32
カチカチとキーボードに指を走らせる少年は、調べ事に熱中しているように見えた。主に経済と法律関係だ。頻繁にコラム・ソルとも連絡を取りながら、着実に交渉の準備を進める姿に、アレックスは驚嘆する。
サッタールの集中力と記憶力は、ただごとではなかった。小型コンピュータの使い方も通信端末の使い方も一度説明すれば二度聞くことはない。
コラム・ソルが持っている資源がどれほどの価値を持つものなのか。
安定して継続的に取引するためにはどうしたらいいのか。
中央府と結ぼうとしている連合入りの条件はどんなものになるのか。
大勢の外来者が訪れるようになった場合、コラム・ソルの住人とのトラブルを誰がどのように対処するのか。
ろくに経済活動も行政機関を持たない島を、中央に飲み込まれることなく緩やかに変化させていくにはどうするか。
どれも十代の少年一人の肩に負わせるには難しい課題だろうに、サッタールはもう病院にいた時のような沈んだ様子は微塵もみせない。
(ミスター・クドーも順調に回復しているからかな)
切断した左足はそのままだが、クドーは目覚ましく良くなっていた。
見舞いに行くと、よく喋り、よく食べ、よく笑う。こんな男だったのかとアレックスは何度も目を瞬かせた。
島では唯一の技術を持つエンジニアと聞いていたからだろうか。もっと気むずかしく寡黙な男だと想像していたのが見事に外れた。
そのクドーも、自分用の小型コンピータを病室で駆使しているが、電子機器に介入できるという彼の力を、ここでも使っているのかどうかはアレックスは知らない。
(心を読む人間なんて法律は想定していないから、サッタールの力は裁けないだろうけど、ミスター・クドーの方は下手すると犯罪になりかねないんだよなぁ)
一度さりげなく指摘したら、クドーはにこにこ笑って礼を言った。
「うん、わかってるよー。プログラムを書き換えたり、ウィルスを侵入させたりしたらマズイよな。でもまだ俺は勉強中だから、そんな犯罪には関わらねえよ。すぐにバレるだろうしねー」
勉強が進んだらどうするのかまでは聞かなかった。サッタールが釘を刺したからだ。
「いいか、ショーゴ。私たちが何をしてもコラム・ソルの人間全体が非難の的になるんだ。まず法律をとことん調べて、絶対に引っかかるなよ」
「了解ー。おまえの足を引っ張ったりしねえよ」
アレックスは、その時の会話を思い出して小さく息を吐いた。
「なんだ? 何かあったのか?」
一心不乱にコンピュータに向かっていたはずのサッタールが、手を止めて振り返る。
「あ、いや。何でもない。えーと、さっき連絡があって間もなく元帥が戻るらしい。よかったら夕食を一緒にって」
「わかった。ではそろそろ休憩にしよう」
打ち込んでいた文書にざっと目を通してから、サッタールは電源を落とした。
ジャクソンがいなくなって以来、奴のことを聞かれたらと思うと、何も言えない自分が情けなくて、アレックスは意識的にサッタールを避けていた。
少年はそれに気づいているだろうと思うと、それもまた心苦しかったが、他に口外するなという命令を守る手段が思いつかない。
(……といっても、もうとっくにバレてるんだろうなぁ)
サッタールは、何千キロも離れた場所からアレックスを探しだし、話しかけることができるのだ。半径二メートル以内にはなるべく近寄らないなんて単純な方法で情報が死守できるはずもない。
(ジャクソンの奴。今頃どこで何をやってるんだ……)
マクガレイも元帥も、アレックスには新しい情報を渡すつもりはなさそうだった。逆に言えばアレックスの知っていることはサッタールに漏れることを前提に考えているのだろう。
それでもあからさまに命令に背くのは気が引けた。
「アレックス。悪いんだが、夕食前にシャワー浴びたいんだ。外してくれないか?」
アレックスの苦悩を察しているのか、サッタールは微笑んだ。
「迎えに来なくても、時間になったらちゃんと食堂に行くよ。大丈夫だからあなたも少しゆっくりしてくるといい」
それはアレックスを気遣うと同時に、サッタールの方からアレックスを拒否する言葉でもあった。
「……そうだね」
何も言うことができず、アレックスは踝を回してサッタールの部屋を後にした。
シャワーを浴びる気にもならずぶらぶらと庭に出る。
そこにもう一人、会いたくない人物がいた。
「あらまあ。ずいぶんしょぼくれちゃって。情けないわねえ」
イリーネが皮肉たっぷりに冷笑している。
「イリーネ嬢、こんばんは」
しょぼくれてと言われて、サッタールに拒否されたことが自分で思うよりも顔に出ているのかと頬を引き締める。
「こんばんは。ねえ、あなた、お祖父様からも、あの人からもろくに声をかけてもらえなくて、それでそんなしょぼくれてるの? それなら思い切って洗いざらい吐いちゃうか、そうじゃなければもっと事務的にしたらどうかしらね? どっちつかずだわ」
「何のことかわかりませんが、別に私はしょぼくれているつもりはありませんよ」
「それなら教えて? ジャクソンは今、どこにいるの?」
「残念ながら私も知りません」
「じゃあ、わたくしがお祖父様に聞いてあげましょうか?」
「うかがってみても構わないでしょうが、元帥はおっしゃらないと思いますよ」
「そりゃあ、お祖父様にも行方がわからないんですものね。言える訳ないわね」
アレックスは黙って自分のつま先を見ていた。サッタールは察しよく自分から距離を置き、軍の情報は回してもらえず、イリーネは責める。それも任務のうちだと言い聞かせるが、任務につくなら海に出る方がずっと気が楽だろう。
(でも今外されたら、きっと後悔するな)
それがわかっているから、八方塞がりだった。
「ねえ。わたくしだってジャクソンの行方が気にかかっているのよ? だってずっと昔からいたんですもの。ろくに喋らないし、喋ったかと思えばわたくしをしょうがない小娘だと思っているのがわかるようなことしか言わなかったけど。でも自分を救ってくれた人だもの、気になるわ」
「そう……ですね。しかし私は本当に知らないんですよ。答えられないのではなく」
「つまりあなたはお祖父様からも全然信用されてないってことね」
イリーネは怒ったように地面を蹴ってから去っていく。
言い返すこともできずにうなだれたアレックスのポケットが小さく振動した。通信機を取り出して着信相手を確認する。
「エステルハージ?」
議長公邸で会った同期の名に、眉をひそめた。
***
夕食は重苦しい空気の中、淡々と進んでいた。元々サッタールは自分からは口をきかないし、憎まれ口を叩くはずのイリーネも黙って料理を口に運んでいる。
「あー、体調はどうかね?」
ミュラーが咳払いを一つしてから尋ねたのは、メインの白身魚のポワレが出てからだった。
「悪くはありません」
短い返答に、ミュラーは視線を皿に落としたまま会話の努力を続けた。
「ミスター・クドーの回復も目覚ましいとか?」
「はい。ありがとうございます」
「それはよかった。交渉がうまくいけば、ミスター・クドーがコラム・ソルに帰る頃には発電設備の新設計画も進んでいるだろう。苦労も減るといいがな」
「そう願っております」
サッタールの態度は礼儀正しかったが、会話を楽しむ雰囲気はない。早く席を立とうとしているのが傍目にも明らかだった。
その中にイリーネが澄まして爆弾を落とす。
「ねえ、お祖父様。ジャクソンはいつになったら帰ってくるの?」
アレックスは思わずナイフとフォークを操る手を止めたが、ミュラーもサッタールも聞こえなかったかのように食事を続けている。
「あら、お祖父様、耳が遠くなったのかしら? 耳元で大きな声で聞いたらよかった?」
「ジャクソンは極秘任務についておる。イリーネや、それはおまえの口出すことではないよ。彼は軍人であって私的なボディーガードじゃないからね」
「ふーん。その任務って海軍のなの? お祖父様の直々の命令?」
「それを聞いてどうするのかね? 今までだって黙って何ヶ月も姿を消すことがあっただろう?」
「ええ、そうね。いつの間にかいなくなって、いつの間にか戻ってきたわね。じゃあ、また戻ってくるわね?」
ミューラーは黙ってワインを口に含むと、ゆっくりとグラスをテーブルに戻した。
「ジャクソンでなくてもおまえの護衛を務められる人間はたくさんいる。心配はいらんよ」
「そんなことを心配しているんじゃないの、わかっててそういう言い方をするのね、お祖父様は。ジャクソンが突然行方不明になったのはわたくしだって知っているのよ。問題は理由と行き先だわ。でもそれをお祖父様はひた隠しにしていらっしゃる。イルマは薄々知っているみたいだけど、言うなって命令しているのね? だからイルマもこの人もお互い気を使ってろくに口をきかないようにしてるのよね。友好と信頼はどこへ行ったのかしら?」
「友好と信頼を築きたいのなら、まずおまえがサッタール君と仲良くしなさい。顔を合わせれば喧嘩ばかりと聞いたぞ?」
「それは……ジャクソンがいなくなる前までよ。今のこの人はこちらの人間全員を避けてるわ。気づかないの?」
イリーネは無表情な祖父と若い客の顔を交互に見てから、自分の皿を押しやった。
「ジョット、もう下げてくれない? それからデザートはお部屋でいただくわ」
かしこまりましたとお嬢様に甘い執事がテーブルをきれいにする間に、イリーネは立ち上がってサッタールに指を突きつけた。
「もう、ほんとっに! 根暗な人ね! そんな風に黙っているばかりだと、得体の知れない人間にしか見えないわよ。あなたはわたくし達の心が読めても、わたくし達にはわからないの。だから聞きたいことや疑問があるならはっきりと言ったらいいじゃない」
サッタールはうるさそうにその指先を見つめた。
「聞かれたら困るとわかってることを、聞いても詮無いだけだろう」
「それでも口にしないと、みんなあなたは勝手にこそこそ読みとって知ってるくせにとしか思わないわ。実際そうなんでしょうけど。陰険なやり方って思われるわよ」
「実際には、アレックスは私と一緒の時間、円周率の桁を延々と唱えていることしか知らない。第五十三桁目がいつも三なのが気になる。本当は二だと記憶しているんだが、それを指摘するのも気が引けて」
アレックスは、うぐっと変なくしゃみをしたが、若い二人は見向きもしなかった。
「なんで? 教えてあげればいいじゃない」
「あなたはそんな風に自分の思考の間違いを指摘されても平気なのか?」
「そんなこと言ってるんじゃないわよっ。あなたもお祖父様と同じ。人の話をわかっていてはぐらかそうとするのね。教えてあげればいいっていうのは、円周率なんかじゃなくて、あなたの気持ちよ。感情のほうっ。冷たい人ねっ」
「困るのがわかっていて情に訴えるのか? それこそフェアーじゃないな」
「だからって黙っていていいの? みんながひた隠しにするからには、ジャクソンの行方が海軍の不祥事とか、そんなものじゃなくて、あなたとあなたの島に関わることだからじゃないっ」
「そうだろうとは察している。だが私は、アレックスも元帥も信頼している。私に知られないようにしているのは、何か理由があるからだろうと。恐らくは、今未確定な情報を漏らして交渉中の私を動揺させないようにしているのだろう」
「馬鹿じゃないの? 軍とか政府とかって、そんなこと考えたりはしないわ。必要ならいくらでも人を騙すし、弱みを見せればつけ込むし、マズイと思ったら攻撃するものよ」
「わかっている。私自身もコラム・ソルの利益の為ならそうするだろうから。信頼しているというのは個人の話だ」
「それならあなた個人として聞けばいいじゃない。なにもかもわかったような顔で黙っていないで」
サッタールは口を閉じて、頬を紅潮させているイリーネを見上げた。
「今、一番不思議なのは、なぜあなたが私のことでそんなに怒っているのか、ということだ。何故か聞いてもいいかな?」
イリーネは一瞬目を見開いて、それから耳まで赤くして足を踏みならした。
「知らないわよ、馬鹿っ。勝手にすればいいわっ、陰険で根暗で底意地が悪いあなたなんて、大っ嫌いよっ!」
憤然と食堂を出て、力任せにドアを閉めようとするのを、何事も平常心の忠実な執事がさっと止める。
「デザートはバニラアイスクリーム、桃のコンポート添えでございます、お嬢様。珈琲と一緒にお持ちしてもよろしいですか?」
「よろしくないわ。葡萄にしてちょうだい」
「葡萄では皮をお剥きになるのに余計にイライラされますよ?」
「それがいいんじゃないっ」
叫んでばたばたと走っていく足音が消えると、食堂は気が抜けたような沈黙に包まれた。
ジョットが各自の皿を回収し、デザートと一緒に珈琲も配り、深々と一礼する。
「しばらくはメイドも参りませんが、何かご入り用のものはございませんか?」
「いや。イリーネに飛びきりの葡萄を持っていってやってくれ。いつもすまんな」
「お嬢様がお元気でなによりです」
ジョットがしっかりとドアを閉め、サッタールがぼそっと呟いた。
「あの態度が、元気でいいと思うジョットさんはたいしたものだな」
同感だと言いそうになったアレックスは慌ててデザートのスプーンを取り上げる。
「君とイルマが滞在するようになってから、あの子はずいぶん元気になったんだよ。今まではわしと二人の静かな食卓だったからな」
取り繕うように笑って、ミュラーはサッタールの引き締まった頬に視線を当てた。
ここに来てからまだひと月足らずにしかならないのに、みるみるうちに幼さが消えていく。
たった七百人の生活とはいえ、この少年が自らその重荷を背負っているのだと思うと不憫でもあった。
(男はいつか、そうやって成長するものだが)
ミュラーは夕方、マクガレイと話したことを反芻しながら静かに訊いた。
「失礼を承知で聞くが。イリーネに言ったのは本当かね? 君はイルマの思考を読んでいないという」
サッタールは皿の上で溶けていくアイスクリームに目を遣ったままうなずく。
「ここに来る前は、四六時中思考を遮断するのは苦痛だろうと思っていました。目や耳をを塞ぐようなものですから。しかし、今は慣れました。イルマ少尉は隠し事が苦手ですから、隠しているということはすぐにわかりましたが、積極的には読んでいません。とは言っても、先ほどのイリーネ嬢のようにむき出しの感情をぶつけられると、遮蔽も揺らぎますが」
口元に苦笑が浮かぶ。イリーネは心から怒って苛立っていた。常に自分中心の少女だが、その心根は意外なほど真っ直ぐだった。
「そうか」
ミュラーは、まだ迷っていた。ジャクソンの意図も動機も皆目見当がつかないからだ。
「銀狐の時のおかしな小隊のことは聞いたかな?」
「はい。マクガレイ少将はそれに宇宙軍が関わっているのではないかと推測しているとおっしゃいました。アレックスからは宇宙軍がどんな組織かということを聞いています。ですから、もしかしたらジャクソンは宇宙軍と関係があるのだろうとは思っていました」
「我々には信じがたいことなのだ。わしもサラもジャクソンを若い頃から知っている。秘密監査でも彼と宇宙軍の間には何の繋がりも出てこない。確証はなにもないのに状況はジャクソンを指している。だがイルマに話すなと命じたのは、他にも訳があるのだ。サラはイルマにこう命じている。万が一の時には身代わりに死ねと」
はっと顔を上げたサッタールは、アレックスをまじまじと見つめた。
「……そんなことを?」
唇を引き結んで答えないアレックスの代わりに、ミュラーが重苦しく顎を引いた。
「そうだ。まあ護衛というのは、いざとなったら盾になるものだ。敵を一発でしとめられる可能性は常に高くない。だが盾になる者がいれば、その間に味方の応援が期待できる。それが銀狐の時は見事に失敗した。もしあの場にジャクソンがいれば、イルマが君とイリーネの側から離れることもなく、ジャクソンが襲撃者を撃退しただろうし、君が連れ去られるような事態にはならなかっただろう。かえって事件そのものは長引いただろうがね。しかし……」
ミュラーの顔に深いしわが刻まれる。
「我々は、銀狐事件全体がジャクソンか、あるいは他の誰かが仕組んだものではないかということも疑った。ルキーノは君を自然に消す為に操られたのではないだろうかと。銀狐がイリーネを狙うのは理解できる。恨みという動機があるからな。だが、その場に君がいて、君を連れ去るのはいかにも唐突だ」
「……なぜそこまでして……私が、いや、コラム・ソルが彼らになにをしたというんですか?」
呆然と言い返す。
「彗星が来る前まで、あなた方の誰も私たちと接触を持とうとはしなかった。三百年だ。それが名を聞いたとたんにそこまで憎悪されるのはなぜですか? 心を読む精神感応力のせいですか?」
「憎悪か……それともそんな感情はなく、単なる契機、道具として見ているのか。わしにもわからん。ただ、宇宙軍の内部で何かが起きつつある。それは確かだ。サムソンの野郎をとっつかまえて揺さぶればいいというのならやりたいところだが。今、奴はセントラルにいないしな」
サッタールはすっかり溶けてしまったアイスを前に考え込んだ。
自分はもっと積極的にジャクソンの心を探るべきだったのだろうか? 島を出て以来、超常能力を持たない人々を警戒させまいと極力自制してきたのが裏目に出たのか?
「あの、元帥。そのことなんですが」
黙り込んだ二人の前で、アレックスが遠慮がちに腕の時計に目を走らせる。
「実は、宇宙軍の同期から呼び出しがありまして。夕食後の時間ならと返事をしているのですが、外出してもよろしいでしょうか?」
ミュラーは短く訊いた。
「誰だ?」
「エステルハージ宇宙軍中尉です。先日のパーティでたまたま出会って連絡先を交換はしたのですが、明日、トゥレーディアに向かう前に会いたいと言ってきたので」
中尉か、と呟いて、ミュラーは傍らに置いた通信機を手に取った。
「あー、わしだ。サーニー、これから言う人物の身元を調べてくれ。宇宙軍中尉エステルハージ。イルマの士官学校同期だ。……そうだ。所属は……なるほど、そうか……引き続き何か出ないか調べてくれ。それと場所だが……」
目で問いかけたミュラーに、アレックスが慌てて答える。
「決まってません。マレ街三番地の交差点でとしか」
「まだわからんそうだから事前に仕掛けるのは無理だな。だが支援のできる者を配置しろ」
通話を切って、ミュラーは皮肉な笑みを口に浮かべた。
「イルマ。その若造にぜひ会ってこい。何かつかめるかどうかはおまえ次第だ」
「エステルハージが何か?」
「彼は、ロビン基地から彗星の襲来をコラム・ソルが退けたのを目撃した唯一の人間だ。その後すぐに宇宙軍本部に異動している。つまり今のところサムソンのお気に入りということだよ」
「……それが何故私に接触を図ろうと……?」
「そんなこと知るか。おまえから何らかの情報を引き出そうというのか、それとも懺悔でもするつもりか。会わぬうちに考えても仕方ないだろう。すぐにサーニーの配下が来る。彼らとできる限りの打ち合わせをしておけ」
うなずいてアレックスが席を立つ。
サッタールはアレックスが充分に食堂から離れる時間をとってからミュラーに問いかけた。
「私も行っていいですか? イルマ少尉には内緒で」
「エステルハージの心を探ろうというのかね?」
厳しい目がサッタールを射抜く。
「許可はできんな。わしが君に許可を与えれば、海軍の意志とされてしまう。公式には認められていない精神感応力を利用してスパイ活動をしたという」
「しかし。たとえば盗聴だって正式な証拠にはならないのでは?」
「水面下では、目的の為にはいかなる手段も正当化されるものだがね。盗聴器の録音は、公にはできなくても他人の検証に耐えられる。だが君の証言はそうではない。その上、君たちの力に不信感を抱く者たちに余計な火種を与えるだけになるぞ? 君は、私が、あるいは議長が、他人の心を探り他人を操れと命じればその通りにするつもりかね? 自ら兵器になってもかまわないと? それを他のコラム・ソルの人々にも強要する事になってもいいのかね? 何のために四苦八苦して交渉を重ねているのだ」
黙ってしまった少年に、ミュラーは重ねて言った。
「動機も目的もわからないままの相手と戦うのは骨が折れる。だが今は君の力はとっておくことだ。誘拐事件の時のような誰の目にも明らかな緊急事態の時まで」
「でも――そんな、緊急の事態になるのを防ぐことができるかもしれないのに。賭けられているのは私とコラム・ソルの命だというのにっ。ジャクソンにだって遠慮なんかしないで探ればよかった。交流するうちに何かが変わると期待なんかしないで」
自制心の強い少年が、抑えていた激情をあふれさせる。やせた頬に血が昇り、普段は静かな瞳が燃えるように輝く様を、ミュラーは淡々と受け止めた。
「反感を抱かれていると承知していながらそれをしなかった君だからこそ、我々は君を信頼できるのだよ。力は――それが富であろうと権力であろうと、特異能力であろうと、それ自体が時に人の生死を左右する恐怖の対象だ。だからこそ社会はそれらに一定の枷をはめる。軍が恣意で動いたらどうなると思う? たとえそこに正義を唱えるだけの大義名分があったとしてもだ。今、君たちの力には何の枷もはめられてはいない。議論するのすらこれからだ。そんな時に自制できないのなら、わしは君を信用できないし、ましてや一般民衆にとってはなおさらのことだ」
そんなことはわかっている、とサッタールは、両手で額を押さえ何度も唾を飲み込んだ。怒りと不安を押さえ、感情に流されないように。
「……では、私は何もするなと?」
「そうだ。君が、君の中だけにとどまらず、外にその結果を知らしめるような力の使い方をするとしたら、少なくとも……議長の裁定が必要だ。今は我々に任せて、君は君の仕事に全力を注ぎたまえ」
のろのろと頷いて、サッタールも席を立った。少し一人で考えようと思った。