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 式典の会場は、あの到着ロビーに続く広いホールであった。いくつもの大きな窓からはファルファーレの姿を見ることができる。

 前方には大型スクリーンが取り付けられ、ファルファーレ植民時代からの歴史と宇宙開発の様子を紹介する映像と音楽が、招待客たちを楽しませていた。

 そのスクリーンの下の舞台には、中央府議長をはじめとする惑星ファルファーレの要人がくつろいだ様子で座っている。

 この映像による物語が終われば、サムソン大宙将の挨拶から式典が始まる予定だった。


 サッタールは会場の一番端に立っていた。ワイマーとは入り口で別れた。この先何が起こるかわからない。ここまで連れてきてくれた上に巻き添えにはしたくなかった。

 一部のVIPを除いて立席だったことは幸いだった。いくらスタンプによる人物認識を行っていても、大勢の中に紛れてしまえば追うのは容易ではない。


 スクリーンには大陸間戦争の映像が映し出されていた。その大音声が空間を埋めている。客たちはため息を吐きながら、あんな戦争はこりごりだと言い合っていた。中にはいわゆる武器商人で儲けた者の子孫もいるだろうにと、サッタールは皮肉な笑みを浮かべる。


 地球で人類が人として進化して以来、戦争はいつの時代にもつきものだった。富と権力を求める欲望が、人類をここまで進化させたのだ。生まれ故郷の惑星を飛び出してさえも。

 だが繁栄を誇る現代の大多数にとって、戦争はチャンスよりも破壊を、富よりも死を意味する。

 二度とあのような戦争を起こしてはならないという感情もまた真実だった。


 式典用の礼服に身を包んだサッタールは、どこから見ても田舎から出てきた学者の甥には見えず、名家の御曹司か芸能人かと思わせる。それをいいことに割り当てられた端っこの区画から人の波を泳ぐように中央に移動して、舞台が肉眼でもよく見える場所まで来た。

 何が起きるのか、サムソン以外は誰もわかっていないだろう。もしかしたら華やかな式典の陰で、ひっそりと攻撃命令が下されてしまうかもしれない。


(そうなったら、アルフォンソ……)


 一人で迎え撃つのだと言った男の面影が胸をかすめる。

 およそ二十人ほど並んだ壇上にミュラー元帥もいた。にこやかな出席者の中で、年老いた元帥の厳しい表情が目を引く。

 向こうからはサッタールを見分けられはしないだろう。念話も、精神感応者がこの中にいるのかもしれないのでは危険だった。ただ、サムソンの動向を見守るしかない。


 ようやく映像が終わり、会場の照明が落とされた。明るい舞台の上、さらにその中央にスポットライトが当たり、軍服姿のサムソン大宙将が進み出る。幾つもの勲章がキラリと光を反射した。

 ざわついていた会場の声が徐々に小さくなり、やがて水を打ったように静まり返る。


「本日は我々の美しい惑星ファルファーレを見下ろすこのトゥレーディア宇宙港基地にお集まりくださり、ありがとうございます」


 その言葉で人々は一斉に窓の外に目を向けた。青く瑞々しい半球に。多くの生命を育む自分たちの母なる惑星に。


「最初の植民団がファルファーレに第一歩を記してから、今年で七六六年たちました。他星系、とりわけ地球との交流が絶たれ、幾度も厳しい戦争を乗り越えた末、今ファルファーレは空前絶後の繁栄の中にあります」


 壇上のジェーコフ議長は、笑みの底に苦々しさを隠して呟く。


「ふん、まるでサムソンが中央府を代表しているようではないか……」


 その囁きに隣席の与党党首が小さくうなずいた。その間もサムソンの演説は続く。


「特に、星紀一二三年の最初の彗星襲来で、我々はそれまで保持してきた数々の科学文明を失い、知識の蓄えも分散しました。我々の先祖は、手工業以前の生活を余儀なくされ、多大な苦難の中で生きてまいりました。しかし」


 サムソンはいったん言葉を切って、聴衆を壇上から眺めおろした。惑星を代表する名だたる人物がそこにいる。全員が自分に注目し、何を話すか、何が起こるか、固唾を飲んで聞き入っているという事実がサムソンを満足させる。


「その先祖たちの苦難の暮らしをよそ目に、安穏な生活をする者たちがいたのです。彼らは悪魔のような技を使い、汗水垂らして開拓をする代わりにベッドに寝そべったままで岩を砕き、乏しい収穫で翌年の種籾の心配をするかわりに土を変異させて飽食の限りをつくした。貧困と飢餓の中で食料を乞う我々の先祖を視線一つで意のままに操った。そんな者たちがっ!」


 突然、サムソンの姿が膨れ上がっていくような錯覚に、聞き入る人々は囚われる。語る内容は荒唐無稽なのに、なぜか感情を激しく揺さぶられていく感覚に、ミュラーは警戒の眼差しを議長に送った。


「星紀四百年頃から激しくなった大陸間の抗争にも、彼らは安寧を捨てず、ただ自分たちの欲のみを追求し、あまつさえあの悲劇的な大陸間戦争の最後の引き金を引くだけ引いて、ロジェーム海の真ん中に身を隠しました。そう、コラム・ソルの反社会的集団です」


 静かだった会場に小さなさざ波が立ち、それが波紋のように広がりながら大きくうねっていく。サッタールは、聴衆の変化を肌で感じ、激しい恐怖に駆られた。


(これは……これは、何だ? あの人は何をしている?)


 サムソンの演説は、直接心の表面に爪をたられるようなかすかな痛みを伴いながらも、甘美な誘惑に満ちていた。

 表面上はサッタールがセントラルに着いた日の議長の演説と似ていたが、全然違う種類のものだ。議長は自らの言葉で聴衆の心を掴み酔わせた。しかしサムソンは言葉以外の力を使っている。


(あの人は、精神感応者だっ。それも、私の見たことのない……)


 元帥から警告を聞いていなかったら、もっと戸惑っただろう。そんなはずはないと否定したかもしれない。他人の感情に一滴の毒を垂らし、それを増幅させていく様は、自然発生的に見えて決してそうではない。明らかな作為があった。

 サッタールは今、はっきりと、サムソンの送り出す言葉の陰に潜められた力を認識した。

 頭蓋に警報が響きわたる。危険だと。一刻も早く止めろと。


「こんな危険な集団を、我々は放置してもいいのでしょうか? 三百年ぶりに姿を現した彼らは、一見したところ無害な存在に見えるでしょう。だがその中身は、羊の皮を被った悪魔だ。彼らがコラム・ソルの巣から出て、大陸各地に拡散してしまえば、我々にはもうどうすることもできない。無限に増殖しながらあの美しい我々の星ファルファーレを食い尽くしてしまう。そんなことは、許せるはずがないっ!」


 周囲の空気が、いわれのない憎悪に染まっていく。そうだ、そうだという呟きがあちこちから聞こえ、サッタールを激しく打った。


「ですが、どうぞご安心ください。あなた方には宇宙軍がいる。今なら、まだ彼らが巣に籠もっているこの瞬間ならば、ファルファーレに巣食う悪魔を一掃することができるのです。そうですな、ジェイコフファルファーレ中央府議長っ!」


 拍手が起こった。最初はまばらに、次第に大きくなって、やがて会場を揺るがすほどの大きさで。

 サッタールは、歯を食いしばって、一歩、二歩と前に進んだ。同時にサムソンの精神に触れようと自分の心を伸ばしていく。だが熱く沸き立つような群衆の興奮しきった思念に阻まれ、サムソンが遠い。


 腑がひっくり返るほどの焦燥に奥歯を噛みしめた瞬間。サムソンの演説が突然遮られた。


「私は……そんなことは一言も……言っていないぞ、サムソン大宙将」


 喘ぐように返したジェイコフは、目眩と戦いながら立ち上がった。


「これは……何の茶番だ? あなたこそ、どんな魔術を……使ったのか?」


 ふらつくジェイコフを守るように、両脇をミュラーとラ・ポルトが支えた。だがそれは、何も知らない群衆の目に、陸、海軍が議長を人質に取って言わせているようにも見える。

 抗議の声が上がり、人々が足を踏みならす。


「茶番? 何のことです? あなたもそう思っているでしょう、内心では?」


 サムソンが口角の両端を引き上げた。ゆっくりと振り向き、その目が、ジェイコフを射抜くように細められる。

 精神世界を見ているサッタールには、サムソンの思念が蛇のように議長に飛びかかり、絡め取ろうとしているのがはっきりとわかった。

 最後の躊躇を捨てて、腹に力を込め、階段の脇を占めていた宇宙軍兵士の間をすり抜け、壇上に駆け上がる。


「やめろっ! 自分が何をしているかわかっているのかっ、あなたはっ?」


 サムソンの視線がサッタールに向く。思念の蛇がするすると議長から離れ、ジェイコフは人形のように床に崩れ落ちた。

 今や壇上の人々も全員が立ち上がり、突然現れた少年と、泰然と立つ大宙将を見つめた。


「出てきたか。鼠のように我が基地に入り込んだ悪魔め」


 サムソンが嘲った。


「だがここでおまえにできることは何もない。振り返って見てみろ」


 肩越しに振り返ると、階段の下で赤い髪の宇宙軍士官が無表情に拳銃を構えていた。その後ろには怒れる群衆がいる。彼らのかき立てる怒りの思念は、一人、サッタールに向かっていた。


 ――殺せ、殺せ、悪魔の子をっ!

 ――コラム・ソルを焼き尽くせっ!


 今すぐ、群衆をサムソンの思念から解き放たなけれならない。決定的な命令が、宇宙軍に発せられる前に。

 サッタールは視線をサムソンに戻した。背後から、重い足音が近づいてくる。壇上の人々は凍り付いたように動かない。


 中尉の階級章を付けた赤毛の男が壇上に上がり、サッタールに向かって腕を伸ばした。その目は植えつけられた激しい憎悪に燃えていた。

 刹那、全ての照明が消えた。


「動くなっ!」


 スピーカーを通していない声が、会場に響きわたる。

 同時に宇宙軍中尉の足元に、威嚇の銃弾が連続して撃ち込まれる。

 悲鳴があがり、何が起きているのか把握できない人々が、不可解な憎しみの感情を振り払うように出口を求めて動き出した。


「動くなっ!」


 再び声が命じた。


(これは……この声は、まさか)


 聞き覚えのある声だった。そしてしばらく聞いていない声。


「ジャクソン! なぜ私の邪魔をするっ? おまえが私に逆らえるはずなどないのにっ!」


 サムソンが吼えた。

 闇の中から低い笑い声がして、舞台の照明が復活する。すそからゆっくりと現れた二つの影に、サッタールは今度こそ驚愕の叫びをあげた。


「アレックス! なぜ、ここにっ」


 ジャクソンの傍らに、宇宙軍兵士の戦闘服に身を包んだアレックスが短機関銃を構えていた。セントラルの海軍病院でサッタールの仮病につきあっているはずの男が、なぜ姿を消したジャクソンと共にいるのか。

 そのアレックスは、これまでに見せたことのない厳しい顔でサッタールにうなずきかけると、すぐに赤毛の宇宙軍兵士に目を向けた。


「エステルハージ、目を覚ませっ! 君はいつだって理性的な男だろっ!」


 穏やかで呑気なはずの男が、悲痛な声で叫び、サッタールに近づこうとする足元に短機関銃を撃ち込む。

 エステルハージの足が再び止まり、訝しげな白い顔がサッタールからアレックスに向けられた。


「イルマ……僕は……」


 戸惑った表情で答えようとする士官に、サムソンから黒い思念の糸が伸びていく。


「ミスター・ビッラウラ。サムソン大宙将の【声】の呪縛を解いてください。あんたなら、いや、あんたしかできない」


 落ち着き払って、ジャクソンが言った。

 サッタールはサムソンの視線を遮るようにエステルハージの前に立った。無防備な背中が晒されている。


「そんなことをしても無駄だぞ」


 せせら笑うサムソンは、サッタールの目に古い神話で語られる冥府の主のように映る。他者の心を貪欲に呑み込み、代わりに己の思念で操る巨大な蛇。胸がむかむする。


「やってみなければわからないだろう」


 サッタールは胸のむかつきを腹の底から息を吐きだして抑えた。この数カ月に起きた出来事がいつの間にかサッタールを、単なる強い精神感応力者から一段上へと引き上げていた。

 エステルハージの熱い息をうなじに感じたが、意識から追い出す。

 後ろにはアレックスがいるのだ。海のような思念がサッタールを支える。


 ――君の身体は俺が守る。


 サムソンの思念の糸は、四方八方へと無数に伸びている。全部を断ち切ろうとしても、どうしても取りこぼしができる。

 糸を無視して、サッタールはサムソン本人へ自分の思念をぶつけた。強い衝撃を感じて、糸の大半がバラバラと崩れるように消えていく。

 サムソンの目がカッと開かれた。


『くっそっ……脳が焼き切れそうだ』


 それはどちらの思念だったのか。

 サムソンは、サッタールのぶつけた思念をがしっと掴んで意識の一部をエステルハージに伸ばそうとしていた。

 エステルハージの思考が濁り、サッタールは自分の背中に押しつけられた銃口を感じた。

 アレックスが叫ぶ。


「エステルハージ! こっちだ、俺を見ろっ!」


 ハッとしたようにそばかすの浮いた白い顔が横を向いた。

 アレックスが飛びこんで、左手で拳銃を持つエステルハージの手を取ると、右手で持っていた短機関銃をその脇腹に叩きこむ。

 苦悶の喘ぎと共に銃口が上を向き、天井のライトが一つ砕け、ガラスの破片が降ってきた。身体を二つに折ったエステルハージをアレックスは容赦なく壇上から蹴落とす。


「ジャクソン、他の奴らを近づけるなっ」


 ジャクソンは無言で階段の下の宇宙軍兵士に、牽制の銃弾を放つ。火薬の匂いが辺りに濃く漂った。

 アレックスは、議長を抱えていたミュラー元帥に懇願するような視線を送る。


「元帥、お願いです。舞台の人を下ろしてください」


 理由も指揮系統も職務違反も問わず、ミュラーは議長を引きずるように階段を下りていく。続いて人が波のように動き、ラ・ポルトがしんがりを守って降りた。


 舞台は、四人だけになった。

 サムソンは、自分とサッタールの思念を絡ませ合ったまま、ジャクソンに訊いた。


「ジャクソン。おまえ、私の支配をうち破ったのか? 従うはずではなかったのか?」

「最初から従おうってつもりはありません。あなたは気づかなかったようですが。それでも私があなたに協力したのは、私には私の理由があったからです。あなたの生命を奪ったりはしませんよ。まだあなたの支配は有効ですからね。もしここで宇宙軍の力を使うことなくミスター・ビッラウラに打ち勝てたら、その時こそあなたに心から従いましょう」

「コラム・ソルの者どもを外に出したくないのではなかったのか? おまえ自身の存在意義の為に。ならば奴らを滅ぼせばよいではないか」


 ジャクソンは凄惨な笑みを浮かべ、手にしていたライフルを最初はサムソンに、そしてゆっくりとサッタールに向けた。


「ええ。私も彼らと同じ、精神感応者ですからね。あなたがそうであるように。切り離され捨てられた血筋ですよ。コラム・ソルで彼らが営々と穏やかな暮らしを満喫している間、私は…私たちは自分の中の狂気と孤独に戦わなくてはならなかった。それなのに今頃になって、と思いましたね。憎んでいました」


 ジャクソンの頬が微かにひきつる。

 それを見て取ったように、サムソンがポケットから携帯通信機を取り出した。

 サッタールは、サムソンが通信機に向かって口を開く、その一瞬前に、彼の意志を知った。


 ――コラム・ソルを攻撃せよ。


 その命令を声にさせまいと、サッタールの思念が燃え上がる。

 同時にアレックスの短機関銃が火を吹いて、サムソンの足下を危うくした。

 サッタールの縛ろうとする意志を払いのけつつもバランスを崩したサムソンに、アレックスは短機関銃を捨てて突進し、通信機を持つ手を手刀で叩く。

 落とされた黒い小さな機械は床を滑って舞台の下へと消えた。

 もみ合った二人の勝負は、ジャクソンの正確無比な狙撃であっけなく終わった。脚を撃たれたアレックスが、うめきながら床に転がり、サムソンがよろよろと立ち上がる。


「サッタール、今だ。サムソン大宙将を押さえ込めっ。ジャクソンは俺が……」


 痛みのショックに胸を喘がせながらアレックスが叫ぶ。

 サッタールはジャクソンにちらりと視線を遣ってから、再びサムソンを抑えにかかった。

 その精神の海に飛び込んで、破壊への欲求を切り裂いていく。だがサムソンの心は、軟体動物のように伸びたり縮んだりしながら形を変え、破ることのできない薄い膜になったかと思うと、サッタールを逆に包み込もうとした。


 不意に息苦しさを感じて、サッタールは大きく肩で息を吸った。

 自分の体のイメージを鮫のように細く鋭くし、粘りけのある膜に穴を開けようとする。

 と、膜が黒い霧のように広がって果てがなくなった。


(どこかに、この霧を発生させている源があるはずだ)


 大きな鰭を打って、サッタールは霧のような水の中を泳ぐ。

 精神操作はイメージする力でもある。目に見える世界、物理的に計れる世界に、自分の望むものをイメージし、投影し、そこに力を使って実現させる。

 生まれて間もない赤ん坊は、まだそのイメージをうまく使えないから、闇雲にエネルギーだけを発散させて周囲を困らせるが、サムソンの心はその赤ん坊のようだった。何の訓練も受けていない無秩序と荒々しさが、破壊衝動と深く結びついていた。






 そこだけ照明の当たる壇上を、人々は凍りついたように見守っていた。腿から大量に出血しているアレックスを助けに行く者もいない。ジャクソンが、厳しい表情で壇上を窺う者を牽制していた。

 そして彫像のように動かない二人。その二人がどのような戦いをしているか、見ている者にはわからない。


「ミュラー元帥。あの二人を引き離して拘束できませんか?」


 意識を取り戻した議長が囁いた。


「その前にジャクソンに蜂の巣にされます」

「宇宙軍兵士も武装しているだろう?」

「彼らはサムソンから明快な命令が下らねば動きませんよ」

「では我々に今できることは?」


 ミュラーは惚けたように壇上を見つめる群衆を見渡してから、落ちてきたサムソンの通信機を拾うとジェイコフに渡した。


「職務範囲は逸脱しますが、実質でも名目上でもあなたは三軍の統括者です。これは宇宙軍内の専用回線に繋がっている。これで宇宙軍の武装解除を命じてください。ロビンと軍事衛星の管理をしている者に、攻撃準備命令の取り消しを」


 ジェイコフは通信機に目を遣り、ついでラ・ポルトに視線を向けた。


「サムソンはロビンと軍事衛星に何をさせようとしていたのか、あなた方はわかっていたのですか?」


 ラ・ポルトは長く息を吐き出した。


「おそらくは、コラム・ソルへの攻撃命令でしょう」

「そんなことは私も議会も許していない」

「であればこそ、ここに権限を持つ要人を集めたんでしょうね。あの雰囲気の中、承認させる為に」


 あれが雰囲気などという曖昧な言葉で表せられるものかとジェイコフは眉を曇らせた。自分が、意志に反した行動を取らされそうになった怒りと恐怖が瞳の奥に見えた。


「よく持ちこたえてくださった、議長。感謝します。さあ、もう一仕事お願いします」


 ミュラーが再び促し、ジェイコフは通信機のスイッチを押した。


「宇宙軍所属の全ての者に命ずる。私はジェイコフ中央府議長だ。陸、海、宙の三軍の最終統括権を持つ者でもある。即刻、武装を解除せよ。あらゆるミサイル、レーザー砲、個々に許された全ての武器を置き、通常の待機状態に戻せ。次の命令も私から発する。それまで何人からの命令も受け付けるな。繰り返す……」


 議長の命令することに慣れた声を聞いて、ミュラーは肩から力を抜いた。これで、海と宙との開戦は避けられる。無駄に死ぬ者もいない。


「あとは……」


 ミュラーは視線を壇上の動かない四人に戻した。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

この後、土曜日に続きと、終章を投稿する予定でいます。

最後までお付き合いいただければ幸いです。

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