4、悲劇の幕開け
大晦日手前に集まった物好きたちの宴。もとい、忘年会を兼ねた罰ゲームという名の闇鍋大会。
参加者はおれこと佐久間 流、桃山 蜜柑、鞍馬 隼人、四十九院 胡桃、主催者の瀬野 綾香、千歳教授(本名不詳)の六人。
パチン。
「では、始めましょうか。私たちの闇鍋パーティを」
瀬野 綾香が開いた扇を閉じて仕舞いながら言葉を発する。
「瀬野が喋った!?」
「は? 何言ってるのバ佐久間。私だって人間よ? 喋らないでお嬢様ぶるのも偶には疲れることもあるわ。……まあ、本当にお嬢様なんだけどね。」
「はっ」と酷薄に笑って、瀬野は椅子に座ったまま皆を睥睨する。
ブラックだ! ブラック瀬野が降臨していらっしゃる!!?
「まあまあ。瀬野ちゃんがあんまり喋らないで、身振り手振りで楽しようとするのが悪いんだよ。ブラック瀬野ちゃん」
無邪気に胡桃は瀬野に話しかける。
「黙れ胡桃。もぐぞ。」
「「なにを!?」」
蜜柑と胡桃の声が見事に重なる。胡桃はまたしても鍋に手を付けようとしていて、鞍馬に箸を取り上げられていた。これで何度目だ。学習しろ!
「首。それとも髪がいいか? 鞍馬くんもついでにもいじゃいましょう。毛を」
「やだよわし! 九十までふさふさで過ごすんじゃいっ。禿たら困るっ」
「フン、知るか。ハゲろ。鍋に突っこんで剥ぐぞ」
瀬野は見下し切った目で鞍馬に暴言を吐く。鞍馬は床に崩れ落ち、しくしくと泣き始めた。そんな鞍馬に追い打ちをかけるように、瀬野は男にしては少々長い鞍馬の茶髪を無表情で引っ張る。抜く気だ。抜く気である! 瀬野は有言実行の女だったのか!
鞍馬よ、血迷ったか。堪らず彼は教授に縋り付き、助けを求めた。
「助けてください教授!」
「ん? ん。瀬野、鍋に鞍馬を入れるなら、丸刈りにしてからの方が美味いと思うぞ? あと、どうせ汚いだろうから一旦風呂に入れてからだなぁ……」
千歳教授は瀬野にさりげなく便乗して、何食わぬ顔で鞍馬の調理法を大和撫子の皮を被った魔女に進言する。
鞍馬よ、相手が悪かった。隠れサド眼鏡の千歳教授が助けてくれるわけないじゃないか。教授の言葉に瀬野は納得した顔で頷き、
「さすがですね教授」
真剣な顔でその方法を検討する始末。さらに胡桃が純真無垢を絵にかいたような無邪気な顔をして、
「鞍馬くんって美味しいの? 食べていい? 美味しく食べてあげるからっ」
目を輝かせ、鞍馬確保に闘志を燃やす。蜜柑がそれを止める為、胡桃を確保。
「美味しくない美味しくない。人間はオイシクナイヨ~胡桃ちゃん。だから、ね? 止めてあげてよお願いだからっ!!」
「ほへ? 鞍馬くん美味しくないの? う~んと、鞍馬くんは美味しいから人間じゃないんだ! 胡桃、納得! じゃあ捕獲しよう~! 人狩り行こうぜ!」
「狩るな!! そんでもって字が違う!! 狩るな!! 大事だから二度いうケド狩るな!! ヒトは美味しくない、人は美味しくない。鞍馬くんも人間だから、人間だからね? ね? ねー?」
どこからか虫取り網を取り出し、闘志満々で逃げる鞍馬を掴まえようとする胡桃。彼女に引きずられながら蜜柑は渾身のツッコミを入れ続ける。ああ、蜜柑。お前の涙ぐましい努力は買う。買うぞ。買うがなぁ、スカートがめくれてぱんつ見えてっぞ? 水玉模様の可愛らしい柄物ぱんつが。あと、「二度いう」と言いつつ三度言ってますがな。メンドイから云わないケド。……ぐはっ……!
ぱんつ、見ました。って、違う違う。本が飛んできました。分厚い参考書。ふと飛んできた方向を見ればジト目の瀬野と投げ終わった状態の蜜柑の姿が。あれ? これおれが悪いの?
「くっそー!! もう誰も信じねえっ、信じねえぞ!!」
鞍馬は地団太を踏んで騒ぎ喚く。大丈夫。ネタだ。すぐ忘れる。鳥頭だから。だけどお前、大丈夫か? その頭。胡桃の奴ががじがじ噛り付いていて、何気に出血しているぞ? 大丈夫なのか? アレ。………まあいいか。
「あれ? わし、なにを信じひんことに決めたんやったっけ?」
ほらな。こいつも基本、バカだから。
「馬鹿鞍馬」
「なんやとぅ!? バカやない! おのれは阿呆の天才なんや! 物覚え悪うてもなんとかなる!」
「なる時にしかなりません」
「グサァっ」
これで勉強できてスポーツも出来て、少しはモテるんだから世の中サギだよな。
助けを求めるならばまだ、馬鹿で阿保の子の胡桃や元気しかとりえのない蜜柑に助けを求めた方がマシだ。おれ? 求められてもめんどいからパス。傍観でお願いします。
「……っつーわけで、鍋になに入れるんだ?」
どういうわけだよ。
「わしは御萩餅くらいしか持ってないんやけど、お前らは?」
「アタシはレモンティー!」
「え、」
「マジで?」
「あら、しゃれた物を出してきたわね」
なかなかの好感触のようだ。
「佐久間は?」
急いでポケットを探ってみると賞味期限切れのチョコレートが入っていた。
「おれはこれくらいしかない。」
「チッ」
「普通だな」
「普通だね」
「意外性の欠片もないなァ」
「それだけしかないのか」
瀬野は扇の裏で舌打ちし、胡桃と蜜柑はダメだし、千歳教授と鞍馬にはこれ見よがしに溜息を吐かれた。うるせえ! 鞍馬、お前の御萩餅はだいぶマッシだ!!
「どっこいどっこいよ。御萩もチョコレートも。(副音声:つまらないわね)」
「なんか言ったか瀬野さん」
ギロリと睨む。
「いいえ? なにも。わたしのは、これよ!!」
ドーン!!
「「「「「おおおおおーー!!!!!?」」」」」
それは缶だった。うず高く積まれた丸い(まあるい)缶だった。だが、普通の缶詰ではなかった。おれたちはその缶のラベルを一様に見て驚きと恐怖の声を上げた。
おれたちはそれが何なのか知っていた。おれたちは夏に一度、千歳教授が研究材料兼食料として持ってきたソレにやられたことがあるのだ。
瀬野が持ってきたのは、「シュール缶」という世界一を争うくらい臭い、魚の醗酵品が詰まった缶詰だった。部屋を閉め切ったまま缶を開封すれば、三日から一週間ほどは体が臭いままというとんでもない珍味。※ただし、味は美味い。
瀬野はこれを闇鍋の中に投入しようというのか!? あの惨劇を再び繰り返すつもりなのか!? やめろ、やめてくれぇぇぇえええー!!!!
御開帳ーーー!!!
室内にえも知れない異臭が蔓延した。