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 まず、誰が使節になるかでもめた。

 ミュラー元帥は自身が行く気満々だったが、それは議長と海軍内部から待ったがかかった。


「他惑星ならまだしも、惑星内の一地域との交渉に三軍最高位の元帥が行くのはいかがなものか」


 というのがその理由である。中央府の沽券に関わるという訳だ。その上、海軍内部ではミュラーが行ったら彼の独断で何を取り決めてくるかわからないという水面下の意見もあった。


「わしを何だと思っているのかっ! わしのどこが不穏だっ! 我が海軍が、その任務を果たそうとするこの歴史的な一ページに我が名を連ねられぬとは、なんたる不遇かっ!」


 熊のようにのしのしと歩き回りながら、ミュラーは部下たちの配慮を罵った。


「波頭を越えたその先に浮かぶ伝説の島。不思議な力を操る彼の人々は美しく気高く、古の盟約を守り、礼節を知り、ひっそりと花咲く緑の孤島に生きる。ああ、乙女の指先はたおやかで優しく、控えめな笑みは潮風の心をも騒がせ……」


 やがて下手なポエムを唱え始めるに至って、アレックスは目を覆い、自分への召還状が本当にこんなものだったら絶対にセントラルにやっては来なかっただろうと改めてため息をついた。


「元帥。そのカモメも空から落ちるような戯れ言はお一人の時間に取っておいていただいて、もっと実際的な話をさせてもらえますか?」


 少尉に過ぎないアレックスに不平を唱える勇気はなかったが、幸いその場の将校たちがこぞって元帥を抑えにかかった。


「戯れ言? サラ、君はいつになったら詩心がわかるのだ。そんな無味乾燥な感性では部下の心は掴めんぞ」

「マクガレイです。あなたに名前で呼ばれる謂われはありません」


 きびきびと答えたのは銀髪を短く刈り込んだ女性将校だった。中央方面司令を務めるサラ・マクガレイは、女性としては海軍で最高位の大佐だったが、この交渉役として議長の推挙を受け臨時に准将に昇格していた。


「女性を優しく呼んで何が悪い?」

「残念ですが、私も名で呼ぶ相手は選びたいと思っております。あなたには男性としての魅力を全く感じていません。上官としての敬意だけで満足していただきたい」


 にべもなく切り捨てると、その場の将校たちがそっと苦笑を浮かべた。どうやらこんな会話も毎度のことらしい。


「まあいい。議長の推挙は間違っていないと我々も思っているよ、マクガレイ。君なら硬軟両面で相手に臨めるだろう。さて、問題は艦隊の編成だが、君の意見は?」


 収拾がつかなくなる前に、さりげなく場を実務に戻したのは、ペレス基地も配下におく西方面司令だった。


「中央海からわざわざ艦艇を回すことはない。艦艇は西から自由に選んでくれ。君は自分の艦に乗りたいだろうが、今回は艦長ではないからな」

「承知しております」


 マクガレイは小さく頷いて、西の司令が示した艦艇一覧に目を走らせた。


「友好的なのか否かもわからない相手ですから、ある程度は中央府の偉容を示す必要があるかと。ですが、何も彼らに危害を加え島を占領したい訳でもないことを考えると……」

「だが万が一の安全確保の為にはせめてヘリ搭載艦が必要だろう。あとは防空ミサイルを備えた駆逐艦か。それなら海、空、陸の全てで制することができるぞ」

「そうですね。衛星写真の分析では、コラム・ソルは周囲を珊瑚礁に囲まれた複雑な海岸線と八百メートルを越える山がありますから、上陸作戦もあると仮定すると、加えてドック型の強襲揚陸艦も欲しいところです」

「ふむ、それならば私の方の通常警備にも支障はないな」

「上陸要員はどうするね? 西からだけ要員を出すのか?」

 南ロジェーム方面司令が口を挟む。

「これは中央府としても惑星全土を支配下におく重要な転機になる作戦だろう。西と中央だけの参加になるのか?」

「しかしあくまで使節ですし」

「議長の指名はマクガレイなのだから中央から出せばよいではないか? それならば納得もできる」

「中央海から艦艇を回せば日数もそれなりにかかります」

「だったら海兵だけでも中央からヘリで回すべきでは? どのみち指揮は西ではなく君が執るのだろう?」


 アレックスは会議室の隅で直立不動の姿勢を保ちながら、こみ上げる不安と戦っていた。使節と称しながら、上陸を含む作戦を前提に話が進んでいる。


(彼らにミサイルを撃ち込む気か?)


 資料によればコラム・ソルは小さな島だ。面積は八十平方キロメートルほどしかない。人口は不明だが、エネルギー反応のある建物を数えると数千人もいないのではないかというのが分析の結果だ。そこにそれぞれ七百人の兵士を乗せられる強襲艦と駆逐艦を派遣するという。


(正気の沙汰じゃない。殲滅でもしたいのか?)


 トノンで見た帆船は優雅で美しかった。それに彼らはたった三人でやってきたのだ。不思議な能力があるとしても、海からミサイルを撃ち込まれ、空から機銃で打たれ、揚陸艇から次々と降りた兵士たちに蹂躙される謂われがどこにあるというのだろう。


(そんな艦隊に加わって俺に使節をやれというのか? クソ食らえだ)


 大きな戦争もなく、沿岸部の海賊を追いかけるぐらいしか任務がなくなった海軍は、ここで存在意義を見せつけたいのだろう。予算は削られる一方で、特にミサイル巡洋艦など何に使うのかと問われると、誰も答えられないのが現状だ。それでも万一の有事の為に一定の軍事力は必要なのだ。


 アレックスも海軍士官の一員だからその苦衷は理解する。それでも自分たちの面子の為に、コラム・ソルへそんな大仰な艦隊を派遣することは納得できなかった。


「艦艇も要員も即応できるが、すると進発はいつにするか? そこは元帥の裁定が要るな」


 論争に勝った西司令が鷹揚に頷く。と、しばらく黙っていたミュラーが分厚い両手でバンッと机を叩いた。全員の注目が老将軍に集まる。


「イルマ。君の意見は? 階級も経験も関係ないぞ。この中で、君は彼の人々に会った唯一の人間だ。忌憚なく言え。ここにはスカした宇宙野郎も、のらりくらりのハンサム議長もおらん。海の仲間だけだ」


 薄い琥珀色の目がアレックスをしっかりと見据えてにやりと笑った。


「彼らは丸腰の人間を見境なく襲うような化け物だったかね?」


 アレックスは首を振った。


「むしろ礼儀正しいと感じました。彼らが特殊な能力者であることは否定できません。ロビン基地からの報告でも、我々が為す術もなかった彗星の襲来にも何らかの防御をしていたようですし。それに……」


 すこし口を噤んで、小さく頭を下げる。


「先日の会議ではお話する機会がありませんでしたが、私が会った三人は確かに私の思考を読んだのだと思われます。いや、単に私の考えが顔の表情に表れていただけかもしれませんが……」

「何故そう感じたのかね? 今おまえはこうこう考えていただろうと指摘されたのかね?」


 アレックスは顔をしかめてその時の記憶をたどった。


「いえ……その……少年を最初に見たとき、女の子かと思って……後になって体格や態度からどうも違うようだと思い直し、ちょうど士官学校の幼年生ぐらいかと思ったり」

「ほう、ということはなかなかの美人だったのだな」

「容姿の美醜については元帥と判断基準が違うかもしれませんし」


 横から苛立った声でマクガレイが口をはさむ。


「美醜などどうでもいい、イルマ。で、貴様がそのような観察をしていることを見抜かれたのか? どのように?」

「ええ、まあ……男性が急に笑いだして、少年が少し怒っていました。私にではなく、男性が非礼だと。そして少年は私に謝罪した上で、思考が読める人間は怖いだろうから迂闊に近づかない方がいいと忠告をくれました」

「ふむ、実に興味深いな。だがそれをあの会議で話さなかったのはよかったぞ、イルマ。宇宙野郎が聞いたら、それ見たことか、奴らは危険だとますます言いたてただろうからな」


 ミュラーは笑顔のままわざわざ立ってきて、アレックスの両肩に手を置いた。


「彼らには彼らの持つ特性からくる文化があり、我々がそのような彼らをどのように思うかという配慮がある。考えてみたまえ、諸君。彼らは三百年前には我々と共にいたのだ。少なくとも植民以来四百年もの間、共存していた。サムソンが調べたという歴史をわしも遡ってみたぞ。中央府の永年機密文書庫にあった物だ。ふん、あいつが入れてわしが入れぬ訳はないからな」


 ミュラーによれば、一度目の彗星の襲来で地球から持っていた科学技術のほとんどを失った結果、農耕をするにも機械と農薬に頼る生活をしていた植民団は、突然、手工業どころか狩猟採取の時代からのやり直しを迫られたらしい。

 それは壮絶な弱肉強食の時代であり、ファルファーレの歴史の闇の一つでもあった。


 しかし、力だけが支配する中にあって、その後各地に現れた特殊能力の保持者たちが、ただ日々の糧を慣れない大地から得るだけの生活から人々に僅かなりとも余裕を与え、再び技術を構築するだけの時間を稼いでくれたのだと。


「二度目の彗星襲来と彼らの移住については、ブルーノの文書の大半が戦争で失われて詳細がわからん。彼らから袂を分かったのか、我々が追い出したのか。ただ、大陸間戦争の初期は、能力者の数が多く、従って余裕のあった南大陸を他の三大陸が標的にしたことは間違いない」


 聞き入る海軍将校たちはそれぞれに違った表情を浮かべていた。興味深そうな者。不満そうな者。

 その中でマクガレイ准将は灰色の瞳に強い光をたたえて元帥を見返していた。


「いいか。分かっているのは彼らは化け物ではないということだ。彼らも我々と同じ地球から来た者の子孫で、この惑星に生まれたのだよ。そして過去はともかく、彼らはその能力で誰も傷つけてはいない」

「つまり、元帥におかれましてはこの度の使節団の編成をどのようにしたいとおっしゃるのですか?」


 マクガレイ准将は堅苦しい顔で問いかけた。


「それは君たちの仕事だ。わしが現地におもむくならぜひとも帆船を仕立てて行きたいところだが」

「却下させていただきます」


 間髪入れず答えて、マクガレイはため息をついてぐるりと室内を見回した。


「西司令。そういう訳で申し訳ありませんがもう一度最初からお願いします」


 頭を下げられた西司令は、しかしニヤニヤ笑って頬をかいた。


「そういうことになるだろうと思っていたよ、マクガレイ。君はもう少し我らが元帥の性格を読んだ方がいいよ。時間が大分節約できる」

「は? わかっていらしたと?」


 ここで西司令のみならず南司令も北東海司令も笑いだした。


「議長会議の議事録を読めばわかるだろう。宇宙軍はあの彗星事件で問題の彗星に最も近いところにいながら実質何もできなかった。まあ、無策だったのは我が海軍もしかりだが、それにしても事後の探査もことごとく失敗している。守ろうと奮闘して、その後の復興にも汗を流した陸、海とは世論の風向きも厳しいのさ。だからサムソン大将軍は他に手の届きそうな外敵を作りたい。できたら軍事衛星から化け物の巣くうコラム・ソルを華々しく消し去って、その実力を見せつけたいのだろうね」

「そんな……」


 思わずアレックスが一歩前に出たが、西司令は手を振って遮った。


「対して海軍は、もう長いこと海の警察業務に徹しているからね。今更世間にアピールすることなんかなにもない。ただ、せっかくだから少しばかり血がたぎるようなシミュレーションをしてみたかったってところだな」

「あなた方は子供ですかっ」


 マクガレイが凍りつくような声で怒鳴って、また壮年の将軍たちが笑った。


「まあまあ。そう怒らないで。で、そこら辺も含みおいて編成をどうする?」


 本気なのか冗談なのか計りかねる男たちを前に、マクガレイは険しい表情のまま、くるりとアレックスを振り返った。


「少尉。貴様ならどうするか?」

「私ですか……」


 怒った女将軍の迫力に、元帥以下の他の将軍を恨めしく思いながらアレックスは考え考え口を開いた。


「小型の護衛艦一隻でいいと思います。ミサイルは必要ないので取り外して。後は上陸用のボートがあれば事足りると」

「ヘリも要らないか? 機銃は? 彼らに友好的でありたいという君の気持ちはわかるが、それでは丸腰で白旗でもあげて行くと?」

「ヘリは……とりあえずない方がいいと思います。宇宙軍の報告にあった彗星の欠片を打ち落としたという話が真実なら、彼らはヘリも落とせるでしょう。我々が……いえ、私自身、何の手も打てなかった彗星にも対抗できる力です。ただ、機関砲は通常警備の範疇と考えます。使節と称するならば、少なくとも互いに互いを交渉相手と認めるところから始めなくてはなりません。海賊相手の作戦でもいきなりミサイルをぶち込んだりはしません」


 妥当だなという呟きがあちこちから聞こえ、マクガレイ准将は目を怒らせたまま頷いた。


「貴様の意見をいれよう、少尉。万が一圧倒的な軍力が必要になれば、ここにおいでの方々が勇んで出てくれるだろうからな。従って、我々の後方三十キロの海上にヘリ搭載の駆逐艦二隻の出動を西指令にはお願いしたい。それならば私は丸腰に花束抱えて行こう。で、交渉相手はその少年なのか?」


 正体の知れない相手では後方支援をおくことまでは拒否できないと考え、アレックスは頭を下げた。


「コラム・ソルの統治機構がどうなっているのかはわかりません。トノンでは少年が長だと言っておりましたが」

「臨時かもしれんのだな?」


 重ねて准将に問われ、答えようとしたアレックスの身体が瞬間強ばった。開きかけの口のまま、首を左右に回し、視線は宙をさまよっていた。


「どうした、イルマ?」


 元帥が真っ先に気づいて声をかけた。だが、アレックスは答えられず首を振った。




 不意に、頭の後ろで声がしたような気がした。自分の名を呼ぶ聞き慣れない声。


『アレックス・イルマ海軍少尉。聞こえるか?』


 それは潮騒のように大きくなったり小さくなったりした。


『聞こえるか? 私はサッタール・ビッラウラ。覚えているか、私を』


 確かに網膜にはセントラルの海軍本部を映ししているのに、目の前にその少年がいるはずもないのに。


『中央府と話をしたい。来てくれ、アレックス・イルマ』


 その声の持ち主が、長い黒髪を風に靡かせ、海を見下ろす突端に立っているのがはっきりと見える気がした。青みを帯びた岸壁の上。複雑な刺繍の施された肩布が舞うように翻っている。青灰色の瞳がまっすぐにアレックスを見つめている。


「私は……」


 訳が分からないまま言いかけて、すっと意識が遠くなった。急速に闇に包まれいくのを感じながら、これを准将に話したら、また難しい顔をするだろうな、と思った。




「イルマっ。貴様、昼間っから寝ぼけたのかっ」


 パシッと頬を打たれて、アレックスは目を瞬かせた。


「あれ……俺は……?」

「倒れたんだよ、イルマ。大丈夫か? そんなにサラは怖い女じゃないぞ」


 脇から元帥の声がして、アレックスはようやく首をもたげ、自分を抱えているのがマクガレイ准将と気づいた。


「え? マ、マクガレイ准将……? わっ、すみませんっ、失礼しましたっ。大丈夫ですっ、寝ていませんっ」


 あわてて身をよじろうとすると、マクガレイの手が額に押しつけられて無理矢理床に押さえ込まれる。


「会議ごときで倒れるとは、貴様、海軍軍人として恥ずかしくないのかっ……と言いたいところだが。イルマ、何があった? 正直に話せ。まさか本当に寝不足でとか言わんだろうな」

「えっ、あの……」


 何があったのか、頭の中を整理しようとするとガンガンと痛む。目も塞がれているせいか、もうあの幻は見なかった。


「……白昼夢を……すみませんっ、本当に寝ていたのかも……?」

「夢だと――っ!」


 呆れて怒鳴ろうとしたマクガレイをミュラーが止める。


「どんな夢だね?」

「それが……あの少年が、サッタール・ビッラウラ……とか名乗って……ここに来いと……」


 しどろもどろに答える。


「少年? それはコラム・ソルの者のことか? 貴様、その者の名を知っていたか?」

「いえ。ああ、名前は互いに呼びあっていたので聞いた気が……でもビッラウラなんて……」

「ここにというのは、コラム・ソルのことか?」

「多分。中央府と話をしたいと……」


 何事かとアレックスを取り囲んでいた将軍たちは互いに顔を見合って眉を顰めた。

 中央府でコラム・ソルが話題になるのと呼応するように向こうがこちらに接触を図りたいというのは偶然なのだろうか?

 感化・籠絡・洗脳といった単語が脳裏に浮かんだが、イルマがコラム・ソルの人間と接触したのはほんのわずかな時間のはず。それだけで本当に心理操作が計れるならば、それは恐るべき能力だった。


「貴様からは何かメッセージを伝えたかね?」

「いえ。びっくりして……何事かと思っている間に、どうやら気を失ったようで」


 マクガレイはアレックスから手を離すと、つと元帥を見上げた。


「元帥。少尉が見たのは単なる妄想による白昼夢でしょうか。それとも……?」

「我らは彼らについてほとんど何も知らない。だから下手な予断はしないほうがいいな。イルマがのんきに夢を見ただけなのか、驚くべきことに一万五千キロメートルは離れた場所の特定の人物を探して強制的にメッセージを送りつけられる能力者がいるのか。それは実際に行って、その少年に会ってみればわかることだ」

「後者だとしても、我々は友好的に接するべきだと?」

「友好的にしろとは言わん。用心は必要だよ、どんな時でもな。我々は軍人だ。だが同じ惑星に育まれた人間同士でもあるということを忘れてはいかん。でないと、宇宙野郎みたいな過激な原理主義者になるぞ」

「あちらもその過激な原理主義者ではないことを祈ります」

「あっははは。そりゃどんな集団にも、そういう思想の人間はいるだろう。皆がわしのように耽美主義者ならば世の中平和なのだがなあ」


 元帥のは耽美主義ではなく単なるヘボ詩人じゃないかというマクガレイの呟きは、アレックスの耳にだけ届いたようだった。


「イルマ。貴様は極力心を平常に保ち、決して彼らの意のままに動かされるような弱みを見せるな。だが、再びメッセージがあれば、即刻私に知らせろ。貴様がメッセージの受信機でしかないのなら、問題ない。だが少しでも自分の行動、思想に変化があるように感じたら、それは自ら疑って報告するように。それが海軍士官である貴様の任務であり、貴様自身を守ることにもなる」


「イエス・ダム。しかしもし同様な接触があった場合、私は何と答えれば……?」

「答える必要はない。我々が間もなく行くことも知らせる必要はない。まあ、貴様はどうやら単純明快なお人好しのようだから、本当に彼らが心を読むのならば知られてしまうだろうがな。伝えなかったことを知っているかどうか、知っていたとしてそれを表明するかどうかも、交渉する者としては見ておきたい」


 面倒くさいことだな、とアレックスは思いながら了解の印に敬礼を返した。








「どうだ? 捕まえたか?」


 寄せては白く砕け散る波を見下ろす断崖で、アルフォンソはうずくまっていたサッタールを足で小突いた。


「捕まえた。やっとだ。どうやら彼はセントラルにいるらしいな」


 疲れた顔でサッタールは身を起こし、まぶしい朝日に目を細めて遙か彼方、水平線のずっと向こうを見渡した。


「セントラル? そりゃまたずいぶんな長旅だったな」


 労るような態度も見せず、アルフォンソはさっさと背中を向ける。


「ゴータムの爺が俺んとこに来るとよ。そろそろおまえが長から降りたと公表したらどうだ?」

「爺さんは小躍りして喜ぶだろうな。そもそもあんたを長に望んでいたんだから」


 皮肉な笑みを唇に浮かべ、サッタールは両手を空に伸ばした。大きく息を吸い込み、身体の隅々にまで新鮮な風を取り込むと、生き返ったような気がした。この十日間、夕方から夜明けまでこの岬でアレックス・イルマの心に接触を持とうと探し続けていたのだ。


 ショーゴの心を捕まえる為に自分の身体をこの世界に置いて魂だけを飛ばす技を見つけたとはいえ、その状態を維持するのは難しく、最初は何度も精神世界の海に墜落してしまいそうになった。魂が戻れなかったら身体も衰弱して死んでしまう。だからサッタールはそんな冒険をサハルにも内緒にして、ここに引きこもっていたのだ。


「生きてる間に長が交代なんて言ったら、爺さんまたカンカンに怒るぞ」

「怒らせておけばいいよ。私が長なら、私はこの島を出られない。そしたらショーゴは回復しないし、発電所も直せない」


 アルフォンソは、太い眉を寄せて背中を見せたまま尋ねる。


「なあ。外で交渉するのがおまえじゃなくちゃならない理由はなんだ? なぜ、俺じゃダメなんだ?」

「ダメだよ。だって……」


 サッタールは立ち上がってアルフォンソの広い背に手のひらを当てた。ぴくっとたくましい筋肉が踊るのがわかった。


『あんたはこの島が好きだろ、アルフォンソ。この島が好きで、島の者たちを愛して、ここを守りたい気持ちは、私なんかよりもずっと強い。できることなら今でも外の世界と無関係に生きていきたいと思っている。そんなあんたに交渉役は任せられない。私は、そんなあんたがいるから、安心して出ていけるんだ』


 アルフォンソの身体はじっと動かなかったが、心は凄まじい勢いでぐるぐる回っているのがサッタールにはわかった。


 やがてその渦が緩くなり、中からぽっかりと一つの問いが浮かび上がる。


 ―― あの長を決める裁定の日。おまえは自分が何を願ったか覚えていないのか?


 虚を突かれてサッタールは手を背中から離した。


『願った……私が?』

『そうさ。あの時。おまえは俺に従えと命じた。それで俺はおまえの前に膝を折ることにした。表面的にはな』

『表面的? でも、それは……』

『直前におまえの願いを聴いたからだ。自覚していなかったのか?』

『……何を』

『自分をこの島に縛りつけてくれ、でないと、どこかに飛んで行きたくなるってな』

「まさか、そんな――」


 思わず声にして、サッタールは目を大きく見開いた。


「嘘じゃねえよ。あの時おまえは、縛られなければ飛んで行きたいほど、ここから出たがっていた。だから俺は自ら膝を折ることにしたんだ。そしたらおまえが長だ。長になれば一生この島で過ごすことになる。おまえは自分の願望の為に全部を捨てていけるほど愚かでも無責任でもないからな」


 愕然として立ちすくむサッタールを振り向かず、アルフォンソは空を見上げた。青い空に小さな積乱雲が浮かんでいる。夕方にはむくむくと大きくなって夕立を降らせるだろう。


「……ならばなぜ今、私に協力してくれるんだ、アルフォンソ? あんたは私がトノンには警告をするべきだと言ったときも協力してくれた。私を縛るつもりなら……」

「あー、バカだな、おまえ」


 くっくという笑いが漏れ、アルフォンソの声の調子が変わる。


「ここを出たいってのがおまえの本心。その後に従えだぜ? 俺がおまえに協力するのなんか当たり前だろうが」

「でも。その命令は効いてないんだろ、本当は――?」

「効いてるぜ。おまえがおまえの幼い願望の為に闇雲に出ていくのは認めんが、島の為にと言うなら俺に異存はない。おまえやショーゴを見ていたら、潮時だろ。潮に乗るのなんて島人のキホン」


 笑ったままアルフォンソは手を上げた。


「朝飯ぐらいは振る舞ってやる。爺と対決するだけの気力が出たら俺の家に来い。どうしてもって言うなら抱っこして連れ帰ってやってもいいがな」

「断る」


 即答してサッタールはもう一度その場に座り込んだ。木々の間に消えるアルフォンソの背中を見送って、ごろんと寝ころぶ。輝く太陽が目を焼いて、何故か涙がこぼれ落ちた。



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