6、それは食べ物か? それとも果たして
四十九院胡桃が笑顔で出した、この“名状しがたい黒い物体”はなんだろうか。
なんだか「うねうね」しているんだが。なんだか少し物体から息遣いが聞こえるんだけど。喘ぎ声のような気色悪い鳥肌の立つおっさん声が聞こえるんだが。
恐れ慄き腰が引けるおれと蜜柑と鞍馬をよそに、オカルト好き(とおれに認識されている)者たちのやり取りは続く。
「へ~? 胡桃、よくコレが手に入ったわね。裏の世界で取引されている裏・高級珍味じゃない。どこで手に入れたのよ。入手経路を教えなさい」
「胡桃、まさかお前が先生の前にこのようなものを持ち出すとは……予想外だったが嬉しいぞ。確かお前ん家は妖怪祓い屋系統の家系と繋がりがあったか? いやはや、恐れ入った。さすがの私もこれに及ぶものは提供できない。」
「えへへ~♪ 事前に今日のこと聞いて、奮発してお父さんに貰っちゃった♪」
和やかに話す訳知り顔の三人。
瀬野はうっすら目を細めて感心した表情で胡桃を見、千歳教授はずれた眼鏡を直し、引け気味の腰を気力で持たせながら“ソレ”を鍋の中に投入しようとする。
「いやいやいや、ちょい待ちぃ! いったいコレはなんなんや!? 食いモンなんかコレ!?」
鞍馬よ、その気持ちは凄くよくわかる。激しく同意する。これは食べ物ではない。しいて言うならば化け物だ。怪物だ! 決して食べ物名ナンカではないっ。おれは認めない。認めないぞ。こんなのが食べ物だナンテ……。
「何って、“都会に巣食う百鬼夜行を封じた後の残り物”だよ。見た目は禍々しいけれど、一度食べると病み付きになるんだ~♪ 妖怪美食マニアの中で高値で取引されるような知る人ぞ知る、高級食材だよ」
可愛らしく小首を傾げて、きょとんとした顔で答える胡桃。なんつーもんを取引しているんだ金持ちは。
「売れるのか、これ? 売り物なのか? 食いものなのか?」
「それ、本当に食べるの? というか食べれるものなの? なんだか生きているみたいなんだけど……」
「大丈夫、大丈夫♪ 痛みは一瞬だけで済むから♪」
「おいぃぃぃぃ!!! それ、ぜんぜん大丈夫じゃないじゃないか!!?」
にっこり笑って胡桃は最後通告を突きつけた。
その純真無垢な笑顔が真っ黒く見えたのはおれだけか? 後ろでくすりと笑った瀬野を見た気がするのはおれだけか? なあ?
「胡桃に提案したのは私だが、……いやはや、まさか本当に持ってこられるとは……。完全に私の負けだ。」
ドン!
千歳教授が諦めたような表情で机の上に出したのは、何かの……生き胆だった。しかも脈打つ心臓。
「怖えよ!! つかなにそれ?」
「何って、“肉”だが?」
至極真面目な顔で言い返してきた教授に、俺は頭を抱えたくなった。
「肉だけど。肉だけど……誰の……いや、何の心臓な訳? それは食材なのか?」
「何を言う佐久間。これも列記とした食材だぞ? この日の為に、ボーナスはたいて闇ルートから手に入れた“咎を犯した童天狗の心臓”だ。胡桃の“百鬼夜行の残り物”には劣るが、これでも闇の世界でプレミアものなんだぞ? それを、食材なのかだと? 恥を知れ、恥を」
意味不明な胡散臭い食料だということはわかった。どうせ先生のオカルト好き趣味がこうじた悪戯なのだろうが、いつも通り、手が込み過ぎていて悪趣味すぎる。
先生本人は大真面目な真顔で、妖怪の一部だと言い切るのだから始末が悪い。
ブラックジョークも大概にしてくれ。おれはオカルトの存在を一切、信じていない。妙な細工をしたゲテモノを食わせようとする千歳教授のほうこそ恥を知れ!
「貴方がねっ、教授!!」
「千歳教授、あなたそれでも教師ですか……」
「大人げないわ」
「胡桃のモノにも負けず劣らず……さすがです、教授。ますます尊敬いたします!!」
「あははははは、今日がわしの命日かー……」
「お~い、戻ってきて鞍馬く~んっ」
「残念だろうが、私はこれでも箱庭学園の列記とした正規職員だ! ここには給料がいいから居座ってやっているだけだぞ? 私の頭脳と腕があれば、どこへだって……」
すぅ…っと瀬野の扇が千歳教授を指し、彼は黙った。扇はそのまま闇鍋を指し、皆を順に指して回る。
「さあ、闇鍋を始めましょうか」
ぱちっ、瀬野が扇をしまって微笑んだ。