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 ぎくしゃくしつつも大きな問題もなく、トルネード号は、ペレス基地でいったん給油を終えた後、ヴェルデ大陸とブルーノ大陸の間の狭い海域を通り抜けた。

 地図では知っていたが、中央海の狭さにサッタールは驚いた。天気が良ければ必ず四方のどこかに陸地が見える。


 そして、いよいよ眼前に迫ってきた人工島セントラルは、想像していたのよりも遙かに大きかった。遠目に四つの大陸旗とひときわ大きなファルファーレ連合旗が風に翻っているのが見えた。南端の砲台から礼砲が撃ち放たれ、トルネード号からも返礼の為の機関砲が火を噴く。


 その轟音の中、上甲板からセントラルの姿を熱心に見つめるサッタールに、アレックスはくすりと笑った。


「考えてたのよりもデカいって思っただろう?」

「驚いたな。あなたまで念話を使えるようになったのか?」

「あはは。君の顔を見たら誰でもわかるよ。なあ、ジャクソン」


 話しかけられてジャクソンはあからさまに嫌そうに答えた。


「田舎者はたいてい驚きますからね」

「俺も初めて見たときは驚いたもんな。ブル大陸の南の端っこから来たからね。これが人工島なんて嘘だろって思ったよ」


 アレックスがあっけらかんと答えたので、ジャクソンはまた鼻を鳴らした。


「セントラルは一つの島かと思っていたけど、違うんだな」


 サッタールは接岸しようとしている南港の反対側を指さした。細長いセントラルの西側を囲むように、もう一つの島が見える。


「うん。でもあっちは自然の島だよ。ただ士官学校しかないんだ。あの広い敷地丸々」

「学校が一つだけ?」


 驚きを新たに問い返すと、アレックスは切れ長の目を細めた。


「そう。学校と言っても軍人養成所だからね。訓練の為に何日も野宿しながら山を登ったり駆け降りたり、海に放り込まれたりもする。座学もあるけど」


 すらりとしたアレックスの身体は、いかにも兵士といった風貌のジャクソンと並ぶと華奢にすら見える。


「あなたもそれをやったのか……?」

「そりゃあね。一応、あそこを出てるからね」


 懐かしそうに答えるアレックスの後ろから、ジャクソンが付け加えた。


「士官学校は各大陸にもありますが、セントラルはその中でもより抜きのエリートしか入れません。家名や出身はいっさい考慮されない実力主義の場所です」

「エリート、ねえ……まあ、そうは見えないだろうな」


 頬を赤くしたアレックスは、カリカリと首の後ろをかいた。確かに顎の下の髭の剃り残しや、帽子からぴょこぴょひはみ出た髪を見れば、とてもそんなエリートには見えない。

 そっと後ろのジャクソンの表情を窺うと、うっかり目が合ってしまい、サッタールは急いで視線を元に戻した。

 その厳つい顔には、やはり苦虫を噛み潰したような表情が貼りついていた。



 セントラルに入港してしまう前にと正装に着替えると、アレックスがにこにこしながらサッタールにベルトと短剣を差し出した。


「荷物は他の者に運ばせるから、君は何も持たなくていい。ミスター・クドーと一緒に上にあがるだろ?」


 ひっそりと病院に運ばれてしまうよりその方がいいと、アレックスの目が告げていた。


「ありがとう。それから、公式の場では私もあなたも言葉に気をつけたほうがいいでしょう、イルマ少尉」

「あ、うん……そうですね、ミスター・ビッラウラ」


 緩みかけた頬を引き締めて答え、アレックスは姿勢を正した。


「では医務室にご一緒しましょう」


 うなずいて先にたつと、アレックスと肩を並べてジャクソンも黙ってついてくる。もう慣れてしまった二人の気配をサッタールは無意識に感じながら、これからのことを考えた。


 コラム・ソルを出て以来、一度も連絡をとっていない。まだ何も始まっていないのだから相談すべきことなど何もないのだが、通信機が手に入らなくても、アルフォンソとは話したかった。

 ショーゴは側にいるものの、治療が始まれば念話もできるのかどうかわからない。

 改めて、自分は一人なのだ、と思った。




 港では緋毛氈に演台がしつらえられ、中央府議長が政府、議会、軍の幹部を伴って待っていた。ひっそりと交渉に入るのだとばかり思っていたサッタールは、甲板からそれを眺めて、隣に立つマクガレイ准将を小さく非難した。


「クドーを早く休ませてやりたいのですが」

「君が彼をこの場に引っ張り出したんだろうが。まあ公式の場で議長から言質を取るチャンスだがな。議長は派手なスタンドプレーが好きだ。三百年もの間交渉がなかった伝説の民族と自分の代で和解融合して、ファルファーレはまた一つ新しい時代の幕を開けるのだとかなんとか、そんな演説をぶちあげたいのだろう」


 ほとんど唇を動かすことなく、自分たちの最高指導者をこき下ろして、マクガレイは片眉を上げた。


「私なら、公衆の面前では議長に花を持たせておく。へりくだる必要はない。そんな相手に優位に立っても議長の威光は高まらんからな。まあ、うまくやれ、少年」


 ありがたい忠言を胸に納め、ストレッチャーのショーゴに意識を振り向ける。


『どうやらパフォーマンスが必要らしい。悪いがあんたをダシに使わせてもらう』

『せいぜい同情を買うネタにしてくれ』


 今日は薬が抜けているのか、ショーゴの意識は明瞭だった。


『誇り高い民族の若き長が、盟友の病の為に遙々と波頭を越え、強大な敵に膝を折る。その心情やいかん。寛大にして優れた指導者である時の議長は、少年を暖かく歓迎し、共に未来を築こうと肩を抱き寄せ、大衆は喝采する。と、まあ、そんな流れだな』

『……あんたが演説するべきだったな』

『やれよ、サッタール。歴史に名が残るぞー』


 うんざりした気分を更に打ち砕くように、海軍音楽隊が勇壮なマーチを演奏を始めた。


『アルフォンソや俺じゃあ、反感を買うか失笑の元になるばかりだからな。サッタール・ビッラウラしかこんな舞台で踊れないだろ?』

『せめてステップを間違えないように気をつけよう』


 港には好奇の目が満ちていた。全員が、現れた少年が突然何かに変身して見せたりしないかと期待するように、見つめてくる。


 風変わりな民族衣装に身を包んだ少年は、ストレッチャーを従えるように堂々と歩いてくると、議長が口を開く一瞬前に手を組んで膝を折る。頭を垂れたにもかかわらず、その姿は少しも卑屈さを感じさせない。


「初めてお目にかかります、ジェーコフ連邦中央府議長。私はコラム・ソルの長の名代、ユセフ・ビッラウラの息子にしてコラム・ソルの前代の長、サッタール・ビッラウラです。この度は、中央府及びジェーコフ議長の寛大なるお招きに応じて参上いたしました」


 機先を制されて、議長はぴくりと眉を動かしたが、すぐに満面の笑みを作った。


「ようこそ、おいでになられた、ミスター・ビッラウラ。遙か古に袂を分かった同胞に、再び巡り会える日がくるとは実に喜ばしいことだ。どうか頭を上げられよ。そしてファルファーレは一つなのだという証に、私の抱擁を受け入れてくれ」


 サッタールが強力な精神感応者で、他人の意志すら操ることができると事前に情報があったはずなのに、議長は大きく両腕を広げて見せた。


 超常能力などを恐れてはいない。繁栄の一途をたどるこの惑星の最高指導者として、自信あふれる姿を大衆にアピールせねばならない。複雑怪奇な派閥間の水面下の抗争を勝ち抜いたジェーコフ議長は、自身が人民憲章の象徴であることを印象づけるのだ。

 抱擁は一瞬だったが、サッタールはその心にある一筋縄ではいかないしたたかさに舌を巻く。


(いろいろな人間がいる)


 議長の大胆な行動の陰で、両側に並んだ要人の後ろに目立たぬように控える護衛たちが、殺気を放っていた。当然の用心だろうが、その目立たないはずの挙止も感じ取ってしまうサッタールにとっては、背中に銃口を押しつけられているのに等しい。

 それでもサッタールは笑顔のまま議長を見返した。


「礼儀もわきまえない若輩の私に対する御厚情に感激いたしました。もしよろしければ、私の兄とも慕う友人を紹介させてください。こちらがショーゴ・クドー。コラム・ソルの最高のエンジニアです」


 手で指し示した先のストレッチャーに、集まった群衆の喝采がやむ。


「私たちが大海の孤島に閉じこもっている間に、三百年という時が過ぎました。内にばかり目を向けている間、四大陸とセントラルの発展は目覚ましく、私などは目を見張るばかりです。そこで、事故で人事不詳に陥ったこの大切な友人を、中央府と議長の慈悲のお心に託したく、連れて参りました。どうか、ジェーコフ議長……」


 わざと言葉を切ったサッタールに応えるように、議長は大げさな身振りで驚きと同情を表した。


「これは申し訳なかった。御病人をいつまでも遮るもののない港でお待たせする訳にはいきませんね」


 すかさず秘書が前に進み出て、既にセントラル海軍病院では受け入れ体制が整っている旨を述べる。議長が大きく頷くと、きっちりと制服に身を包んだ海士たちがストレッチャーをしずしずと押していく。


「議長の演説が終わるまで、君は我慢してもらえるかい? それが終わったら我々もすぐに病院へ向かう」


 背中からアレックスが低く耳打ちして、サッタールは議長に視線を向けたまま首肯した。


 演台の上に立った議長が、滔々と演説を始める。植民時代から始まるその語りは、中央府としての公式見解であり、七百年の間に生きた個々の人間の哀感は影をひそめ、代わりに華々しい発展の軌跡に置き換えられる。


「……再び、外宇宙に飛び出し、勇敢な探険を始めた我々だが、それでも等しくファルファーレの子である。美しい海、豊かな大地が我々を育み、二つの月が我々を見守る、ここが我々の唯一の故郷だ。今また、同じ海と空を分かちあってきた我々の兄弟たちが手を差し出している。この手を温かく握り返すことこそ、ファルファーレ人民憲章を掲げる我々の責務だ。諸君、そうではないか?」


 一斉に拍手がおこり、その音と群衆の醸し出す熱気にサッタールは目眩を覚えた。

 ここには一体何人の人間が集まっているのか、サッタールには見当もつかなかったが、少なく見積もってもコラム・ソルの全住民の三倍はいるだろう。

 議長の演説に酔いしれた思念が頭蓋を揺らす。


(なるほど、これが惑星の最高指導者のアジテーションというものか)


 こぼれそうになる冷笑を注意深く胸に沈め、熱気に応える指導者の姿を目に焼き付ける。


(たった七百人の人間を説得するのに何年もかかった私とは大違いだな)


 明日から一人で、この人物とやり合うのかと思うと、孤独が身に染みた。




「ミスター・ビッラウラ。車の用意ができています。ひとまずミスター・クドーの病院に向かいましょう」


 アレックスのはっきりとした声が、サッタールの物思いを破る。


「ご案内しましょう。こちらです」


 サッタールをダシにした議長のパフォーマンスは終わったようだった。

 アレックスの青い目が、心配そうにのぞき込んでくる。


「ありがとう」


 そっとその場を離れると、港湾施設の陰にジャクソンが車を回して待機していた。


「報道陣はまだ議長に注目していますから、抜けるなら今の内ですね。まあ、行き先は知られているので、どちらにしても追いかけてくるでしょうが、病院内までは立ち入れませんから」


 素っ気ない説明に、後部座席に乗り込んだサッタールは目を瞬かせた。


「報道陣? 誰を追っているんだ?」

「君だよ。夕方までには君のブロマイドがネットで取り引きされるだろうしね」

「ブロマイドとはなんだ? なぜ私なんだ?」


 助手席に座ったアレックスに説明は任せて、ジャクソンはさっさと車を出した。倉庫の間の人気のない道を選んでいる。


「君の写真ゃ映像が売りに出されるってことだよ。もちろん新聞やテレビも報道するだろうがね。なぜ君がかっていうと……」


 言葉を探すアレックスに、サッタールはますます怪訝そうな顔をした。


「まあ、なんて言うか。いわば君は伝説の島の王子様的な扱いで、しかも友人のために長年の確執を乗り越えてきたドラマの主人公なんだよ」


 言葉の意味は理解できても、言わんとするところがさっぱり掴めない。視線をバックミラーに映っているジャクソンに移すと、無愛想な男は冷たく吐き捨てた。


「猿山の猿の猿芝居を無責任にはやし立てたいってところでしょう。所詮、シナリオを書いた議長がヒーローですがね」


 こちらの方が理解しやすい。思わず頬が緩む。


「私もそのシナリオに乗ったのだから、確かに猿芝居だな。別に目的が達せられれば構わない。必要なら涙の一つぐらいこぼしてみせるさ」

「気をつけた方がいい。議長は両刀遣いです。隙を見せたら涙一つでは収まりません」

「ジャクソンッ!」


 ジャクソンが続けて酷評し、アレックスが声を荒げた。


「下らんゴシップはやめておけ」

「アイ、アイ・サー」


 ジャクソンは口を閉じたが、アレックスの思念は怒りでいっぱいだった。それをサッタールは不思議に思う。

 この身一つで、ショーゴの治療と島の設備の充実、未来の能力者たちの処遇が買えるなら安いものだ。サッタールにはそれがアブノーマルだという概念はない。


 しかし、新しい情報を吟味する間もなく、アレックスが助手席から身を乗り出すように振り向いて、手を掴んだ。


「ジャクソンの口車に乗ってはいかん。君が納得して、君一人がその結果を被るならいいが、ここの人間は、コラム・ソルの住人全員をそういうものとして扱いかねないぞ」


 真摯な忠告であることは、触れられなくてもわかった。アレックスの視線を避けて、そっとジャクソンの思考の表面を撫でてみたが、護衛の頭はもう道順とこれからの予定で占められている。


「ありがとう。軽々しい行動はしないと誓おう」


 サッタールの返事に、アレックスは手を離してまた前を向いた。その耳が、まだ怒りの為か赤かった。


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