さあ来い豆腐! 俺と勝負だ!
中世ヨーロッパ、と聞いて人々はどんな風景を思い浮かべるだろうか。詳しい方は各国の生活様式を難なく答えるのだろうが、多分それはこの世界では全てが不正解だろう。
あまり歴史に詳しくない人が想像する中世ヨーロッパ、を思い浮かべてもらえれば正解に限りなく近づくと思われる。
「服、サイズ合ったみたいですね。よかったです」
「まあね」
イデアが俺を見つけて駆け寄ってくる、足もよく分からんからその全ての行動に多分、が付くんだけど。
「席はあそこです、あんまりいい席でなくてすみません」
「いいよ、一番下っ端だし」
入り口に一番近いのは何て名前だっただろうか、まあいい場所にこだわりはない。しかし机に椅子にお皿が並んでいるだけで随分と雰囲気が出るものだ。
「さて、全員が揃いましたかな。では私が挨拶を、エッホン!」
集会所は一見、教会かと見間違える物。中は広間になっており、今はその一番奥でちょび髭のお爺さんが立ち上がったところだ。
周りにいるのも村の有力者ばかりか、この分だと兵はどこかで待機中なんだろうな。
「私は村長のリガールと申します、この度はミファエル様が――」
こいつの話は聞き逃しても問題なさそうだ、顔がモブだ。どうせこの先も大して見せ場もあるまい、問題はやはりあのロマンチックだな。
「それでは私のは話はここまでに。ミファエル様、どうぞご挨拶を」
さあて肉声を聞かせてもらおうか、いや肉声って言葉が適切かどうか知らんが。
「今日は私の為にこの様な席を設けて頂き感謝する、グレイブルの民は清き正しい心をお持ちのようだ。この場にいて、とても心がほがらかになる」
やや甲高く、通る声は治世者向きか。挨拶も手慣れたものだし見た目もなかなか精悍じゃないか、少なくともこの場では有能に見える。
「どうぞ」
「あ、どうも」
給仕さんに注がれる紫色の液体、これってあれか、ワインか? いいのか、俺まだ15なんだけど。でもゲームだしな、ここで飲まなかった失礼だろう。
「……何だ、ジュースか」
甘い、とはいえただの葡萄ジュースでもないな。シロップを水で薄めたような何か、まあ戦う前にアルコールを飲む訳もないか。
いやちょっと待て!? 味が認識できるぞ!! やった何か凄く感動した!! 何だよやるじゃねえかプログラマー! これでいいんだよ、これで。
「カイトさん! いますか!」
ちょっと待って、まだこの感動に浸っていたい。
「カイトさん? ああここにいたんですか」
「どうした?」
「こっち来て下さい、紹介しますから」
いきなりミファエルか? ああ違うな、さしずめ参謀か。
「これはこれは旅の方、私はロマンチック家に仕えるドラスティクと申します」
「カイトです、突然すみません。私も協力させて頂ければと思いまして、彼女に話を通してもらえるように頼んでもらったんですが」
ドラスティック、何だっけ。これも何か意味のある言葉のような気がしたんだが、思い出せない。
「私としても力を貸して頂けるなら大変心強い、知っておられると思いますが例の件で忙しくてですな」
「ありがとうございます、力になれるよう尽力いたします」
例の件、か。何かは知らんが人手不足なのは分かった、それでも来たのは愛の為せる業か。
「随分と前向きなんですね」
「まあ少しな、そうだちょっと聞きたいんだけど」
「何ですか?」
えーっと、どう切り出せばいいんだろ。あの夫妻を使うか。
「ディセルさんの所で聞いたんだけど、赤いリボンを付けてた時があったらしいね。今はしないのかなって言ってたけど」
「あれ、教室で落としたままどこかに行っちゃったんです。別に大した物でもないですから、でもそんなこと気にしてたんですね、また買おうかな」
カリフ、これからお前をどんな目で見ればいい。聞くべきじゃなかった気がする、いやもう分かってた事だけどさ。
「変なこと聞いて悪かった、俺と話してるとミファエル様も不快だろ? 後は静かにしてるよ」
「こちらこそ変な事に巻き込んでしまってすみません、お礼は必ず」
あの参謀の話からして、やはり見張りじゃなくて戦力扱いだな。イデアもそう言ったんだろう、別にいいさ。最初からこっちはそのつもりだ。
「いい、こっちはこっちの都合がある。それでお礼は十分」
これくらいクリアできなければ500人どうこうの話でもないだろう。さて魔物ね、どんなのが出てくるのやら。
「それでは我々はこれより、魔物討伐へと出立する!」
日が変わる前、というか夜10時過ぎ。時計がないからよく分からないがとにもかくにも出発、目指すはあの図書館だ。
「おいそこの」
「はい?」
「鎧もなしに大丈夫か?」
「まあ」
着ても重そうだし動きにくそうだし、慣れてない人間が着ても恐らく邪魔にしかならないだろう。
しかしガッシャンガッシャン煩いな、馬に乗ってるミファエルはともかく他の兵はよくここまで歩けたもんだ。
「どうだった?」
そんな中、俺に並んできた鎧が一体。ああ何だお前か。
「話は通りましたよ、私が倒したときは貴方の功績にしますからご安心を」
「よし、ならこれを渡しておく」
「リボン? いいんですか?」
ある程度のリスクを背負って取ったんだろうに、こんな簡単に渡していいのか。
「じゃないと説得力がないだろ、それは俺のトレードマークだから倒した魔物の上に置いてくれれば俺だって思うはずだ」
お前が近くにいないと説得力の欠片もなくなるが、それでもいいなら貰っておいてやる。
「分かりました、活躍を期待してます」
「そちらこそ、では離れる。疑われては元も子もない」
しかしリボンなしだと本当に誰が誰か分からん、鎧の中もきちんと作りこんでいてくれればいいんだが。
まあ、一番の問題はここまで武器一つない俺なんだけどな。頼むから何かイベント起きてくれよ、支給すらされなかったんだから。
「よし、ここで止まれ!」
ミファエルの言葉で現在位置を把握、図書館前か。随分と早いがどうやって魔物を誘い込む気だ?
「これだけあれば充分だろう」
「さすがミファエル様、これだけの量を」
「これもイデアの為だ、惜しくはない」
本当に金持ちだな、これだけあれば確かに寄ってきそうだ。後は木々の中に隠れて待つだけか、どうしよう本当に出る幕がなさそうなんだが。
「カイトさんにはここを、宜しいですかな?」
「ええ、分かりました」
おいドラスティック、何をどう考えたら俺が最前線になるんだ。この世界に来てから手に入ったの、この訳分からん服とリボンだけだぞ。
「期待しております、ぐふふふふ」
気持ち悪いな、ミファエルはどこに……最後列か。まあそうだよな、指揮官が死んだら洒落にならん。いいさ、とりあえず突っ込んで後は野となれ山となれだ。
「来ないな」
そうだな、もう長いこと待ってるけど来ないなミファエルさん。俺は感覚がないから分からんが寒いのか? 星が綺麗って事しか俺には分からないよ。
「ドラスティックよ、どういうことだ?」
「私に聞かれましても」
「誰か館内の様子を、入り込んでいるかもしれん」
誰にも気づかれないで入り込めるなら討伐は無理だろうな。相手の力も分からないままここまで来たその度胸だけは買うが、もしかしたら無謀だっただけかもしれんぞ。
「俺が行きます、適任でしょう」
「よいのか?」
「はい、お任せをミファエル様」
ここで死のうが誰も悲しまない、あの変態は死んだ方がいいかもしれんが……まあ俺よりマシだろう。まあゲームのキャラクターが死んだところでどうという話でもないか、全てが俺の気分の問題だ。
「お邪魔しまーす」
照明もないってこういう事なんだな、一応これをと持たされた松明も照らしてくれるのは精々半径数メートル程度。その先は真っ暗、いてもいなくても分からん。
「入り口はなし、じゃあ奥か。えっとどんな構造だっけ」
シンプルイズベストだと思った記憶だけ……おお、何かいるな。がさごそ本を漁っている音がやけに響いている、これだけ静かだと目立つな。
後は報告に戻るかどうかだが、まあいい見てみようじゃないか。大声でも上げれば後は勝手に入ってくるだろう。
「えーっと、どれどれ」
松明の光にも気づいている様子もないおまぬけはどんな奴だ、と棚の陰から顔を出して……こんな時、どんな顔をすればいいのか分からないの。
さて、説明の事前練習でもしようか。真っ白な立方体がいる。羽、と書かれているが羽など見えない。腕、と書かれている面もあるが腕はない。
で、二本ほど足らしきものがにょきっと生えている。暗闇にも関わらず書かれてある文字が見えるのはこの際いいとして、色は黒でよろしくって書いてあるんだけど。
よく分かったよプログラマー、手抜きでもなんでもなかったんだな。
「作りかけかよ」
そういう事だ、あのモザイクもデザインが定まってないんだ。今まであったよく分からん現象も全て作りこみ不足、一から作り直したって言ってたのにこの有様かよ!
「ギギ!?」
「あ」
しまった、気づかれた。声だけは悪魔っぽいな、ちょっと待て振り向いたのかどうかも分からんぞ、その場で回転しているようにしか見えん。
「ギギギギギ!」
「まずい、どうする」
その1 たたかう 却下だ、恐らくダメージは何をしても通らない。
その2 逃げる 採用だ! これしかない!
「ギギッ」
入り口まで距離は遠くない、松明の光ももう必要ない。とにかく走って援軍を、なっ足が掴まれ――。
「ギギギギ」
お前その腕はどっから生やしたんだよ!? まずい、こうなるともうまな板の上の鯉だ。どうする、何か適当に唱えるか? それとも本でも投げて少しでも時間を――。
「あれ……読める?」
英語か、ミファエルが持ってきたのか? これ読んでみて駄目なら終わりだろうな、信じてるぜプログラマー!
「サイレント・オービット!」
どうせ適当に取った本だ、何が起きなくてもそれで上等。だがこのゲームは俺の想像をいつだって斜め上で裏切っていく。ほら、今回もそうだった。
「剣、か」
最初に選んだの職業は戦士だったか、なら俺にお似合いなんだろう。暗くて見えないが、片手で持てるのはありがたい!
上体だけを持ち上げて横に振るだけ、足を封じられてはそれが限界。そして、それでどうやら充分だったらしい。
「おお、何か出た」
衝撃波か何かだろうか、振った軌道そのままに音もなく寸断されていく立方体。だからサイレントオービット……何て訳そう、静かな軌道?
「最初からくれっての、こんな土壇場……おっと外だ外」
これ一体だとは思えない、まあわらわらといても微笑ましいな。おお、結構いる。
「カイト殿! 気をつけよこやつらなかなか手強いぞ!」
ドラスティック、忠告ありがたいが岩に隠れるのはどうなんだ。参謀ならもっと具体的な指示をくれ。
「ミファエル様は?」
「それが行方が分からん!」
おいどういう事だ、どっかで負傷してるのか。まあいいとりあえずこいつらだ。
「ギギギギギギッギ!!」
「生きていたか!」
「えっと……」
「カリフだ」
おおカリフ、お前こそ生きてたのか。てっきりいの一番に死ぬ役目かと。
「中はどうだった?」
「一体だけ、こっちはいつからこんな事に?」
「お前が入ってすぐだ、その一体は?」
「倒しましたよ」
さらっと言っておこう、豆腐相手にびびったのは少し恥ずかしいからさ。
「こちらも頼む! 恥ずかしいが俺だと抵抗するのが手一杯だ!」
俺だってそんな鎧着てたら同じだろうよ、恥ずかしく思うな。俺より立派に戦ってるさ、その動機だけは頂けないがな。
「了解しました、では援護します」
さあて格好つけてみたはいいものの、乱戦なんて初めてだ。これさっきみたいに振るったら味方巻き込むよな。
「ギギギ!」
「ギギギギ!」
「ギギギギギ!」
ぎぎぎうるせえよさっきから、とにかく両手で持って相手を見て。白い刀身か、5つ穴が開いてるのは何だろう? 穴あき包丁と同じ原理か?
「カイト!」
「分かってます」
そう急かすなって、俺だって少しは緊張するんだ。足も震えてるし喉は乾く、例え相手が豆腐でも怖いものは怖いんだよ。
「はあ!」
黙って振るうと気分が出ないしな、最初の敵ならまあこんなもんだろうさ。
「今のは?」
「まあ、自己流の剣技です」
「それで三体をあっさり……」
「心配しなくてもリボンはきっちり――」
「いい、結構だ」
え? いいのか? 本当に?
「自分の力のなさを思い知った、こんな無様なままではイデアとは向き合えない」
敵を倒した時より嬉しいな、お節介かとは思うがその方がいい。
「じゃあリボン、返しますよ。俺には必要ありませんし」
「……いや、もう必要ない。君が持っていてくれ」
え、いらないんだけど。
「いつかきちんと、彼女から何か貰えるだけの男になる」
いい心だけだが、俺に赤いリボンをプレゼントされても嬉しくも何ともないんだ。どうしよう、これ。
「分かりました、残りを片付けます!」
「こちらには俺が引き付けよう、君はここに。位置を確認していないと巻き込まれそうでな」
こっちも巻き込みそうだからそれは助かる。来いよ豆腐、相手になってやる。