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第6幕  未知との邂逅


それは唐突に柊の目に飛び込んできた。

「エド!?」

柊は咄嗟にエドを抱きしめようとした。

しかし、エドの体が急激に跳ね上がり、痙攣して柊の手の中から落っこちてしまう。

「エド!エド!!」

柊が床で何度も痙攣を引き起こすエドを必死になって抱え上げる。

手の中でも痙攣の収まらないエドは完全に意識をたっているようで、柊の必死の呼びかけにも応じない。

何が起きたのか、全くわからなかった。

エドと強烈なリンクを開いていた柊にすら、前兆は感じられなかった。

葵が家を出たすぐ後、エドを部屋に置いてお風呂に入っていた柊は、突然エドとのリンクに凄まじいノイズを感じ、慌てて部屋に戻ってきてみればそこではエドが床に倒れてビクビクと痙攣をおこしていたのだった。

柊は全力でエドを抱きしめる。

「エド!」

エドの痙攣は収まるどころか徐々に激しくなっていく。

柊は繰り返しエドの名を呼んだがエドからの反応はない。

柊は戦慄した。

エドが死んでしまうかもしれない。

その考えが頭に浮かんだ途端に一気に足元が崩れ落ちるような感覚に襲われる。

目の前が真っ暗になって、まともな思考ができなくなる。

息がうまく吸えない。

エドの痙攣が激しくなるのに合わせたように体がガクガクと震えだす。

エドの体をうまく抱いてあげられない。

落としたら・・・!

かろうじてその考えが頭に浮かんだ柊は、必死になってこわばる体を動かして自分のベッドに近づいていく。

一歩一歩が嘘のように長い時間に感じられた。

はっ・・・はっ・・・

エドをなんとかベッドに横たえると、今度は全身の体温が一気に上昇し、一瞬にして過呼吸のような症状に襲われる。

どうすれば・・・どうすればいい・・・

痛む肺を胸の上から押さえつける。

せめてエドが元の体の状態ならば、体温を計るとか、体を冷やすとか、呼吸を確かめるとか、何か行動することができたかもしれない。

しかし、今はエドの姿は人形そのものだ。

呼吸はもとより、心拍数さえ感じられないのは始めの頃にエドを抱き上げた時から分かっている。

何をしたらエドの状態が改善されるのか、想像もつかない。

柊は混乱と焦燥から顔をグシャグシャにしてエドを見守ることしかできなかった。

「エド!?」

暫くして柊はエドの体の変化に気がつく。

エドの痙攣が徐々に収まってきていた。

柊は咄嗟にエドの手を握る。

今だに痙攣を続けているものの、一番ひどい痙攣を起こしていた時よりも随分とその激しさを収めてきている。

柊は息を飲んでエドの容態を見守った。

やがて、5分ほどの時が過ぎただろうか、ようやくエドはほとんど痙攣を起こさなくなった。

意識は相変わらず戻らないようで、ぐったりとしていたが、なんとか切り抜けたのかもしれない。

しかし、柊は安心できなかった。

恐ろしいのは、回復したのではなく、絶望的な状況になってしまってはいないか、ということだった。

柊がどうやってエドの生存を確認しようかと、思考を巡らせ始めた。



その時だった。



エドの体が淡く輝いたかと思うと、一瞬にしてその光を閃光に変えて柊の視界を奪った。


見覚えのある光景だった。

まるで、エドが柊の目の前に姿を現した時のような・・・。

完全に感覚のおかしくなった両目を咄嗟に閉じ、視力の回復をまつ。

エドの事で既に思考が停止しかけていた柊は、エドの光によって視力を一時的に奪われても大きな混乱をおこさなかった。

徐々に目を開いていく。

視界がエドの姿を・・・


エドの・・・


エドは・・・


エドは、悪魔の姿を取り戻していた。


「!?」

柊は目を見張る。

一体何が起きたというのだろう。

エドは魔術の反動で自分の体が媒体である人形そのものになってしまったと言っていた。


それでは、これは一体どういうことなのだろう?


一瞬にして様々な可能性が柊頭のなかを駆け巡る。

しかしそれは、ぼんやりとした輪郭の内にエドのうめき声によって霧散させられてしまった。

「う・・・ぅ・・・」

エドが苦しそうにうめき声をあげる。

柊はエドが生きていることに安堵しつつも、はじかれる様に手を額に当てて体温を計った。

エドの平熱がどれほどのものなのか、柊には想像がつかなかったが、手を当てたエドの額は柊のそれよりも随分と熱いように感じる。

柊は慌てて立ち上がり、階下の台所に走って水枕に氷をザカザカと入れ、それを口に加えながら洗面器に氷水とタオルを突っ込んでこぼさないように両手で持ち、再び部屋へと帰っていく。

乙女らしさのかけらもなかったが、足で器用にドアを開ける。

一瞬、またエドがケロちゃんの姿にもどっているかもしれないという考えがよぎったが、そこにはまだ悪魔の姿をしたエドが横たわっていた。

エドがどんな状態であろうと、柊としてはエドに対する感情に一切影響はなかったが、それでもエドが本来に近い状態でいられることに安堵を感じていた。

エドが嬉しいと感じないことに対しては、柊も同様に嬉しいとは感じない。

柊は焦りつつも気持ちを押さえて慎重にエドを介抱した。

エドの頭を持ち上げ、水枕を差し込む。

タオルを絞って、汗のにじむエドの首筋を拭いてあげた。

「ぅ・・・ぁ・・・」

エドが苦しそうに呻く。

「・・・」

エドの感情に意識を集中させてみる。

ドロドロと混濁していて特に形を成さないそれは、今柊がどういう行動をとるべきかのヒントにはなってくれなかった。

応急処置に特別な知識があるわけでもない柊は、次にどうすればいいのかが分からずに途方に暮れてしまった。

熱くなったエドの手を自分の両手で包み込む。

何もできない自分が歯がゆかった。

医者に、見せるべきなのだろうか。

しかし、この状況をどう説明すればいいのだろう。

そもそも、人間の医療が通じる体なのだろうか。

エドがどういったものを食べるのかすら、柊にははっきりとはわからないのだ。

でも、もしも、次にまた発作が起きたら救急車を呼ぼう。

たとえ人間の医術が通用しなかったとしても、例え人目にエドの姿を晒すことでエドが騒ぎの中心に放り込まれても、命が助かる可能性を捨てる障害にはならない。

柊は祈った。


地獄からやってきた悪魔の命を助けてくださいと。


神ではないなにかに、柊は祈り続けた。





柊が部屋でエドの介抱をしていた頃と時を同じくして。




一人の少女が生命の危険にさらされていた。




橘美月




オカルト愛好会唯一の一年生である彼女は、恐怖に駆り立てられながら夜の街を全力で逃げ回っていた。




美月が自分を追っているモノの正体すら判然としないなかで混乱しながら目指しているのは。




山上葵の自宅である。




恐怖が美月を支配していた。




叫び声すら上げられないような恐怖。




自分の足が何故まだ動くのか不思議に思うほどの




今だかつて経験したことのない恐怖だった








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