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 食堂から自室に引き取ったサッタールは、ベッドルームに入るなり乱暴に服を脱ぎ捨てて、そのまま柔らかい布団の上に転がった。

 何もできない、してはならないと言われたことが苦しい。

 今頃、アレックスはどんな話をしているのか。ここから、相手のエステルハージとかいう宇宙軍士官の心は探れなくても、アレックスの心を見つけることは容易だろう。

 何千キロも離れたコラム・ソルからですら捕まえられたのだから。


(それもしてはならないのか?)


 気づかれなければいいだろうかと何度も考えては首を振る。自分たちに関係があることなのに、力を禁じられては自分にできることはあまりにも少ない。


『ショーゴ。夜中にすまない。ちょっと話せるか?』


 散々迷った末、サッタールは身近にいる島の仲間に呼びかけた。一も二もなく信頼できる男に。


『なんだよ?』


 少し慌てた返事があって、サッタールは小さく呻く。


『ごめん。邪魔をするつもりはなかった。また後で……』

『バーカ。もういいよ。気が散った。その代わり五分待って』


 ショーゴの気配は明らかに情事の最中のものだった。まさかという思いと、やはりと納得する気持ちと、申し訳なさに頭を抱えていると、きっかり五分後、ショーゴが呼ぶ声がした。


『全く。下半身が使えねえと、いろいろ不便なんだよー。早く義足をつけたくても、今の弱った身体じゃだめなんだと。リハビリでもう少し何とかしねえとなー』


 何がどう不便なのかと一瞬よぎった疑問は注意深く押し隠して、サッタールはベッドに起き直った。


『いいのか?』

『普段礼儀正しいサッタール君が、情けない声で呼んでるのに知らん顔できるような俺なら、そもそも脳を機能停止させるほど働いちゃいないって。彼女も気にしてないさ。緊急なんだろ?』

『緊急って言うか……』


 サッタールは、宇宙軍とジャクソンへの疑念をかいつまんで話す。


『今、アレックスは宇宙軍の友人と会っているんだ。私も近くに行って、そいつの思考を盗み読みたいと申し出たんだが』

『断られたか。まあ、そうだろうな。俺たちにとっては、心と心では嘘はつけないなんてえのは自明のもので、誰でもそれが確かめられるけど、こっちの人間にとってはそうじゃない。おまえが思考を読んでも後が面倒になるだけだ』


 当然のように言って、ショーゴはサッタールを促す。


『そんな大問題、俺にだけ相談されても困るんだよ。アルフォンソも呼べよ、サッタール。おまえなら俺の心をひっ掴んだまま帰ることができるだろう?』

『……多分ね。ちょっと待って。水を飲んでくる』


 一言断って、サッタールは備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してキャップを開けた。そういえばもうすっかり慣れたが、最初は水が売っているということにすら驚いたものだった。

 今度は窓を開け放つと床の上に直接あぐらをかいて座り、深呼吸を繰り返す。ショーゴの心がすぐ側に待っていた。それを大事に胸に抱え、心を夜の空に飛ばす。


 サッタールは夜の闇の中を飛び、大陸を越え、大海ロジェームを見下ろした。

 それらはすべてサッタールの勝手なイメージに過ぎない。実際に目に見える世界とは違っていることはわかっている。

 でもそういう手順を踏まないと、魂が身体に戻ってこられない気がして怖いのだ。

 海には赤い夕日が照り返していた。水平線の向こうに沈もうとする太陽に向かって更に飛ぶ。すると太陽は逆に空に高く昇り始め、やがて小さな緑の島を眼下に見下ろした。


『アルフォンソ? アルフォンソ、応えてくれないか?』


 空から呼ぶと、首根っこを掴まれるような感覚がして、急速に地上に降ろされる。岬の突端、ショーゴの家だ。


『まだ昼飯を食っていたんだがな』


 不機嫌なアルフォンソの気配がすぐ側にあった。


『一食ぐらい抜いてもあんたならどうってことないだろ』


 つい喧嘩腰に返すと、ショーゴがくすくす笑った。


『よお、アルフォンソ。俺もサッタールにぶら下がって来てるんだよ。だから悪いが、ちょっと時間を割いてくれよ』

『ショーゴか? おまえもおまえだ。通信機の前でユイがすねてるぞ? 兄ちゃんなら心配してる妹にも声かけてやれ。もう喋れるようになったんだろう?』

『ああ、そうだな。つい、そんな便利な代物があることを忘れてた。こっちの夜が明けたら俺も通信機で直接ユイの機嫌とるさ』


 笑ってショーゴはサッタールの意識をつついた。しかし遠慮も何もないアルフォンソは、勝手に二人の心に分け入り、宇宙軍の疑惑を知ると低く唸る。


『情報が少なすぎる。動機も目的もわからない。それで俺にどうしろと?』

『今、そちらで何かできることはないと思う』

『だな。何かできる場所にいるのはおまえだ、サッタール』

『私は……何をすればいい? 何ができる?』


 アルフォンソが面白がるように笑った。


『おいおい。何って、おまえは交渉役だろ。交渉しろよ』

『だからっ、宇宙軍との交渉なんて……』

『じゃねえよ。おまえの交渉相手は中央府だ。宇宙軍だって議会と議長の下にあるはずだな? そしてその全てをファルファーレ憲章が縛っている。宇宙軍を抑えられるとしたらそっちだろ? 海軍さんはずいぶんとこっちに同情的みたいだが、軍同士じゃあ埒があかねえよ。競争相手なんだろ? だからおまえがそっちでするのは、海軍だけじゃなく、そっちの人間の中に、なるべく多くの味方を作ることだ。少なくとも敵対しない、できたら手を結べる相手を』

『なあ、サッタール。今んとこ、その中央府議長ってのは島に対してどんな感じなんだ?』


 ショーゴが口を挟む。


『わからない。何度か会ったけど、議長は自分の政治的立場にとても敏感な人間だ』

『つまり島との共存が、自分の立場を強めるものならば味方になるってことか?』

『逆に島への恐怖を民衆に煽る者がでたら、簡単に手を離すだろう』

『えげつねーなー』


 サッタールは議長と中央府の役人たちの顔を思い浮かべた。彼らは、常に利益を第一に考える。議長は政治上の、役人たちは利権。

 コラム・ソルの海底資源は役人たちを驚かすに十分な量が見込まれるが――。


『ブリージョ大陸にあった銀狐の本拠地も、資源豊かな土地だった。中央府は、銀狐と交渉を重ね、共存する道を取らずに、銀狐を壊滅させてその土地と資源を結果的に奪ったんだ。私たちがその轍を踏まない為にはどうしたらいい? 資源だけではダメなんだ』


 しばらく三人の思考がそれぞれの考えに沈んだ。


『俺、ドクター・ライシガーと話してて思ったことがあるんだけどさー。島の外には超常能力者っていねえのかなって。だって、三百年前、全ての能力者が集まったんじゃないんじゃねえの? いくら当時の指導者が有能だったからってさー。その上、そんとき降った彗星の塵は、ご先祖が移住した後もこの星に降り続けたはずだよなー。新しく生まれる赤ん坊たちの中にも能力者はいたんじゃないかな』

『いただろうな。だが、彼らは俺たちほどは血が濃くはない。バラバラに生まれて、生まれた土地の社会の中で、淘汰されるか、存在を隠して生きた……』

『うん、そう。俺、まだこっちの人間とたいして接してねえけどさー。もし自分だけがこういう能力を持った存在で、しかもその使い方もろくに知らなくて、もしかしたら親兄弟からも疎まれたりなんかして……それってスゲー大変だろうなって。で。ドクターが言うには、もしそんな人間がいたとしたら、たいていは社会と不適合を起こすだろうってさ』

『不適合とは?』

『見えないはずの物が見えるとか。聞こえないはずの音が聞こえるとか。離れた場所の物が動かせるとか。そんなことあるはずがない社会で一人だけそうだったら、周囲はそいつを嘘つきと責めるか恐れて排除するだろうってこと。下手したら精神を病むってさ』


 それはその個人にとっては悲劇だろう。自分の存在のあり方を全否定されては。

 コラム・ソルでは、どんな種類の力でも尊重され、島の共同体の中でうまくやっていけるように年長者の助言の元に育てられる。


 サッタールは、父親との確執の果てに自分が己の力を暴走させたことがある。その時も、島の年長者たちは総出で暴走を止め、誰もサッタール自身を責めはしなかった。

 ゆっくりと流れる日常の中で、サッタールが落ち着き、自分を制御するのを見守ってくれた。


 だが、それが中央との交渉で何の役に立つというのだろう?

 サッタールの疑問とは裏腹に、アルフォンソはヒューと口笛を吹いてうなずいた。


『なるほど。いい着眼点だ。今後、もし社会不適合をおこしそうな能力者が生まれても、島がそいつらを育ててやれる。これは、俺たちが俺たちとしてここにいることのアドバンテージになる。彗星は通過したばかりだ。だからその影響が目に見えてわかるようになるまでには、おそらく十年以上かかるだろうがな』

『育てる? 島の外で生まれて、しかも社会に溶け込めずにいる人間をか? その前に、私たちの存在を産んだのが彗星だということも、外の人間と何が違って私たちが能力を使えるのかもわかっていないのに、そんな曖昧な話を交渉に使えるのか? その上、私たち自身だって、まだうまく外と馴染めるかどうかわからないのに?』

『後ろ向きになるなよ、サッタール。ショーゴの思いつきは悪くないぜ。そうしたら新しい血も入るし、外の世界を知っている人間が俺たち自身も緩やかに変えていくかもしれん。とにかく使える武器は総動員しないとな』


 本当にそんなあやふや話で聞く耳を持ってもらえるのだろうかと、サッタール眉を寄せる。


『サッタール。宇宙軍云々の話は、どのみち俺たちにはどうしようもないだろ。あっちにはあっちの事情もやり方もある。

訳のわからん憎悪から攻撃されたとしても、島を守る手段はを俺たちは持ってない。そりゃあ、本当に攻撃されたら防御も

やってみるがな』


 アルフォンソは不敵に唇を持ち上げたが、そうなってしまったらコラム・ソルの歴史は灰となって跡形も残らないことは、全員がわかっていた。


『やってみろよ、サッタール』

『だな。俺もドクターともっと話して……できれば他の人間にも接触してみるよ』


 二人の思念がサッタールをそれぞれのやり方で鼓舞する。


『わかった』


 そろそろ、この長距離の会話の場を維持するのが難しくなってきていた。サッタールもショーゴも身体を置き去りにしているのだ。

 別れを告げる間もなく、心が再び空に舞い上がった。行きとは比べ物にならない速度で惑星を半周する。

 たちまち未明のセントラルの空気を感じた。もうショーゴの気配はない。目を開けると、開け放たれた窓とその向こうに広がる夜空が、あった。


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