このゲーム、変人しかいない
部屋に戻って、本当に落ち着かない。ここで一晩明かすよりは見張りの方が楽そうだな、今からでも壁とか作ってくれないかプログラマー。デザインとか要求しないから、黒でいいから。
「いいって、あっさり答えられちゃった」
「見張りの件?」
「うん」
「いいじゃない、上手くいけばあの家に嫁として入れるんだから」
顔なしは嫁入り賛成派か。まあ玉の輿だしそれも一理ある、うん。
「でも多分、誤魔化すと思う」
「それならそれでいいじゃない、気に入られたんだから。その為にあの旅人さんを呼んだんでしょ?」
「でもあいつ、本当に怪しいし……もしかしたら魔物かも」
随分な言われようだ、まさかあの子から俺はモザイク男にでも見えてるんだろうか。
「いいじゃない、いざという時は彼を魔物ってことにして村の人達で退治する事になってるんだから」
うん?
「でも嫁には行けって言うんでしょ?」
「娘の幸せを考えるのが親の仕事」
魔物役にするには無理がないか? 魔物って人そっくりなの? それとも俺は魔物っぽく見えてるの?
「魔物、誰も見たことがないんだもんね。気付いたら本が無くなってたり人がいなくなったり」
神隠しみたいなものなのか、魔物の仕業にしたくなる現象だけど実際はどうなんだろうか。
とりあえず話は分かった、引き受けようじゃないかその生贄役。そして君は嫁に行くといい、俺もついでに街に連れて行ってくれ。
「あいつを私の婚約者ってことにできないかな? 旅に出てて帰ってきたってことにして」
「あの人を?」
やめておけ、絶対にやめてくれ。嫌だ、生贄役でいい、それでいいから。
「あいつが倒したって事にして、それでも疑うならあいつを適当に兵と戦わせるとか」
「それで負けちゃったらどうするの?」
「悲しみにくれる少女を演じれば周りも同情してくれると思う」
無理がないかその論法、仮に同情したところでその領主様の息子は嫁にしてしまうと思うが。
「諦めなさい、こうして来てくれるのもイデアがいるからなんだから」
「……嫌だもん」
ドラマチックだが、初っ端からいささか重くないか? 男向けなのか女向けなのかも分からん、ストーリー展開に無理がある。ってか、プレイヤーもあまりの自由度の無さに脱落するだろ。
「そろそろ来るから、着飾っておかないと。ほら、この服着て」
「……うん」
そう言われて遠くを見てみれば、確かに来てるな数十人。松明か? 明かりと共に見えるは鎧、よかったこれもちゃんと鎧に見える。
「俺は姿を見せない方がいいかな」
「すみません! いますか?」
「いるよ、どうしたの?」
「ちょっと出かけてきますから、家でお留守番をお願いできますか」
「分かった、気を付けて」
案の定ドア越しから聞こえてくるイデアの声に、俺は物分かりのいい旅人を演じる。ここで俺の存在がばれたら全てが台無しだもんな、分かってるよそれくらい。
「しっかし外の声は聞こえないんだよな」
窓さえ開けばいいのだろうが、その窓も見えないのではどうしようもない。まあ、その容姿だけでも拝見させてもらうとしよう。
「イデア! 僕のイデアはどこだい!?」
聞こえんのかよ!?
「ああもうどこかに隠れているのかい? 全くしょうがないな恥ずかしがっちゃってベイベー」
これは隠れたくもなる、ってか家に入ってきてたのか。道理で聞こえる訳だ、一人だけ先行してきたのか? 残念ながら擦れ違いだ、出直してくれ。
「これはもしかしてかくれんぼかな? 君はいつまでたっても無邪気な少女のままなんだね、いいだろう僕が見つけてあげるよ。このミファエル・ロマンッチク様がね!」
このゲームの台詞を考えた奴、ちょっと出てこい。怒らないから、ちょっと殴るだけだから。ついでに蹴落とすだけだから、その上でお前に日本でその名を名乗り続けさせるだけだから。
「一階にはいないのかな? となると……二階かな?」
鎧着たままガッシャンガッシャン音を響かせつつ歩き回っていたあいつが嫌な言葉を呟いた、まずい俺がいる。見つかればやばい、好きな人の家に男がいたら彼もショックだろう。
いや、これ俺が悪いのか? しかしここはきっと彼が正義なのだろう、となれば対策を練らねば。幸いにもかくれんぼは得意だ、そのまま忘れられ皆に帰宅されても隠れ続けた俺だ。
「……やってやる」
隠れられそうな所は……あったところで透明にしか見えん、近づいてくるガッシャンガッシャン。ならばもう、ここしかない。
「ここはどうかな? うん、外れか?」
分かっていたさ、お前がこのタイミングでドアを開くことくらい。この部屋で俺が唯一場所を認識していたのはドアだけ、なら内開きのドアの陰に隠れるのが最善手だ。
「ではもう一つの部屋かな?」
探索が甘いな、ここは俺の戦術的勝利だ。
「と見せかけて!」
……やるじゃないか、今のは流石の俺も焦ったぜ。閉じると見せかけてその隙間から部屋を覗く高等技術、俺でなければ見逃していたよ。
「ふふふ、そう簡単には見つからないか。いいだろう、地の果てまで君を追いかけようじゃないか!」
いくらでも追いかけていてくれ、しかし困ったな。これだと部屋からも出られない。出る気もなかったが、イデアはどうやって俺を話に出すつもりなんだか。
「ミファエル様?」
「おおイデア! 119820秒ぶりじゃないか!」
119820秒、1分が60秒で一時間が……計算が面倒くさい、この世界に時計があることは分かった。もうそれでいいや。
「もういらっしゃっていたのですね」
「ああ、見てくれこの甲冑。君の為に新調したんだ」
「お似合いです」
声が震えてるぞイデア、笑いをこらえるな。しかし上からでは鎧のデザインも確認できんな、少し斜めから何とかあ!?
「そうか、その言葉が聞きたかったんだよ」
おいプログラマー! ない! ないぞ! 背中側の後ろ半分ないって! 中の服が丸見えだって!
「村の集会場に席をご用意しておりますので、そちらへいかがでしょう。私もすぐに参りますので」
「おおそれは何とも楽しみな! すぐに行くとしよう!」
重量バランス滅茶苦茶だろ! バランスがいいにしても奇跡的だな、お前は綱渡り世界チャンピオンでも目指してるのか。
「ふぅ、やっと行った……死んじゃえばいいのに」
辛辣すぎないか、確かに変人だが根はよさそうだぞ。伸びる方向を間違えたみたいだが。
「……見つけられてないよね?」
そこは任せろ、これでもかくれんぼ大田区大会5歳以下の人間の部で6位入賞を果たした身。その程度の失態をするとでも思ったか。
「名前、名前は確か」
名乗っただろ、天藤海人だって。
「ファイトさんいます!?」
リングネームみたいだな。
「天藤海人ならいるけど、イデアさん?」
「か、カイトさんでしたよね」
「あの人になら見つかってない、そこは安心してくれ」
安堵の息を漏らすのはいいんだが、別にドアを開けてもらっても構わないんだぞ?
「集会所で紹介したいので、向かいの家に行ってもらえませんか? 服もそこで用意してますから」
「了解、場所もそこで案内してもらえるのか?」
「ディセルさんという方がいますので、私はもう行きますから」
「了解、すぐに行くよ」
向かいね、確かに品のいいおじさんとおばさんがいるな。どうしてこうモブっぽいのはきちんと作ってメインキャラは適当なんだよ。
「イデアから話は聞いていたよ、どうぞ入ってくれ」
本当に品がいいな、こういう人がお世話してくれるならここに永住を決意したい。
「意外と体格がいいのね、合うかしら」
「まあ、合わないなら合わないで別に」
ディセル夫妻、夫がグランさんで妻がシエルさん。ゲームを作ろう! とかいうゲームに用意されているおじさんその1と、おばさんその1をそのまんま形にした感じだな。
「これなんだけど、どう?」
「着てみます、どこか場所をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「奥に部屋がありますので、そちらでどうぞ」
どうもシエルさん、この世界での好感度は現在貴方が栄えある第1位です。おお寝室だ、ベッドが一つ……お盛んですな。
「さて、これは何て表現すればいいんだろうな」
中二病向けゲームの衣装の一つだけど、そこまで中二っぽくない衣装。なんて説明が似合うだろうか、そこまで興味ないけどお、でもまあやってやるかあ、とか言ってプレイする人用に考えました。
早い話がちょっと大人ぶりたい中二病の子供向けって感じなのだが、要するにださい。こんなの着ないといけないのか。
白のシャツに黒の上着は色合いだけは一般的だが、この無意味な位置にある皮のベルトとネックレスは俺に何を訴えかけているんだ。
そして黒のズボン、うん真っ黒ね。まあ着れるだけ文句はないけどさ、あのピチピチスーツよりは遥かにまともだから。羽とかドクロとか付いてなくて本当に良かった。
「おお、ぴったりじゃないか!」
「はい、本当に頂いてもいいんですか?」
駄目だと言ってくれ。
「もちろんだとも、この服も君に着られて喜んでいるようだ」
どうしよう、暗黒微笑でもしながらダークフォースエマージェンシーとか唱えればいいのかな。
「さて次は集会所だね、地図を用意した。これで分かるかい?」
一本道で分からなかったらそれはそれで問題だと思う。その前にイデア、さっき案内してくれてもよかったんじゃないか?
「お世話になりました」
頭をぺこりと下げ、さあ行こうかロマンチックが止まらない。しかし明かりの一つもないのは心寂しいな、あんなに見えていた鎧の軍団はどこに行ったんだ。
並ぶ家々の中では夕飯の支度やら、微笑ましい家族の営みやら。どうして俺はこっちに混ざれない、ここか。うん、集会所って書いてある。
「この分かりやすさはゲームチックだな」
入り口横には馬が並び、見張りらしき鎧を着たのが二人ほど立っている。
「すいません、ここ集会所ですか?」
「見て分からないか?」
分かってるよ、そこはほらあれだ。ゲームの主人公だってこれは箪笥だ、とか言うだろう。それと同じもんなんだよ、無駄にいい声しやがって。
「入れるかな、と思いまして」
「名前は?」
「天藤海人です、イデアさんに招待を受けたものなんですが」
「ちょっと待て」
そう言って中へと入っていくガシャンガシャン、本当にうるさいな。ここの音響は切ってくれていいぞ。
「お前、ここでは見ない顔だが?」
「この村をよく知ってるんですか?」
「まあな、何度か来た事がある」
となるとイデアの父と立場はそう変わらないのか?
「普段は旅をしてまして、ふらっと立ち寄ったら何やら偉い人が来ているから挨拶しておけと言われたんですよ」
「イデアちゃ……フローゼとは知り合いか?」
「まあ、一応は」
フローゼ、ここで苗字も判明か。しかしこいつ今、イデアちゃんって言おうとしたな? こいつ……使えるかもしれない。
「一応、か。まあこの村でも目立つからな」
「ミファエル様に見初められるくらいですもんね、この問題が解決すればお祝いですか」
「……だろうな、あんなに着飾ってたし」
声が重いぞ、さっきの威厳あるように振る舞おうとしてた態度はどこに行った? いやいや別にいいぜ、そのままイベント進めても俺には何の問題もない。
「友達ですか?」
「学校が同じで、クラスメイトだったんだよ。そんだけだ」
そんだけ、って感じでもないな。切ないね、苦しいね、やんごとないね、俺もそんな恋でもしてれば……無理だな。まあいい、協力しようじゃないか。
「実はそのイデアさんからこの作戦に参加するように依頼を受けて、正直なところ迷ってるんですよ。あまりメリットがなさそうですし」
「お前、強いのか?」
「何ならここで戦ってみますか? 俺が勝って価値のある力があるなら構いませんよ、下っ端ならやめて下さい。この数を敵に回すのは少し面倒です」
我ながら矛盾してないか、強いのか弱いのかはっきりしろ俺。
「なあ、入れてやるから倒したのお前が倒して俺って事にしてくれないか?」
ありがたい提案だが、こいつの恋が報われる事はないだろうなと俺ですら察せてしまう台詞だ。他力本願で叶えられる願いに価値があるとは思えんがね、まあそこは人それぞれか。
「倒せる保証はありませんよ?」
「倒せたらでいい、どうせミファエル様だって倒せないしさ」
「まあ、いいですよ。お名前は?」
「カリフ、槍に赤いリボンが付いてるのが特徴だ」
「赤いリボン、何かの願掛けですか?」
「……貰ったんだ」
何だ、今の間は。
「貰える様な仲なら話しかければいいのでは?」
「落としたのを拾ったら、そのままあげるって言われただけなんだよ」
「本当に貰ったんですか? まさか落としたのそのまま懐にとか」
「……」
図星かよ。卒業式とかにカメラ持って行って遠目に撮影して自己満足に耽るタイプだ、ああ気持ち悪い。
「とにかく言ったからな!」
「それで、もし倒せたら私は何をして貰えるんですか?」
「何が望みだ?」
「ではイデアを」
「それは――」
「冗談です、ミファエル様の街まで連れて行って欲しいんです」
「街まで? 旅人の癖に一人で行けないのか?」
「それがこの辺りは詳しくなくて、まあ無理だというのならこの話はなかったことに」
「分かった! それでいい、それでいいから」
ミファエル、お前に人望がないのはよく分かった。こんな胡散臭い旅人にこんな依頼をしてくる兵士なんて俺が見つけたら即刻クビだな、言いつけてやろうか。
「さっさと行け、もう一人には俺が言っておく」
「ありがとうございます、ではまた後程」
ああ、この先もこんなちょろい奴ばかりなら俺も楽なんだけどな。