1、研究室でうたた寝をしていたら
これは、俺たちが体験した“箱庭大学”の、とある研究会の、とある年末年始の記録である。
気が付いたら異臭のする部屋でおれは寝ていた。
どうやら気絶していたらしい。頭が物理的に痛い。胸焼けがひどく、吐き気がして体調は最悪一歩手前の状態だ。きっとRPGゲームのプロフィール画面風におれの状態を示すと、『HP:10/100、状態異常:毒、麻痺、脱力』などというものが出ているのではないか、と取り留めもなく考える。思考が纏まらない。
おれは眼が冴えるまで、ぼーっと天井を眺めていた。
部屋の天井に設置された古びた汚れのある縦長電燈と、白塗りの壁に残った炎上跡に見覚えがある。
あれは今年の夏、おれの通う大学の先生やゼミの仲間たちと研究室で小さな宴会をして、ちょっとしたボヤ騒ぎを起こしてしまった痕跡だ。火事の火の元であるバーベキューをした火鉢の消火後。大学の事務員さんにこっぴどく怒られた時、先生含めた六人で肩を落として『これどうしようか』と一斉に見上げ、緊急相談会を開き、ゼミ発表研究でもないのに一緒に悩んだ。結局、どうしようもなくてそのまま。
今おれが見ている天井の焼け焦げた痕跡は、後輩に申し訳ないような後悔と『次は上手くやってやろう』という教授の力強く挑戦心に溢れた無謀な言葉とともに、妙におれの心に残った事件を思い起こさせた。
―――ということは、ここは箱庭大学の千歳ゼミ、日本文化研究室の一室か。
横になったまま、焦点のイマイチ合わない霞む視界を巡らす。
覚えているのは、鍋の中の黒い物質と同じサークルの奴らのなんとも言えない表情。どうして自分はこんなとこでゴミに紛れて寝ているのか。どうしてこの研究室では、ゼミ顧問の先生や友人たちが死屍累々(ししるいるい)と化して、一緒になって眠っているのか。鍋の中の異臭を放つモノ――もとは食べ物らしき黒焦げ――はなんなのか。あ、頭が、痛い……。
始まりは、同じ研究室だったアイツの一言。
「ねえ! 鍋しない? 鍋! 外雪降ってるし、帰れなくなった人とか集めてこうぱーっとさ!」
「いいな! じゃあ研究室で忘年会でもせえへんか? 佐久間ももちろん参加だ!」
今になって思うが、何故ここで自分は帰らなかったのだろうか。
ちなみに佐久間とはおれのことだ。箱庭大学文学部所属の至って不真面目な学生である。
大学の教室から窓の外をみれば広がる一面の雪景色。ちらり、前を窺えば当然行くよね? などと云わんばかりの友人共の顔。雪の中を歩いて帰るか、この面倒くさそうな友人共の提案に付き合うか、二つに一つ。
答えは決まっている。
「嫌だ。めんどい。おれは帰る。」
そう、おれは断った。だが、言いだしっぺの蜜柑と鞍馬の奴が、「いいからいいから」と嫌がるおれを無理やり引き摺り、研究室まで運んで行った。抵抗するのも面倒くさくてな。冬はなるべく動きたくない。ついでに面倒事も御免だ。
短編を分けて一部追加しました。