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〇〇◎〇〇〇〇〇式殺人事件  作者: 夢之ゆめぜっと
○○◎○○○○○式殺人事件
7/12

ウロボロス

一同の正面に並んで座った二人は本当の父娘のようだった。

主の追憶に涙を浮かべる執事の話を継いだ召使い「露子」の語りの内容は、そのひと言ひと言が強力で切実なものであり、一同は言葉を奪われてしまった。

重圧に耐えかねて話題を転向した虫栗の次なる矛先は、十三年前の石渡いしわたり博文ひろぶみの死の真相に向けた推理だった。

館に飾られた菊と薔薇に示されたメッセージ。

そしてダリアというその解答。

虫栗の推理の腕に決心した執事は、十三年前の事件の記憶を語り始める…


「虫栗様の言うとおり、博文ひろぶみ様の死は自殺でした」


 虫栗は少し遠い目をした…


「十三年前…あの日もこの館にて会合が開かれたのでございます。会合の目的は重役についての軋轢を解くことでした」


 虫栗は途端に意識を眼前の執事へと呼び戻し、鋭い目つきになっていた。


「といいますのも、あの頃の、『血と裁きの教団』とは、我が主 道山どうざんを象徴と掲げ、実質 副代表である博文ひろぶみ様のいわば独り舞台でございました。そしてその他の重役の関係性は、常に不協和音に包まれておりました。」


「…そうですか…ではそれは、『血と裁きの教団』の伝統と呼ぶべきですね」


「!!」


 虫栗の挑戦的な断定に皆の殺気はむしろ弱まった…

 そしてすぐに噴き上げ、カオスとなった。


「虫栗!!」


 とうとう呼びすてで叱咤した。

 しかし道灌どうかんのその不器用な気転こそが、この場における最善策となった。


「虫栗さん、これだけドギツイ組織は、古今東西どこを探してもほかにありません…あなたのおっしゃる通り、不協和音は我々にとっての子守唄です」


 続く清潤せいじゅんの断定により、場はある理想的な緊迫感を新生した。

 そのおかげか、表面を取り繕うよりむしろ危険から遠ざかった。 

 それは野生における輪郭の濃い縄張りのようなものであった。


「…虫栗様…この組織の歩みはこれまで一筋縄ではございませんでしたし、無論これからも前途多難でございましょう…そして、だからこそ強力な組織たりえております…」


「…なるほど。それでは下手な言葉を慎まなければならないようですね」


「…ええ、本望でございます…」


「では執事、続きをお聞かせください」


「はい。組織に流れる不協和音…それはやがて将棋倒し倒しのように押し寄せて、とうとう博文様にまで到達してしまわんばかりの逆流でございました」


「…それはつまり…??」


「…つまり、それは伸びやに生長していく下克上のタスキ…」


「なるほど…それは実に単純明快な矢印だ」


「ええ。そういう風にも言えましょう。しかし明快であるが故 頂点ピラミッドである主には脅威にほかならなかったでしょう…」


「つまり一列に並んだかつての『血と裁きの教団』の序列は、その隣人に対して、淀みなく殺意の直線が伸びていて、その逆流が果てにはピラミッドの頂上を射程に入れていた、ということですね…」


「ええ……。…しかし、その手前の、博文様が防護壁となり、頂点は守られたことでしょう…」


「実際道山氏は死ななかった」


「象徴を失うことは、実質台風の眼であった博文様にとっても、結局その原動力を失うこととほかならなかったのでございます」


「……」


 執事の回想のためにとおい昔話に絡めとられ、過去へと向かっていた筈のこの部屋の意識の共鳴。

 突然の旋回。執事の回想が図らずも現実を呼び起こす結果となり、一同は息を呑んだ…


 ……。

 「血と裁きの教団」はどこへ向かって行けばよいのだろうか……


「それに…」


 執事が言葉を呼び戻す。

 ほんの僅かな息継ぎであったにかかわらず、まるで長い沈黙のようだった。


「奇妙なことに、博文様が唯一殺意を顕になさった人物がおりまして…それはあろうことか、重役においては一番の下っ端…それもただの臨時役員でかつまた歳もまだ成人に至るかいたらぬかの青年でございました…正直名前も覚えていないほどでございまして」


「下っ端の役員に殺意…ですか…??」


「ええ…今だからもう告白してもよいことだと判断いたしております。博文様がワタクシに耳打ちしたのでございますから…『あの青年がワタシのこの世で一番殺したい男だよ』と…その時ギョッといたしましたけれど、時が経つうちにその言葉は単なる軽妙な冗談だったんだろうと、今では思っております」


「なるほど、それは興味深い」


「…その冗談が、でございますか?」


「いいえ…大真面目にです」


「えっ??」


「つまり、これが大真面目であった場合、この関係は非常に興味深い…」


「…一体どういうことでしょうか?」


 これまで伏せられてきた、父の知られざる死の直前の事実に対して、虫栗なりの真実を一楼は請求した。


「はい。重役たちにはそれぞれ殺意があったことを執事は先ほどおっしゃいました」


「…はい」


 執事は少しためらいがちに返事をした。


「それも、ひとつ上の幹部に向かってキレイに、一列の流れで…」


「ええ。滑稽なくらいに…それは正に目の上のたんこぶというモノでございましょう…」


「ええ…序列のなせる技です。しかしその終着点は、頂点ピラミッドではなく…」


「……」


「…ウロボロス…」


「……???????」


「もしその重役たちが自由にその一番殺したい相手を殺せるとしたら…それはひとつ上の階級への反逆の連鎖」


「……」


 一同は続く言葉を待った。


「そしてその最上階は、最下階を狙っている。つまりそれは環となって永遠に止まらない殺意の連鎖…」


「……」


「…しかし…」


 道灌どうかんが恐る恐る疑問を呈する。


「…人は一度死ねば終わりだ…永遠なんてありえねえ!」


「…いいえ…」


「!!」


 正論としか思われない道灌どうかんにあっさり反論を表明する。


「ウロボロスの神話…蛇の頭が尻尾を喰っているそれは…はじまりとけつまつを混濁させて、果てに永遠を浮かび上がらせます…」


「…しかしっ…しかし…」


「……」


 一同は考え込んでいた。虫栗の突然示した推理の手引きが余りに突飛であったから…


「…お見事です…虫栗さん…」


「!!!!!!」


 意外すぎる執事の諒解が、一同の考察を、より難解にした。


「……」


「ええ…いかにも…その日の結末ははじまりもおわりもすべてを消し去ってしまったかのような…未だに解けない永遠の謎のように、思われてならないものとなったのでございます」


「…ほう…」


「このことは清潤せいじゅん様、道灌どうかん様ともに未だにパンドラの匣のようなイメージをお抱きであるかと思われます」


「…ええ。私もまだ幹部ではございませんでしたから、それは伝説に過ぎません」


「俺にとってみりゃあもう七不思議みたいなものでしかねえ…」


「…どんな結末でしょう」


 虫栗は真実の手綱を握り直した。


「はい、申します…その会合に集まった重役たちは主以外は、博文様を含め8名でございました…」


「……」


「…それで、あなたがたの宿泊なされている客室に皆様は寝泊いたしました…」


「…というと博文氏はあの部屋に…?」


「ええ。虫栗様、あなた様の現在いらっしゃる部屋でございます…」


「…はい」


「会合も滞りなく決着に向かい…軋轢も薄れようとしているように思われておりました…」


「……」


「…しかし…」


……


「…しかし…」


 執事は一度言い淀んで繰り返す…


「…そのある日でございました。驚愕いたしました!」


「???」


「朝…客室を見回る羽目になりました…」


「……」


「はい…といいますのも、朝の早い年配の役員たちが皆、朝食の時間に遅れているので、不審になったのでございます」


 ふうっ…と息をつく執事。


「そして驚愕が訪れました。ひと部屋ひと部屋に…ベッドや床に転げておりました」


「!!」


「…ええ。皆、亡くなっておられたのです」


「…というとっ?」


「はじめは揺すっても起きない…という認識でしたが、近くに遺書が…そして毒薬の瓶がありました…」


「…自殺ですね?」


「ええ…そしてもれなく」


「!!」


「7部屋が7部屋とも!!!」


「!!!」


「そして祈るような気持ちで最後のドアを開けました…」


「……」


「…そ…そこには…」


 追憶に胸が震えたか、執事は言い淀んだ。


「…そうですか…。妙です…とても妙な塩梅です」


「……。失礼しました。やはり未だに現実とは思っていないようです…」


「すると博文氏の部屋からも遺書や毒薬が…?」


「はい…それも、ピッタリと最後まで辻褄の合う内容でしたので、疑問の余地すら挟めませんでした」


「…なるほど」


「それは、博文様の命や精神を賭けた戦いの結末でございました。あの時…あの暴走を止める何かしらの材料がなかったという、あの運命が憎うございます」


「…それは?」


「…はい。明らかに博文様は鬱でした。しかも重度だった。それでも組織の結束へと精神を削る姿に、何度も何度もお控えなさるよう助言は常に絶えません…」


「……」


「…しかし、失敗でございました。あの結果には博文様の狂気、熱意と、博文様への重役たちの忠誠が込められていました」


「…そうでしたか」


「すべての遺書はまるで合わせ絵でした。すべてを連ねれば物語として流れ出す、つまり美しい一連性を見せるのでございます」


「!!!」


「あの集団自殺は、重役全員の心中でした」


「!!!!!!」


 一同は真実に到達し、やっと現実を諒解できたようである。


「先程もワタクシは申しました。こればかりは聡明で荘厳なる博文様の、唯一の失敗である…そう認識するほかはありません」


 一同と虫栗は夢中で聞き入っていた…


「一連性を持った遺書を読み合わせた物語でございます。表面上うまくいっているように思われた軋轢からの恢復も、実のところは絶望でございました。その結果に対し、憔悴なさった博文様の決断は凄まじいものでした」


 執事は一瞬話を切り、また続けた。


「博文様はひと部屋ずつを訪れました。そして会合の失敗を告げ、命を賭した取り引きをひとりひとりに持ちかけたのでございます」


……


「率直に死んではくれないか、そう告げたのでございます」


「馬鹿な!!」


「ええ、皆様、そう仰っしゃるのは当然でしょう。ワタクシも遺書を読みあわせただけでございます。しかしそこにはそう記されてあり、サインも拇印すらしっかりと遺されてあるのです」


「……」


「ひとり…ひとり…ただ簡潔に。重役の、階級が低い順にそれはなされました。次なる階級のものが、前の階級の遺体を確認し、もし自殺するなら次の上の階級を自殺させよう…そういったのでございます」


「…!!なるほど!殺したい相手を殺す確約…」


「…ええ。命を犠牲にした。そして…最後のひと押しがコレだったのです。もし淀みなく皆が死んでくれたら私は死ぬ、そう博文様はおっしゃい、また、それがひとりでもかければ私は生きる…と」


「ふっふっふっふ…」


 虫栗はよほど好奇心が満たされたのか、突然可笑しな笑いをあげた。


「悪魔の組織の頂点を7体の遺体と交換できる、つまりは独占できるという魅惑的悪魔的な契。選択を迫られた7つの精神…そして博文様への忠誠と賭け事…」


「…まさにウロボロスです。生命は消え…永遠が訪れた……」

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