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〇〇◎〇〇〇〇〇式殺人事件  作者: 夢之ゆめぜっと
○○◎○○○○○式殺人事件
6/12

「奇蹟」…菊の花,薔薇の花

翌朝虫栗は一同をロビーにあつめた。

昨晩の訪問でたどり着けなかった真実を聞き出すため。

一同が今回の会合で呼び出された理由。

それは「血と裁きの教団」における契の儀式を交わすためだった。

それがためこの館の部屋に施されたカラクリが必要であることも知る。

しかし、それは、互いに怨恨を抱き合う一同の面々を二人きりの状態にしてしまうことでもある。

危険を回避するために、今晩行われる予定のその儀式を延期してもらうよう虫栗は一同に要求し、一同はそれを飲んだ。

そこへ、虫栗が、主殺しの真犯人だと目星をつけている召使いの「露子」を連れ、執事との2人は一同に歩み寄っていた。


「さて…」


 合流した二人は結ばれているようだった。

 どんなふうに結ばれているのかというと…

 そう、例えば重大な秘密を共有している者どうしみたいな……


 ロビーの向かい合うソファー。

 そこへ向かい合い座る「血と裁きの教団」幹部の6名。

 別段上座も下座もお構いなしにそれぞれが思うまま座っていた。

 一楼いちろう次朗じろうは隣り合っており、その隣りに市朗いちろうはいない。それはひと目で一楼の配慮によるものだとわかるが、しかし逆に次朗の鋭い眼孔が余計に真向かいに座った市朗を捉えて、それはもう獲物に照準を合わせた猛獣のように光った。


 虫栗は中央奥に配置された一人掛けソファに腰掛けていた。


「さあ、お待ちしていましたよ、ここへ…」


 虫栗はそう促して二人は少し戸惑っていた。

 それから召使いの方を立たせ、執事が虫栗と迎い合って座るべく腰を下ろそうとしたとき…


「失礼…執事。実は私は今から、特に露子さんの方へ訪ねたいことがありまして…」


「そうでしたか…」


 執事は素早く立ち上がり、召使いの方を座らせようとしたが…


「とはいえ…やはり執事…結局あなたに頼ることとなるでしょう…よろしければ椅子をお持ちいただけませんか…お座りになってじっくり話しがしたいのです」


「ええ、それではしばらくお待ちくださいませ…」


・・・・・・


「こうして並んでいる姿を見たら、実際親子のようですね…」


 露子つゆこは顔を赤らめた。

 親をすでに失った露子つゆこにとって、親戚である執事はもう、父親同然だった。


「ええ、ええ…正しく親子そのものです」


 清潤せいじゅんがそう言うと、一楼は顔を伏した…


「実を申しますと、ワタクシが露子つゆこをこの館に招き入れた時には、その気持ちの顕われであったことを覚えております」


「ほう…」


 虫栗は二人を見比べてみる。

(…容姿…面影…親子といって差し支えない…)


「主人が病に伏したのは、紛れもなく家族への喪失感でございました。奥様もとうにお亡くなりになられて…それで…」


 主人の追憶に浸り…執事はまなこに涙を湛えていた…


「…まことに差し出がましい限りでございますが、主人はワタクシめのことを家族であると、つねづねよりおっしゃい続けていただきました。それで…ワタクシの身内をこの館に引き入れたところ、まさしく愛娘として情愛を注がれたのです」


「…そうでしたか…それで奮起なさったのですね」


「ええ…ありがたいことでした…」


「では露子つゆこさんにとって、今回の事件は家族を失ったも同然ですね…どうでしょうか?」


「…」


 突然質問の踵を返した虫栗の圧力に露子は少し狼狽している様子…


「…ええ…わたくしにとって、父親も同然でございましたし…それに…」


 露子の言葉にやはり一楼は目線を地面へとを突っ伏したまま…


「…それに…わたくしは何度も家族を失いました…それは、とても悲しいことで…」


 強い言葉が空間を乾かせた……

 そこには空間の芯を知覚させる強さが見て取れる…

 

「…その悲しみを乗り越えるたびに…わたくしはにんげんを失っていくばかりです…」 


「!!」


 虫栗のみならず皆はギョッと…

 それは…彼ら非現実世界の幻想をぬぐい去るような…乾いた…現実…


 虫栗は知覚していた。

 露子のこの心情の暴露は何より真実でまるで心臓から逆流してきた血液のように熱かった!

 溢れ出す涙を瞬時に蒸発させるほどの…苛烈な…熱線……


「なるほど…」


 虫栗は瞬間たじろいだ…露子は今にんげんいじょうに冴えている…幻想的なほどの異常な熱い蒸気に浮かされ熔けている…今、この女に触れれば焼け爛れ精神は朽ち果てかねない…


 虫栗のその直覚は自ずと露子への尋問を回避した…危機の回避だ。…つまりこの時点、虫栗は露子に敗けた…


「それでは少し話題を変えましょう…」


 皆はふうっと息を衝く。


「十数年前…露子さんを招き入れるきっかけとして、主の弟…つまりここにおれれる石渡三兄弟の父である博文ひろぶみ氏がお亡くなりになりましたね」


「…ええ。十三年前でございます」


「一楼さんは真実に覆いを被せられたが…」


 クールで皮肉屋の一楼に珍しく…一楼の眉間の皺が寄った…  


「私は博文ひろぶみ氏がここでお亡くなりになられたのではないかと思いまして」


「……。」


 ……

 一同は目を丸くしていた…

 それから皆がみなきょろきょろと落ち着きをなくした… 

「…どうしてそれを…」


 問いただしたのは一楼である。


「はっはっは…」


「何がおかしい!!」



 道灌どうかんが珍しく本気で食いかかる…


「これは純粋に直観です」


「クソッ!!ハメやがって…」


 一楼をはじめとして皆は不覚を取ったといわんばかりだった。


「私はこの物騒な会合に向かう際、『血と裁きの教団』について一通り調べました。その中でも最も大きな出来事である筈の博文ひろぶみ氏の死については余りにも曖昧な文献がひとつあるだけでした…そう、たったひとつ!!これは何かの隠蔽以外には考えられません」


「…実に不覚です」


 一楼は肩を落としている。


「皆さん、これはシークレットですね…」


「テメエ…我々を舐めたら最期…わかってんのか??」


「いいえ…」


 虫栗は自分の死体を想像して少し押されそうになった。


「しかし…私のさがは時に命を賭すことがあります…そうなったらもう止まれません…実に滑稽です」


 やはりどの状況にあっても腹を割る姿勢は変えない…


 そして、虫栗の率直さが皆の共同意識を、敵意から共感へと変えてしまった…

 …そのみがわりの軽妙さは、ある種「奇蹟」的ですらあった……


「認めましょう…父はこの館でなくなりました…」


「スキャンダラスな死に方で…」


「テメエ!!」


「いえ…虫栗さんの洞察は既に深いところまで到達していると思います…今更隠す必要はありません。しかし、その手始めとして…どうしてその着想にたどり着いたのでしょう…?私も興味に駆られて止まりそうもありません…つまり…」


 一楼は明るい表情で…


「あなたのさがが感染してしまいました」


 …奇蹟。


 探偵を光の柱と据えている…

 この世の闇黒に引き摺り込まれそうになる集団的危機が…今照らされ…

 明るかった。


「そうですか。それでは真実の探求です。執事…あなたはつまり全てを見、対峙し、脳裏に刻んだことでしょう…」


「……。」


「私の推理はあてずっぽうなものでした。しかし事後となった今では、それが正確な数式に弾き出されたような明瞭さを想起させています…不思議です」


「…あなたのその推理とは?」


 先程の沈黙を執事が破る。


「はい…これは偶然導かれた推理であったし、それがハズレであればただの思い過ごしにすぎませんでした。私がこの館に訪れた初日、私の客室の花瓶には大きな菊が飾られてありました…まさしく供花といった感じのね…はじめはキレイだなということ以外何も思いませんでしたよ」


「…なるほど…その推理はあっている可能性があります」


「やはり!そうでしたか。花などには疎い私ですら、やはり違和感を感じてはいました。何故なら客室には不釣り合いだと思ったからです」


「……」


「それから、私は皆さんの集まったこのロビーに向かう前に一度玄関口へと戻りました…そして深呼吸をしてからロビーに向かったのです」


「ははあ…物陰からひょっこり現れたかと思ってたが、そんなところで油を売っていたとはな…」


「…失敬…好奇心旺盛な私も流石にこの館の末恐ろしさには胸が潰されそうだったのです。玄関口は、人っ気がなくてこの館内では唯一…少しだけ解放される要素がありました。大きな…美しい風景画もありますし…」


「そうかもな…俺だって未だになれやしねえ…あの絵画なんてよくみたら普通の風景なのによう、この館からすれば場違いのように明るい景色に見えらあ…」


 道灌どうかんがリズムよく茶々を入れてゆく…


「ところで、玄関には美しい薔薇が飾られてありました…やはりここでも花には疎い私には美しいな…と思ったばかりで、玄関だからこそ菊などは非常識だろうから薔薇を植えたんだろう、とその程度の話でした」


「ええ…この館に飾られた花のすべては、近くの、主人の行きつけの農家から仕入れているものです…とにかく美しいと評判の生花の農家でございます」


「そうでしたか。どれも大柄で立派です。色彩も鋭く美しい…それにしても、実を言うとロビーで皆さんのもとへ合流している段階で、私の中で、ひとつのイメージが大きく膨らみ始めていました」


 一息…


「先ほど見た菊の花と薔薇の花が、ある奇妙な反復を繰り返して私の頭の中に焼きついてしまったのです。それでも…まだその段階ではシュールな気分に陥ったのだとしか思っていませんでした」


「はははは……」


 道灌どうかん以外にも数名が笑った。


「そのイメージの種がひとつの結論へと芽吹き始めたのはその直後、主の部屋を訪れた時でした。主の死体から目線を上げれば、ベッドの周辺に恐らくは亡き奥様の写真があってその隣りに…そうです、私の部屋と全く同じ菊の大輪があったのでした」


「なるほど…この時点で薔薇に傾いていた2種類の花のパワーバランスが一気に菊へと戻ったのですね…」


 急に興味が溢れ出したように清潤せいじゅんが久しぶりに口を開いた。


「その通りなんです。しかし当然まだ事件の衝撃の方が上回っていました。そしてその後、皆さんの部屋を訪れましたが…」


「っくえっ…っくえっ…」


 次朗が奇妙な声を出している…


「ことごとく皆さんの部屋には、玄関と同じ薔薇が飾ってあったのです……」


「なるほど…それなら確かに印象深い」


 一楼が頷く。


「ええ…さすがの私も感づきましたよ。そして最期に私の部屋に戻り、菊を見た瞬間に、一気にこの館を下調べした時に直覚した主の死の隠蔽と繋がったのでした」


「…それは納得です。虫栗さんにあの部屋を誂えたことがそもそもの失敗だと言えましょう…」


 一楼は大きく息をした。


「これも時の運でしょうか…。ところで、ここまで来たらあとは順を追って整理するだけでした。この館に飾られた二つの菊の花は、いずれも供花であろうこと…それからこの館にとって大きな死者といえば…私の知る限りやはり奥様か、弟、博文氏くらいでした…しかし、客室に泊まるということは同居人ではない、ということでしょう。よって奥様という選択肢はここで消えます。…しかし、それにしても私の泊まっている部屋で博文氏が亡くなったという確証にはなりません」


「そうだ!やっぱりテメエは俺たちをハメやがったのさ」


「ええ…それは認めます」


「クソッ」


 道灌どうかんはあからさまに悔しがった。


「この時点で私の推理は全くもって未完成の代物でした。ただいろいろと想像する要素があっただけです。翌朝カーテンを開けました。すると美しい庭が見え、光が射しました…そこへ、庭に植えられた大量の菊…まるで桃源郷みたいでした。そして、博文氏がこの館に宿泊する場合はこの美しい庭を見ることができる部屋を必ず選んだ、と推測できる。その上で…この部屋で亡くなるならば急死か変死あるいは自殺しかありません…いま時点では急死か変死だと思っています」


「ケッ…気に入らねえが、ここまで考えてるんだったら単なるヤマカンではねえな!」


「まあ、探偵というもの、鼻が利くかどうかだけの勝負だってあるんです。今回は…鼻が疼いた…例えば…美しい薔薇との対比の正体…そうです、薔薇は供花には向きません、それが後々鮮明に溢れ出したのは事実です」

 

「ふ~む…そうですか。それはおもしろい…おもしろいが、しかしそれは偶然の一致でございます」


 執事の意見に虫栗は聞き耳をたてる。


「…しかし、虫栗さん、お一つご指摘がございます。あなた様は花に疎いとおっしゃいましたね」


「ええ…全くです」


「虫栗様に見分けがつかないのも無理はございませんが、あの花は菊によく似たダリアの品種のひとつです。そしてその花は別段供花にばかり使われることもなく、客室用としても使われるものでございます」 


「そ…そうでしたか…」


「博文様は生前その花をたいへん愛されていた。それだけが理由でございます。ただしそれ以外の推理は全くその通りでございました…お見事です」


「ならば奥様に手向けられていた理由は?」


「…ええ。奥様も同じく、でございます」


 そう語り終えて…執事は覚悟を決めてまた話すことにした。


「……。この流れでございます。十三年前に起こった、そして 博文様のお亡くなりになったあの日の事を、これからお話いたしましょう……」

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