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 二日目。意外にもマクガレイ准将の一行に艦の軍医が加わっていた。いったん艦に向かったサハルも戻ってきている。


「昨日、ミズ・サハルから申し出があってな。倒れたという病人を診せてもよいだろうか?」


 サッタールは向こうから示してくれた好意に、深く頭を下げた。


「心から感謝申し上げます。ショーゴ・クドーはこの島になくてはならぬ人物です」

「エンジニアだそうだな。心で物を操る島のエンジニアとは興味深い。私もその彼の回復を祈っている」


 闊達な笑顔で応じたマクガレイは、軍医がサハルに案内されて行くのを見送ると、島の代表者二人に向き合った。


「さて、昨日はこちらの事情を述べたのだから、今日はそちらの話を聞きたい。第一に、我々はただ闇雲にこの島に押し掛けたのではないつもりなのだが? ここにいるイルマは、ミスター・ビッラウラからメッセージを受け取ったと主張している。通信ではなく、心から心へのメッセージだな。これが単なる夢ならばお笑い種だが、昨日はミスター・ビッラウラもこれを認めた。イルマは、そちらが中央府と話をしたいと、聞いたそうだが?」


 アレックスの顔が心配と安堵の間を行ったり来たりしているのを横目で捉えてから、ひたと据えられたマクガレイの視線を、サッタールは無表情に見返した。


「ええ。確かにそのメッセージは私が送りました。あなた方に事情があるように、私たちにもあります。切実な」


 アルフォンソがわずかに身じろぎをした他は、誰も口を挟まず、少年の言葉に聞き入る。


「このすぐ横に発電所があるのはお気づきでしょう。そしてそれが冷えきって稼働していないのも。このあたりには海底火山があり、あれはそのマグマの熱を利用した地熱発電所です。電力は海底鉱山から鉄鉱石をはじめとした金属を採取し、また精錬から加工まで行うのに必要なものだ。何しろここは外との行き来が全くない孤島なのですから。タービン立屋に一歩入れば、技術者ならばすぐに気づくでしょうが、あれは三百年前に私たちの先祖が作り、延々と保守してきたものです。この三百年という長い年月を我々の生活を支えてくれました。それが壊れたのが約ひと月前です」

「ひと月前? 彗星のせいではないのだな?」

「違います。彗星の襲来からは守りました。ですが年月による劣化からは守れなかった。この三百年、あれは修理に修理を重ねてきました。取り替えねばならない部品を一から作り直し、熱で割れそうになるパイプを継ぎ接ぎし。しかし海底の鉱物もたやすく採れる物は少なくなり、補修にかかる労力は増すばかりになってきました」

「ちょっと待ってくれ。補修といってもどうやって……」


 アレックスの質問にサッタールはうなずく。


「堅い地殻に穴を掘り、数千度を越える熱に耐えるような重機もロボットもなく、ですか? 昨日アルフォンソが言ったはずです。力には様々な種類があると。金属や電子機器と相性のいい者もいたのです。私たちの中に」

「いた、と言ったか? それは?」

「移住当時は人材も豊富だったのでしょう。あなたたちの持っている科学技術を充分に持ち得ない私たちは、代わりに自分たちの力を使ってきました。ですが今、そのような力を充分に持っているのはただ一人です。倒れたエンジニア、ショーゴ・クドーです。彼は、この十年間、毎日毎日を島の生活の根幹を支える発電所とその他の機器の補修に費やしてきました。知識や技術で補えない部分を、自分の力を使って。私たちの技術は、いびつなのです。超常能力と科学の融合と言えば言葉は素晴らしいが、実体は能力をすり減らすだけ。そして大きな力は使えば使うほど、その持ち主を消耗させ命を縮める」


 死にかけたショーゴの魂が叫んだ、もうクタクタだという言葉がサッタールの胸を刺す。今、目の前にある変わるためのチャンスは逃さない。


「イルマ少尉にはご迷惑をおかけしたでしょう。それは申し訳ありませんでした。しかし私たちはクドーを失う訳にはいかないのです。エンジニアとしても、私の、個人的に大切な人間としても。私がイルマ少尉に呼びかけたのは、外の……あなたたちの医療ならば彼を助けられるかもしれないと思ったからです」

「なるほど。だが、仮にミスター・クドーが回復したとしても、すぐに同じことが起きるのではないか? 彼しかいないのだろう、エンジニアは。条件は全てテーブルに出して欲しい」


 マクガレイの指摘に、サッタールは息を吐いた。分が悪いのは承知の上だった。


「できれば発電所の改修に知恵を貸していただきたいとは願っています。一人の人間の背に負わせない為に、あなた方の技術を導入したい。ですが、それもクドーが回復してからの話です。彼しか、あのプラントの全貌を知る者はいないのですから」

「で、ここからが交渉だ」



 淡々と言って、マクガレイはテーブルの上の手を組み替えた。


「我々が医療と技術を援助するならば、あなたたちは何を我々に差し出せる?」

「対価が必要ですか? たとえば金のような」

「金も採れるのか……だが我々海軍には金はさほど魅力的ではないな」

「では」


 サッタールは間を置いてから薄く微笑んだ。


「あなたたちの社会の根拠であるファルファーレ憲章を十全なものとする協力を。私たちは、ファルファーレ中央府の依って立つ憲章の精神に完全に同意し、あなたたちの連合に加わりましょう。そして、私たちの超常能力があなたたちの社会を害することなく、必要な時はその力を平和に使えるよう共同で研究したいと思っています。あの彗星の禍が再び訪れても、共にこの星を守れるように」


 アレックスがヒュッと音をたてて息を吸い込んだ。対価は自分たちの理想の実現だと突きつけた少年を、感嘆の目で見つめる。脅迫でもなく、利益誘導でもなく。

 おまえたちの理想は単なるお題目なのか、それとも本気で実現しようとしているのかと、その目が問うていた。


(元帥ならブラボーとか叫んで熱い抱擁しそうな場面だな)


 とはいえ、マクガレイ准将は、頑迷ではないが理性的で現実的な人間ではある。


(この場で答えるつもりだろうか?)


 アレックスが気遣わしげに上官に目を移すと、その口元にしわが寄っていた。


「ミスター・ガナール、ミスター・ビッラウラ。お二人はなかなか交渉がうまい。ところでもう一つ聞きたいのだが、いったいコラム・ソルにはどのぐらいの人が住んでいるのか? どうもミスター・ビッラウラのお話は悲観的に過ぎるように思うのだが」


 サッタールは口を開きかけて、アルフォンソに顔を向けた。その逡巡の理由を、マクガレイは正確に見抜いて、後ろを振り返る。


「ジャクソン。通信を切れ。録音もなしだ」

「イエス・ダム」


 上官の身の安全には神経質な護衛も、この命には素直に従った。マクガレイ准将は中央府から全権を委任された使節なのだ。


「さて、これでもう一歩腹を割ってもらえるかね?」


 苦笑したのはアルフォンソだった。


「察しがいいな。あんたも精神感応力を持ってるかと思ったぜ、マクガレイ准将。そうだな、では実際の窮状を吐こうか。現在コラム・ソルには七百二十名が暮らしている」

「七百……?」


 さすがに驚きの表情を見せたマクガレイを楽しそうに眺めながら、アルフォンソは続けた。


「更に言えば、そのうちの七十五パーセントは五十歳以上だ。平均寿命は七十に満たない。まあ、短命なんだろうな。十五歳以下の子供は二十一名しかいない。もっともこの島では年少だからと言って子供扱いはされないがな。そんな余裕はない。こいつは十三の時からこの島の長を務めてきた」


 瞠目したまま、マクガレイは険しい口調で訊く。


「少年。君はいったい今幾つだ?」

「十六……いや、十七になったかな?」


 アルフォンソがおどけて答え、サッタールはうなずいた。


「十七か。では士官学校の坊主たちと同じか」


 やれやれと首を振る。


「録音を止めてよかったな。我々の社会では君は未成年だ。私がコラム・ソルの代表者だと紹介しても、認められなかっただろう。もしセントラルに来る気があるなら一歳サバを読んでおいた方がいいぞ」

「あなた自身は私を代表者と認めてくださる?」

「むろんだ。でなければ席を立っている」


 にやりと笑った准将は、隣の部下を睨みつけた。


「貴様は知っていたのか?」

「ノー。未成年だとは思いましたが。准将もそう思っておられたではないですか。ミスター・ビッラウラを最初から少年呼ばわりされていましたし」

「そうか? それは悪かったな」


 どうでも良さげに謝って、マクガレイは真面目な顔をつくり、もう一度二人の代表者に向き直った。


「あなたたちの危惧しているものは理解した。だが、それでも我々はあなたたちが怖いと思う。これは簡単には変えられないだろう。人間は理性だけで生きている訳ではないからな。だから、性急に交流をするのは危険だと思う。発電所が止まったまま、どのくらい持ちこたえられるのか?」

「必要なら一年でも、二年でも。私たちは物がない状態には慣れている。日常の用は太陽光でまかなえる。未来に希望があれば、いくらでも耐えられるでしょう」


 サッタールが静かな誇りを持って答えた。


「セントラルには君が来るのかね?」

「ガナールは島の守りにどうしても必要です。それはあなたたちが丸腰でこの島においでにならなかったのと同じだ。ガナールが去れば島人は容易に不安に駆られてしまう。ですから、セントラルに交渉に行くのは私です。十八歳のね」

「了解した。ではもう少し細かい話に移ろう」



 あらかじめ考えてあったのだろう。マクガレイは次々と起こり得る問題点を指摘し、それにアルフォンソとサッタールが答えていく。


「ここには一般的な通信機もないのだな? パラボラアンテナが見えるが?」

「ないな。いや、あった。そちらの衛星放送を傍受できる設備は持っていたのだが、発電所と共に使い物にならなくなった」

「傍受? 一般放送かな?」

「いろいろ聞けたようだ。コンピュータも受像機もずいぶん前に壊れてから使ってないから、この百年ほどは主に音声だがね」


 アレックスは小さく天を仰いでため息をついた。コンピュータの類をいっさい使わない社会の想像ができない。軍艦など電子機器の固まりだし、どんな僻地の貧しい地域に行っても情報を送受信する設備ぐらいはある。

 彗星の襲来に為す術もなかったのもその為だが、それにしても……。


(時代に取り残されたというんじゃない。三百年前、ミサイルが飛び交い、戦闘機が空を埋める戦争のちょっと前までは同じ暮らしをしていたんだから。一つ一つを失いながら、彼らは持てる能力だけを頼りにしてきたんだ)


 裕福とはとても言えない自分の育ちでも、電子社会の恩恵を受けてきた。幸福の量なんて計れはしないが、価値観が違うのも当然だった。


「島で、それらのことについて一番理解しているのもクドーだ。次はサッタール、おまえだろうな」


 名指しされたサッタールは曖昧に笑って、首を振る。


「使い方はね。だが論理はよくわからない。クドーはテキストデータだけでも手に入れようと新しいコンピュータを構築したかったみたいだけど、島では無理だと言っていたな。集積回路を作れないと」

「手作りに近い環境ではそうだろうな」


 さすがにマクガレイは無表情に相づちを打ったが、島の二人には彼女が動揺と言っていいほど驚いているのがわかる。


『原始人扱いされるかもしれんぞ?』

『構わないだろ? 少なくともイルマを除いたら全員表情に出さないだけの礼儀がありそうだ』

『あいつは念話なしでもわかりやすいな』


 素早く会話をして、サッタールは黙り込んでしまったマクガレイに尋ねた。


「私があなた方に同行させていただく間も、一般的な連絡手段は必要でしょうね?」

「君自身はたとえセントラルからでもミスター・ガナールと連絡を取れるかもしれんが、我々には無理な話だ。来る度に毎回拡声器で呼び出すのもどうかと思うしな。こちらの通信機をお譲りしてもいいが、電源は……?」

「通信機ぐらいの電力ならば、太陽光パネルで充電したものでなんとかなるはずです。あなた方の通信衛星はこの島には向いていないが、アンテナでかなり拾えることもわかっています。運用はクドーの妹ができるでしょう」

「妹? 彼女もエンジニアなのか?」

「九歳ですがね」

「子供じゃないかっ」


 今度こそマクガレイは机に手をついて立ち上がった。


「彼女はガナールと同じ念動力者ですが、クドーに鍛えられて機械の取り扱いには慣れています。通信機を貸していただけるなら、仕様を変更してアンテナに繋ぐことはできるでしょう。もしクドーを治療の為に同行させていただけるなら、クドーの家にはガナールが入って世話をするでしょうからちょうどいい」


 突っ込みどころ満載な返答だった。マクガレイは眉を寄せたままアレックスを振り返った。


「イルマ、貴様の軍支給の通信機を出せ。初期化してから本当にそんなことがその少女にできるのか、ミスター・クドーの家に行って試してみろ。わかっていると思うが、艦のアンテナは使わずセントラルと連絡が取れるか試すんだ」

「イエス・ダム」


 弾かれたように立ったアレックスは、腰のポケットの受信機を確かめて大股で部屋を横切る。


「クドーの家は発電所の隣だ。近づけば姉かクドーの妹のユイが気づいて出てくるだろう」


 サッタールがその背に声をかけると、アレックスは踵を打ちつけて一礼し、出ていった。



「そう言えば、今日は他の島人を見かけないが。遠ざけてくれたのかね?」

「あなた方を一目見たので満足したのでしょう。私からも近づかないように伝えましたし」

「我々はそんなに怖いか?」

「怖くもありますが」


 サッタールは困ったように口を緩める。


「私たちとあなた方では、様々な生活習慣も善悪の感覚も違う。昨日気づきましたが、ここには金銭すらありません。生活に必要なものは誰とでも分け合う。何の準備もなくあなた方と島人が交流を持ったら、たとえば今話していた通信機ですが、あれも借りるのが当たり前と思いかねません。それに申し上げにくいが、男も女も、気に入れば一夜の相手を求めることも普通です。結婚という制度で相手を縛る感情も薄い。幸運にも子ができたら、島の者がみんなで育てる。私たちの抱える問題の一つは子が産まれにくいことです。失礼だが、女たちには後ろの護衛の方々も子種と見かねない。そんな中で不用意に交流をしたらトラブルが起きることは目に見えてます」

「なんと……」


 マクガレイの後ろで、護衛たちが居心地悪そうに足を動かす。


「……イルマ少尉は大丈夫ですかね?」


 ぼそっとした呟きにアルフォンソが吹き出した。


「なにも襲いかかろうというんじゃないぜ。その気がない相手とは寝れないからな。触れればどんな相手でも感情が直接伝わる。ここではレイプなんか起きない。口は塞げても思念は止められないし、相手の痛みや恐怖がそのまま自分のものになる。自分自身が痛みと恐怖に震えながら快楽をも見いだすのは、ちと難しいと思うぜ」

「いわゆる犯罪はおきにくいのです。私たちの間では。思念の叫びは周囲の誰かに必ず届く。嘘もつけません。自分自身が嘘だと知っていては、相手にも知られてしまう。隠し事は容易ではありません」

「ふむ。精神感応というのは、なかなか厄介だな。確かに交流が増えただけトラブルも増えるだろう」


 マクガレイは、生真面目な顔の少年と、不敵な笑みを絶やさない男の顔を当分に見て顎を引いた。自分の関知できないところでこの二人は常に話し合っているのだろう。だが、それはこちら側が精神感応力を持たないからできることで、島の中の話し合いではそうはいかないに違いない。


(我々の目には見えないが、不満も反対もあるのだろう)


 それは黙っていても直接届いてしまう。声なき大衆というものが存在しない社会の指導者というのは、どれだけの苦労を背負い込むだろうかと考えると、背筋が寒くなる。

 価値観の相違と一言で言ってしまえない差異を、これから長い時間をかけて埋めていくことになる。それでも理解できないことが残るのは間違いない。


(だが、そんなことは誰との間でも起きることだ)


 マクガレイはそう締めくくって、目の前の課題にもう一度意識を振り向けた。


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