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自殺志願者

「じゃあ行ってくるね、どんなだったか楽しみしてて!」

 その言葉が、姉と俺との最後の会話だった。

高校受験に忙しかった俺はそんな自由な姉に軽く嫉妬しながら勉強の為に机に向かい、そして3時間後に家に掛かってきた電話でその楽しみとやらの結果を知らされた。

「意識……不明……?」

 病院に駆け込み、目にしたのは頭に見慣れない装置を付けた姉の姿。

どんな影響が出るか分からないと取り外されることも装置への電源供給が絶たれることもなく、ただただ時間だけが流れて。

 そして半年後。


「本当にいいのかね?」

「はい、この計画への参加を希望します」


 広い会議室、何十人と並ぶ大人達を前に俺は躊躇うことなくそう告げた。

世界が一変したのは、何も俺の姉だけではなかった。500人もの人間が意識を失い、誰もが未だ眠り続けている異常事態。開発した企業はその原因究明と賠償に追われ、抜本的な解決への糸口は見つけられていない。

 となれば、被害者達が頼れるのは国しかなった。とはいえ、国もまた万能の魔法使いではない。時の権力者達がその頭脳を使って編み出せたのは、苦肉の策としか呼べないものだった。

 現実世界との連絡が可能な改良型のVRマシンを用いゲームへ参加し救出を試みるという、無謀としか呼べないもの。

 その装置の安全性、また入れたところで救出できるのかどうかといった具体策も何もない作戦に批判は集中したものの、出した案を取り下げる考えは彼らにはなかった様で、希望者の意思次第という奇妙な妥協の元にその作戦は実行された。

 当然、第三者にそんな作戦に命を賭けようなどどいう奇特な者も現れず。受付最終日となった今日、この部屋に来たのは俺だけだったという次第。


「俺が生きようが死のうが悲しむ人もいませんから、使って下さい」

「しかし……だね、本当に戻ってこれるかどうかは……」

「いいんです、ほらここに親の同意書もありますし」


 書いてもらうのは簡単だった、というか仮に俺がここに来ることを拒否したところで結果は同じ。

両親からの期待を一身に集め、その期待通り優秀だった姉は家の希望だった。

 だから、壊れていくのもあっという間。そもそも初めから関心を持たれていなかった俺がどうなろうと彼らは知ったことではないだろう。そこまで姉が好きならどうして俺を産んだのか、の問いにだってお姉ちゃんが弟が欲しいって言うから、と堂々と言い放った親に対する関心はないも同然。

 狂気と正気の狭間で踊り続ける母、それを見て毎日ただ溜息をつくばかりの父、そんな二人とこの世界で生きていく覚悟はなかった。ただ、ただそれだけのこと。


 例え、この先にどれだけ明るい未来が待っていると神様から言われようとも。


「では、ここにサインを」


 明日の午前9時、計画の開始が決定した瞬間だった。



「これが資料……こんなのに500人も参加したんですか」

「その通りです」


 世界は5つの国に別れ、それぞれが自分に合った職業を選び擬似的に異なる人生を送るファンタジー。


「違う人生、か」


 姉がいなかったら、どんな人生だったろうかと考えなかったことが無い訳ではない。

 ただそんな思考実験を繰り返したところで姉がいなくなる訳でも、自分に両親からの愛情が向けられる訳でもない。ただただ空しいだけの空想でしかなかった。


「貴方にはとりあえずこの国を選択して頂きます、既に我々の方で一から作り直しておりますので最も安全かと」

「職業は?」

「戦士を、最上の装備一式を装備した状態でスタートします。ストーリーを進めるのに支障はありません、ラスボスも一撃です」

「一撃ね」


 別室に通され、待っていた若い男から手渡された資料に目を通しながら俺はさしてやる気もなく生返事をするばかり。

 聞けばゲームに入ってからも現実世界との通信が繋がるように設定されるらしく、プライバシーの一切もないとのこと。


「それでどうすればいいんです? ラスボス倒して世界が平和になるんですか?」

「残念ながらそうはなりません、貴方に調べて頂きたいのはこの世界で何が起きているかです。データ上では不備はないはずなんですが、未だに彼らは目を覚まさまない」


 半年前に行われた、終末世界のダイアローグと名付けられたVRMMO。瞬く間に世界にその名は広がり、日本でも当然の様に話題を独占する事となったらしい。

 らしい、と言うのはその頃の俺が受験にかかりきりで娯楽自体に縁がなかった事。ゲーム名も事件が起きてから知った始末だった。


「ご存じの通りテストから20分後にまず一人目の意識が消失しました、こちらの呼びかけにも一切答えずゲームの中のキャラクターもどこにいるのか全く分からなくて」

「俺としても自分で好きにやる事ですから、そんな顔しなくて大丈夫です。全力を尽くしますよ」


 要するに、お手上げ。でもなければ俺などにこうして頭を下げる屈辱を感じる事もなかったろうに、と多少の同情を覚えつつ俺は話を切り上げた。


「本日は我々の用意した部屋で過ごして頂きます、明日は打ち合わせの通り9時から。ゲーム内でのルールは入ってからにした方がいいでしょう」

「説明書だけでも貰えれば予習はしておきますよ」

「直感的な操作がほとんどですが、でしたら今夜中に部屋に届くように手配しておきます。あまり無用に時間を割いても仕方がありません。私が言うのもなんですが、よい夢を」

「明日は長い夢になりそうですからね」


 言ってからすぐに後悔した、相手の顔が引きつっている。こう捻くれたまま育ってしまったのは我ながら情けないとしか言いようがない。


「失礼しました、なら部屋に行ってもいいですか? 偉い人と話した事なんてなくて、実はお腹が減っているんです」

「すぐにご用意します」


 これは一人になる為の方便、相手も俺と一緒にいるよりはこれから先の事を考えた方が賢明というもの。


「明日まで部屋に籠ってますから」

「部屋の中に電話が備え付けてありますから、何かあればいつでも」



「やっぱりこの国の金の使い方おかしいだろ」

 国のとある省庁内という場所から、仮眠室の様な場所を想像していた俺の予想は見事に外れていた。

 ふかふかのベッド、机の上にあるフルーツの値段など想像の余地を超えている。何から何まで、俺の貧相な語彙を駆使していう所のスイートルーム。

「ちょっと自由な死刑囚気分」

 自分で言って、それもあながち間違いでもない状況に気づいて俺はベッドに倒れこんだ。過程は違えど、彼らも俺と同じような気分なのかもしれない。

「500人の名簿、ね」

 写真と名前を渡されたところで、姉以外の情報など一日で頭に入る訳もない。助けが欲しければ相手から言ってくるだろうし、わざわざ自分から助けるほど彼もお人好しでもない。


「こんな計画に参加する時点でお人好しか」

 友達と呼ぶには少し距離のある者からしても俺の行動は馬鹿の一言で片づけられるらしく、遠まわしにやめるように説得してきた者も数名。

 それでも実行してしまった俺も俺、計画を強引に推し進めた国も国。どっちも同レベルかなと乾いた笑みが口から零れたところで、俺は初めて見知った顔を見つけて手を止めた。


「三上つかさ?」

 確か、とテレビを付けて俺はようやく知識と顔を結びつける。ニュースに映し出されている時の最高権力者と名字の一致、おまけに住所が東京の一等地とくれば後は想像に難くない。

「……俺が志望しなかったら、誰か行かされてたのかな」

 そう思えば少しは元気が出てくるというもの、未来あるエリートが犠牲になるよりは幾分かまだマシな命の使い方だ。

「せめて存分にこの一晩を楽しむか」

 無意味に便座の暖房をオンオフを繰り返すこと3回、飽きた。


「これなら普通に本でも持ってくれば良かった」

 言えば用意されるのだろうが、そんな事に人を使うことに抵抗がある。かといって自分で行くのは不可能。

外では反対派が溢れ返っているだろうし、そんな中にのこのこと出歩けば保護という名目でどこかに誘拐されること間違いなしだ。

「……本当に檻みたいだな」

 このまま目を閉じていれば朝まであっという間だろう、と暗闇の中に身を任せてすぐドアがノックされる。

「はい?」

 別れを惜しむ友人もいない俺に来客とは? と頭の中で考えつつ慎重にドアを開けて、目が丸くなった。


「あんたが自殺志願者?」

「そうだけど、あんたは?」

 失礼極まりない問いが特に不快に感じることもなかったのは、その言葉があまりにも自然に発せられたからだろうか。

年齢は俺と同じくらいか、それより下か。容姿どうこうではなく、クラスの中心に自然に収まりそうな快活さを見せながらにこっと微笑んだ。

「私も自殺志願者」



 そう言われたところでどう反応してよいのやら。貴方もそうなんですか奇遇ですねハグしたものか、あるいはそんな馬鹿なことはやめろと止めるべきか。

「どんな顔してるのかと思って見に来たけど、何か思ったより……」

「それ以上の感想は求めてないから別にいい、誰だ?」

「だから自殺志願者」

「それは分かってる、けど志望者は俺だけのはずだ」

「そんな発表、素直に信じるんだ」


 馬鹿にされたような物言いだが、そんな事に怒ってもいられない。仮にあの発表が嘘だとしても、そんなのは俺にはどうでもいいこと。

誰が参加しようが俺も参加する、それだけだ。

「もしかして私のこと疑ってる?」

「あんたが本物だろうと偽物だろうとどっちでもいい、頼むからそんな哀れな自殺志願者の最後の夜を――」

「へーこっちはこんな風なんだ」

「入ってくるんだな」


 無駄だと知っていても言わずにはいられない、それが男だ。

「別にいいじゃん、どうせ明日になったらこの世界からおさらばなんだから。それとも一人でしたい事でもあるの?」

「学生か?」

「一応ね」

「一応?」

「明日付けで退学だから」

 俺とてそこまではしていない、単に面倒くさいからというだけだが。

「やっぱりお酒とか飲んじゃう?」

「明日に支障が出たらどうする」

 出ていく気はないらしい彼女を置いて、俺は冷蔵庫から水を取り出す。麦茶があれば最高なのだが、そこまでは贅沢か。


「ねえ、何で制服? お洒落しようとか思わなかったの?」

「高い買い物を半年足らずで無駄にするんだ、少しでも着ておこうと思っただけだよ」


 単に私服を選ぶのも面倒だっただけのこと、どうせゲームの中に入れば大仰な鎧を着て剣を振り回すのだ。

「まさかここで一晩過ごす気か?」

「まさかって返しとく、様子見に来ただけだから。唯一の仲間がいざとなって逃げだされても気分悪いし」

「ゲームの中で一緒に行動する事になるのか?」

「当然でしょ、いくら装備があるって言ってもどんな風になってるのか分からないんだから。そのままの容姿が反映されるはずだから、顔だけでも見ておこうって思うのは変?」

「変じゃない、寧ろ何も知らされてなかった俺が文句を言いたいくらいだ」


 いきなりゲーム内で実は私も同じ身分なんですと言われても信じたかどうか怪しい、とはいえ話している人物とゲーム内で会う彼女が同一人物という保証はないが。

「仕方ないよ、公表する訳にはいかない人間だから」

「どっかの関係者か?」

「このゲームを作った人、の娘」

「作った人? 確か責任者は――」

「自殺しちゃったね」

「親子そろって自殺する気か?」


 そもそもよくそんな台詞を俺の前で吐けるものだ、人が人なら殴りかかっているだろうに。

「どんな世界になってるか興味あるの、悪い?」

「よく許可されたな。で、よく俺に言う気になったな」

「とんでもない変人か、あるいは本当に助けたいって思ってるかのどっちかだと思うから」

「いくら娘でもゲームに関する知識は素人だろう? いてもいなくても俺にとっては同じだ」

 平然とそんな過去を明かされたところで同情も怒りもない、どこか狂ってしまった奇人に向ける感情など俺は持ち合わせてないのだから。

「そろそろ本当にお邪魔かな、また明日。長い付き合いにならないといいね」

「名前は? 別に偽名でもいい、ゲーム内で呼んで欲しい名前でも構わない」

「そんなのないよ、平坂奏。好きに呼んでいいから、天藤君」

 クリスタルエンジェルとでも名乗ってやろうかとの俺の目論見はあっさりと破れ、そしてドアもあっさりと閉じられた。

「何だったんだ、あいつ」


「きつくありませんか?」

 翌日、何をするでもなく何となく過ぎ去ってしまった夜を超えて着せられたのは競泳水着のような何か。

流石に腕や足もぴっちりと収まっているが、体のラインがこんなにはっきりと出るのは色々とくるものがある。

「こんなの着るんですか?」

「できるだけ通信強度を高めたいので」


 何食わぬ顔で説明されても、と自分の体の貧相さにため息が出る。

「こんな格好なんて閻魔様も驚きでしょうね」

「きっとすぐに終わりますよ」

 着替えの為に用意された申し訳程度のカーテンを開け、制服を渡せばもう後戻りはきかない。

「ここで少し待っていて下さい、5分前になりましたら迎えの者が来ますので」

 昨日とは違う若い男にそう言い残され、がらんとした会議室で俺は時間が過ぎるのをただ待つばかり。

 それは別にいいのだが、この放置プレイはこのまま続くと色々と目覚めてしまいそうだ。

「ってか、あいつも同じ格好してるのか」


 結局、彼女が何者なのか彼女以外の口から説明されることはなかった。第三者の意見があるからどうだという訳でもないが、あれを信じるには材料が少なすぎる。

 自分の父を奪うこととなった世界に入りたがる理由も、俺からすれば理解不可能でしかない。

「何かあるんだろうな」

 恐らく監視はされていたであろうあの部屋に来れたということは、そういう事なのだろうとも思う。

「お待たせしました、こちらへどうぞ」

「どうも」


 先とは違う、今度は女性に連れられ廊下に出る。誰もいないのは幸いだが、せめて先ほどと同じ人であればこんな羞恥を二度も受けずに済んだのに。

「部屋の中には装置とベッドのみです、監視用の装置は全て隣の部屋に。色々とあってはストレスでしょうから」

「どうせ入ってしまえば見えませんからそれは別に」

 寧ろごちゃごちゃしてくれた方がこの格好が人の目に触れずにありがたいのだが、そうもいかないらしい。

 意識がなくなればどうでもなるというのに、こんな事を気にするのもまた俺らしい。


「点滴とか用意しなくていいんですか?」

「あまり長時間のプレイは推奨しません、まずは10分を限度に。戻ってこれなくなっては元も子もありませんから」

「10分ですか」


 本当に行って戻ってくるだけになりそうだ、そんなのでこんな生活が保障されるならもう少し志願者が多くてもよさそうなものだが。

 人間、やはり生存本能というのは俺が思うよりも強いものなのだろうか。

「最初の国の名前くらいはご存知ですか?」

「ミレニド、でしたよね」

 これが東京ならもう少し分かりやすかったものを、そんな所をファンタジーにされても俺にとっては何の得もない。


「まずはその国の首都から始まります、一定の地域からは出ないように。中に入って後はこちらで指示を出します」

「分かりました」

 せめて水と空気がありますようにと願うばかりだか、入った瞬間に宙に投げ出されるのもまた面白いかもしれない。

「どうぞ」


「本当に簡素だな」

 あるのはホテルのシングルルームを思わせる面積の部屋に、ベッドと装置だけ。窓もなく、爽快さとは無縁の空間。

「9時丁度になりましたら装置を起動し、入って頂きます。何かしておきたいことは? 失礼、一応です」

「ありません、9時までここで見張ってます?」


 本当に死刑囚だな、と繰り返し思いつつ俺は首を横に振った。そんな数分間で叶えられる願いなど残念ながら俺は持ち合わせていない。

「別室で待機しています、9時を5分過ぎたら様子を見には来ますので」

「その頃には寝てますよ」

 壁の時計が示す時刻は8時58分、後2分を待つまでもなく俺はそのヘルメットを手に取った。

 努めて軽く、ここで悲壮感など出しては監視している誰かが可哀想だから。


「じゃ、行くか」

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