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秩序なき世界

「……おお、凄い」


 目を開き、いや別に閉じている必要もなかったのだが。とにもかくにも目を開けて、俺は目の前の光景に息を呑んだ。


「ミレニドってのは荒れ果ててんのか?」


 見える視界、全て廃墟。いや廃墟と呼ぶには廃墟に失礼か、それくらい何もない。


「平坂? いるか?」


 無駄と知りつつ読んでみるも、返答はなし。砂埃が軽く舞う景色に、俺は早くも一抹の不安を覚える。


「ミレニドだよな? すみません! 聞こえますか!」


 5秒待ち、通信には時間が掛かるのだろうかと疑って待つこと恐らく5分。いよいよこれは、と思い知る。


「まさか10秒持たないとは思ってなかった」


 自殺行為であることは充分に自覚していた、俺の体がどうなろうと知ったことではない。それは今でも承知の上、だがそれでもだ。


「他に志願者いなくて本当によかったな」


 パニックになってもおかしくはない、あれだけ大丈夫と言いながらこのザマでは言い訳の仕様もないだろう。

 何をしようかと辺りを見回しても、ただただ広がる広大な砂地。砂漠というには中途半端に人工物らしき物も見え、その異様さがかろうじて俺にここがゲームであることを認識させている。


「喉は乾かない、腹も……こっちはまだ分からないか。うーん、どうしたもんかな」


 別に閉じ込められることはいい、それはまだ想定内。問題はその肝心のゲームが何もないこと、これでは時間も潰せない。


「もしかしてどっか移動しないと駄目とか? ってもどこに……こんな事ならもっとちゃんと説明書読んでおけば」


 後悔は後の祭り、半年前に同じ事が起きたとするなら何か目印があればと

も思うのだがそれもなく。


「作り直しても駄目って、今の技術でこのゲームは無茶があるってことだな」


 ここでこのゲームの品評を始めても意味はないと、強引にあの柱みたいなのがある場所まで行こうと気分を奮い立たせ歩くこと体感10分。


「おかしい、いやおかしいのは分かってるんだけど」


 一向に柱らしき何かは大きくなることもなく視界の果てで鎮座するのみ、まさかラスボスなのか。近づけばクリアなのか。


「そういえば、服も制服だな……武器もないのか」


 あのピチピチでないことは有難く、またこんな場所で剣を持っていても邪魔なだけ。なのだが、お蔭でファンタジーらしさはどこにもない。

 夢の中とやっていることに代わりなく、本当にゲームなのかの確証も未だ得られぬまま。


「疲労感もないよな……体力に相当するパラメータがあったはずなんだけど」


 ゲームの中の体感時間と現実での時間が一致するかどうかも不明、今はそれを基準に物事を考えるしかないが不毛にも程がある。


「仕方ない、ちょっと考えよう」


 柱は近づいてはくれないが、代わりにちょっとした石が地面から不自然に突き出しているではないか。座り心地がよさそうだとその上に腰を下ろそうとして。


「なっ!?」


 そのまま尻餅をついた、は?


「は!? え!? ちょっと待て!?」


 慌てて身を起こして石に触れようと伸ばした手が石の中へと消えていく、消えていくというかすり抜けていく感覚に近い。

 あるはずの物がないという感覚はそう味わえるものでもないが、ここはそんなものを味わう為のゲームだったか。


「顔……突っ込んでみるか、空洞だな」


 要するに外側だけ作って置いてみました、ということか。一昔前のゲームならいざ知らず、いざこうして目の当たりにすると流石に変な声が出る。


「ははっ、あの柱も遠くに見えるだけかよ」


 そう考えれば辻褄が合うが、というかこの世界の正体が見えてくる。


「もっと作りこめよ!」


 未完成だ、それもチェックなどないに等しい欠陥品。あの娘には悪いが、そもそも世に出していいレベルのゲームではない。

 人もいない、建物もない。あるのは広大な地面と青い空だけ、たまに申し訳程度に吹く風に俺はどんな楽しみを見出せばいい。

 わー風だ、うふふふふふふ。それでも技術革新には違いないが、そんなものは体験会でやってくれ。


「要するにあれだ、どうすればいいんだこれ」


 目の前に魔王が出てきて世界の半分くれてやると申し出されても考慮の余地なく拒否したい、そんなレベル。

 それ以前に俺以外の知的生命体の存在に感謝の裸踊りをしてもいい、これなら宙に投げ出された方がまだマシだった。


「このままずっとこんなのか?」


 外側しかない石の横で、土を指でなぞろうとしてそれも叶わぬ世界に何を残せというのか。


「色々と試してみるか」


 真上にジャンプ、推定60センチ。高いのか低いのか、続いて腕立て伏せ。疲労のないことを考えれば当たり前だがいつまでもできる、これは新感覚。


「延々と腕立て伏せやって何になるんだよ!」


 スクワットや腹筋も同じ事だろう、試すならもっとファンタジーっぽいことだ。


「出でよ剣!」

 出ない。

「出でよ杖!」

 出ない。

「出でよ地図!」

 出ない。

「出でよ何か!」

 出ない。

「何でもいいから出ろよ!」

 出ない、心の内からどす黒い何かが沸き起こるのみ。というか何ができるんだ、現実世界と変わらないなら誰もこんなのプレイしない。


「落ち着け、とにかく落ち着け……落ち着いてよく周りを見て……え?」


 森、先ほどの荒野はどこへやら。気付けば鬱蒼と生い茂る暗闇にの中、目を離したとか何かに気を取られたとかじゃない、本当に一瞬の出来事。


「何もかも滅茶苦茶すぎるだろ、どっかに切り替わる何かがあったのか?」


 一歩進み、二歩戻る、景色変わらず。試しに触れてみる、木だ。わーい硬い、大きい。

 まさかそんな事に感動する日が来るとは、どうやらプログラマーもそれなりに仕事をしてはいたらしい。

 木の硬さに感動を覚えるゲーム、終末世界のダイアローグ。


「敵とか出ないことを願うばかりだな、ああもう出てきたら出てきたで鬱陶しいなあ」


 葉っぱ一枚にきちんと触感があるのは素晴らしいが、ここまで鬱蒼としていると邪魔でしかない。陽の光も隠され、薄暗い中では視界も悪い。


「川、か? 川だよな?」


 自問自答したのは、視覚と聴覚が一致しないからに他ならない。確かに目

の前に川があるのに、無音。違和感しかない川の中に手を突っ込んで、やはりなと乾いた笑みが零れる。


「これも形だけか」


 水底を歩く新感覚ゲーム。そんな感覚を求めてこの世界に入る者がどれだけいるか知らないが、いれば絶賛間違いなし。

 魚を見上げながら、水底であろう場所に転がっている石を拾い上げ投げてみる。水の抵抗はどこへやら、空気抵抗と何ら変わらず飛んでいく石。


「ここの石の判定はあるんだな」


 重力らしき力も作用はしているらしい、ないのは水の感触だけ。


「まあこれで向こうに楽に渡れ――」


 おい、どうして真ん中に辿り着いた途端に水の判定が発生するんだ。罠か、敵の罠か。流れてるのに息苦しくもなければ水の感触も未だにないぞプログラマー。

 ただただ体の自由がきかないままに周りの風景だけがぶっ飛んでいく。危機感はない、不愉快なだけだ。

 流し読みした説明書にこんなステージはなかった、入る国を間違えたか、あるいは作りかけの世界に俺が迷い込んだか。


「どこへ流れ着くんだよ」


 そんな心配は幸いなことにすぐに途切れた。どこかに流れ着いたわけでもない、誰かに助けられた訳でもない。何故か唐突に判定がなくなっただけだ。


「戻ろうとしても進めないな」


 見えない壁に押し返されるかのように、進もうとしても進めない川上。向こうへ渡ればいいのか、あるいは反対に行けばいいのか。どこからどこに水の判定が発生するのかも分からない、言うなればパニックゲーム。


「とりあえず出てみたが、うーん」


 結局、進むだけ進んでみようと決めて渡った結果は芳しいものではなかった。あるのはやはり森だけ、無駄に鬱蒼とした森だけ。


「移動はしたよな? というか水辺なら集落の一つもあってもおかしくないはず、いやこの世界で何を言っても無駄か」

「あの」

「え?」


 思わず無警戒に振り向いて、俺は表出すべき感情に困った。声を掛けられた、確かにそこに生き物はいた、声は可愛らしい少女のそれ。

 まだ大人になる前であろう初々しい思春期を思わせる声を発した物体にモザイクさえ掛かっていなければ、俺はもう少し柔らかい笑みを返せたはずだ。


「待て、俺は敵じゃない。ついでに食べても美味しくない、倒したところで恐らく経験値は1か2だ」


 何だろう、俺より小さく細い。モザイクさえ取れれば可愛い少女がそこにいるのかもしれないが、詳細が判明するまでは本当に何とも言えない。

 それ以前に、こんなふざけた世界で平然としている時点でどこかおかしいのは間違いない。あれか、もしかしてお助けキャラの容姿を作り忘れたとかか、殺すぞプログラマー。


「はあ、こんな所で何を?」


 確か500名のリストに外人はいなかった、モザイクを掛けられた人もいなかった、となればやはり少女らしき放送禁止物体はNPCなのか。


「あー、ちょっと迷い込んで。君は?」

「ここの近くに住んでいるんですけど、どこから来たんですか?」


 こんなふざけた世界に住まされる気持ちはいかばかりか、となれば俺もそんな世界にふさわしい名前を返そうではないか。


「アルティメイトプラズマー ブラックエンジェルというんだが、君は?」

「ブラックエンジェルさん?」

「天藤海人です」


 駄目だ、そんな名前でこれから先ずっと呼ばれ続けるのはあまりにも難易度が高い。いつ生まれるか分からぬ息子か娘よ安心しろ、無難な名前を付けるから。


「カイトさん?」

「そう、海人」


 日本語が通じるのに安心して、我に返る。日本人しかテストプレイしていないのだから言語が日本語なのは当たり前、英語ならまだしもフランス語なんて話されたら異星人と会話するのと変わらない。


「どこから来たかだっけ、ミレニドからなんだけど」

「ここもミレニドですよ?」

「あ、そうなんだ」


 どうやらミレニドとやらはこんなふざけた世界の上に成り立っているらしい。一般市民の生活に違う意味で非常に関心が高まるが、それもついに判明することになる。


「それでもしよければ教えて欲しいんだけど首都はここからどれくらい?」

「あっちへnjapjta:jtmga\:です」

「待って、何て言った?」

「あっちへnjapjta:jtmga\:くらいと」


 おいプログラマー、距離の設定を忘れたのか何なのかはっきりしろ。設定がないならそう言えお兄さん怒らないから。


「あーうん、ちょっと遠いんだね」

「ここは国の端ですから、首都はほとんど反対側ですよ。よくここまで来れましたね」

「まあ、ちょっと事故みたいなもんだから」


 俺の適当な勘もたまには役に立つらしく、奇跡的に当たった情報からしてどうやらここは僻地。道理で作りこみも甘い訳だ。

 そんな場所にこんなキャラクターを配置した理由は謎のままだが、今はまあいい。


「今から出発しても日が変わりますよ?」

「うーん、君の街に宿屋とかある?」

「小さな街ですから、お店はあるんですけど」


 予想しないでもなかったこと、とりあえず時間が存在する事だけでも収穫だ。どうせ腹も減らない喉も乾かない、どれだけ歩いても平気なら距離など関係ない。


「方向だけ示してくれれば行くから、どっちかだけでも教えてもらえないかな?」

「歩いていくつもりですか? 武器もなしに?」

「武器が必要な道なの?」

「魔物がいます、首都から来たんですよね?」


 まずい、疑われている。ちゃんと首都から来た、首都は首都でも東京だが。しかしいるのか、魔物。


「やっぱり危険?」

「危険です、夜になると襲われますよ。近くの街に仕入れに行く方も護衛を付けるんですから」

「護衛か、お金ないんだよな」


 そもそも単位は何だろう、覚えやすい名前ならいいのだが。こういうゲームはそういう事ばかり無駄に凝っていそうだ、ゲシュトルバグリとか。


「お金もなし、武器もなし、それに何だか服装も……」

「いや、ほら首都では流行ってるんだよ」


 どうしたことだ、お助けキャラならお困りですか? なら家に招待します、とか言って実は魔物に襲われてて、とかイベントが起こってとかじゃないのか。

 いやそんな贅沢は言わない、せめてそのモザイクをどうにかしてくれ。


「怪しいです」

「じゃあ拘束してくれても構わない。その代わり君の街まで連れてってくれないか、ここで待ってるから誰か呼んでくるといい」

「……ついてきて下さい」

「警戒しないのか?」

「私でも勝てそうです」


 言ってくれるじゃないか、多分その通りだ。きっと謎の判定でぶっ飛ばされるから。

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