来いよ焼き豆腐! 醤油なんて捨ててかかってこい!
「見えてきた!」
「降ろして下さい、下手に見つかって追われては面倒です」
やっぱり豆腐の群れか、幾分か緊張が解けて助かるよ。
「ふん、金貨はあるんだろうな?」
「どうぞ、持ってても無駄になるかもしれませんから全て預けておきます」
馬から降りて袋から取り出す金貨5枚、短い付き合いだったな。何だよ、そんな手を震わせてたら渡せないだろ。
「……どこで手に入れた?」
「ミファエル様から、少しは信用する気になりました?」
「誰が!」
「2時間でしたよね?」
「俺を舐めるな、馬はこの領内で最も速いと言われてる」
「なら、1分遅れるごとに1割加算で」
「貴様……」
いいね、それだけ怒る元気があれば街まで早いだろうさ。
「できれば返してほしいですから、さっさと来て下さいね」
「お前が生きていればな!」
行ったか、幸い体力は無尽蔵。走ればすぐだな、見える豆腐は……6? ここで群がってるってことは本当に生きてるのか? あ、そういえば名前を聞き忘れたな。
「おい!」
声に反応して動きを止める豆腐6個、近づけば何かが書いてあるんだろうがそんなのはどうでもいい。
じわじわとこちらに寄って来られても面倒だが、振ってみるか。
上に剣を掲げ、振る!
「ギギッ!」
よし一体。いいね、ゲーム的な楽しさは皆無だがこうでなくては倒せない。
「ギギギッ!」
残る5体がこちらに距離を詰めて――。
「ビーム!?」
思わず横に跳び、その跳躍力に自分で驚く。あれ、こんなに筋力なかったはずなんだけど。試しに上に跳ぶ、1メートル。もしやこれ、レベルアップか?
「ありがたいが……相手も強化されてるな」
スピードも力も強化されてる印象だ、お蔭で最初にいた位置からまるで進めない。できれば群がっていた所に何があるか知りたいんだが。
豆腐の突進を横に跳び回避、振り返りざまに一体。左右挟むようにして突進してくる豆腐を、今度は上に跳びまとめて衝撃波っぽいので倒してこれで三体。
身体能力の高さのお蔭で剣のスキルが適当でも何とかなってるな、図体が大きいだけでとりあえず振れば当たる。
「さて、残るは……」
距離を取られてるな、正直ありがたい。突進だけならともかく他に何かあるとやられかねない、いくら武器が強くとも持ってるのは素人。
「油断も過信も禁物、これで2時間睨めっこでもいい」
周囲に敵影はなし、上に跳んだ際に貨物は見えた。生きてれば2時間は持つし、持たないような怪我をしているならここで倒しても無駄だ。そこまでの賭けは俺もしたくない。
「って……」
そんな事を思っている内に、三体の豆腐が集まり密着。その後、合体……合体!?
「あの大きいのってこれかよ!?」
合体とは卑怯な、俺も誰かと合体したい。
「けどあれそんなに強かったか?」
切って終わるなら脅威でもなんでもない、集団戦にならないだけこっちが有利……なはずだが。
「来た」
スピードは確かに上昇、威力も上がってはいるんだろう。だが横に跳べば相手も反応は――。
「くっ!」
旋回が早い、大きくなった分だけ跳ぶ距離が自然と増えれば着地の際の隙も大きくなる。
覆いかぶさってくる敵を上に跳びかわし、すぐに後悔。あの図体の大きさのお蔭で舞う砂埃が視界に視界を塞がれ、狙いが定まらないが。
「……やるしかない」
どの道、降りるしか手はない。空中ジャンプなんて器用な芸当は俺にはできない。
「はあっ!!」
気合一閃。手応えは、ない。
「どこに!?」
周囲を見回す俺の影が一際大きくなり、上を見上げれば――。
「変形……?」
豆腐ではなく、例えるならはんぺん。より長くより大きく、その重量で多い潰さんとするのは魔物の意地か。
「……かわせないな」
切るか? いやこの面積、多少の傷では動かしようもない。どうする、どうする!?
ドガーン!!
「は?」
いや、いきなり上にいたはんぺんがどっかに吹き飛んだらこう言うしかないでしょ。何だよ、どがーんって。
「ほう……三体倒した上にそれとやり合うか。なかなかだな、動きは出鱈目だが」
「ありがとうございます、助かりました」
「いやいや、助かったのはこちらの方だ。これは少しタメが必要でな、囲まれてる内は時間を稼ぐのが手一杯だった。礼を言おう、私の名はガイアス・フローゼ。君は?」
「フローゼ?」
あれ、どっかで聞いたな。どこだっけ? いやその前に名乗れ俺!
「天藤海人です、カイトで結構です」
「カイトか、おや? その服、私のとよく似ているな」
「イデアさんのお母さんからお借りしたんですが、もしかして」
思い出した! イデアと名字一緒だ! ってことは。
「イデアを知っているのか!? 私の娘だよ」
「あの、訳あって昨日から泊めて頂いてまして」
おお、本当に生きてた。けどさっきのは何だ? 大砲も見えないし、タメ? あ、そうか魔法か、魔法って凄い!
「ほう、なるほど既に縁ある者とは。ここに来たのも偶然ではなさそうだ」
「ええ、伝令の方に事情を伺いまして駆け付けたんですが。間に合ってよかったです」
「ありがたい。貨物くらい見捨てればとも思ったんだが、囮になっている内に完全に囲まれてしまってね。10体ほどは倒したんだが」
凄いなこのおっさん、その剣と装備で戦ったのか。伝令の人と装備も大して変わらないし、剣も俺のと違って常識的な威力しかないはずなのに。
「お父さん!」
「イデア!?」
おいおい、どうしてイデアがいるんだよ。お父さんもびっくりだけど俺もびっくりだよ。
「ラミさんに聞いて……カイトさんがいったって聞いて……それで……それで……」
一人で来たのか、親子揃ってとんでもないな。あ、お父さん見た目が普通だ。
「全く、お前はいつも無茶ばかりだな」
「お父さん……よかった、よかったぁ……」
感動だが、とりあえず貨物だな。これまた凄いな馬でも繋いでたのかな、今はいないけど。中は……書物か、本当に知を狙うんだな。
「さて、中身は」
「取引の履歴が主だ。どこで誰に何を売ったか、どこで何を買ったか」
「ガイアスさん」
「イデアがお前と話したがっている、何をしたか知らんが慕われてるな」
ちょっと顔が怖いですよガイアスさん、何もしてませんって。ただちょっと馬車から一冊くすねただけです。
「荷物はこれだけですか?」
「ああ、商品の運搬は別の隊商がいる。できるだけリスクは避けねばならんからな」
「なるほど」
「長居は無用だ、話は帰ってからにしよう」
「帰ってから、いやでも馬が」
ない、あいつが帰ってくるまでここに1時間半。どっかに隠れて何も起きないことを祈るしか。
「心配はいらん」
言うや否や口笛が鳴り、駆けてくる音が遠くから。
「ほらな」
「よく躾けられてるんですね」
「私の部隊で躾けている馬だ、近くで待機させていたまで」
しかも都合よく二頭か、このおっさん賢い上に馬にまで懐かれてるのか。街に行くにはこの上ない味方を得たかもしれない。
「君は私の後ろに乗るように」
そんなの言われなくてもそうしますって、さてイデアはどこへやら。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「カイト!」
「はい!」
何だ? また豆腐か? げっ!
「さっきより……大きくなってる?」
「仲間の死体を飲み込んだか!」
6体分、だから倍の大きさか。分かりやすくていいが、こうなると打てる手は一つだ。
「カイトさん!」
「馬に乗って逃げて、俺とガイアスさんで何とかする」
俺が時間を稼いでガイアスさんのどがーんで仕留める、この大きさに効くかは分からないがそれが最善。
「私も戦えます」
「よせ、彼にも私にも迷惑だ」
「お父さん!」
「言う事を聞け!」
厳しい声だけど、親としては当然だよな。心配してるからこんな声が出せる、俺は聞いたことないな。
「悪いがガイアスさんに賛成、大丈夫だよ。援軍も来るから」
1時間半後に。
「1分程、稼げるか?」
「離れてて下さい」
できるともできないとも言えない微妙な時間だ、少なくとも楽勝ではないだろう。
「行きます!」
とにもかくにもおっさんから距離を離し、標的を俺に絞る事。最悪、やられても構わない位の心構えで。
「やっぱり駄目か」
先制攻撃は相手の体を少し削った程度、真正面からの攻撃は無意味。大丈夫、さっきので動きは掴んでる。
先程と同じはんぺん攻撃はひたすら距離を取る事、ガイアスからは反対側へ。相手が地面に着いたところで数発当てて更に距離を取る。
「まだですか!?」
「もう少しそいつをこちらへ誘導してくれ!」
射程か、回り込む……無理だなやってる最中に押しつぶされる。なら、最短距離で横を通る!
「へっ?」
何かに引っかかって……足!? そんなのさっきまでなかったじゃねえか! おいプログラマー! 何か豆腐から足が生えたぞ!
「まずっ……」
「カイト君!」
やばりそんな愚痴言ってる場合じゃない! 早く態勢を立て直さないと――。
「ブレイズ!」
小さな火球が豆腐に当たり、炸裂する。おおこれが本当の焼き豆腐、イデア凄いなあ。え? イデア?
「カイトさん!」
「イデア!?」
ちょっと待て、どうしているんだよ!?
「ガイアスさん撃てます!?」
「タメたが最後、私は動けん。何とか私の斜線上から動いてくれ!」
って事はイデアも巻き込みかねないか、確かに助かったが既に変形を始めてる。動いたところで駄目だ、イデアを抱えては速度も落ちる。
さっきと同じだが、助けられる術が今度はない。
「……より長く、より大きくか」
「カイトさん?」
時間的に立ち上がって構えるのが精一杯。せめて祈ってくれ、こんな馬鹿げた思い付きが成功するって。
イメージするのは大剣、より長くより大きく。あれを切れなくてもいい、数秒でも動きを止められれば後はおっさんが何とかしてくれる。
さて、適当に拾ったが本だが今度は何を示してくれる?
サイレント・ゼロ
「またどこまでも臭い台詞を吐かせやがる……」
いいさ、どこの誰かは知らんがやってやるよ。
「サイレント・ゼロ」
剣が宙に浮かび、凄まじい風圧が俺の周囲に巻き起こる。イデアが離れてなかったのが幸いか、そのままそこにいろよ。
自然と相手が押され距離が離れたところで、俺の頭上で剣が止まる。
「取れってか?」
発動に時間が掛かるのか、あるいはまだ俺のレベルが低いせいか。実用性に欠けるが様にはなるな。
手に取った瞬間、手に馴染むのが分かる。周囲の風圧が剣に集まり、風が止むと同時にその風が大きな剣の形となって彼の頭上に現れる。
「……凄い」
イデアの口から感嘆の声が漏れる、当然だろうな俺だってびっくりだ。やるじゃないかプログラマー、いい演出だ。
「行くぞ焼き豆腐!」
風が止み、再びはんぺん化しようとする魔物相手に思い切り振り下ろす。
「イデアさんこっちへ!」
「はい!」
一刀両断とはいかなかったが7割も切れれば上等だ、後はもう任せればいい。
「掴まって、横に跳ぶ」
イデアがぎゅっと腕を掴んで、体の部位を確認。えっとここを抱えればいいんだよな。
「ガイアスさん!」
「ソニックブレイズ!!」
さっきイデアが使った魔法の上位魔法か、とりあえず呪文は英語なんだな。しかし本当にどがーんとしか言い表しようのないない速さと威力、焼き豆腐が吹っ飛んでった。
「あれなら大丈夫でしょうね」
「全く、さっきも私の援護は必要なかったか」
「必要でしたよ、ガイアスさんのお蔭です」
イデア、いつまでくっついてる。そろそろ離れてくれ、ガイアスさんの目が笑ってない。
「また集まると面倒ですね、戻りましょう」
「ああ、私は先に行こう。待ち構えていられたら厄介だ」
「じゃあ後ろに」
「いい」
いい? さっきとはまた態度がまるっきり違うんですけど、どうしたおっさん。
「いいんですか?」
「私とて親だ、娘に嫌われたくはない」
イデア、今どんな顔してるんだ? 怒らないから言ってみなさい、それから俺から離れてくれ。