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 ライシガーは、サッタールにショーゴの状態を細かく説明した。ちらちらと光るモニターに幾つもの脳の輪切り画像が映し出されている。


「これが薬品を注入して血液の流れを調べた時の映像です。ほら、ここと……ここ。それからこっちでも流れがいってない。血管を繋ぐだけでは機能の回復は望めません。毛細血管がどこまで生きているか、あるいは新しく作られるかが問題です。血が行き渡れば神経細胞の再生は大いに望めるでしょう」


 サッタールは説明を聞きながらサハルのことを考えていた。彼女ならば開頭しなくてもできたかもしれない。うまくこちらの医術と組み合わせバックアップしてもらえたら。だがそれはとりあえず現実的ではないし、今はライシガーを信頼するしかない。


「手術によっても回復しない場合もあるのですか?」

「あります。手術自体が成功しても神経伝達がうまくいかないことも考えられる。その場合は神経細胞の再生を促す薬品を入れ、また電気パルスで刺激していくことになります。手足や内臓、あるいは視覚や聴覚は人口のものと取り換える技術はあります。だが我々はまだ脳そのものを作りだすことはできませんし倫理的にも問題がある。脳の働きの全てを再現しきれていないことはアンドロイドを見てもわかるかと思いますがね。記憶の再現すら充分ではなく、ましてや人格の形成は不可能です。そして申し上げにくいが、彼の特異能力がどのように発揮されるかの詳細は、種々の検査によってもわかりませんでした。従って今回大脳には触りませんが、施術により影響が出ることもあり得ます、悪い方に」

「了解しました。ショーゴも承知しています。それでも私たちはチャンスにかけたいと思っています」


 ライシガーは落ち窪んだ目でじろりとサッタールを見た。


「全力は尽くします。私もミスター・ショーゴと話してみたい。変な言い方だと思うでしょうが、この三日間、彼の脳波を眺め続けました。活発に動くのを見ていると彼と会話をしているような錯覚に囚われるのだが、実際には何も伝わってこない。大脳のこの部分が働いているならば、今彼は記憶を引き出しているはず。あるいはこの部分なら計算でもしているのか。そんなことを考えはするが、実際彼が具体的に何を考えているのかまでは読み取れはしない。何を考え、何を私に期待しているのかわからない。こんなに活発なのにと思うと悔しいのだ。他の患者と違い君に意志を仲介はしてはもらえますがね」

「あなたは根っからの脳外科医なんですね、ドクター・ライシガー」


 サッタールの微笑みに、ライシガーは口をへの字に曲げて口調を変えた。


「君のことでイルマ少尉が飛び込んできたのは聞いたかね?」

「ああ、はい」

「その後はマクガレイ少将、それからミュラー元帥の令嬢、そして最後は君自身だ。こんな騒がしい病室はない」

「……ご迷惑を……」

「それはいい。人命救助は医師の本筋だ。私も軍医だからね。だが大騒ぎはこれまでにしてもらいたい。君の脳を解剖する羽目になっても全く嬉しくはない」

「もし、私が死んだら、ご自由に解剖してくださっても……」

「君は馬鹿か? 私は嬉しくないと言ったんだぞ。特異能力なんぞ生きていればこそ発揮されるもので、少なくともミスター・クドーの脳の構造は我々と何も変わりゃせん。間違いなく君もだ。解剖よりも生きた君の脳波を眺めたいものだよ」


 サッタールはライシガーのわかりにくい婉曲な励ましを胸にしまった。


「わかりました。では全てが終わりましたら、私の脳波を記念にとってください」

「ふん。飛びきり生きのいい状態でな。手術は明朝九時から行う。君は明日退院するんだったな。病室で待っていても構わんよ。終わりは夕方を過ぎるかもしれんが」

「そうさせていただきます」


 ライシガーは立ち上がったサッタールに手を差し出した。その手はいかにも外科医らしく繊細で大きかった。





 廊下に出ると、アレックスと看護師のチュラポーンが待っていた。


「ちょうどよかったわ。今からミスター・クドーの着替えをしようかと思っていたの」


 チュラポーンは印象的な丸い目を向けてきた。


「家族みたいな方だって聞きましたけど、やっぱり少しの間外してもらえません?」

「もちろんです。ショーゴをよろしくお願いします。彼はあなたに世話をされるのを喜んでいますから」


 チュラポーンは目を見開いてから、くすくす笑う。


「あら。本当にお話できるのね? でも身体麻痺では何をされているのかわからないんじゃない?」

「あなたが喋りかけてくれるのが嬉しくて楽しいようです。手術は明日になりました。彼の身体機能が復活したら、真っ先にあなたの顔を見たいそうですよ」

「がっかりさせないといいけど?」

「しませんよ」


 チュラポーンが上機嫌で鼻歌を歌いながら病室に入ると、アレックスはサッタールを談話室に誘った。




 談話室と言っても、他に誰もいない。ガランとした空間にソファーと飲み物のサーバーがあるだけだった。

「お茶と珈琲、あとオレンジジュースがあるけど、何にする?」

「ジュースで」


 アレックスは気軽に立って、飲み物を紙コップに注ぐ。サッタールの顔色は悪くなかったが、つい二時間ほど前までは意識不明だったのだ。できるだけ休ませたかった。

 礼を言ってジュースを一口すすると、サッタールはぼんやりと視線を宙に投げた。アレックスは向かい合わせに腰を下ろして、珈琲を飲みながらそんな少年をじっと見守る。


「アレックス」


 サッタールが口を開いたのはアレックスの珈琲が半分に減ってからだった。


「少将が言っていた宇宙軍のことだけど。彼らは何故そんなにコラム・ソルを憎むのだろう?」

「憎むというのとは少し違うな。彼らはコラム・ソルのことなんか何も知らない。ただ超常能力者の島だというだけで」

「能力者はそんなに反感を買うものか? 私はあなたというフィルターを通して見ているから、あまりそんな風に感じないのだが」

「あはは。それは光栄だけど……彼らがコラム・ソルにこだわるのは超常能力の為だけじゃない。どちらかと言えばこちら側、軍内部の権力闘争の側面が強いんだよ」

「三軍は同等に中央府議長の統括の元にあるんじゃないのか?」

「そうだけどね。実際にはミュラー大将軍だけが元帥を名乗っている。陸・宙ともに最上位は大将軍だが、陸のラ・ポルト大将軍はミュラー元帥よりも歳が若いのと、元々陸海軍は共同で治安維持に当たっているせいか、反目は少ない。大陸間戦争を共に戦い抜いてきた自負もある。だけど宇宙軍の創設は中央府ができてからだから歴史も新しいし、ファルファーレはまだ他惑星と諍いを起こすほどの力もないからね。宇宙軍には実戦の経験がほとんどないんだ。植民星も無人の星だったし、人員と資材の輸送と最初の基礎的な建設は宇宙軍がしたけれど、その後は植民星総督の警備隊が治安も守っている」

「よくわからないな。実戦の経験なんてなくていいじゃないか?」

「うん。そう思うだろうね。あの島で生まれ育った君にはちょっと理解しにくいかもしれないな。でも俺たちは軍人なんだよ」


 サッタールは信じられないように眉を寄せた。


「あなたが軍人なのは知ってる。でもあなたはとても血に飢えているようには見えない」

「それはどうも。軍人がみんな血に餓えて戦いを欲しているとは言わないよ。そんな集団がいたら怖いさ。ただ……そうだな、人によるだろうけど我々は何かを守りたくて軍に所属している。その手段が暴力的なのは認めるよ。だけどそれが必要な局面はあるんだ。銀狐事件のときのように」


 アレックスは縮れた前髪を引っ張りながら考えた。彗星襲来後のサムソン大宙将の言動。同期のエステルハージの表情が頭に浮かぶ。


「ずっと外宇宙に関しては宇宙軍の独占だった。やはり危険も多いし、高度な訓練も必要だ。それに亜空間航行のできる船は少ない。だけど三年前に民間にも開放されて、トゥレーディアの宇宙港の管轄も来年からは外宇宙局に委譲される。もちろん今でも宇宙を行く船のほとんどは軍のものだ。だけどあと数年もすれば民間船がどんどん増えていくだろう。宇宙軍は、なんていうか……焦っている」

「はっ、確かにコラム・ソルとは何の関係もない話だな」


 呆れて吐き捨てる。


「うん。だから少将も君に言いにくかったんだろう。闘争心は個人だけじゃなくて組織にもあるということだ。彗星襲来時、軍は全く役に立たなかった。特に宇宙軍は彼らのフィールドからの危機に手も足も出なかっんだ。宇宙船も衛星も電子機器の塊だからね。それが全部イかれて使い物にならなかった。要員の生存すら危ぶまれたんだ。それなのにコラム・ソルは自力で対処した。科学技術が超常能力に負けたんだ。それは彼らのプライドを酷く傷つけて……ま、言いがかりだけど」


 言いがかりで滅亡させられてはたまったものではないと、ふつふつと怒りがこみ上げる顔を、サッタールはなんとか紙コップの陰に隠した。


「そうでなくても宇宙軍はプライドが高い、というのが我々の認識でね。士官学校でも成績優秀な者から宇宙軍に任官する。モップで甲板を磨くことも、泥に膝まで浸かりながら行軍することもない彼らのエリート意識は非常に強固だ。一般市民と交流することもないし」


 言い訳のように付け足して、アレックスは居心地悪そうに視線をさまよわせた。エステルハージに対して自分が感じた呆れと憤りを、サッタールはもっと強く感じているだろう。軍という組織に所属しているアレックスには、宇宙軍の事情もわからないではない。しかしターゲットとされたコラム・ソルの少年の前では何とも身の置きどころがなくて落ち着かない。


 一方サッタールは目覚める前にみたアレックスの少年時代を思い出していた。海賊に父親を殺された幼い子供は怒りに燃えていた。その理不尽さに全身を震わせていた。

 この一見暢気に見える男の原点があそこにあるからこそ、アレックスはコラム・ソルとサッタールに心を寄せてくれるのだろう。時に海軍士官という枠を越えてまで。


(ショーゴのこと、役人との交渉、宇宙軍。私には荷が重すぎる……)


 心が沈んで息苦しく感じたサッタールの手に、不意にアレックスが自分の手を重ねてきた。


「正直に言って、君は大変な責任を抱えすぎだと思う。でも、ミスター・クドーのことはドクターに。宇宙軍のことは我々に預けて欲しい。交渉だって、何も君一人が奮闘しなくてもいいんじゃないか? 島に連絡したまえ。ミスター・ガナールがいるだろう? 私は軍という組織に所属しているから、時には命もかけるけど、組織に守られてもいるし仲間もいる。君だって君と荷を分かちあう人間がいるんじゃないのか?」


 珈琲カップを包むように持っていた手は、少し、いや鬱陶しいほど暖かかった。


「あなたはたまに、心を読んでいるんじゃないかと思うことがあるよ」

「間抜けのくせに? 亀の甲より年の功っていうじゃないか。まあそれで言うと、俺は元帥や少将には永遠にかなわないけどな」


 あははと笑って、アレックスは手を引っ込めた。





 差し出された通信機の使い方を改めて教えてもらい、サッタールはコラム・ソルを呼び出した。軽快な呼び出し音が七回鳴って、不機嫌なアルフォンソの声を聞くまで、セントラルとの時差を考えなかったのは、サッタールとアレックスの失敗だった。


「今、何時だと思ってるっ」


 名乗る前から怒鳴られて、サッタールは反射的にアルフォンソの心に触れようとし、その距離の遠さに愕然とした。


「ごめん。邪魔したかな?」

「ああ、邪魔だ。まったく、通信機って奴は無粋な代物だな。念話ならそっと触れてすぐに引っ込むだろうに、遠慮も何もなくチロチロチロチロ鳴りやがって。忌々しい」

「……ごめん。また、そっちが朝になってから」

「馬鹿か、おまえは? 朝なんぞ寝坊してるに決まっているだろうが。これ以上俺の楽しみを邪魔するなよ。で、戻ったんだってな。事件の詳細は女将軍から聞いたぞ」


 声を平静なものに切り替えてアルフォンソはあっさり言った。


「うん。それから明日、ショーゴが手術する」

「ああ。治ったらあいつからもとんでもない時間に通信が入るのか。まあ……ユイの起きてる時にしろと言っておけ」

 低く笑うアルフォンソの心に再度触れようとして、サッタールはもどかしさにため息をついた。

「なんだ」

「いや。あんたの声が間近に聞こえるのに心に触れられないって変だなと」

「そのもどかしさはそっちの人間がいつも感じていることだろう? 慣れろ」

「そう…だな。あと中央府との交渉が始まっているんだけど、発電機は貯蔵している金で支払いたいんだ。現在の金と稀少金属類の貯蔵量とおよその埋蔵量の推測を知りたい。いずれそっちへ調査団が派遣されることになる。発電機設置の為とコラム・ソルの経済力を調べに」

「なるほど。さすがは利益と利得に敏感な中央府だな。海軍さんはさして興味を持たなかったが、中央府自体はそうじゃなかったか。投資するだけの価値があるのか否かといったところだな」

「そう。こちらでは島のやり方は全く通用しない。何をするにも金がいる」

「宇宙なんて行ったら息をするにも莫大な金がかかるからな」


 宇宙軍のことを知らされていないはずのアルフォンソは、知らずに核心をついてくる。サッタールは金とレアメタルと言った瞬間の役人たちの反応を思い出してうなずいた。


「だが埋蔵量か……。貯蔵量は帳簿を見ればすぐにわかるが、埋蔵量の推測となると、ポワイエ兄弟に聞かねばわからんな」


 海底鉱山の管理をしている家の名をあげ、アルフォンソは眉をひそめた。


「あいつらはそれらが高値で取引きできると知ったら腰を抜かしかねんぞ。分離するのに四苦八苦する割に今まで使い道のなかったものだからな」

「そうだな」


 相づちを打って、サッタールはセントラルの街を思い浮かべる。

 ジュース一杯が三百ダラ。サンドウィッチは千五百ダラ。小型コンピューターが十五万ダラ。一方で食堂で働くと一時間で八百ダラ。

 ここでは物も時間も才能も、全てが通貨に換算される。

 そうでなくては多種多様な人間が集まる社会など成り立たないからだ。物々交換と分かち合いのコラム・ソルの方が異質なのだ。その異質さは、もしかしたら超常能力の有無などよりもずっと大きな溝を産むかもしれない。


「ねえ、アルフォンソ。もしポワイエ兄弟が金と稀少金属は自分たちが掘り出したものだから自分たちの物だと言い出したら、どうなるかな? いや、別に彼らがそう言うだろうと思っているんじゃない。だけど……」

「おまえの言いたいことは、ここの人間がそれぞれ自分の能力を金に換算し始めたら、ってことか? そりゃ、間違いなくそうなるだろ。今ではなくても次の世代にはな。俺たちは能力を切り売りするようになるさ。それで成功する者もでるし、失敗して社会から弾きとばされる者もいるだろう。三百年前までがそうだったように」


 コラム・ソルでは能力の多寡はただ尊敬の多寡に繋がるのみで、実際の利益を得るよりも責任の重さを増すだけの代物だった。

 それが変わっていく。

 サッタールは背筋を震わせた。島を変えるということの意味を、もっと気楽に、何か夢のあるもののように考えていた自分の幼さに。


「それで、いいかな?」

「始めちまったもんは最後までやるしかないだろ。しっかりしろよ、サッタール。おまえが交渉役だろ。変化は訪れる。容赦なく。だが俺は、この島は必要だと思っている。弾き飛ばされることのない場所がな」

「なんで私なんだ? そこまで考えているなら、やっぱりあんたが交渉に当たればよかったんじゃないか?」


 アルフォンソの声が一瞬途切れて、サッタールは通信機を耳に押しつけた。小さなスピーカーの奥から、声を殺したアルフォンソの笑う息づかいが聞こえた。


「俺がそっちに行ったとして、海軍さんはおまえに対するみたいに親身になってくれたかねえ? いいか、サッタール。おまえが交渉役だからこそ、奴らはコラム・ソルに肩入れしてるんじゃねえか? 誘拐事件だって、もしその場にいたのが俺だったら、考えるより先に相手をぶちのめして終わったかもしれんが、かえって反感を抱かれたと思うぜ。その上、首謀者は取り逃がしただろうな。まあ、これは結果論だがな。おまえが最適なんだよ、交渉役には」


 そんな風には思っていなかった。自分だからと思ったことなど。

 サッタールは会話の邪魔にならないように新聞を読んでいるアレックスの顔をそっと窺った。本当にそうだろうか?


「そろそろ切るぞ。ああ、今度はくれぐれも時間を確認して連絡しろ。サハルとユイにも喋ってやれ。今はおまえもいっぱいいっぱいでここまで念話を飛ばすような余裕はねえだろ。貯蔵量と埋蔵量はわかり次第連絡する」

「わかった」




 短い返事を確認して、アルフォンソは通話を切りベッドに寝転がった。あの頑ななサッタールが、自分から助言を求めてくるのは珍しいことだった。


「だいぶ弱ってやがるな」


 アルフォンソは、マクガレイから銀狐事件の経過を知らされた時、激怒した。そんな、こっちとは無関係な確執にサッタールを巻き込んだことに。無防備にあの繊細な子供を送り出してしまった自分にも。

 だか、結果として中央府はコラム・ソルに負い目を持つことになり、サッタールもまた事件からあちらの世界を学んだだろう。



 ずっと昔。まだアルフォンソがサッタールの年頃だった時。ショーゴと島の未来について語ったことがあった。

ユイはまだ乳飲み子だった。

 母親をなくした赤ん坊に四苦八苦しながらミルクをやっていたショーゴは、この島はいずれ破綻するとはっきり言った。


「下手をしたら、こいつが島生まれの最後の人間かもしれねえなー」


 器用に赤ん坊を抱く姿勢を変えながら、ショーゴはさばさばと笑った。


「まあしょうがねえな。そしたら外に出るか」

「だが、島の年寄りどもは大反対するだろうぜ?」

「彗星がくる。そしたら年寄りたちだってわかるだろうさ。もうとっくに限界だって。その時にはおまえが長になってろよ」

「俺? 無理だな。俺は壊すのは得意だが作るのはダメだ。島の人間を変える前に、ぶち切れて何もかも放り出しかねんぞ」


 日当たりのいいショーゴの家の庭からは三方に海が見えた。巨大な発電所の建屋が風を遮ってくれる。

 だが、アルフォンソとショーゴの視線は海よりも、庭に広げたむしろの上で、黙々と魚をさばく少年に向けられた。


「彗星がくる頃には、あいつも大きくなってるよなー」

「ああ。島の誰よりも強い精神感応力を持ってな」

「じゃあ、ちょうどいいじゃん? 長はあいつにやらせろよ。きっとスッゲー嫌がるだろうけど。サッタールはなんだかんだで最後のところで人がいいからなー。引き受けると思うぜ」

「おまえ、その笑顔で人が悪いな」

「あんただってあいつを見捨てられないだろ? そしたらぶち切れるのもまあ待てって気になるんじゃねえの?」

「おまえもな。とっとと出ていけなくなるぞ」


 二人は同時に笑いだした。



(ちっくしょー、ショーゴ。早く起きろよ。サッタールを育てたのは半分はおまえだろうが)


 残りの半分の自分の責任を棚に放りあげて、アルフォンソは口の中で毒づいた。

 あの頃はぼんやりとしか思い浮かばなかった現実が、今は目の前にぶら下がっている。


「始めちまったものは、なんとかしねえとな」


 小さく呟いて、アルフォンソはもう一度目を瞑った。夜明けまで、夢を見ないで熟睡する自信はなかった。




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