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第三章 裏切りの空 27

 深い森の中を歩いていた。よく知っている場所。生温く湿った風が頬を撫でる。人の気配に、森に住む小動物や鳥たちがざわめく。その先にあるのは、月の光を受けて銀色に輝く小さな湖だ。クラゲたちの楽園、アマル・フィッダ。


「いつの間にここに戻ったんだ?」


 サッタールは呟いて湖の畔に膝をついた。月が二つとも出ているからだろう。クラゲがゆらゆらと湖面を漂っている。静かな夜だ。夜に咲く花の芳香が鼻をくすぐる。ここにいるときは、なぜか人々の思念も受けずに済む。サッタール一人の世界。

 手を湖に入れてみる。ひんやりとした水が指の間を抜けていく。


 不意に、空が赤く染まった。静寂を破って轟音が耳を覆う。続いて大地を揺るがす衝撃がサッタールを襲った。


「なにが……!」


 アマル・フィッダの魔法が解けて、一斉に人々の思念が大気に満ち、サッタールを巻き込んでいく。


「助けて――っ!」

「熱いっ、熱いよお」

「水を、水はどこだ。目が……」

「身体が、焼けて、溶けて……」


 苦痛、怒り、困惑、叫び、叫び叫び。


『コラム・ソルはもうないぞ、サッタール』


 背中にアルフォンソの声を感じて振り返ったが、そこには燃え上がる森の木々しか見えない。


『アルフォンソ! どこだ? 一体何が……?』

『コラム・ソルは終わった。わからないか? ミサイルの一発で壊滅したのが。俺たちの敵は彗星じゃない。それはトゥレーディアから来る』

『ミサイル? そんなバカなっ! 中央府との交渉はまだ……』

『おまえは失敗したんだ、サッタール。俺たちは炎の中に滅んだ』


 声が消えた。もうすぐそこまで紅蓮が迫っていた。クラゲたちは危険を知らず、まだ湖面を漂っている。

 サッタールはもう一度空を見上げた。


「トゥレーディア? まさか……」


 呟いた時には、下草を伝ってきた炎がサッタールの足を焼き始めていた。





「うわあああああああああああっ」


 自分のあげた悲鳴に、サッタールは目を覚ました。しかしそこは懐かしい故郷ではなく、知り始めたばかりのセントラルでもない。古い港だった。油混じりの波が、埠頭を洗っている。

 子供が泣いていた。男の子が二人。女の子が一人。そして母親が子供たちの肩に手をかけ、棺に覆い被さるように泣いていた。


「母さん。父さんの顔、見せて」


 一番年長の男の子が言った。首を振る母親をしばらく眺めて、男の子はそっと棺の蓋を開ける。サッタールは男の子を通して、その目に映ったものを見た。

 酷く損傷した肉の塊が汚れた包帯に包まれていた。男の子の心に、湧きあがる怒りに、サッタールはたじろぐ。こんな小さな身体によくもこれだけの感情を詰め込んだものだ。


「父さんは……父さんは……」


 その先の言葉が続かず、肩で息をする男の子の腕に、母親が触れる。


「あんた達の父さんは、勇敢に戦ったんだよ」

「父さんは兵士じゃないじゃないかっ」

「そう。でも船長だから。積み荷と船員を守って最後まで……」


 嗚咽に母親が面を伏せる。


「……母さん。僕……僕はいつか軍に入るよ。それで敵を討つんだ。父さんにこんな酷いことをした奴らを、絶対に許さない」

「ああ、アレク。あんたはそんなこと思わなくていいの。母さんの側にいて……」

「いやだ。偉い軍人になって、それで……」


 男の子の食いしばった歯の隙間から、唸るような泣き声が漏れた。


(これは……アレックスの過去か?)


 サッタールは呆然と男の子を見つめた。脳天気で間が抜けていてお人好しで、軍人らしくない男。それがこんな激しい思いを隠していたとは。


(過去と、未来を見てたのか、私は? それではあの未来はどういうことだ?)


 サッタールはまた空を見上げた。三日月のトゥレーディアが細い光を投げていた。




(今はどこだ? 私の生きている今に戻らなくては……そうだ、アレックスのいるセントラルに)


 目を瞑って呼吸を整えると、その当人の声が聞こえてくる。


「命令違反じゃないぞ。俺はちゃんとサッタールの心の声を聞いたんだ。突入するのはあの瞬間しかなかったじゃないか」

「ええ。結果オーライですね。私はGOと言ってませんでしたが」

「コンマ一秒ぐらいの差だったはずだ」

「軍では命令が絶対とご存じのはずですが? あなたも部下を持っていたでしょう?」

「……ジャクソン曹長。悪かった。なんなら軍法会議にでもなんでも告発してくれていいぞ」

「そうイルマをいじめてやるな、ジャクソン。イルマはおまえを信頼していたんだろう」


 マクガレイが笑いながら仲裁に入る。


「膝を撃ち抜いたのは少将でしたね。よくあの位置から撃てたものだ」


 ジャクソンが心なしかむくれたように言った。


「当たり前だよ。サラの経歴を知ってるだろう? 女性初の特殊部隊スナイパーだったんだからな」


 元帥が満足そうに答えた。


「ねえねえ、そんなことより、この人は実際になんて言ってたの? イルマしか声を聞けないなんて変ね。もしかして恋人なの?」


 アレックスが飲みかけていた茶を吹き出して真っ赤になる。


「なんてことを、イリーネ嬢! もちろん違いますっ。……あのときはですね、彼はこう言ったんです。彼女を守れって」


 今度はイリーネが真っ赤になる。まあ、と言ったきり両頬を隠すように手を当てた。


「それで、彼があいつを足止めしてくれたおかげで、私が突っ込んで行けた訳ですが」

「私の命令もなく」


 ジャクソンがまた蒸し返した。



 サッタールはそんな会話をぼんやりと聞いていた。目を開いたらまた夢かもしれないと思うと、怖かった。


『何が怖いって?』


 トントンとノックするようにショーゴの思念が問いかけてくる。


『起きろよ、サッタール。ここは病院の俺の病室。無理矢理おまえのベッドも入れたんで、せっまいらしいぜ?』

『病院?』

『そう。おまえ、この二日間ぶっどおしで眠ってたんだよ。ああ、ついでに、俺の意識が起きてるのもバレバレだよ。ライシガー医師が一人で責められてたから、おまえも頭下げとけよなー』

『何でバレたんだ?』

『さあ、イルマがここに来たからじゃね? あー、おまえ薬漬けでよく覚えてないか、もしかして? おまえが誘拐されて接触がないからって、イルマがアルフォンソに電話して。で、アルフォンソがイルマを俺んとこに寄越したんだよ』

『それは聞いた、気がする』

『その挙動不審でピンときたおっかねえ女将軍がやってきてよー。動けねえ、喋れねえ俺に向かって言ったんだよ。もし本当は意識があるなら、そしてコラム・ソルの人間同士が繋がる方法があるなら、おまえに力を貸してやって欲しいってな。そんでベッドの脇で作戦をぺらぺら喋ってさー。おまけになんか元帥のお嬢さん? を置いて行っちゃって』

『じゃあ、あの時のイリーネ嬢の声は、ここから喋っていたのか』

『そうそう。迫真の演技だったよな。なあ、お嬢さんって美人?』

『さあ。どうかな。私はチェラポーン看護師の方が好ましいと思うが』

『そっかー。そうだろうなー。お嬢さん、わがままっぽいもんな』


 笑って、ショーゴはサッタールの心を、肩を揺するように揺さぶった。


『さあ、起きろよ。そんでそろそろ俺の手術の手配にでも働いてくれ』


 サッタールは微笑んだ。ショーゴは恩に着せられるのが嫌いなのだ。


『ありがとう、ショーゴ。助かった』


 ショーゴの答えはなかった。その代わり、現実の肩が強く揺さぶられる。


「いつまで狸寝入りしてるつもりだ、少年」


 慌て気味に目を開くと、マクガレイの怖いような笑顔があった。


「マクガレイ少将。そんな病人に乱暴な……」


 アレックスの抗議も女将軍には通じない。目が合ったとたん、胸ぐらを掴まれ引き起こされる。


「うるさいぞ、イルマ。貴様は軍法会議十回分ぐらいはお目こぼしされているだろうがっ。黙っとけ」


 マクガレイはサッタールの顔色をじっくり見て、ふんと鼻を鳴らした。


「気分はどうだ?」

「はい、ありがとうございます。悪くはないようです」

「医師の話では、呼吸中枢が麻痺して死んでも不思議ではない量の薬を打たれていたそうだが。さすがに若いな。で、そこの狸寝入り一号とはもう話したのか?」


 一号って……と思って、ちらりと隣のベッドを見る。ショーゴはやはりぴくりともせず寝ていた。


「彼の場合は狸寝入りとは少し違うかと」

「ほー、そうか。だが意識があることは黙っていたのだな?」

「ええ、まあ」


 曖昧に答えて、サッタールは自分の胸元のマクガレイの手にそっと触れた。


「放してもらえませんか?」

「まだいろいろ喋ってもらわねばならんこともあるのだが」

「女性にこんな風にされると落ち着いて話すこともできません」


 アルフォンソを見習ってしれっと微笑んでみせると、マクガレイはうっかり不味い物を口にしたような顔で渋々手を放した。


「口がずいぶん滑らかになったようだ。コラム・ソルの男は皆そうなのか?」

「アレックスとの関係を疑われては、彼に迷惑でしょうから」

「私をカモフラージュに使うのか? たいした度胸だ」


 ちっと舌を打ったマクガレイは、イリーネを振り返った。


「さて、お嬢さん。これで見舞いも済みましたのでそろそろお帰りを。ジャクソンと部下に送らせましょう」

「え? だって、この人やっと目を覚ましたのよ。それにわたくしはまだ何も喋っていないわ」

「まだ病人です」

「あなたたちは?」


 イリーネは胡散臭そうにマクガレイとアレックスを交互に見た。


「イリーネや。彼らはまだ仕事があるんだよ。わしと一緒に帰ってうまいお茶でもせんかね? ジョットがカスタードを作っておるはずだ」

「あら、お祖父様も帰るの?」

「わしぐらいに偉くなるとな。仕事は部下に任せるものだ」


 イリーネはどうしようかと迷うようにサッタールに目を移した。その瞳が少女の心を雄弁に語っていた。本当はとても怖かったのだと。でもその恐怖は祖父の前では見せられないのだと。

 サッタールは少しだけ眉を上げ、手を差し出す。


「イリーネ嬢。退院したらゆっくり話しましょう。助けてくれてありがとう。あなたの勇気に感謝します」

「わたくしは何もしてないわよ? お芝居しただけだわ」


 つんと頭をそびやかしたが、それでもサッタールの手をぎゅっと握った。


「……早く退院できるといいわね」

「私は口が悪いので、またあなたを怒らせますよ?」


 くすっとサッタールが笑うと、イリーネはますますつんと顎をあげる。


「いいわ。いくらでも受けて立つわよ」


 若い二人を興味深そうに見ている大人たちに気がつくと、イリーネはそそくさと元帥の背を押して出ていった。音もなく滑るようにジャクソンが後に続く。




 ドアが閉められると、マクガレイは一呼吸おいてから表情を改めサッタールに尋ねた。


「で。ミスター・クドーはここで話されることは全部聞こえているのだな?」

「はい。ずっと伏せておりまして申し訳ありません。ドクター・ライシガーには私から黙っておいてくれるように頼みました。どうか彼を責めないでいただきたい」


 サッタールも背筋を伸ばす。動くとまだ身体の節々が痛んだが、頭はすっきりしていた。


「まあ、いい。そちらの事情も推察はできる。実際にこんな事件が起きるようでは防御的になるのも当然だ。中央府には改めて伏せておく」

「ありがとうございます」


 さて事件の経過と今後のことだが、と前置きして、マクガレイは銀狐事件の処理について話し始めた。

 首領のルキーノは死亡。セントラルに潜伏していた一党の四分の三は警察に捕らえられたこと。残りは逃走したが、しばらくは何かをしでかす余力はないとのこと。


「大陸沿岸の海賊たちの中にも銀狐の流れを汲む者もいるしな。すべてが終わったわけではないが、当分は大丈夫だろう。ただ、銀狐がコラム・ソルに注目したからには、安全確保の為、コラム・ソル付近に艦隊を巡回させたい。これは既に私からミスター・ガナールに話して承諾を得ている」

「アルフォンソと話したのですか?」

「とんまなイルマが君のことで連絡してしまったのでな。事情も説明せず放置するわけにはいかん。今、必要なのは不信感ではなく、信頼を積み重ねることだ。あとで君も連絡するがいい」

「はい」


 アルフォンソは怒っているだろうなと思いつつ神妙にうなずく。


「中央府との交渉は、君の体調を鑑みて、半月後から再開する。まあ、それまでに君もいろいろ準備したいだろう? 官僚たちは軍人とは違ってどんぶり勘定を毛嫌いするからな。イルマから申請があったが、君の部屋にコンピュータを設置した。あと海軍所蔵の図書は部外秘のものを除き自由に閲覧できるように手続きをとってある」


 マクガレイはサッタールを疑わしそうな目で見た。


「海軍は君の安全の確保には最大限注意を払うが、交渉そのものには口出しできん。そこの狸寝入り一号とも相談しながら進めるといい。いっそのことコラム・ソルに海軍基地を建設してしまうという手もあるのだがな。そうすれば官僚の横やりはだいぶ排除できるが、まあ、それは先の話だ」


 コラム・ソルを基地にという案の利点と欠点についてざっと頭にメモをする。マクガレイ少将は、元々明瞭な思考の持ち主だが、サッタールと話す時、ここまでは知られてもいいという境界がはっきりしていて、それ以上のことは深く考えない。


(器用な人だな)


 彫りの深い横顔に隙はない。そこは官僚たちとは大きく違っていた。


「最後に。これはまだ真相が掴めていないのだが」


 マクガレイが顔を真っ直ぐに向けた。


「公表していない事実がある。ルキーノは、君を連れて潜伏場所から下水道を通って海に出て、元帥の邸宅に向かった。そのルートを取るかもしれないと私たちは想定していたし、できれば街ではなく元帥宅でことをすませたいとも考えていた。だから下水道にも武装した小隊を置いて、確実に彼がそちらに向かわせる計画だったのだが……」


 マクガレイは視線をサッタールから壁に向けた。


「出会ったら、適当にやりあった末に人質の安全に配慮したふりをして撤退しろとな。実際そうしようとしたが、途中で邪魔が入ったのだ。謎の小隊が現れて、君もろともルキーノを爆殺しようとした」

「どういうことですか?」

「私はどの部下にもそんな命令は下していない。だから海軍所属の兵士ではないことは確実だ。そいつらは狭い下水道で閃光弾を使って照準を合わせた上で、迫撃砲まで持ち出していた。もし発射されたら、君とルキーノどころかこちらの部隊も吹っ飛んだだろうな。下水道としては大きいとはいえ、たかが半径二メートルしかない空間だ。避けようがない。ただルキーノに対峙していた小隊とは別の海兵部隊が、その謎の小隊の背後から迫ったので、そいつらは諦めて撤退した」


 その頃サッタールは、ほとんど意識のない状態にいたから、そんな切迫した場面が展開されていたとは全く気づいていな

かった。


「あなたの部下に死者は?」


 思わず訊くと、マクガレイは驚いたように視線を戻し、ふっと笑った。


「君はいい子だな、少年。ルキーノと謎の部隊に挟まれた隊から重傷者は出したが、死んではいない。ラッキーなことに。そしてこれは、君が人質になっていたとはいえ海軍の戦いだ。君が思い煩わなくていい」


 そう言われて納得できはしなかったが、その思いは口にせず、サッタールは目で先を促す。


「そいつらのターゲットが銀狐だったのなら問題はない。だが、元帥も私もそう考えてはいない」


 マクガレイは低く続けた。


「今まで島から出たことのない君をこちらの者が個人的に狙うなどあり得ない。だからターゲットはコラム・ソルだ。しかも相手は、銀狐のような有象無象の集団ではなく、少なくとも訓練を積んだ軍隊だ」

「正体に予想は?」

「推測しかない」

「推測はできている、ということですね」


 マクガレイはわざとらしく窓から外を見ているアレックスに視線を向けた。サッタールは、そのアレックスが心で一心に元素記号を唱えているのに吹き出しそうになる。


「アレックスにも口止めを?」

「しても無駄か?」

「彼は友人です。友人から無理に思考を盗むようなことはしたくない。ですがコラム・ソルを壊滅させたい勢力があるなら、それはぜひ知っておきたい。あなたがおっしゃってくださらないのなら、私はあなたの記憶をこじあけるしかありません。あるいは元帥の」


 マクガレイはおもいっきり顔をしかめた。


「君は礼儀正しい少年だと思っていたのだが?」

「ありがとうございます。しかし背に腹は代えられませんし。礼儀正しいままでいさせたいのなら……」

「面倒くさい能力だな」


 文句を口の中で吐き出して、マクガレイはいきなりサッタールの頬をぐにゅっとつまんだ。


「いっ…痛いですよ……」

「いいか。これはあくまでも推測だ。証拠はなにもない。状況からみるに、というだけだぞ。我々が考えているのは、宇宙軍だ」

「……うちゅー……」


 思い切り頬を捻られたまま繰り返す。


「こんぎょは……?」

「根拠なんかあるか。というかいろいろ複雑で私からは話したくない。知りたいならイルマに聞け」


 手を放すとサッタールの左頬が赤く染まっていた。それを愉しそうに眺めてマクガレイも席を立つ。


「女を口説くには五年は早いぞ、少年。私を全面的に籠絡するなら髭を生やしてからこい」


 痛みの残る頬を撫でて、サッタールは肩をすくめてみせた。髭だってちゃんと生えてる。ただまだ濃くないだけだ。


「元帥は立派な髭をお持ちですからね」

「ふん。髪はだいぶ、お薄いがな」


 惑星ファルファーレ軍人の最高位に立つ将軍をあっさり酷評して、女将軍はまだ空を見る素振りを続けている配下に命じた。


「イルマ。貴様は一日二十四時間、寝てても起きててもこちらの青臭い生意気なご友人にぴったりくっついてろ――二度目の誘拐があったら貴様の首を文字通り飛ばしてやる」

「イ…イエス・ダム」


 慌てて姿勢を正したアレックスは、型どおりに敬礼で答えた。それを確認もしないで、マクガレイは足音も荒々しく出ていく。海軍本部では仕事が山積しているのだろう。

 アレックスはほーっと息を吐き出して、照れくさそうに笑った。


「ありがとう。気が楽になったよ」


 元素記号が途中で思い出せなくなってねと内心で続けるアレックスに、サッタールも微笑み返した。それからショーゴにそっと話しかける。




『聞いてただろ? いろいろ忙しくなりそうだけど。まずはあんたの手術を頼まなくてはな』

『……混み入ってんなー。なんなら俺はしばらくこのままでも構わないぜ?』

『違うよ、ショーゴ。あんたが最優先だ』


 もし交渉が不調でも、コラム・ソルの運命がどうなっても、ショーゴが回復すればサッタールがセントラルに来たことは

無駄に終わらない。たとえ自分が殺されるようなことになったとしても。


『そもそも、その為に来たんだからな』

『……身体が動くようになったら、俺もちっとは役に立てるかな』

『今だって。私を助けてくれたじゃないか』

『いただけだろ? でも、そんじゃまあ……頼むわ。この目でこっちの世界も見たいしな。チュラポーンの顔もさー』


 飄々と答えたが、ショーゴの心の奥には不安があった。それには気づかないふりをして、サッタールはアレックスを見上げる。


「まずはドクターと話し合いを持ちたいんだが。いいかな?」

「君の行動にはなんの制限もないよ。入院も明日までと聞いているし」


 アレックスはサッタールとショーゴを見比べて言った。


「俺からもミスター・クドーに礼を言っておいてくれないか?」

「自分で言えばいい。耳は聴こえている」


 一呼吸ついて、アレックスは力なくベッドにおかれたままのショーゴの手を取る。トルネード号でもどこでも、アレックスの態度は変わらない。


「ミスター・クドー。協力してくれてありがとう。私もあなたの回復を願っている」

『あ、ああ。まあなー。サッタールをよろしく頼むな。こいつ不器用だからよ。綺麗な顔してるくせに性格悪いし態度でかいし。その上後ろ向きでクヨクヨするし、本当は甘えだがりでさー。まあ、メンドクサいけど目を瞑ってやってくれな。……って伝えろよ、サッタール。一言一句間違えなくなー』

『知るか。自分で言えっ』


 ショーゴのクスクス笑いを無視して、サッタールは慎重に床に足をおろした。両手首と両足首には包帯が巻かれている。縛られていたときにかなり傷ついたのだろう。

 それでも立ってみて、どこもふらつく感じがしないことに安堵する。


「ドクターの部屋に行く」

「ああ、ついて行ってもいいかな。命令もされてるしね。私は廊下で待機しているから」


 アレックスは丁寧にショーゴの手を布団の中に戻した。




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