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最初のイベント

「ここです、グレイブル」

「ふーん……ここが」


 俺の世界で例えようとするにはあまりに難易度が高い。プログラマーよ、いくら僻地とはいえここの作りこみをさぼって何とかなるとでも思ったのか。

 屋根がない、壁がない。つまり、中の人の生活が丸見え。建築様式もそこから現れる個性もあったもんじゃない、ハリボテ以前の公開生活晒し場とでも名付けようか。


「私の家は少し先です」

「どれくらいの人が住んでるんだ?」

「1000人を少し下回る位、だったかと」

「さして大きくもないな」


 僻地にそんな規模の街があるだけ大したものと見るべきか、コメントに困る数字。それでも生活として成り立っているのなら魔物に対してもある程度の防衛力はあるのだろう。


「ここです、どうぞ」

「よかった、ちゃんと家だ」

「ここまで来て兵に突き出すような真似はしません」


 違うんだ、扉が見えるんだよ。やっとこれで木造建築だと分かったんだ、それだけで俺には感動的なんだよモザイクちゃん。


「ただいま、いない」

「お母さん?」

「はい、いつもはいるんですけど」


 いたところで俺に認識できるかどうかはプログラマー次第だ、頑張れプログラマー。


「仕方ないですね、ちょっと座ってて下さい」


 椅子も見えるぞ、どうやらこの家に来ることはゲームのシナリオ的に必要なんだろう。妙に作りこまれた内装はどっかのヨーロッパを模したんだろうが、俺にはさっぱりだ。


「どうぞ、口に合うか分かりませんけど」


 カップも見える、紅茶から湯気も立っている。コースターも見える、素晴らしい奇跡だ。


「ありがと、じゃあ――」


 口から液体を入れる、入ったはず。その証拠にカップの中の量が減っている、目の前の人らしき新造テクスチャーもカップを口っぽい何かに当てている。

 飲み物が必要ないことから嫌な予感はしていたよ、そりゃそうだろう。人の味覚など人それぞれ、完全な味の再現など不可能。それはいい、そこはまだこちらも譲歩しよう。

 だからといって何の感覚もないのは気持ちが悪すぎる、だったらこんなイベントなど初めから用意するな。


「美味しいですか?」

「ああ、すっと喉を通るね」

「それは何よりです」


 通り過ぎてどこに行ったか分からない、残念ながらこの先どんな美味が出ようと俺が味わえる日が来ることはないんだろう。


「ちょっと探してきます、待ってて下さい」

「俺を一人にしていいのか?」

「ちょっとですから」


 今更ながら思ったが、こちらだけタメ口というのはいかがなものか。モザイク相手に示す敬意など持っていないが、とりあえず示すべきだ。


「でしたらここで待ってます」

「……別に待ってる、でいいですよ。何か盗んだところでこの狭い街だとすぐに捕まっちゃいますから」


 そう言って出ていく少女マークⅡ。この謎の好感度はなんだ、一応は主役扱いなのか。そもそも相手から俺は人の形に見えているのか。


「制服着てることが分かるんだからそこは大丈夫なのかな」

「イデア、帰ってるの?」

「ひぃ!」


 情けない悲鳴を上げたのは別に帰ってきた人が包丁を突き付けてきたからでも、160キロのストレートを投げてきたからでもない。


「驚かせてごめんなさい、お客様?」


 すいません悲鳴を上げたのはそんな理由じゃないんです、それとその声はどこから出してるんですか。


「多分、そのイデアって人に連れてこられたんですけど」

「あら、あの子どこに行ったんでしょう。ごめんなさい、呼んでおいてあの子はもう」

「もしかして、お母さんですか?」

「ええ、そうですけど」


 頭のない母親とは何とも斬新なお母さんだ、最早ジャンルはファンタジーではなくホラー。衣服をきちんと描写しておきながら顔の作りこみを怠るとは何たる失態か。


「すぐに戻ると思いますから」


 そう言いながら買い物かごから何かを取り出すお母さん(首なし)、その洋服は可愛らしいんですがごめんなさい気持ち悪いです。

 白のカーディガンらしき何かと淡いピンクのスカートらしき何か、衣服の呼び方など俺はきっと両手に数えるくらいが限界だ。


「紅茶は口に合った? あの子の入れたのってちょっと薄いんだけど」

「大丈夫です、頂けるだけありがたいですから」


 薄かったさ、その存在感の薄さは際立ってたよ。それにしてもイデアという名前、このゲームを作った人は哲学が好きなのかあるいはそれっぽいのを考えただけか。

 こんな辺鄙な土地のキャラにそんな大層な名前を付けるあたり、もしかしたら外れでもなんでもないのかもしれない。


「あ、帰ってたんだ」

「お客様を置いていくなんて、これ位に帰るって言ったでしょ?」

「知ってるけど、だって変なんだよこの人」


 モザイクと首なしが相まってホラーを通り越してコメディだ、耐えろ。ここで笑っては全てが台無しになる。


「変? そうね、確かに服が……」


 この世界に制服に相当する服がないのは分かった、だが容姿の一切が不明なのが痛い。誰か鏡をくれ、とりあえず自分の顔がどうなってるのか確認したい。

 川? ああもちろん覗いたさ、判定なかったけどな!


「首都から来たっていうのに武器もないし、細いし」

「クラッセルから? まあ何て遠くから」


 首都の名前が判明、クラッセル。分かったところでどうという話でもない、ミレニドとクラッセル、法則性はなさそうだなというくらいか。


「それではお疲れでしょう、旅の方ですか?」

「旅と言えば、旅ですかね」

「でしたら今日は我が家で休まれて下さい、ここは宿屋もありませんし」


 何かのイベントなのだろうが、だからといって普通にプレイをしていいものかどうかの判断も付かない。せめて眠るという感覚さえあれば、この世界も悪くないのかもしれないが。


「いいんですか?」

「ええ、もちろん。部屋も余ってますから、イデアに案内させますね」


 おお、さっきまで無かった階段が唐突に現れた。何だこれ、俺の選択次第で出てきたり消えたりするのか。


「普段はあんまり使ってないんですけど」


 当たり前だろう、さっきまでなかったんだから。


「イデアさんだっけ、二人暮らしなの?」

「父はあんまり帰ってこないんです、さっきも話に出した護衛の任に就いていますから」

「任務? 仕事じゃなくて?」

「この一帯を統治している人がいるんです、その人からの命令です」


 この世界は貴族制なのか? どうしてそんな階級とかややこしそうな政治体制なんだよ、誰か伯爵と侯爵と子爵と男爵の違いを教えてくれ。それから后と王の椅子の位置もだ、右が王で左が后だったか?


「どうぞ、少し掃除しないといけないんですが」

「いや、充分だ」


 掃除の必要なんてないよ、何も見えないから。どっからどこまでが部屋か説明してもらえればそれで大丈夫だ、宙に浮いた気分で過ごすのも悪くない、全面ガラス張りの部屋なんて新しい。


「ベッドがそこで、上着はそちらに掛けてもらえれば」

「ありがと、いい部屋だね」


 見えない、触れない、掛けれない、外の様子が丸見えだな。下も丸見えでプライベートのプの字もないぜ。


「お母さんいつもああやって旅の人を泊めようとするから、この部屋もその為に」

「俺の前にも誰か泊まりに来たの?」

「旅の人ばかりです、後は……何でもありません。落ち着いたら下に、街を案内しますから」


 何かのイベントが起こりそうだ、起きてくれないと困る。その為に俺は全面立方体少女とと会話なんて修行に身を投じているのだから。


「えーっとこの辺りにベッドがあるんだよな」


 さてどうしたものか、部屋に誰かが来た時にベッドにめり込んでいたら相手は目を丸くしてまう。来るタイミングは丸分かりだが、いる位置によっては悲鳴を上げられかねない。


「しかし、普通の街だな」


 見える住民におかしいところはなく、この辺りの作りこみは褒めたいところ。それ以外は……まあ目を瞑ってやろう。


「どう?」

 は?

「とりあえず案内した、使えるかは知らないけど」

「今はいいわよ、少ししたら降りてくるでしょうからしっかりね」

「分かってる」


 おいプログラマー壁があるなら音くらい遮れって! 何か企んでるのが分かっちまったじゃねーか!


「こんな怪しいのを泊める時点で何かはあるだろうけどさ」


 どんな顔して下に行けばいいのか、最初の500人はこんなストーリーでどんな顔をしたんだよ。


「まあ、ある程度ストーリーを進めないと会えないだろうしな」


 彼らもこんなイベントを半年間こなしていると考えるのが妥当だろう、俺も意識があるのがその証拠。というより活動していてくれないと見つけようがない。


「とりあえず、降りればいいんだな」


 案内でもなんでもして貰おうじゃないか、何を企んでいるか知らないが所詮はゲーム。最初からとんでもない難易度なんてことはないだろう。


「お待たせしました、すみません案内まで」

「いえ、外で待っててもらえますか。少し支度しますから」

「分かった」


 下手に声が聞こえないだけこっちも大助かり、いくらゲームでも折角のイベントにプレイヤーが無反応なのもあんまりだろ。


「時間の経過は……陽が傾いてる。24時間だよな? 下手に設定加えると調整が面倒くさそうだし、昼にプレイしてゲームは夜だと時差ボケしそうだ」

「そうですね、もう夕方です」

「あれ、もういいの?」

「着替えただけですから」


 悲しいかな、変化がまるで分からない。きっと可愛いんだろう。

そして独り言に反応されたらびっくりするだろ、設定なんて単語を聞いてもこの子は何の疑問にも思わないんだろうか。


「と言っても狭いんです」

「1000人もいないんだもんな」


 それだけ作りこめばゲームとしては成立するだろう、実際の生活は知った事じゃないが。


「お店と、大半は畑です。娯楽も少なくて、本は街まで行かないと手に入りませんし」


 本か、娯楽の中で娯楽に興じるのも一つの楽しみ方かもしれない、そうなるとこの村の娯楽はほぼゼロ。始まりの村の雰囲気を出したいのかもしれないが、もう少し考えてやれスタッフ。


「じゃあ民家だけ? ここの人達ってどうやって暮らしてるの? 農業だけ?」

「川で魚も捕れます、あんまり交易もありませんから自給自足です」


 確かに魚も泳いでたな、あの川という名の何か。


「大変だな、君も何かしてるの?」

「この近くに果樹園があってそこでお手伝いを、その帰りだったんです」

「毎日?」

「はい、もちろんです」


 原始的な生活をしている割に文化水準がやけに高いが、ゲームの都合何だろうか。まあ、こういう形式のゲームは世界初みたいだしその辺りは突っ込むだけ野暮か。


「学校は?」

「街で去年まで、15で卒業ですから」

「街に仕事はないの?」

「ありますけど、私が育ったのはここですから」


 泣けるね、こんな子ばかりなら過疎問題も起きはしないだろうに。


「これで一通りは終わりです、やっぱりすぐに済んじゃいましたね」

「だろうな、参考になったよありがとう」

「他に何か見ておきたいものありますか?」


 見たいというか、強いて言うなら民家の壁さえあればもう少し雰囲気が出るんだが。


「もしないのでしたら、少し付き合って欲しい所があるんですけど」

「いいよ、どこ?」


 ほら来た、さあ俺をどう使う?


「村の外れにあるんですけど、いいですか? 方角としてはあっちです」


 すみません、どこ指してるか口で説明してもらっていいでしょうか。



「ここです、何に見えます?」


 また東大レベルの難問が来たな、何に見えます? そんな質問されて答えられるとでも思ったか。


「適当に答えるけど、図書館」

「正解です、凄いですね」


 俺の視界に映っているのはあれだ、長方形の形をした建築物だ。それも真っ白、シンプルって最高! と旗を掲げた酔っ払いが自分の足の小指の長さを測りながらデザインしたような。

 よく言えばシンプル、悪く言えば手抜きだ。


「で、この図書館が問題なの?」

「入れば分かります」


 ドアを開け、イデアの言葉の意味がすぐに理解できた。ああなるほど、これは確かに大問題だ。


「本が無いでしょう?」


 そっちか、俺はてっきり扉が音もなく開いた事だと思ったよ。


「受付の人もいないみたいだけど」


 棚の数はそれなりだが、入っている本は確かにまばら。試しに一冊、手に取って開いてみればこちらも真っ白。


「これ、何の本?」

「歴史書ですね」


 この国の歴史は真っ白なのか、建国2秒ってところかな。


「へー」

 

どうしよう、感想とか聞かれたらどう返せばいいんだ。白いですね、って言えばいいのか。


「唯でさえ少ない本がこんな事になって、子供達も困ってしまいまして」


 何だろう、この子は何を言いたいんだろう。俺を使いたいのなら早く要件を言ってくれ、言い出したほうがいいんだろうか。


「子供って、学校は街にあるんだろう?」

「それよりも小さい子達です、読み物を通して文字を学びもしますので」

「ああそういう、それは確かに困ったな。原因は分かってるのか?」

「魔物です」


 魔物、ようやくファンタジーっぽい言葉が出てきた。いや、まあ今までもファンタジー要素は満載だったけどさ。


「魔物が本を奪うのか?」


 食べるのか? それとも人の書いた書物に興味を示すのか。


「魔物は人が文明を築くことを本能的に阻止しようとしているそうなんです、あくまで学者達の仮説なんですが」

「阻止……まあ文明に本はつきものだけど」


 伝達ができなければ技術もその世代でストップするだろう、とはいえそんな行動を取るあたり魔物も馬鹿じゃないのか。


「話は分かったけど、そんな話を俺にした理由は? ここまで荒らされたならもう魔物は来ないだろう?」

「でもいつまでたっても本がないままです、以前はこんな事なかったのに半年前からどうして」

「魔物とかいなかったの?」

「はい、だから国も大混乱になっていると」


 半年前、非常に気になるキーワードが出てきた。どうやらプレイヤーの存在と同時に魔物も現れたらしい。この分だと厄介者扱いを受けそうだが。


「半年前って何か起こらなかった? 例えば知らない人がたくさん出てきたとか」

「どうなんでしょうか、そこまでは私も」


 早い話、その500人が魔物扱いされたのかと疑ったのだがそういう訳でもないらしい。うーん、魔物ね。


「旅人さんが何か知っていればと思ったんですが」

「そういえば名乗ってなかったか、天藤海人。で、残念ながら魔物についての知識は俺にはあまり」


 実はある、それくらいの情報は事前に軽く調べたからな。ただ、その知識が役立つ自信がないからここでは伏せたまで。絶対、どっかおかしいのが出てくるに決まってる。


「そうですか……どうすればいいのかな」

「試しにダミーをここに入れてみれば? それで俺がここで待機、取られても痛くもないしもし倒せればラッキー」

「強いんですか?」

「さあ、それは何とも」


 倒せればそれでいいし、倒されても別にいい。倒されらどうなるか覚えてないが、恐らく適当な地点で再出発とかだろう。


「実は今日、その討伐が行われるんです」


 ん? 


「でも、適当にされて倒しましたって言われても信用できるかどうか」

「信用できないの?」

「この一帯を治めている人の末息子が指揮を執るみたいなんです」


 確かに無能の香りがぷんぷんする、その裏を取って有能な可能性もあるんだけど。


「もし成功したら村の娘を一人寄越せと」


 あ、それは無能っぽい。ってか、もしかして君なのか? 凄い趣味してるな、モザイク寄越せとは。俺は無修正がいい、いや別に変な意味ではなく。


「それで、もしよければ見張っていて貰えませんか?」

「見張るだけ?」

「はい、本当に倒してくれれば私も……いえ、皆さん安心ですから」


 やっぱりこの子なのか、まあこの展開だとそうなんだろう。父親が仕えてるとなると、そんな話も断りにくいに違いない。お互い、家族に苦労させられるのは同じか。


「それ位ならいいよ、その討伐は夜?」

「今日の夜11時からです」

「なら起きていられるし、大丈夫。見てるだけだしね」

「本当にいいんですか?」

「いいって、その代わり部屋は借りるけど。これで貸し借りなしって事でいいかな?」


 働かざる者食うべからず。いや食べる必要はなさそうなんだけど、気分的に。

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