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2、逃 げ ら れ な い、だ と!?



 研究室につくと我らの千歳(ちとせ)教授(きょうじゅ)独身男性26歳が、伊達眼鏡のエプロン姿で、鍋の用意をしている所だった。


 傍には学園のマドンナ瀬野(せの) (あや)()やアイドル(愛玩動物)四十九院(つるしいん) 胡桃(くるみ)を侍らせ……違った。教授が二人に扱き使われているようだった。


 瀬野は片手に持った扇で教授に鍋の具の催促をしていた。教授の椅子に泰然と優雅に、着物の裾が着崩れないように注意しながら。

 教授は苦笑しつつ研究室に備え付けられた冷蔵庫から要望のものをとってきて、鍋に大雑把に入れる。「まだかな、まだかな」と箸をもって心待ちにする胡桃の頭をぽん、ぽん、軽く撫でて「まだ出来てないから待ってろ」と窘める。まるでひとつの父子家庭のような光景がそこに広がっていた。



 部屋に入って来たおれたちに気付いた千歳教授がおたまを持ったまま、おれたち三人に呆れた顔をする。特に用がなければめったに顔を出さないおれに向かって。


「なんだお前ら。佐久間なんか引き摺ってきて……」


 なんかって……――教授にとっていったいおれはどういう認識ですか。


「鍋です鍋!! 教授、鍋なんです!!」

「すでに始めていらしたのですね。是非混ぜてください!!」


 蜜柑はまるで自分が鍋にでもなったような口ぶりで目を輝かせて提案し、鞍馬は学園の有名人女性二人に視線をやりながら、鼻息荒くまくしたてた。


 つ、と瀬野と教授の視線が交わった。多分、この二人が今作っている鍋の主催者だ。瀬野が頷き、教授がゴムで纏めた黒髪を掻き揚げて、苦笑気味におれたちを鍋に誘う。


「仕方ないな。私に出せるものは肉ぐらいしかないぞ。ガキども闇鍋するか?」


 蜜柑は「肉!!?」と色めき立ち、鞍馬はさり気なく笑顔で教授を手伝い始める。現金な奴らだ。といいつつおれも手伝うのだが……。親元離れての一人暮らしの苦学生に、一食分の食費が浮くのはなんやかんやいっても有り難いのだ。だが闇鍋とは聞き捨てならん。


「わーい! お肉だ~! 教授の奢りっ、ひゃっほ~い! 頂きます」

「まだだ。」

 バシッ

「あべしっ」


 一人で騒いで勝手に鍋の中身を食べようとした胡桃は、教授に丸めた新聞紙で頭を叩かれた。彼女は可愛らしく口をとがらせ、不満の意を表す。同時にお腹もなって、瀬野がくすりと含み笑う。そのまま無言で瀬野は、扇で食材を指して教授と鞍馬に次の具材の催促をした。


「教授、その鍋の中身は“闇鍋”なんですかー?」


 おれ同様、鍋の中身に興味を引かれたらしき蜜柑が質問を投げかける。

瀬野監修の下、鍋に具材を足して調味料と共にかき混ぜていた教授は、眉をぴくりと動かし、作業をしながら顔をこちらに向ける。


「いや、これは“まだ”普通の鍋だな。これから闇鍋にしようと思っていたところだ。」

「え、普通の鍋じゃないの?」

「こ、コノママ食ベタ方ガ美味シイトおれハ思ウナァ……」

「闇鍋など悪魔の食べ物だ」


 ぼそっと言ったが闇鍋なんて冗談じゃねえっ!! アレは鍋と名はつくが全くの別物だ!! 兵器だ! ダークマターだ!! 暗黒穴ブラックホールだ!! 



 ――そもそも闇鍋とは何か。


 闇鍋やみなべ、それぞれ自分以外には不明な突飛な材料を複数人で持ちり、暗中で調理して食べる鍋料理。

食事を目的とした料理というよりは遊び、イベントとしての色彩が濃く、スリルと笑いを楽しむために行われることが多い。


 本来、闇鍋はトキの鍋を指していた。トキの肉は美味ではあるが、肉を煮ると煮汁が血のように赤く染まるため、このような調理法が考案されたという。


 現代で広く一般に知られている闇鍋は、暗闇の中で調理することからこう呼ばれている。そのため、闇鍋の調理は鍋の場所がわかる程度の暗所で行うことを基本とする。また、料理の特質上、開始する前に参加者同士であらかじめルールを決めておくことが肝要である。また、独特の作法があり、作法を重視する料理でもある。By、辞書参照(おれの脳内記憶より)。


 そういうわけで、参加者によっては何が入っているかわからないのが闇鍋である。そして、今この場には、この箱庭大学でも1、2を争う個性豊かな強者ども(千歳教授含む)が揃っていた。


 ニヤリ、千歳教授が伊達眼鏡を怪しく光らせ、サディスティックな笑みを浮かべる。何を思いついたのだろう。その何故かとても似合っているエプロン姿と伊達眼鏡に嫌な予感しかしない。


「あ、や、やっぱりアタシ帰るね~。」

「お、おい待て、わしも帰る!」

「んじゃおれも~……」


 闇鍋なんて食わされてたまるか! 逃げる勝ちだ!! おれたちは今さっき入って来た入口へ、小走りに後退る。


「まあ待て。どうせだからお前らも食っていけ」


 千歳教授が獲物を狙う目でおれたちに迫ってくる。

 後ろで閉じた扇を口元に当てて微笑む瀬野の口が動き、「確保、確保ですえ。私に娯楽という名の楽しみを。ふふふふふふふ……」など妖しげなことを言っている気がしなくもない。彼女の悠然と微笑む姿が余計におれたちの心に不安を誘う。


「え、遠慮したいデス。まだまだ死にたくはありませんから」

「そ、そうそう。あ、そういえばボクも大事な用事が……」

「そう遠慮するな。鞍馬、蜜柑、佐久間。今日は大雪警報が出ているそうだ。電車やバスなど一般の交通機関も止まっている。それに――この雪の中、教師であるこの私が生徒(お前ら)(獲物)を返すわけにはいかないだろう?」


 ニタリ。――『口が引き裂けるのでは』と思うほど教授は口角を釣り上げ、悪魔の如き邪悪な笑みを浮かべた。逃げ場はない。つかおいぃぃ!! 「お前ら(生徒)」という言葉に混じって、「獲物」という不穏な言葉が副音声として聞こえるんですけどォォ!? なに、おれら食べられちまうわけか!? 


 いや、…………考えようによっては悪くないかもしれない。今食べられれば、冬季のレポートも仕上げなくて済むし、めんどくさい人生とやらも生きずに済むか。って、違うだろおれ!! Not・あいあむ・獲物!


 つ、と瀬野が扇で入口の扉を指した。

 その動作の意味を完全に認識する前に、教授は逃げる隙を与えず、おれたちが入って来た研究室の扉に鍵をかける。


「闇鍋の開始だ~! やった~! わ~い!! 食べていい?」

 パチン、バシッ

「あうち! ………瀬野ちゃん、痛い。まだなのか~」


 元気いっぱいの天然娘、四十九院(つるしいん) 胡桃(くるみ)の頭の中には鍋の事しかないようだ。先程から鍋に箸を付けようとしては、扇や丸めた新聞紙などで叩かれている。彼女はいわゆる「天才と馬鹿は紙一重」タイプの才女で、こうやって教え込まないと覚えない……らしい。家は古くからの士族の家系だとか、陰陽道や巫女関係の家だとか言われている、これでもれっきとしたお嬢様だ。愛すべきアホの子だが。


「……。」こくり。パチン。


 瀬野はそんな胡桃の古くからの友人であり、絵に描いたような「大和撫子」である。長くすべらかな黒髪を赤い紐で纏め、常に着物で登校して御淑やかに大学生活を送る様は、「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」という女性美言葉三箇条の代名詞的存在感であり、彼女もまた、華族出身のお嬢様という噂である。男性陣どころか、女性陣をも虜にする学園のマドンナだ。少々マイペースというか、気まぐれというか、無口が過ぎるきらいもあるのだが、そこがいいと熱狂的なファンがいるのである。――おれはチガウケドネ。




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