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月食

作者: 全力疾走

少し残酷かもしれません、表現は最近のニュースの殺人報道ぐらいの感じです、それでもヤだなって思う方はご遠慮下さい。

夏休み


ある程度、歳を重ね、もっと世間を見たいとか、暇を持て余してる人は、多分この期間に“旅”をしようと考える事も少なくないだろう。


俺(名前は一ノ瀬 裕二、歳は20)もそんな事を考え実行した一人で、東京から、北へと旅に出たんだ、まぁ涼しい方へって考えたわけなんだけど


だけど、その旅の途中で、出会ったある人間が旅は“自分探し”である事、そして色々な意味がある事を、いやというほど教えてくれたんだ。


アレは、蝉時雨も激しい7月の中頃だった、その時には、もう秋田辺りで、濃い緑に蝉の声、青々とした田んぼが印象的だった。

目的地の北海道には予定では、8月の中頃に到着予定だから、少し時間的に余裕があった。

だから、ここらで一休みする事にし、ちょうど綺麗な温泉宿に部屋が空いていたので、ソコに滞在する事にしたんだ。

初めは2泊したら行こうって思ってたんだけど、そこのバイトの女の子が美人で、それに居心地が良い宿だったんで、少し長居をしちゃったんだ。


滞在から3日目、いつも通りの青空にいつも通りの緑、ただ、その日は湿度が嫌に高く、肌がべたつく日だった。そんな、いつも通りの日に、ソイツと出会った。


第一印象は、暗め。

旅人って感じもしたけど、何よりまして何処か影をさしたそんな印象が強かった。

名前は、忘れもしない、横山 聡〔ヨコヤマ サトシ〕


始めに声をかけてきたのは横山の方だった。


「あの、貴方も旅人ですか?」


「ええ、そうですが、貴方もですか?」


「ええ、そうです、所で貴方はどちらから?」


「東京です、貴方は?」

「北海道です、あのもし良ければ東京の話し聞かせて貰えませんか?」


何気ない世間話、別に断る理由も無い、ソレに俺の目的地は北海道だ、確かに第一印象は暗めだったが、お互い情報交換にちょうど良いと思ったので、横山と一緒にその夜、部屋で話したんだ。


俺は東京は殺伐とした事件が多い事、他人の事はまるで興味を示さない事、家族間でも殺しが起こっている事を話した


もっと明るい話しをしたかったんだけど、横山が“東京の人間関係はどんな感じですか?”とか聞いてくるから、そうとしか答えられなかった


「……そうですか、いや参考になりました、どうもありがとうございます。」


「いえいえ、なんか暗い話しばかりですみません」


「いや、そうでも無いですよ。興味深い物が有りました。」


「……そうですか?なら良かったけど、そういえば横山さんはどうして旅を?」


横山は遠い目をして、下を向き、自潮気味に笑って答えた。

「お恥ずかしい話しですが、理由は私にも分からないんですよ、何と言うか……衝動と言いますか、内なる声みたいな…ハハハ、そんな感じですかね。」


何となく本当に何となくだが、その時横山に変な感じを覚えた



―――――ゴーン、ゴーン―――

部屋にあった時計が深夜2時を知らせる。

開けた窓は、真っ暗な口から、鈴虫とカエルの声だけを響かせている。

蚊取り線香の匂いが、この旅館を包んでいた。


「ああ、もうこんな時間ですね。」

俺はもう話しを切り上げるつもりでいた。


「ええ、それじゃあ私もそろそろ寝ますかね、あっ、そうだ、一ノ瀬さん、最後に一ついいですか?」


「はい?なんでしょう?」


「貴方は何で旅を?」


そう聞かれて、正直、困った。俺にも、これといった理由は無かったからだ、ただ時間が余って、金も少し余裕があって、それで涼しい所行きたいと思った、ただそれだけだった。

ぐるぐる考えていると、ふとある言葉が浮かんだ。


「自分探し…ですかね?」


「……貴方も私と同じかもしれませんね。」


「え?」

「いや、おやすみなさい。」


「あ、はい、おやすみなさい。」


少し横山の言葉が気になったが、布団の誘惑には勝てなかった。


次の日、目が覚めたのは朝の9時だった。


起こしにきたのはカワイイバイトちゃんでも、掃除のおばちゃんでもなく、警察だった。

今日の明け方、この宿で客が一人殺されたらしい。

事故死、病死の可能性は直ぐに否定された、なぜなら、首から上が無くなっていたからだ。死体は部屋にあり、物取りの犯行じゃなく、本当に殺す事だけが目的の犯行。動機は分からない。

そして、横山は宿から姿を消した。


警察は昨日夜遅くまで話していた俺に色々と聞いてきた、おかげで5日もココに滞在する事になった。


警察は横山を指名手配し、東京の方にも連絡をいれたそうだ。


その時俺は、危ない奴と話したものだとか、世の中小説より奇妙なもんだな、とか思ったりしてた。

用はあんまり深刻に横山という存在を考え無かったわけだ。


呑気なもんだと、自分でも思う、だけど、平和慣れしすぎてた俺には身近で殺人や、惨殺死体なんて、容量オーバーで、感覚を麻痺させて自分の身を守っていたんだと思う。


その証拠に警察から解放され、また出発して目的地の北海道に着いた時。秋田から北海道の間ずっと、旅館には泊まっていない事に気付いた。そして、北海道の旅館に泊まってようやく、恐怖に襲われたのを覚えてる

まぁ、でもその後、時間がたつにつれて、気分も回復していき、少しばかりの観光を楽しみ、北海道を満喫する事が出来たが。


北海道に来てから3日目、旅館の部屋でニュースを見ていたが、東京の方では相変わらず殺伐とした事件が多いな、バラバラ死体に、両親殺し、こりゃ警察大忙しだな、なんて思ったりもする。

そんな時、ふっと横山の顔が浮かんだ。

また、気分が重くなった。

気分直しに風呂でも入ってこよう、それから、明後日には出発予定だし、その準備のために買い物にでも出かけよう。



北海道は涼しいと考えてココを目指した訳なんだが、実際は、暑い場所も有れば涼しい場所もある、っと気温が場所によってバラバラな感じだ、まぁ広いからな北海道は、で俺が目的地とした場所は比較的暑い場所だった、それでも東京に比べれば涼しい方なんだろうが。


俺は、出発の準備のための買い物を済ませ、ぶらぶら土産物屋なんかを観て歩いてた。


ウー……ウーウーピーポーピーポー


遠くから何か聞こえたな、っと思ったら、パトカーと救急車がけたたましく、前にある道路を突っ切り、直ぐ近くの民家に止まった。

何かあったのだろうか?

警察も来たって事は病人じゃない。

まさか、殺人、か?

体が急に震えだした、近くにある木にもたれていないと立っている事も出来ない、落ち着け俺、例え殺人だとしても、アイツが関係してるわけがない、大丈夫だ、怖がるな。

必死で自分に言い聞かせる。

涼しい風が吹く度に全身に鳥肌が立った。


「大丈夫ですか?」

近くにいた人が心配して、声をかけてきてくれた。


「え、ええ…なんとか…」

一言喋る度に体から恐怖が消えていく。


「顔色が悪いですよ?」


「ええ、ちょっと、怖くなってしまって…、あの、アソコ何があったんですか?」


俺は赤赤と光る民家を指でさし、尋ねた。


「あー…、私もよくは分からないんですが、どうやら、死体がでたようですよ?」


ゾクッと鳥肌が、全身を狂い走る。


「殺人…なんですか?」

「そこまでは、ちょっと、分からないですけど…、さっき土産屋の人と話したら、前々から変な匂いがしていた、っとは言ってましたし、アソコに住んでいた人、まだ若かったらしいですから、多分自殺か殺人じゃないですかね?」


「…そうですか、心配させてしまってすみません、もう大丈夫です…」


「そうですか?なら良かった。」


俺はその人にお礼もソコソコに、旅館へと歩き出した、本当は走って帰りたかったのだけど、胃袋が耐えきれなさそうだし、足がまるで骨無しだった。


頭の中は真っ白、浮かぶ言葉は、“逃げろ”と“横山”の二つだけ、ダメだ完全にフリーズしてる、本能だけが今の俺を動かす。


逃げろ、逃げろ、逃げろ、アイツだ、アイツだ、アイツだ、逃げろ、逃げろ、何処までも。


気がつくと旅館の部屋で放心してた。


煙草をふかし一服する、大部落ち着いてきた、足にも骨が生えたようだし。


ふと窓から外を見る、もう暗い、虫が鳴いている、一体どれくらい経ったんだろうか?

時計は8時を指していた。


ふー、なにびびってるんだ、俺は、この事件とアイツが関係してるわけがない、それにこの事件だって自殺かなにかだろう。

そう自分を説得し、テレビをつけてみる、さっきの事件の事を報道しているかもしれない、一種の期待を胸に、暫くニュース番組を流した。


「今日の4時頃、●●市の民家で若い女性の死体が発見されました。

被害者はこの家に住む田上実夏さん(24)死因は窒息死とみられ、実夏さんの死体の傍には布団が敷かれ、死後何者かが生活していた形跡があるとして、現在警察は実夏さんと同居していた、男性を重要参考人として、探しています。」


不気味な話しだな、死んだ人間の隣に布団敷いて寝てたいた?

恐いという感情は無いのか?


「ああー、せっかくの旅行だっていうのに…勘弁してくれよなー」

胸に抱いた期待は、行き場を失い、塊となって胸につっかえた。


ああーもう!!


予定を変えて明日には出発しよう、

「こんな気分じゃ旅行なんて、出来やしない」

天井に向けて嘆いてみる、当然返事は無い。


――ブーブー…ブーブー…ブーブー…――


携帯が振るえ、ディスプレイには友達の名前。


……カチャ……


「おう、久々だな…」


「よう、旅人君、生きてたかい?」


「残念、ピンピンしてらぁ、……東京はどんな感じよ?」

「どんな、って何にも変わっちゃあいないよ、陰気なニュースばっか…」

「陰気?ああ、こっちでも見たよ、親殺しに、子殺しだっけ?」


「ああ、あったねそんなのも、あとバラバラなんってのもあるよ?」


「いや、聞きたくない…」


「こりゃ失敬、せっかくの旅行気分ぶち壊したくないしな。」


「おう、まぁ、来月にはもう帰ってるしな。」


「ハハ、土産でも期待して待ってるよ。」


「ハイよ、じゃあまたな。」


「おう、おやすみー」




………カチャ……



不思議なもんだ、“友達”こんなにも身近にあって、こんなにも力になる、のくせその大切さにあまり気付かない、これに気付いただけで、今回の旅は儲けもんかもな…


さて、風呂にでも入ってこよう。


この旅館は3階建てで、俺の部屋は2階、風呂は3階だ、浴場は露天風呂で、旅館自体が少し高い丘の上にあるので、街の夜景を一望できた。


身体を洗い、湯に浸かる。


「ふーー」


気持ち良さに、思わず息が漏れた。北海道最後の夜景がこれなら、悪くは無い。

「明日には出発か…今日は早く寝ないと。」


結局、今回の旅で目標とした物は見つからなかったな…

まぁ、ソレをメインとして旅したわけじゃないし、別にいいっか。


今の俺は、何故だろうか、早く東京に帰りたいって考えで胸がいっぱいだった。



翌朝、旅館を出発し、東京へと向かった、天気にも恵まれて、予定より早く東京に帰れた。


「おう、お帰りー、あんた焼けたねー!!」

家に帰ると親が迎えてくれた、やっぱり家が一番落ち着くもんだな。


「ただいまー、疲れたよ。」


「ハハハ、何言ってるんだい?あんたまだ若いだろうが!」


「いやいや、若さ関係無いって…」


親との話しもソコソコに自室に荷物を置いて、辺りを見渡す。


おかえり。


そう、俺には聞こえたような気がした。


少しの感動に酔いしれて、ソファーに座り、親と取るに足らない土産話しをしてどれくらい経っただろうか、俺がいない間、東京では、ずいぶん酷い事件が続いたらしく、バラバラ死体ってのも何件かあった、それを聞いた時背筋がゾッとしたが、あえて、親には話さないでおいた。

きっと、この恐怖も東京という街において、遠く、淡い夢になる、それが東京なんだから。


そして案の定、数日が過ぎた時、俺は“傍観者”の立場に戻っていた、隣の県で起こった事件も、何処の遠いお国で殺人が起きたらしい、としか思わなくなった。


土産を配り終わり。

夢も覚め終わった。


大学の夏休みも終わる。

日常がはじまるんだ。

この夏に体験した変な事も、楽しかった事も、もう夢物語のように感じる。


夢ならば、終わらない夢は無い、もし永遠と続く夢があるなら、ソコは永遠の夜なのだろうから。


「よし、明日からも頑張ろう。」

自分に気合いを入れて、いざ、現実へ。


そして、翌日から日常が始まった、だるい、嫌だなんて思っていても、人間、始まってみると早い物で、気付けば、風は道端に蝉の死体を転がし、緑の葉を揺らし始めた。


大学が初まって、2週間が過ぎていた。


今の生活に追われ続け、夏の事なんて、思い出す事は無かった。


レポート書いて、授業出ての毎日、夏休みボケもようやく消えて無くなった。


だけど、寝不足の寝起きに強烈に睡魔に襲われるように、ある日、俺は再び悪夢に引きずり込まれた。


きっかけは目覚ましが止まったわけでも、少し目を閉じたわけでもなく、ニュースを見ていた母親の一言からだった。

「最近、殺人がなんか…近くで起こってないかい?しかも全部同じ手口の…」


「へー、どんな手口?」


「首無し殺人。」


―――――え?―――


心臓が止まったように感じた、鼓動が早くなっていく。


「あんたが旅行中に1つ首無し死体が発見されてさ。で、つい最近少し離れた所でも、起こってね。」


「オフクロ、その死体が発見されたのって、いつ?」

必死で声を絞り出す。


「うーんと、多分、7月後半かな?」

……7月後半…俺が秋田から出て、旅館を避け、野宿か、カプセルホテルに泊まってた頃だ。

その時はほとんど寝るためだけに泊まってたから、ニュースなんて見なかったんだ。


「…どうしたの?顔が真っ青だよ?」


「オフクロ、ソイツ、犯人の名前は!?」

声を荒げ、オフクロを問い詰める。


「アンタ、犯人捕まってないんだからわかるわけないでしょうが……って、ちょっと!?」



フラリとフラリと、足が地面に吸われて、俺は倒れた。


暗い暗い意識の底、夢を見た、秩序も統一性も何も無い、きっと起きたら直ぐに忘れるだろうな、って夢。

覚えていれるのは、夢から逃げたいという気持ちと、漠然とした恐怖、だけどそれに加えてこの色、ああ、入道雲か。


「―ぶ!?…丈夫?………大丈夫!!?」


声に揺さぶられて、飛び起きると、心配顔のオフクロが俺を覗き込んでた。


「あれ?俺、あっ!痛え!」


額に触れると、手が紅くなった。


「急にあんたが倒れて、お母さんビックリして避けちゃったよ!」


「……そ、まぁ、いいや。」


「それよりあんたどうしたの?いきなりぶっ倒れて?」


オフクロがタオルを渡しながら、聞いてくる。

正直に全部話そうか?いや、やめておくかな、心配させたくないし。


「いいから、ちょっとテレビつけてよ。」


オフクロはいいわけ無いでしょと愚痴りながらも、テレビをつけてくれた。


「そのニュース、見たいんだ。そんだけでかい事件だったら、きっと報道されてるだろうし。」


「―――今月下旬、〇〇市で発見された首無し死体の死体について、今日警察の発表がありました、手口は7月下旬に発見された首無し死体と同じで、同一犯による犯行として、捜査を進める方針という事です。」


「……」

〇〇市って、本当に近くじゃないか。


「やーよねー…」


他人の不幸を嘆いて、オフクロは風呂へ向かった。


本当に俺の考えが合っているのかも分からない、だけど、居ても立ってもいられなくなった。


その日は寝れなかった、恐いとかそういう感情ではなく、思い出そうとしている事を忘れた時のような、気持ち悪さからだった。


朝の来ない夜が長く続いていた。


「やぁ、一ノ瀬、少しいい?」


「あっ、井上先輩…」

大学の廊下で井上先輩が話しかけて来た。


この先輩は俺が一年の時から色々世話してくれた先輩で、この大学に入れたのもぶっちゃけこの先輩のお陰だ。

でも、凄く変わり者で、そのせいか、顔はいいのに、彼女が出来たとか、そういう浮いた話しは一回も聞いた事が無い。


「どうしたんですか?あっ、また飯おごれとかですか?」


「いや、ソレは今度にしとく。」


この先輩は週2ペースで俺におごらせる。


「じゃあ、また俺を使って心理学の実験ですか?」


そう、井上先輩は俺と同じ心理学科の生徒で、優秀だ、だけど、やばいのは、ずば抜けて好奇心が強いという事、だからたまに俺を使って心理学の実験をする、例えそれが恐ろしい物でも。


「バカヤロウ、俺がいつそんな事した。」


「…………じゃあ、一体なんですか?」


「いや、あのさ、…最近起きてる首切り殺人の事。」



「……えっ?」


「お前何か知ってるよな?」

頭ん中真っ白。

井上先輩って、超能力かなんか持ってんの?

「…え?…あの、え?」

「ハハハ、ビンゴかな?」


いや、そりゃビンゴだけどさ。


「あ、あの…先輩、なんで?」


「うん、コレ。」


井上先輩は携帯をポケットから出し、ちょっといじってから見せてくれた。メール受信画面だった。



―――――

――――――――


7/22

一ノ瀬


只今秋田の〇〇旅館に滞在してます。

バイトの女の子があまりに可愛いので、少し長く居座ってます。


――――――――

―――――


「……ね?」


「いやいや、“ね”じゃないですよ!“ね”じゃ!!何が分かるんですかココから!?」


なんだ、何が分かるんだこの俺のメールから。


「ほら、ココだよ、この部分“只今秋田の〇〇旅館に滞在してます。”」


「………それと、連続殺人犯とどう関係あるんすか?」


「ちょっと調べたんだよ、この一連の殺人を…」


「え、また何で?」


「ほら、俺今犯罪心理の方を勉強してんだけど、今回みたいなシリアスキラーは日本じゃあ、割りかし珍しいからさ。」


珍しいってアンタ……

「まぁともかく、調べていったらココ、この秋田の〇〇旅館っていう所までたどり着いた。そしたら、なんとビックリお前と日にち場所、共に重なってるじゃないか。知らないはず無いよな?」


そりゃ知ってますとも、ただ最近の事件が本当に横山の仕業なのかは、まだ確信が無い、警察の発表も無いし。

だから…


「話す前に一つ聞きたいんですが、あの秋田の事件と、今東京で起きてる事件、先輩は同一犯だと思ってるんですか?」

「勿論、手口、動機、全てが同じだ、模倣犯でもここまで真似できる奴はいないだろうな。」


即答、しかも確信に満ちてるのか、饒舌だ。

「なら、警察もそういうふうに動いて?」


「ああ、多分。まぁまだ発表は無いけどな。まだ確証が無いのか、何なのかは分からない、でも近いうちにそういう発表というか、報道があると思うよ。」


やっぱり横山なのか?

仮に横山だったとしても、井上先輩に話してもいいのだろうか…

別に井上先輩を信頼してないわけではない、だけど、なんか巻き込むみたいな感じがあって、どうしよう。


しばらく俺が黙っていると、井上先輩が話し出した。

「横山だっけ?名前は…」


井上先輩が淡々と語り出した。


「え、ええ。」


「俺が考えが正しいなら、そいつ精神病だと思う…」


「え、ええ……えーーー!?」


「いやな、まだ確信は無いんだけどな、多分、そうだと思うんだよな。」


「ちょっ…何言ってんですか!?」

「今、俺犯罪心理学を勉強しててさ、それで少し最近の事件を調べてみたんだ。そしたらこの横山に群を抜いて惹かれた。

って言うのも、手口、動機の無さ、目撃場所がどうも、精神病っぽいんだよ。」


確かに、井上先輩の言うことも分かる、手口、動機の面(っていっても不明だけどさ)は病的な感じがする。だけど…


「目撃場所が病的って…どういう事ですか?」


「うーん、お前さ“病的な旅”って知ってる?」


「いや、知らないです。」


「だろうな、コレはな、精神病患者はたまにフラリと旅に出る事があるんだ、何を思ってか、何を感じてか、は分からない、きっと衝動みたいなもんなんだろうな。でもこの旅の目的地はほとんど同じなんだ。何処だと思う?」


「…見当がつかないです」


「“都会”って言えばいいかな、取りあえず人が沢山いる所へ行くんだ。俺が思うにさ、きっと都会の人の冷たさ、というか、他人に対する興味の無さ、が魅力的に感じるんだろうな。」


「……“病的な旅”については分かりました。そういうふうに考えれば確かに、横山は精神病っぽいですね…」


「だろ?だから教えてくれ、お前の知ってる事を。」


一体何が、“だから”なのか、こっちが教えてもらいたいもんだ。 でも、今回の事は正直俺ん中に留めておくにはでかすぎる、井上先輩になら、話してもいい気がする……今までおごった分、これくらいは許される、よな?


「分かりました、話します。」


それから俺は秋田の旅館で横山に会った事、その際の横山との会話を全部井上先輩に話した。



「…なるほどね、うーん、……他に何かお前の旅の途中で変わった事とか無かった?」


「他…ですか、他にね………あ、一つだけ、あります。北海道についてから暫く経った時に、変な事件に遭遇しました。」


「変な事件?」


「ええ、殺人かどうか分からないんですけど、死体が発見されて、その隣には布団が敷いてあって死後何日かはソコで生活してたような形跡があった、っていう事件んなんですけど…」


「確かに変な事件だけど、北海道が横山の出発地だからって、そこまでの偶然はないだろうさ。」


「そうですよね、いくらなんでもさすがに無いですよね。」


「まぁ、一応後で調べてはみるけど…」


「ええ、お願いします。」


井上先輩は何か考えてるようで、遠い目をしだした。


こういう時の井上先輩には話しかけちゃいけない、この人は普段何されても怒らないくせに、この時だけは、邪魔されると不機嫌になる。


「……不思議だな。」


井上先輩が言い出した。


「何がですか?」


「いや、俺はさ、オカルトとか、超心理学とか、運命とかはあんまり信じてないんだけどさ、今回のお前と横山の繋がりがさ、あまりにも出来すぎてるっていうか、“偶然”って一言じゃあ片付けられない気がしてな。」


「どういう事ですか?」


「…横山はお前の出発地、東京を目指した、お前は横山の出発地、北海道を目指した。そして二人とも旅であり、旅人であり、その二人が途中で出会い、そして、見知った仲になった。」


「…………」


「まるで逆の存在なんだよな、お前と横山が…確かに出来すぎた偶然って考える事も出来る、だけど、なんかな、必然としか思えないんだよな。」


「か、考えすぎですって、そんな事あるわけないじゃないですか。」


「…そうだよな、考え過ぎだよな、悪い。」


「いや、別にいいですけど」


「あっ、悪い、俺次授業あるから行くわ。」


「あっじゃあまた今度。」


「ハイよーお疲れー」



その晩のニュースで、正式に一連の首切り殺人犯として横山が指名手配されたと、報道していた。

被害者は3人、全員首を切断され、持ち去られていた。



「恐いわねー、初めが秋田で次ぎが、宮城、最後は東京、ああやだやだ。」


そう言ってお袋はヒヨコまんじゅうを頭から食べていた。


この日の晩も眠れなかった、暫く続く残暑のせいか、それとも、夜でも鳴き続ける蝉のせいか、まだまだ俺の睡眠不足は続きそうだ。

…頭の中に先輩の言葉が響く、《まるで、逆の存在なんだよな》




ああーもう寝よ。


ん?待てよ、もし横山が精神病患者だったら裁判とかはどうなるんだろう?最近、精神病なんたらで、とかよく聞くしな、明日先輩に聞いてみるかな…。


結局その日寝たのは3時だった。


「よう、青年、疲れてるな…」


「ああ、先輩、こんにちは、もう俺ダメかもしれないです、3、4限まともに起きてた覚えありませんもん。」


「留年はするなよー」


「縁起でも無いこと言わんで下さい。……あの、先輩。」

「ん?何だよ。」


「精神病患者が裁判にかけられる場合ってどうなるんですか?」


「ああ、触法精神病患者の事か…うーんとな、残念な事に日本だと、恐らく実刑は無いだろうな。」


「…え?」


「俺が知ってる限りだけどさ、“心身喪失”って、要は意識があったか無かったか、って話しになるわけじゃん。で精神病患者は人を殺すさいに意識があるか?っと聞かれた、無いんだよ、だからほとんどの触法精神病患者は不起訴になるんだ。」


「そんな、いくらなんでも!」


「ああ、分かるよ、お前の言いたい事も、だけどさ、今の日本じゃダメなんだ、確かイギリスとかあっちの方では触法精神病患者に対する刑務所がちゃんとあるらしいけど、残念ながら日本にはないんだ、普通の精神病院の鍵が掛った病棟の中に収容されて、そこで治療を受けて社会復帰を目指すっていうのが、現在の日本のやり方なんだ。」


「……………」


「それに法律においても、いわゆる人権派の人達がいてさ、明確になってないんだ。」


「………なんで、そんな…」


「うーんとね、もし、お前が夢の中で人を殺してたとして、起きたら、刑務所に行くか?」


「…え?ソレはどういう意味でしょうか?」


「一番俺が説明しやすい例として“夢”が有る。実際精神病患者で人を殺すさいその直接的な原因となるのが、“内なる声”だ、[殺せ、じゃないと殺される。]そう彼らの頭の中に響くんだが、彼らにはソレが外部からの声に聞こえるんだ、そしてそれに抗らう事は至難の技なんだ、お前は悪夢を見てる途中でその悪夢を止める事が出来るか?それと同じくらい難しいんだよ。しかも悪夢は起きたほとんどら覚えてないように、精神病も治療が終わった後にその事について聞いても、ぼんやりとしか覚えてないんだ。」


「でも、そんなの…!」


「だから分かるよ、うん、ちゃんとお前の言いたい事も分かってる。だけどさ、コレが現実なんだって。」


「……じゃあ、仮に横山が捕まったとしても、不起訴で精神病院に送られるだけなんですか……」


「そうだね、そうしてその後社会復帰訓練を受けて社会に出てくるってのが今の法体制だよ。」


「……………」


「まぁこの際だ、ついでに知っとけ、現実を」


「え?」


「法務省が毎年だす犯罪白書って物がある、その中の犯罪全体だけを見ると精神病患者とか薬物中毒者とかの犯罪率は全体の1パーセントぐらいでしか無い、だけどな、“殺人”、“放火”の犯罪率においてはどちらもだいたい10パーセントを越えてる、要は100人の殺人犯がいたらその中の10人は精神病患者って事になる。それからこの10パーセントの再犯率、いや再発症率も高めだ。」


「再犯、殺人…もですか?」

「だからさ、彼らが捕まって向かう先は刑務所じゃなくて、社会復帰を目指す病院なんだよ。」


「!!」


「…だけどな、精神病患者の全てが全て犯罪をおかすなんて変な考えを持つなよ、少し逆説的ぽいかもしれないけど、日本の現代社会において、100人に1人は精神病を発症するって言われてる。要は精神病は考えてるほど、遠い物じゃない。すぐ近くで起こっている事なんだ、その中のほんの一部が犯罪を犯すっていうだけで、そこは一般人となんら変わりないんだ。」


なんだろうか、今ものすごくショックをうけてるみたいだ。


「……なんで俺がこんな話しをしだしたか。現代いや昔からだけどさ、人間ってこういう精神病とかそういう物をタブー視して、目を背けてきたんだ、実際つい最近まで屋敷牢とかあったし、とにかく隠そうとしてきたんだ、気持ちは解るよ、人間が最も恐れるのは、知らない物だからさ。」


「…えっと、何が言いたいんですか?」


「つまりな、無知の恐怖っていうのは恐らく、最も恐ろしい恐怖だと思うんだ、相手が分からない、だけど恐い、そういった恐怖って底無しに増幅すんだよね、で、いつかは差別に繋る。

俺はお前がこの話しを聞いてどう思ったかなんて知らない、だけど俺は決してお前に差別をするようにって、この話しをしたわけじゃないことだけは理解してほしい、知るっていうことはそういう事でもあると、俺は思うからな。」


確かに、漠然とした恐怖が無くなった、今は向き合えてる気がする。


「……ええ、大丈夫です、もう無知の恐怖は有りません。犯罪を犯すのは別に精神病患者だけではないですしね、むしろ逆に考えれば90パーセントは一般人なんですしね。」


「ああ、そういう事。」


―――♪♪♪――――

何処からか、機会的な音色が聞こえてきた。

「何だよ、もう6時かよ。」


この辺の時計は冬は5時になるが、それ以外の季節は6時になったらチャイムがなるようになってる。


「あっ、じゃあ俺もう帰りますね。」


「おう、じゃーなー」

普通の大学生ならこの後連れだって飯に行くのだろうが、先輩と行くと80パーセントの確率で俺のおごりになる、そして今日は持ち合わせが無い。

こういう時は逃げあるのみ。


外はもう暗くなっていた。

ヒューっと風が走り去り、そこにはもう蝉の声は無く、涼しげな鈴虫の声をのせていた。

秋間近、日が早く落ちて当然か。


なんとなしに空を見る、西の空はまだ明るかった、だけど、東の空からまるで追うように月が登ってきていた。


ふいにある言葉が浮かんだ、“夢”彼らを説明するさいに最も分かりやすいと、先輩が使った言葉だ。


そしてもう一つ、“まるで、お前と横山は逆の存在なんだよな”


もし、横山が夢なら、俺は現実なんだろうか。


―――夢と現―――

――横山と俺―――

―北海道と東京――

――病的な旅―――


「えっ…」


足が止まり、震えだす。


“悪夢を止めることは難しい”


もし横山が悪夢を生きていたなら。


夢から覚めようとするんじゃないか?


“病的な旅の原因はまだ分からない”


だから、東京を目指したんじゃないか?


現実を生きるために。


初めて会った時、何故横山は俺に話しかけてきた?

旅人に見えたから?

それもあるだろう、けど、“現実”としての俺に惹かれたんじゃないのか?


そして俺は横山と会った時、アイツの悪夢へ誘い込まれたんじゃないか?


北海道最後の夜を思い出す。

あの時感じた帰りたいという強い衝動はホームシックなんかじゃなくて、この悪夢から覚めたいと願う、俺の内なる声だったんじゃないか?



もし、この馬鹿らしい俺の考えがあっているのなら…………


――ブーブーブー――――ブーブーブー――

「うわっ!!」


携帯の振動で心臓が震えた。


「何だよ、こんな時に………」


ディスプレイには“母”の文字、オフクロか……


――――ピッ――――

「はい、俺ですけど…」


「…………ザーザー……ザー…ザーー……」


「うん?もしもし?もしもーし」


「ザーーーザー…………ザーーーーーーーーーーー………………プッ……ツーツーツー」


「なんだよ、切れちまった。」


電波でも悪かったのか?


携帯をポケットにしまう、嫌な予感がした。


――ブーブーブー――――ブーブーブー――

「ッ!!またかよ!」

ディスプレイには“井上先輩”という文字。


――――ピッ――――


「もしもし、俺ですけど……」


「井上だ、よく聞け、ちょっとヤバそう気がするんだ。」


なんだ?

どういう事だ??


「え…なんですか?」


「例の北海道の変死体の事件、あれさっき調べてな…で、被害者が死ぬ直前まで付き合っていた男の名前が分かった。」


「……まさか…」


「名前は“横山 聡”恐らく同一人物だ。」


「………」


不思議と驚かない、何処かでソレを分かっていたのかもしれない。


「いいか、こんな事言ったらアレだけど、もし俺の考えが正しいなら、はやくにげ……


―――ピーーー―――


なんだよ、こんな時に!!


携帯画面には[充電して下さい]の文字。


あー…俺のアホ!!!

クソっ先輩は最後なんて言った?


にげ………逃げろ?


全身に鳥肌がたった。

だけど、俺は走り出した、家に向かって。


“もし俺の考えがあっているなら”


ああ先輩、多分先輩と俺が考えてる事は一緒だ。


信号が赤に変わるが、かまわず走り抜ける。


《もし、俺の考えがあっているなら、横山は無意識に俺(お前)を追って来ている。》


恐らく、夢から覚めたいがために、“現実”である俺に引き込まれたんだ。


―チャリンチャリン―

アブね!!自転車気をつけろ!!


走る走る俺。


いつしか風は夏の匂いをのせて。

空では月がいやらしく笑っていた。



ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…着いた。


家に電気がついていない。


さっきのオフクロからの電話を思い出す。


「まさか…もう……いや、きっと大丈夫だ、アイツが追って来ているのは俺なんだから。」


無理矢理自分を落ち着けて、ドアを開ける。

鍵はかかっていなかった。


玄関にある傘入れから、一番堅そうな傘を取り出す。


ゆっくり、ゆっくり、家の中へ…


息を殺し、耳を澄ませ、目を見張る。


暗闇の中、リビングの時計の音が響いていた。


1階にはいないみたいだ。


2階の俺の部屋が一番怪しい。


軋まぬよう階段をあがる。


汗がアゴから滴り落ちた。


部屋の前、ドアに耳を当てる。


かすかだが、音がする。


フー…と息を吐き、ゆっくりと吸い込む。


バンッ!!


ドアを蹴り開ける。

中に入り電気をつける。


「出てこい!!いるのは……」


部屋には誰もいなかった、ただ、窓が空いて、風が入り込んで来ていた。


なんだよ、やっぱり、俺の間違いかよ……


―――ガチャ――――

1階から音がした。

「ただいまーー」

オフクロの声だ。


よかったー………


下に降りる、右手に持った傘が妙に滑稽だ。

玄関から上がって来たオフクロに話しかける。


「お帰りー、オフクロ、今日変な電話………………」


動けない、身体が凍る。

「あっ、アンタにお客さんが来てるよ。なんか家の前に黙って立ってるから、変質者かと思ったけど、アンタの事知ってるみたいだから…」


奴の第一印象は暗め、旅人って感じもしたけど、どこか、人じゃないような、何か別の物に感じた。


「横山ーーーー!!!!!!!!」


傘を構える。


オフクロをリビングに押し込み、横山と対峙する。


「オフクロ、警察よんで!コイツ横山!首切り犯だ!!」

状況を飲み込めないオフクロに指示をだす。

オフクロはますますパニックってるけど……


「久しぶりですね、一ノ瀬さん、僕、もう貴方に会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて…」


横山は無邪気に笑っている。


「横山…俺はアンタが望むような存在じゃない、アンタは俺に出口を見い出したかもしれないが、これは出口じゃない、ただの逃げ道だ。」


横山はフーフーと息を荒げ出した。


「…意味が分からない、何で?何でそんなに僕を迫害するんだよ!!そうか、お前もグルなんだな!!僕を殺そうとする奴らの仲間なんだな!!」


ヤバいな…興奮してきてる。


「落ち着け、俺はお前の味方だから、な?落ち着いて。」


「黙れー!!」


横山はバックから真っ黒な包丁を取り出した。


リビングからオフクロの泣き声とも悲鳴ても取れる、声が響いてる。


「お前が僕を殺そうとするからいけないんだ、お前も他の奴らと同じ肉物質なんだ!!」


クソッ話しが通じない。

今のアイツには幻聴が全てなのかよ…


横山はジリジリと近づいてくる。

どうする、なんか俺武術やった事あったか?

最近漫画で、剣術に憧れはしたが、実際には出来ない。


どうする??


俺は恐らく振りおろせて一発、あとは技は繋げない。


傘を振り上げる…賭けてみるか、何もしないよりはましだ!!


狙いは包丁、アレにさえ当てれば……


「あーーー!!!」


横山が迫ってくる。

もうやるしかない!!

「ぅおらあ!!!」


思いっきり振り下ろす。


傘の先は包丁には当たらず、横山の手首に当たった。


「あー!!」


包丁が横山の右手から落ちた。


俺は包丁を足で蹴り飛ばし、廊下の奥へと滑らせる。

横山は手首を押さえてのたうち回っていた。

フーと息を吐き、リビングに目をやると、オフクロが電話を必死で握っていた。


よし、警察も来てくれるし、それまで横山を逃がさないよう……………に……。


「…え…?」


腹が熱い、なんだよ?なんで、横山の手が俺の腹に刺さってるんだよ?


いや、違うか、横山が持ったペンが俺の腹に刺さってるのか…


痛ぇ……


腹を押さえながら、床に膝をついた。


「殺してやる、殺してやる!!殺してやる!」


横山が必死に俺の腹からペンを抜こうとしてくる。


「やめろ…!!」

横山を突き飛ばす。


腰が抜けて立てねぇ……

廊下を這って逃げる。


――――ガシッ―――

右足を掴まれる。

振りほどこうにも、力が入らない。


手を伸ばす、廊下の更に奥に伸ばす。


手に何かが触れた気がした。


この際なんでもいい、投げつけてやる!!


「喰らえ!!」


右手から投げた物はグルグルと回りながら横山の右肩に刺さった。

手に触れた物はどうやら、さっき落とした包丁だったみたいだ。


バタリと倒れこむ横山、俺は遠ざかる意識の中、鳴り響くサイレンを聞いていた。



「良かったですね、大事にいたらなくて。」

目が覚めると白い部屋で横になっていた。ああ病院か…と理解するのに、少し時間がかかった、そして気付くと、オフクロと知らない男が隣に立っていた。


「良かった、目が覚めたみたいね…」


「…オフクロ、横山は?」


まだ少し、腹が痛い。

「その質問は私が、一ノ瀬君、はじめまして□□警察所の吉川と言います。」


「ああ、どうも」


どうやら、男の方は警察らしい。


「まず横山の方ですが、命に別状は有りません、安心して下さい。今警察病院に入院しています。」


「そうですか…」


「ええ、あと貴方の行為ですが、恐らく正当防衛で罪には問われないと思います。」


「……そうですか…安心しました。」


「その代わり回復したら、署の方まできてくれませんか?少しお聞きしたい事が有るので…」


「…ハイ、大丈夫です。」


「それでは、私の様な者がいたら、落ち着かないでしょうし、失礼しますね。」


「どうもありがとうございました。」

オフクロが警察を見送って行く。


「あ、最後に一つ、横山のバックの中なんて、見てないですよね?」


「え、ええ。見てないです。」


「良かった、それではまた後日。」


「ハイ。」


それから1週間程、俺は病院で安静にしていた。


退院出来てからも、暫くは警察に行けず、結局警察署に行ったのは、夏の面影が完全に無くなってからだった。

受付で事情を話すと、病院で会った、吉川さんが迎えてくれた。


吉川さんに案内され、小さな会議室のような所へ移動した。


「その後、お体の方は?」


「ええ、もうほとんど癒えました。」


「それは、何よりです。さて、早速ですが本題に入りましょう。貴方と横山の関係を教えて下さい。」


「………はい、分かりました。」


それから俺は起こった事全てを有りのままに話した。


「……………なんとも言い難い出来事ですね。」

「ええ、私もまだ、信じられません。」


「………こりゃ書類をまとめるのが大変だな……」


「ご苦労様です。……あ、そういえば横山のバックの中って何が入ってたんですか?」


「………まぁ、いわゆる戦利品なんでしょうね。」


「え?どういう意味ですか?」


「………首ですよ、被害者3人の、首。」


「!!!!」


「いや、もしかしたら貴方も見たかもしれないっと思って、実はあの日、カウンセラーの予約もしといたんですよ。」


「…………」


「うん?一ノ瀬さん?…ありゃりゃ、フリーズしちまってる。」



警察署から出た時には辺りがオレンジ色に染まっていた。


「なんか、途中から何も覚えてないんだけどな………」


外の空気がやたらと新鮮だ、どうやらずいぶん長く警察署にいたらしい。


風に乗って落ち葉が舞った。

もうすっかり秋になっていた。


それからの俺の日常は本当に大変だった。

井上先輩は色々聞いてくるし。

マスコミも駆け付けてくるしで、目が回るようだった。

でも、大学を卒業し、6年が立った今ではソレもいい思いでになってる。


俺は現在、精神病院のカウンセラーとして勤務している。そしてその病院で一番のお気に入りの場所、屋上で、空に浮かぶ入道雲を眺めながら、休憩するのが俺の楽しみになっている。


そうしていると、思い出すのだ。

あの夏を、そして今なら分かるんだ。


あの時、旅館で横山と過ごした晩に感じた“変な感じ”っていうのは、きっと親近感のようなそういった物だったのだろう、と。


横山が俺に“現実”を求めたように、俺は横山に“夢”を求めた。

きっと俺が旅に出た理由だって、心の何処かで現実に疲れていたからなんだろう、そう考えれば、横山に誘い込まれたわけじゃなく、俺が横山を誘い込んだのかもしれないな………なら、起こしてやりたかったな……



――――ガチャ―――

屋上のドアが開かれ、看護婦が駆けてくる。


「先生すみません、急患です。」


「分かった、名前は?」


「名前は横山 聡さん、昔治療歴が有りますが、再発したみたいで路上でいきなり通行人に殴りかかったらしいです。今も凄い暴れてて取り押さえるのを手伝ってください!」


「横山 聡………」


「?先生??」

「いやなんでもない、すぐに行こう。」


どうやら、夏は俺にチャンスをくれるらしい、“ユメビトヲオコセ”っと前回のやり残しをやらせてくれるようだ。


大丈夫、強力な目覚ましは手にはいった、今度こそ、起こしてやるからな。



そう誓う俺を、昼の空から月がにやにやしながら見ていた。

まず、文中にも書いてみましたが、私は精神病患者を差別はしません。

もし、この文章で不快な感じを受けた方がいたなら、この場を借りて謝罪します。


今回こういった事を書いてみたいなって思った理由は主に二つです。


一つ…最近の法律(っといっても、私が調べた資料、4年ぐらい前の奴ですけどね)があまりにも現代に対応してないと感じたため。

二つ…“病的な旅”の理由を自分なりに考えてみたかったから。



です。


最後に、もう一度だけ言わせて下さい、精神病患者を私は差別しませんし、恐怖心を植えるためにこの文章を書いたのではありません。

だけど、そうとしか思えない、っという方。


すみません、こういう文章しか書けませんでした。

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