楼兄さんも敢えて想い出そうとはしませんからね…それで、結婚してからもその生活はしばらく続きました…」


「…すると…お義母かあ様も連れてこられたのですか…?」


「ええ。広い館ではありますが、いわば共同生活でした。それで、ひとつ奇妙なことがありました…」


「……」


「実は父博文の連れ込んだその妻は、双子でした…一卵性双生児…そして奇妙な事に、父はその結婚相手を双子共々引き入れたのでした……」


「……。ほう…とても変わったお話ですね…それも知りませんでした」


「一楼兄さんはその頃の話をぼくに一度もしたことがありません…ぼくは十三歳のあの日聞かされた伯父のただ一度切りの話を、ただ未だ鮮明に記憶しているに過ぎません」


「それほどに印象深い話だと感じられます…」


「ええ…この時点でも十分。しかしぼくにとってより鮮明であるのはこれ以降の印象です」


「…そうでしたか」


「はい。一楼兄さんが受胎するまでの間、父たちは奇妙な生活を送ることとなります。伯父にしてみれば弟の他にその妻と、それにそっくりな妻の双子の妹がいるわけですから…」


「そりゃあ、どう考えたって奇妙です」


「しかし、一楼兄さんがその双子の姉である義母ははの胎内に宿った頃には、伯父のほうもその双子の妹である女性を見初めていて…つまりとうとう我が妻として娶ってしまったのでした」


「!!凄い話ですね…それは皆が知っている話なのですか?」


「…もちろん…ですが、伯母である女性も、義母ははも、とうに亡くなってしまっていますから。皆はもう過去の話として記憶からは薄れてしまっているみたいです」


「…ふたりは…あなたの義母ははは確かあなたが養子に入った時には…」


「ええ。ぼくが養子に入ったのは、今から九年前の十三歳…義母はははとうに亡くなっていました。義母ははは今年で十八回忌です。だからもうぼくが幼い時には…」


「ええ…わかりました。では、あなたの伯母のほうは…?」


「ええ。伯母の方もあまり変わりありません、義母ははが亡くなって2年後になくなりました」


「…なるほど…そうでしたか」


「実際ぼくと一楼兄さん以外にその双子の女性を意識する人間はここにはいません」


「はい…」


 少し間を置いて…


「それからの話しをいたしましょう。一楼兄さんが産まれたときには、一楼兄さんの幼き眼には、恐らく二人の同じ姿をした母が写っていた」


「…やはり妙な気分になります…」


「ええ。同時に一楼兄さんにとっての当然だったとも言えます」


「ほ~う…」


 虫栗にやっとイメージが浮かび上がる…その奇妙な風景が…


「父と義母ははは、『血と裁きの教団』に没頭していました。そして実際父、義母はは、一楼兄さんの家族3名は、それから三年経って独立し、現在ぼくらが暮らす家を構えました…」


「それが現在の『血と裁きの教団』の礎となったのですね」


「その通りです。ところで、一楼兄さんは、まだこの館に暮らしている時に、家を空けることの多かった義母ははではなく、伯母の方に育てられていたということです」


「……。おなじ容姿をした産みの母と育ての母…ですか…」


「…はい…全くその通りです…それは濃密な陰影を一楼兄さんの精神へと刻みつけました…穏やかで暖かい…柔らかな光の陰影を…」


「光の陰影…」


 虫栗は口ずさんで、再びそれを脳裏に浮かべて見るのだった…


「それは、とても深いものであったことでしょう…実際別れ際に強い視線を送り続けたと伯父は言いました…育ての親であるほうの女性へ向けて…」


「幼ければこそ尚さら…ということですか…」


「ええ…実際容姿は瓜二つでした…実の子からすれば全く見分けが付いていたのかもしれませんし…しかし、一楼兄さんにとって、精神的な情愛はやはり育ての親である伯母のほうから断然受けていたといえます」


「…それが、母の分身たる双子の妹ならば尚の事でしょうね…そちらを母だと認識してもおかしくない」


「!!…虫栗さん…やはりあなたは慧眼です…それから先も、館に預けられて、結局は育ての母から育てられることがより多かったそうです。そして…」


「……」


「…一楼兄さんは、産みの母親ではなく、双子の妹であるもうひとりの母を、実際の母親であると混同してしまうようになった…」


「…!!それは…」


「…ええ…そのことはハッキリとぼくに、伯父の口から言いはなされた言葉なのです」


「それは比喩ではなく…本当の意味で?」


「…虫栗さん…それは飛躍的な判断ですね…しかし、それがあなたの優れた能力であり、真実を掴み取る嗅覚です」


「……」


「ええ、そうなんです…普通はこの話を聞けばそれを比喩と捉えるでしょう…ぼくもそう思いました。しかし、伯父はぼくに悟すようにもう一度言い直したほどでした。意識、記憶、感覚…思惟と呼ぶべき綜合的な認識において、母を混同してしまい、とうとう一楼兄さんは、本気でもうひとりの母を母親だと、その母のほうのお腹のなかからじぶんは産まれてきたのだと口にするようになってしまいました…」


「虚実が入り乱れた…そういうわけですね」


「ええ。狂ったわけではなく本能的に…実際一楼兄さんは理知のひと…ただひとつその認識だけが本能に侵されてしまったというわけでした…」


 虫栗はふう~っと息を衝く。


「皮肉なことに、その言葉が一楼兄さんの両親に知れた時から兄さんは館から完全に引き離されてしまいました…狂ったように泣き喚いたそうです…一楼兄さんが小学校にあがるくらいの頃の風景です」


「…壮絶です…あなたの境遇に匹敵する…」


「…いえ…それより酷い…。ぼくは悲哀とともに生きてきました…しかしそれは時に…逆説的にぼくを癒してもくれます…いちど別れてしまえば…感情なんてその時々で移りゆくものですから…」


「…ふかい感情をお持ちですね…自分が恥ずかしくなります…」


「いいえ…ひとにはひとそれぞれの人生と苦悩があります…較べてどうこう言うものではないと思います」


「ええ…。あなたは強いお方だ…」


「いえ。ぼくは弱い…ただ…ひとと少しだけ違った人生の航路を描いただけということ…ひとはみな、ひとそれぞれの道を行くだけでしょう」


「その通りですね。感嘆します」


「ただし…それでもぼくの境遇と較べてしまえば、一楼兄さんのほうが壮絶であることがぼくには実感されるのです」


「あなたよりも…」


「ええ…確実に…もちろんそう思い込んだ一楼兄さんに起源があることは確かです、しかしその苦悩はとても越え難いとおもいます」


「……」


「つまり、生き別れた実の母親の『仮面ペルソナ』を視界に入れ続けなければならないその違和感が付き纏うという…」


「『仮面ペルソナ』!!それは実に苛烈な発想です…それは暴走ではありませんか?」


「…ええ、そうとも言えますし…しかし…ぼくの嗅覚にはそうとしか…」


「!!!」


 虫栗は、市朗とのこの会話の中で一番の衝撃を受けた!そして鮮明な感覚が虫栗を覆った…


 …真実…


 奇妙な世界を包んだ…そこかしこに存在する奇妙な真実が…そこに…かしこに…


「しかし…嗅覚…私が常に用いるその言葉が、あなたの口から発せられた瞬間、私はすべてが明瞭に諒解されてしまいました……。…もう言葉はいりません」


「…ありがとうございました…なんだかスッキリしました」


「先ほどぼくはぼく自身のことをそれほど壮絶ではないと言いました」


「ええ…凄いことだと思います」


「でも…」


「……」


「ぼくは不意に人が殺したくなる」


「!!」


 悲しみを振り切った、穏やかで静かな印象しかなかった市朗が虫栗の眼前に、急激に恐ろしく実体化した!


「…ぼくの闇には満ち引きがあります…ありがたいことに普段は穏やかに生かさせてもらっています…虫栗さん…ぼくの義兄あに、次朗の殺意はもうお気づきでしょう」


「…はい…あなたに向かってクッキリと…」


義兄あには…次朗は…とても恐ろしい…」


「……」


「しかし…ぼくの中に…突然、次朗と同じ狂気が渦巻いて…ぼく自身を殺しにやって来る瞬間がある…」


「…!!」


「ぼくはそれが…次朗なんかよりよほど恐ろしい…」


「気づきませんでした…」


「ええ…虫栗さん、あなたは慧眼です。しかし、ぼくがこちらに来てその気持ちを呼び起こした事は一度だけです…あなたに当面する前に…一度だけ…」


「…そうでしたか…」


「ええ…ぼくはそのあときまって虚しくなります…羨んだ自分を貧しく思うから…」


「…??」


「いいえ…口が過ぎたようです。探偵さんに言っていいことと悪いことがあります…ぼくは間抜けですね…」


「…あなたは賢い…強く…そして自然だ…」


「ふうっ。強いわけではありません」


「いいえ…あなたは自然に生きていますよ…苦悩をただ苦悩として捉え…それはつまり自然です……。自然は時に凶暴になる…」


「ええ…ときに人災は自然よりも凶暴です…」


「実に…。私もそう思います」


「自分を棚に上げるようで嫌ですが、やはり次朗は狂気です。我々が事務のごとくこなしている『血と裁きの教団』を、アイツは本気でやっています」


「……」


「本能的に衝動的に…ただ、近頃は通っていないと聞きます…」


「…ほう」


「しかし…だからこそ恐い…そのマグマがいつ唸りをあげるのかと考えれば…」


 そして市朗は口を噤んだ……


・・・・・・


 無言で風景を眺めているのだった…

 小一時間くらいたっただろう…突然市朗が虫栗に…


「風景は…緑は…ぼくを癒します」


 虫栗も同じ気持ちであった。


「同感です…癒されました」


「大分毒づいていたので…浄化…やはり自然は人間以上に脅威ですね…」


「ええ…驚異的なまでに…」

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