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牛と馬と豚さんと

「ん……」


 朝、か? やっぱり朝か、どっちの世界の朝だっけと思うが、大丈夫だ記憶はある。

 相変わらずぶっきら棒な口調の佐藤に送り出されて、俺は再びここに来たんだ。


「おはようございます!」


 どこだ? 下か、誰かと思えばディセルさんか。


「おはようございます、こんな早くどうしたんです?」

「彼の服を届けにね、しかし見たこともないデザインだ。昨日はじっくり見させてもらったよ」


 ああ、制服か。取りに行こうと思っていたのに親切だな、後で礼を言っておかないと。


「しかしイデアはこんな早くからどこに行ったのやら」


 イデア? 時間が分からないが陽の位置からして日の出から大して時間も経っていないはずだが、とりあえず起きるか。

 綿と思われるベージュ色の上下のパジャマのまま下に降りれば……覚悟していたから大丈夫だ。顔は間に合わなかったか。


「あらカイトさん、おはようございます」

「おはようございます、その袋もしかして」

「そう、貴方の服。これも洗っておくから、今日は……そうだ!」


 何でしょう、まああの中二病もどきよりはマシでしょうから何でも構いませんが。


「はい、うちの夫が若い頃に着てた物だけど」

「ありがとうございます、じゃあ上で着替えてきますから」

「ええ、その間に朝食の支度をしておきますね」


 黒のズボンはいいとしてまだシャツは分かる、ちょっとひらひらしてるがそれはいい。この黒のスーツっぽいのは何だ? 不勉強で悪いが、どうしてこうも全てモノクロなんだよ。


「似合う、のか?」


 着てみた、うんサイズはいい。どうやらまだ見ぬお父さんと俺の体格は似たり寄ったりらしい。しかし長いなこのスーツ、俺の腰辺りまであるぞ。

 もしかしてコートか? にしてはこう何か……ほら何かあれだよ!


「考えてもしょうがないな」


 帰ってから調べよう、どうせ時間はあるんだ。さて朝食だ朝食、味はあるのか

ないのか。


「どう?」

「オイシイデス」


 なかった、スープだね。朝食には丁度いいね、でも味ないね。この家には味覚を感じさせない魔術でも掛かってるのか? それとも料理下手なの?


「ただいま」

「お帰りなさい、あんたどこ行ってたの?」

「ちょっとね、カイトさんおはようございます」

「おはよ」


 ようモザイク、相変わらず見えないな。それはともかく、あんまりお母さん心配させたら駄目だぞ。


「図書館が無事か確認してきたの、ついでに果樹園でリンゴ取ってきちゃった」

「どうだった?」

「全て無事、朝ごはん食べたら整理しに行きます。これで皆も使えるようになりますね」

「そういえばミファエル様ってまだいるの?」

「もう出発されました」

「え」


 おいカリフ! 街まで連れて行ってくれる約束はどうした!


「その件なんですけど、家の前にこんなのがありました」

「手紙と……皮の何だ?」

「鞘でしょうか」


 鞘か、腰に巻いてあれ刺せばいいんだろうか。確かにあんなの手に持って歩いてたら通報されるな、気が利くじゃないかカリフ。


「鞘と手紙ね、どれどれ」

 

カイトとやら、昨晩は世話になった。私はもう出なければならないがその鞘は礼代わりだ、使うといい。

 それからミファエル様より通行証を預かったのでこちらも同封しておく、領内であれば行けない場所はない。

 金貨を5枚、これも褒美だ取っておけ。では街に着いたら館に顔を出してくれ、街の中でも目立つすぐに見つけられるはずだ。

 地図も同封しておく、これは旅人のお前には必要ないかもしれないがな。

 ではまた会える日を楽しみにしている、その時はよい勝負ができるよう研鑽を積んでおくとする。

                                                                カリフ・ヘンタイ

 

 名前! おい名前! やっぱりいい奴じゃないかと感動しかけてた俺の涙腺はどうすればいい! これから会う時に俺は何て声を掛ければいいんだ!


「金貨が5枚!?」


 イデアの反応からするにかなりの額と見た、当面のお金については苦労する事はなさそうだな。


「この村が買える……」


 ちょっと予想以上だった。そんな大金を家の前に放置するカリフ、お前ちょっと頭おかしいんじゃないか。


「盗まれなくて良かったな。じゃあ、これ食べたら俺もその整理手伝うよ」

「いいんですか?」

「俺も本は気になるから」


 サイレント・オービットと書かれていた本がある以上、他にも俺にとって有益な情報があるかもしれない。

 出たらもう戻ってくることもない場所だろうし、探索は密にしておきたい。


「でしたらお弁当作りますね」

「楽しみにしてるよ」


 また味がないんだろうな、いいさ別に。


「それから子供達も呼んでいいんですか? 皆、本が読めるのを楽しみしていたんです」

「いいよ、人が多い方が楽しいだろ」


 この世界の子供がどんなのかも興味あるし。



 ホンダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


「凄い興奮だな……」

「本当に久しぶりですから」


 イデアよ、この狂乱をそんな言葉で片付けていいのか。しかしあんまり裕福な村じゃないのは服装からでも察しが付くな、どの子も生地そのまんまの服ばかり。

 女の子も装飾の一つもないってのは、どの家庭もそこまでお金を回せないのか。


「ほらみんな! カイトさんが守ってくれたんだからお礼を言うの!」

「いいよ別に、楽しみの邪魔するのも悪い。俺はあっちの方をやるから」


 別に子供達がどれだけ騒ごうと俺の目的の邪魔をしなければ構わないさ、さて

それにしても量が凄いな。まず見つけたいのはサイレント・オービットって書かれてあった本なんだけど。


「ないな……」


 豆腐もいたし目印を付ける余裕も無かったから仕方ない話ではあるのだが、この中から例の本を見つけるのは骨が折れそうだ。子供達が見つける可能性に賭けた方がいいかも。


「やっぱり歴史関係の本を手に取るんですね」


 これ歴史の本なのか、昨日といい今日といいそんな偶然が起きても嬉しくもなんともないな。俺には相変わらず真っ白なページが延々と続いているようにしか見えない。


「イデアさんはどんなのが好きなの?」

「絵本……って言ったら笑いますか?」

「いや、別にいいだろ」


 どうして絵本って言われたら笑うんだ、意味が分からん。いいじゃないか、想像力が掻き立てられて。


「私はここと街しか知りませんから、似たような物しか知らないんです。高い所から水が落ちてきたりとか、凄く高い塔があるとか聞いてはいても見たことはなくて」

「君の言うそれと同じではないけど、そういうのなら俺は見たことある」

「本当ですか!?」

「まあ、高い塔なら家の近くにあるし」


 ただの電波塔だけどな。


「カイトさんって都会の生まれなんですか?」

「ここよりはね」


 十冊以上をペラペラとめくるも、読める文章は何もない。これはもう諦めた方がいいか、整理だ整理。


「おじさん!」

「ほう、誰を呼んでの発言だ?」

「おじさん!」


 威勢がいいな、切ってやろうか。しかし生憎、俺の剣は部屋に置きっぱなしだ助かったな小僧。


「おじさんまだ15歳なんだけどな」

「でもなんだかおじさんっぽい!」


 この世界でもそんな事を言われなくちゃならんのか。ああいいさ、もう好きなように呼べよ。


「年上の人は好き?」

「年上? まあ別にどっちでもないが」

「イデアお姉ちゃんは?」

「イデアさん?」


 待て、この話の流れだとイデアって。


「ちょっと何の話してるの!?」

「お姉ちゃんが怒ったあああああああああああ!!」


 逃げる小僧と追うイデア。あ、イデアがこけた。


「大丈夫か?」

「すみません、変なこと聞かれませんでした?」

「非常に失礼な質問だと思うが敢えてする、年齢はいくつだ?」


 まあ、この世界で女性に年齢を問うのが失礼かどうかも知らんが保険だ保険。


「17です」

「17……」


 何てこったよ年上か! やっぱりタメ口で話していい相手じゃなかったじゃないか!


「俺、まだ言ってなかったけど15歳なんだ」

「15歳? あ、じゃあ成人に今年なったんですね」

「え? あ、ああ」


 この世界の成人は15か、まあ別にそれはいいとして。


「何だか偉そうな口叩いちゃってるけど本当にいいのか?」

「私がいいって言ってるからいいんです、年上なんて気にするんでしたら言うこと聞いて下さい」

「まあ、いいならいいけど」


 17か、15で成人なら結婚の話が出るのもおかしくはないんだろう。そんな若さで一生を決めなくちゃならないなんて大変だな。


「整理も進みましたし、少し休憩しませんか?」

「子供達も真面目にやったのか」

「興味のある事なら頑張るんですよ」


 外に出れば木陰に集う子供の群れ、微笑ましいな。


「魔物が出てからこっちに来る事もなくなっていましたから、久しぶりに来れて興奮しちゃって……寝ちゃってる。ここで子供たちを見ててもらえます?」

「いいけど、どこかに用か?」

「お弁当持ってきます、子供達のお母さんたちに話したら私達も作るって言い始めちゃって凄い量になりましたから」

「それだけ凄い量なのに大丈夫か?」

「はい、とっておきのがありますから」


 何だろ、この世界設定でトラックなんて出てこないだろうし。しかし平和だ、昨日のあれが嘘みたいだ。


「はぁ、いい天気だ」



「お待たせしました」


 早いな、戻ってからまだそんなに時間も――。


「ふふっ、そんなに驚かれるなんて思ってませんでした。牛が珍しいですか?」


 足がねえよ! 足なんて飾りなのか、そうなのか!?


「とってもいい子なんです、ほらこっちにおいで」


 イデアが言うなら牛なんだろうが、胴体だけがすーっと動くのはどうにも気持ちが悪い。後ろで引かれる車は何の疑問も抱かないのだろうか。


「牛車です、都会にはないんですか?」

「ないな、この皮袋は?」

「水が入ってます、カイトさん使ってなかったんですか?」

「初めて見た」


 昔の水筒ってこんななのか、一つ勉強になった。もしかして昔の牛って足がなかったのか? まさかな。


「まだ寝てますね、先に食べちゃいましょうか」

「それで子供達が騒ぎ出さないといいけど」

「大丈夫ですよ、カイトさん相手にそんな事を言ったら私が怒りますから」


 どうだかな、相手が誰であろうと思ったことを口にできるのは子供の特権だ。


「簡単なものなんですけど、お弁当です」


 サンドイッチ、か。確かサンドイッチってサンドイッチ伯爵が食事中でもトランプしたいからって生み出したんだっけ? いかん、ここも記憶が曖昧だ。


「カイトさん、紅茶を飲んだ時に何とも言えない顔されてましたからお水の方がいいのかなと思いまして」


 そんな風に受け止められてたか。違うんだ、あまりの喉越しのなさに驚いただけだ。


「別に紅茶も嫌いじゃない、食べていい?」

「その為のお弁当です」


 一口、意を決してパクリ。うん? うん、味がある。薄い肉と何かの葉っぱ、塩っぽいけど悪くない。これで仮説は補強されたな、あの家は妖怪アジナーシに呪われているに違いない。


「お味はどうですか?」

「美味しいよ、仕事の後には丁度いい」

「よかった、そんな簡単なものを美味しくないって言われたらどうしようかと思いました」


 さて美味しいは美味しんだがそこの小僧、さっきから薄目を開けて何をにやに

やしてる。起きるなら起きろ、寝るなら寝ろ。


「朝から気づいてたんですけどそれ、お父さんのですか?」

「若い頃に着てたらしいんだけど、よく分かったな」

「街の人の正装に近いんです、ちょっとデザインが古いんですけど。この村でこういうの着る人っていませんから」


 正装ね、スーツと思った俺の勘は的外れでもなかったらしい。


「着る服がないだろうからって、お父さんはいつ頃帰ってくるの?」

「どうなんでしょう、3か月の内の1週間は帰ってくるんですけど」

「激務だな」

「そういうお仕事ですから」


 いつ命を落とすとも分からない中でよくやれるもんだ、俺と状況は似てるけど家族とここまでの仲があるなら簡単には死ねまい。


「そっか、会えたらと思ったんだけどな」

「仕方ありません、カイトさんはいつここを?」

「明日にしようかと思ってる、軍資金も得られたから」


 地図を見る限り、大きな街の間にも宿を取れそうな町が3つくらいはある。このルートを辿って行けばそう困ることもないなさそうだ。それに、気になる事もできたし。


「そうですか……旅の方ですもんね」

「また来る、いい人も多いから」


 次にプレイする時はまたここから始めよう。正式にサービスが始まるのがいつかは知らないし、始まる可能性も限りなく薄いだろうけど。


「私、ちょっと整理の続きしてますね」

「この薄情者」

「さっきから起きてたのは知ってるぞ、この生意気小僧」


 イデアが去った瞬間に何を言い出すこの餓鬼は、どう見ても俺の3分の2くらいの年の餓鬼にこんな言い方されて素直に聞けるほど俺は大人じゃない。


「あんな顔してるお姉ちゃん初めて見たのに、俺が見たって分かりやすい」

「あんな顔?」


 どんな顔だよ、俺にはモザイクしか見えんぞ。


「どんなって……俺に言わせんな」


 とはいえ、説明してもらわないと分からん。まさかこの世界のNPCには好感度システムまで実装されてるのか、そんな一部のオタクしか喜びそうにないもん

出されてもなあ。


「ミファエルなんかよりお前の方がまだマシだから言ってやる、言葉に出さないと女の子は飛び込めないぞ」

「誰の言葉だ?」

「父ちゃん」


 父ちゃんよ、息子に教えるのは少し早すぎやしないか。何が悲しくて架空のキャラクター相手にそんなドラマを繰り広げねばならんのだ。


「とにかく行けって、弁当は勝手に食ってる」

「はいはい、どっか行くなよ」


 どうやら密かに起きてた他の子の意見も同様らしい、いつからこれはギャルゲーみたいな仕様になったんだ。


「あ、それとおじさん」

「誰がおじさんだ!」

「いいじゃんおじさん、これやるから」

「何だこれ?」


 何かの本だろうが、どうせ俺には何も見えないってのに。


「開けば分かる」

「開けばねえ……」


 平坂奏を殺せ


「……なるほど」


 おいおい。


「何だよ、そういう王子様になれって事だよ!」


 なるほど、こいつにはこれがそういう話に見えてるのか。だが俺に見えてるのは穏やかじゃない文章が一行だけ、誰が作ったか知らないがやってくれるじゃないか。


「参考になった、ありがとな」


 この情報をどう生かすかがこれからの課題だな、そのまんま報告するにはちょっと過激だ。


「の前に、こっちか」


 しかしどうしたもんか、ここでイデアを旅にでも誘って二人旅になるのか? VRMMOで特定のNPCとパーティーを組むなんて聞いたことがないんだが。

 しかしこんなんで好意を抱かれてるのだとしたら違和感しかないな、これで実は敵のスパイで俺をどこかに陥れようとしてるとかなら拍手するが。


「イデアちゃあああああああああああああああああああああああああん!」


 図書館の前でさあ入るかと意を決したところで、どこからか聞こえてくる野太い声。誰だ?


「イデアちゃああああああああああああああああああああああああああん!!」


 豚か!? 失礼、人だ。人が豚に見えるバグなのかと思ったが、どうやら違うな。人よりやや腹回りが大きく、それがぶるんぶるんしてるだけだ。


「い、い、い、イデアちゃんは!?」


 ぜえぜえ言いながら俺の前に立ち止まるおば様、後ろを見ればさっきの餓鬼が反応してる。もしやあの子の母親か、だとしたら教育を依頼せねば。


「中にいますよ」

「貴方、もしかして昨日の魔物を退治したって人!?」

「そうですが」


 え? もしかしてまた出たのか?


「イデアのお父さんのいる隊がね! 襲われたって! 今、ここに伝令の人が来て!」

「落ち着いて下さい、その部隊はどこにいるんですか?」

「えっと……とにかく危ないのよ!」


 これはもうその伝令とやらに聞いた方が早そうだな、確か護衛とか言ってたが守ってるのが人か村かも分からん。


「伝令の人はまだ村に?」

「ええ、いるわ!」

「じゃあ俺が行きますから、イデアさんには村で待ってろと伝えて下さい。子供達も家に戻してもらえますか?」


 何だよ牛、分かってるじゃないか。よしその背中、今は俺に預けてくれ。しかし今度は村の外か、話は進んでるみたいだな……いくつかのサブイベントを飛ばした様な気もするが。


「お前、早いんだな」


 舐めてたよ牛、足がないからか振動もまるでなかったし。乗ることを考えて最初から足は切り捨てたのか、だとしたらプログラマーグッジョブだ。


「カイトさん!」

「すみませんさっき話を聞きまして」


 流石のお母さんも声が震えてるな、顔がなくてもそれ位は分かりますよ。


「伝令の方が貴方の話を聞いて、ぜひ力を貸して欲しいと」

「分かってます、剣を取ってすぐに現地へ」


 家に戻れば軽装の男性が一人、若いな。


「お前がカイトか?」

「そうです、ちょっと部屋に武器を取ってきますから」


 相手が怪訝そうな表情を浮かべたがそれもそうか、こんな15の餓鬼が魔物を倒したとか聞いたって信じる訳もない。

 魔物倒した人がいるって聞いて待ってれば来たのはこんな子供、俺だったらため息の一つでも吐いてるよ。


「お待たせしました」

「剣だけですか?」

「はは、そうなんですよ」


 それはそうか、伝令とはいえ相手は皮鎧を着用しているのにこっちは普段着に剣一本。これで信用された相手の神経を疑わないといけない。


「時間ないんですよね、とりあえず行きましょう」

「本当にいいのかい?」

「もし駄目なら命知らずが勝手に死んだってだけですから」


 必要なら誓約書も書こうじゃないか、俺が死んでも誰にも責任はありませんよとか。


「相手は魔物だぞ?」

「ここで無駄な時間を食うのと駄目元で連れて行くのとどっちがいいです? 一刻一秒を争うから急いでこの村まで来たんでしょうに」

「……馬鹿が」


 仕方ないだろ、俺だってこんな言葉は使いたくない。だが他に状況を打開できる言葉も思い浮かばないんだよ、馬鹿だからな。


「馬、1頭だけですか」

「後ろに乗れ」


 助かるよ、いきなり乗ったところで簡単に振り落とされそうだ。街に着いたら馬の乗り方も教わらないと。


「どれくらい掛かります?」

「30分ほどだ」


 うげ、あんな空気になった相手とそんな時間も密着状態か。馬の速さってどれくらいなんだ、競馬でしか見たことないんだけどな。


「ある行商の護衛の為に俺を含む7名に任に就いた、それで襲われた」

「相手は魔物ですか?」

「そうだよ、俺は何とか逃げたし何人かは行商と共に荷物を捨てて逃げた」

「……それで残ったのがイデアさんのお父さんですか」

「囮になったんだ、荷物と一緒に一人だけ方向を変えて」


 という事はどんなに早くても襲われてから1時間後にしか辿り着けないか、無理だな遅すぎる。


「相手の数は?」

「最低でも……10以上だ」

「それで生きてると思います?」

「黙れ」

「無理だろうと分かっているならいいんです、本気で助けに行こうとして貴方まで命を捨てようとしてるなら俺は止めます」


 人の為に命を捨てようなんて馬鹿は俺一人で充分なんだよ、ゲームの中でくらいこんな青臭い考え貫いたっていいだろ。


「あの人は俺に1から10まで仕事を教えてくれた人だ、世話になったんだよ。だけど俺じゃ助けられない、できることなんて伝令の真似事だけ。それで村に行ったら魔物を倒した奴がいるって聞いて期待したらお前みたいなのが来るし!」

「気持ちはお察しします」

「お前に何が分かる」

「少なくとも貴方を死なせるためにその人は囮になったんじゃないって事くらいは」

「だから見捨てろっていうのか!?」


 違う、そうじゃない。


「だから貴方は彼を助ける為の最善の方法を取る必要があるんです」


 世話になったんだろう、だからこその激昂。こんな時に涙を流してくれる人がいるだけその人の人望が窺える、いい人なんだろうな。


「魔物が見えたらとりあえず俺だけ降ろしてください、そして貴方は近くの街へ行ってできるだけ兵を集めるんです。金なら俺が出しますから」

「あれだけの数だぞ? 雇おうと思ったら金貨が1枚は必要だ」

「ありますから、ご心配なく。返して貰おうとも思いません、先払いしますよ。俺が死んだらお釣りも差し上げます」

「2時間は掛かるぞ?」

「それが?」


 いいんだよ、どうせはした金だ。しかし馬なら近くの街までそれくらいか、意外と近いな。


「兵が集まるとも限らない、俺が金を持って逃げるとも限らない」

「留まったところでその短剣で魔物が倒せるんですか?」

「……」

「俺はこの周辺の地理が分かりません、ですが魔物相手であれば倒せなくとも時間は稼げます。互いに最善の道を取って初めて、奇跡の可能性は生まれるんです」


 こんな事、この人だって冷静なら簡単に思い浮かんだだろう。それだけの人だ、俺くらいは思っておくよ。


「大丈夫、生きてますよ。貴方みたいなの残して死んだら彼も浮かばれないでしょう」

「やっぱり黙れ!」

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