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7、闇鍋は聖戦、もといっ、戦場である。



闇鍋を行うための明確なルールは存在しないが、基本的に以下の手順通り。


1.最低でも1人1品ずつ具を持ち寄る。その際、他の参加者に何を持ってきたのかを知られないようにすると、後の楽しみが増す。 このとき、世間一般で人間が食べるのに適していると言われる物を具とするのが基本である(必ずしも守る必要はない)。


タバスコなどの調味料や牛乳などの液体、アイスクリームやグミキャンディーなどの汁に溶解してしまうものなどの投入を禁止するなどのローカルルールを定める場合もある。


2.鍋に湯あるいはだし汁を沸かす。


3.明かりをおとし(明かりを落とせない場合は全員が目隠しする)、それぞれ持参した具を鍋に投入する。 このとき、誰か1人を鍋奉行に任命して、調理を任せるというやり方もある。


4.十分に煮て、具に火を通す。


5.煮あがったら1人ずつ順番に鍋に箸を入れ、具を取り分ける。 箸に挟んだものは必ずとらねばならないなどのローカルルールを定める場合もある。


6.全員の手に料理が渡ったところで明かりをつけ、取った具を食べる。 必ず一口は嚥下しなければならないなどのローカルルールを定める場合もある。

明かりをつけずに取った具を食べ、反応を楽しむルールもある。



 今回、明かりはつけたまま、各々の反応を楽しみ、取った具は必ず一口は食べるというルールがとられた。鍋奉行はご存じのとおり、千歳教授と瀬野綾香が務めたが、この二人がタッグを組んで無事で済んだ記憶がおれにはない。良くて気絶。悪くて三途の川を危うく渡りそうになるだろう。


 この前――秋の大学祭で「普通のクッキーを販売するから」と手伝いを頼まれた時など、全然普通のクッキーなどという生易しい物ではなく、実態は毒キノコと有毒動物の干物、ミトコンドリアなどの微生物が練り込まれた珍妙且つ劇物クッキーであった。味見を頼まれたおれは一発昇天。三途の川で死んだ爺さんに再会し、病院に運ばれず千歳教授の怪しげなコレクションの一部を口に突っこまれて事なきを得た。だが、おれはあれ以来、この二人を信じていない。信じない。絶対に信じない。だって、ツッコまれたのが神獣と謂われた蛇の干物やら、イモリの黒焼きとかなにそれ?! マジでふざけんじゃねーよ。それでなんで生き返ってんのおれの体。ああ~、マジで今思い出しても腹が立つ。


閑話休題。それは置いておいて、普通の具材を入れた美味しい鍋から、闇鍋への転落。その光景を見せられた日には、もう“絶望”の一言に尽きる。それも、訳の分からない具材を目前で投下されていく恐怖。今からそれを食べる。いや、食べなければいけない。食べなければ、帰れないのだから。――……まあ、外は雪が本降りになってきて、窓から見た外は一メートル以上の積雪が積もっているようだから、どうやっても帰れないんだけどな。


 目の前に渦巻く名状しがたきソレ。鼻がひん曲がるような異臭も胡桃が持ってきた化け物――……あ~、『百鬼夜行』だっけか? なんか違う気がするがそれで――が口の様な穴を開閉することによって吸収し、なんだか鍋らしい良い匂いを漂わせてやがる。しかし! 見た目はとても禍々しいのだ!! 普通の食材から魔の闇鍋に転身を遂げたお陰で、普通の食材と災厄が同居している。また、なんか真っ黒い。どす黒い!! 時々色が変わることがあるのだが、それも毒々しい紫とか血の様な赤とか、危険信号の黄色などで、絶対に食べてはいけない色をしている!! 中の具が見えん。真っ黒か毒々しすぎて具材が埋もれてしまっている。時々顔を出す具材がえぐいっ。しかも!! 相変わらず食材から変な声が聞こえてきて…………魔女の大鍋もかくやという有様である。


 断言しよう。


これは鍋(友人たちと囲む楽しい食事)という心温まるような生易しいものではない。 



ごくり。唾を呑みこむ。他の五人の顔を見回せば、瀬野は余裕の表情で具材を品定め。胡桃はにこにこ笑いながら箸と器を皆に配り、一番この鍋を楽しみにしているようだ。……強者である。鞍馬は白目を向いて心ここに非ず。蜜柑はというと、いつもくりくりと好奇心に輝いている目が死んだ魚の目になっていて、胡桃に半ば無理やり持たされた箸で宙をつついている。おれはというと引きつった笑いを浮かべながら外を仰ぎ見て、(早く雪やんでくれないかなぁ……マジ帰りたい)などと現実逃避。


「さて、誰から逝く?」


さすがの千歳教授も顔を引き攣らせ、鍋をつつく事を躊躇っているようだ。世界の数々の珍味を食べ歩き、数々の遺跡や秘境を訪れ、大抵のことでは動じない。そんな数多くの武勇伝と噂を持つ千歳教授がである。よく見れば顔に冷汗をかき、手足が小刻みに震え、目が虚ろだ。


「ほら、教授。教授が先陣切ってくださいよ。一応、この研究室メンバーの担任教授なんですから」


これは本当にヤバい!! これはもはや食事(合戦いくさ)!! 地獄(ヘル・ランド)へ(直行)の(便の)切符(きっぷ)を賭けたおれたちの聖なる鍋(副音声:自分が生き残る為に他者を蹴落とす生死を賭けた戦い)である!!


「ばっ、バカ言うな蜜柑。おれが先陣きるのは秘境でど、どうしようもなくなった時だけだ! ほら、ひとりジャングルとか密林とかに置き去りにされて、しょうがなくサルの群れを率いて日本に帰った時だとかなぁ……というか蜜柑。お前が先陣切れ。お前が適任だ。」

「いやいやいや、無理ですって。私には荷が重すぎます。佐久間、あんたが行きなさいよ? あんた、こういうの得意でしょ?」

「無理。得意じゃなく不得手。メンドクサイ。帰りたい。」

「「「「それはダメ!!!」」」」 「……あはははは、これ食べたらわし、死ぬのかな…」

「だよな。」


押し付け合いの果て、おれの希望を云ってみるが、四人で一斉に反対された。というか鞍馬は大丈夫か? 目がマジで死人一歩手前なんだが。……鞍馬だし、大丈夫か。(ヤローのことなんざどうでもいいわ)


「しゃーない。胡桃。お前が逝け。お前なら大丈夫な筈だ。お前ならな」

「あいあいs、むぐっ!?」


元気よく敬礼して鍋に箸を付けようとしていた胡桃の口を、瀬野が塞ぎ、彼女の体を拘束する。


「ダメよ。それじゃあ面白くないわ。だから教授(せんせい?)、あなたが先陣を切ってくださいませ。“教授”でしょ?」

「なっ!!?」


悪魔だ。悪魔が居る。おっとりした言動で恩師を地獄に叩き落とす悪魔の魔女だ!!


「い、いや。ここは生徒の自主生をおもんばかってだナァ、私は殿をと……」

「千歳教授」

「はいっ」

「千歳教授は教授(せんせい)ですよね?」

「はいそうです。」

「だったら、……私たち生徒にカッコいいお手本見せてください。そうしたら私たちも食べますから」

瀬野は手に持った扇を広げて「ほほほ」とやんごとなく笑う。

「え……」

千歳教授が固まった。そうれはもう、見事なくらい一瞬で。

「ほら、はやく」


瀬野が教授に決断を迫る。教授は味方を探しておれたちの顔を順々に見た。

そして自分が誰も味方が居ない四面楚歌(しめんそか)状態だと悟るや否や、

「みんなすまん。私は先に逝く。」


頭を下げ、


「……元気でな」


勢い良く、


「イタダキマス」


一気に一口で、


「ゴバッ!!!」


逝った。


「「「「早っ!!」」」」


おれたちは泡を食って一撃で倒れ伏した千歳を前に声を上げる。


「いくらなんでも早すぎだろう……」


教授が掴んだものは、よりにもよって一番ヤバそうな『百鬼夜行』なんちゃら。


「教授、今年が厄年だったわよね。」

「うん。大量の蛇にかまれたとか、不良と一般人の仲裁に割って入って軽く骨折ったとか、現地人に置いてけぼりにされて死にそうになったとか、今年に入ってそういう話をよく聞いたね。」


「だけどまさか、よりにもよって一番最悪なものを今年最後の日に引き当てるとは……なかなかやりますなぁ、教授も」


冷静な瀬野と呆気にとられた驚き顔の蜜柑。好奇心いっぱいの胡桃の面白がるような声音を背に、おれは教授に手を合わせる。


(どうか成仏しろよ。来年は幸多からんことをお祈り申し上げます)


相変わらず鞍馬の心はここにないようだ。虚ろな目をして無言で鍋と格闘している。


負けるわけにはいかない!! 全ては己の勘と運に掛かっている!!


「次、誰が行きます、か!!」

「もがっ!!!?」


不意打ちで胡桃がレモンティーと甘味でコーティングされたシュール缶を、鞍馬の口に突っこむ。二番目の犠牲者は鞍馬になった。次は……誰だ?




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