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第4幕 助っ人


「よう!お前が葵ってやつか。柊に聞いたよ、頼りになるんだってな。世話になってすまねえが、できる限りの事はお返ししてやりたいと思ってる。協力してくれ」

明るい笑顔(?)でけろちゃんが、言葉を発していた。

葵は再び意識を失いかけた。

「葵ちゃん!気をしっかり!!」

柊が後ろに倒れかける葵を支える。

「だ、大丈夫よ。ちょっと、めまいがしただけ」


柊と葵は、柊の部屋まで来ていた。

公園である程度の事情を聞いた葵は(聞きながら何度も意識を失いかけた葵であったが)とにかくその悪魔とやらに合わせてくれと柊に言ったのだった。

最初は戸惑っていた柊であったが、実物を見ないことには信じられるものも信じられない。

何度も頼むと、柊も決心して承知してくれていた。

葵は改めて目の前の悪魔(?)を見つめる。

どこからどうみてもけろちゃんである。

なんでも柊が言うには魔術の失敗の反動でこうなってしまったらしい。

倒れかけた葵を見てあたふたとしているけろちゃんは、とてもじゃないが柊のいうような巨体の悪魔の成れの果てには思えなかった。

しかし、けろちゃんが動いて口をきいていることは紛れもない事実である。

どうやら葵が今まで見聞きしてきた常識の通じる相手ではないことは、認めざるをえなかった。


「柊から聞いてるかもしれないが、俺の名前はエドって言うんだ。どうもこっちの世界で言うところの悪魔って存在らしい。よろしくな」

随分フランクな悪魔である。

「山上葵です」

葵も居住まいを正してエドと名乗った悪魔に丁寧に頭を下げる。


片手を上げて親しげな顔を浮かべるけろちゃんと、正座して頭をさげる女子高生。

シュール、という以外に言葉のみつからない光景であった。

「さっきも言ったけど、葵ちゃんは私の幼馴染なんです。すごく頭が良いんですよ~」

柊が明るくそう言うのを聞いて、葵は少し頭の中の温度が下がるのを感じた。


「私が、エドの事を好きだって内緒にして欲しいの」


公園で柊は目に涙をためてそう言った。

葵にはその感情が理解しきれなかったが、ほかならぬ柊の言うことである。

無下に断る理由もなかった。


「そうか、それは頼りになるな」

けろちゃんが素直に嬉しそうな顔を浮かべる。

その無邪気な悪魔の姿に、葵は胸が痛んだ。


「それで、私は何をすればいいの?」

しかし、そんなことは微塵も顔に出さずに葵が聞く。

今の柊が望むことならば、親友として全力で実行してあげなければならない。

柊の心が今にも音を立てて折れそうな状況にあって、自分にできることになにがあるのだろうか?


「俺が元いた世界に変える方法を一緒に探して欲しいんだ」

自分にできることなど限界があることは分かっている。

それに、もしも自分が手伝うことによって本当にエドがもといた世界に帰ることになるのなら、それは柊にとって残酷な事をしてしまっているのと同じなのではないだろうか。


「良いわよ」

それでも

葵は、今は柊を信じる。

どのような結末を迎えるかわからない物語でも。

ただ傍観して柊が傷ついていくのを見ているくらいなら、一緒に傷ついてあげたかった。


「良いの?葵ちゃん、そんなにあっさり・・・」

親友だからとか、幼馴染だからとか、同じ女子高生の恋を応援したいだとか、そんなことではない。


「良いわよ、柊ちゃんの頼みだもの」

柊があれほど傷ついた時に、どうしようもなくなって頼ってきたのが自分なのだ。

ここで力を貸さずに、どうする?


「葵ちゃん・・・ありがとう」

傍に立ってあげることくらいしかできなかったとしても。

それをやり遂げる。


「気にしないで、私と柊ちゃんの仲でしょう?」

ようするに、影に日向に柊を見守ってきた葵は、存外男らしい性格をしていたのだ。


柊が涙目になって葵を抱きしめる。

葵は笑いながら背中をポンポンと叩いてやった。

どうにもこうにも、女の子らしい柊に慣れなくて恥ずかしかった。


突然の女の子同士の抱擁に目を手で隠したけろちゃんが困っていた。

「何があったかは大まかに聞いたけど、詳しいことを教えてくれる?」

そう言うと「お、おお」と言いながらけろちゃんがおそるおそる目から手を外す。

しかし相変わらず葵を抱きしめる柊を見て、再び目を隠してしまった。

ケロちゃんはまぶたがないので目で手を塞ぐしかないのだろうか。

どうにもこうにも、威厳の無い悪魔であった。


「柊ちゃん、ちょっと離れないとエドさん困ってるわよ」

「え?」

柊がケロちゃんを見る。その様子を見て慌てて葵から体を外すと少し慌てた様子で「あはは~」と笑った。

ようやく柊の、少し明るい顔を見れた葵も微笑む。

「それで、どういうことがあったの?」

改めて柊とエドに聞く。

二人が説明を始めようと居住まいを正す。

ここからだ、と葵は思った。

どういうエンディングを迎えるかわからないけれど。

ここから、柊とエドのストーリーに私が関わるのだ。

少しでも柊を幸せにしてあげるために、慎重に行動しなくてはならない。

葵が人知れず決心を新たにしたことは、柊もエドも知るところではなかったが。





「それじゃぁ、柊ちゃんが使った道具はこれで全部ね」

そう言うと葵はきちっと整理して書かれたメモを見せて柊に確認をする。

葵は何かが起きたのなら必ず原因があるはずだと考えて、事が起こったときの状況を整理することからはじめようとしていた。

物、言葉、考え、時間、その全ての状況ををできる限りトレースしようというのだ。

「じゃぁ次に二人のその時の行動を教えて。考えていたことも含めて、できるだけ詳しく」

葵は数枚のメモをまとめてコルクボードに貼り付けていく。ちなみにご丁寧にも可愛いミニ柊とケロちゃん人形のイラスト付きだった。

そのきびきびとした動きを見てエドが柊に耳打ちした。

「おい、この子すごいな」

「ふふ・・・なんたって葵ちゃんですからね~」

柊がほくそ笑む。

「葵ちゃんはいつも成績優秀、品行方正、美麗衆目、全校男子の憧れの的なのです。運動音痴なのも愛嬌ってもんです」

「ほぅ・・・何やらよくわからんが、人気者ってことか?」

エドが聞く。

「当たり前です。私にしてみれば何故芸能界があおいちゃんを誘拐して全国トップアイドルとしてプロデュースしないのか常々疑問に思ってます」

「よくそんな奴が協力してくれたな」

「なんたって私の大親友ですからね」

柊が鼻の穴を膨らませて何故かえばる。

「ちょっと、なに言ってるのよ柊ちゃん」

葵が柊に鋭い視線を送る。

「ふふん、どうです。怒った顔も可愛いでしょう」

いよいよ柊が無い胸をはってふんぞり返る。

葵がそばにいることで大分気分を持ち直したのか、いつもの様子に近くなった柊を見て安堵しつつも葵はため息をつく。

「馬鹿なこと言ってないで早く次に行くわよ」

はーい、へーい、と二人(?)が答える。

「じゃあまずは柊ちゃんからね」

葵とエドが柊に目線を向ける。

「えーなんで私からー」

「恥ずかしがんないでさっさと言いなさい」

「は、恥ずかしがってなんかないよー!」

柊は顔が真っ赤である。

「ほら、私と別れたあとからでいいから。放課後の事を詳しくね」

葵にそう言われると、うーうー唸りながらも、しばらくして柊は諦めたのか放課後の自分の行動を語り始める。


一人で会室に行ったこと。暇だったので先日葵が調べてきた悪魔寄せの儀式をしようと思い立ったこと。葵のレポートを見ながら道具を用意して配置したこと。

葵はその話のどれが不審でどれが不審ではないのか判断をしかねたが、柊がスラスラと説明する様子に柊の記憶力の良さを改めて実感する。

勉強は興味がないのかからっきしな柊だったが、こういうことにかけては人一倍記憶が良いのだ。オカルト関係で夢想することも多いのか、想像力も人並みではない。

何十にも及ぶものの配置関係や向きまで詳細に説明する柊に、エドも驚いているようだった。

柊の事見直した?


「それで、悪魔さんの姿を想像したの」

「どういうふうに?詳しく話せる?」


葵が柊に聞くと何故か柊は一瞬躊躇するように言葉に詰まった。

「?」

何を躊躇しているのだろうか。余程恥ずかしい想像でもしたのかと思った。

「角が、・・・巻角が生えているの。所々に汚れやかけた跡があるの。牡羊の角に似ていて、波打ってる」

そういうとエドがハッとした表情で柊を見つめた。

葵は不審に思ったが、言葉を挟むことなく柊の言うことに耳を傾けた。

「翼が生えていて、真っ白な翼よ、悪魔なのに、天使みたいなの。大きな骨格にびっしりと小さな羽が生えているの。背は私よりずっと大きくて、見上げないと目が合わない」

まるで本当に見てきたかのように、柊は想像した悪魔の姿を鮮明なイメージで語る。

「髪の色は深い黒なの、目は赤くて長く伸びた髪の間からギラギラとした視線でこっちを見ている。体は人間とあまり変わらないかな、ただ、爪が鋭くて長いの。刃物みたいに尖っていて、人間なんか簡単に引き裂かれてしまうほど」

「それって」

エドが口を挟んだ。さっきから、何か様子がおかしかった。

「それって・・・俺のことか?」

エドが目を見開いたまま、そう呟く。

葵はエドがそう言うのを聞いて、僅かに眉を上げた。

「うん」

柊が頷く。

「私が想像した通りに、エドが現れたの」

エドは驚きを隠せない様子で呆然としていた。

どういうこと?と葵は不思議に思った。

エドの本来の姿は、今柊が言ったとおりの姿だということだろうか。

なにか、エドがこちらの世界に来てしまったことと関係があるのかもしれない。

葵はもっと詳しく話しを聞いてみたかった。

「柊は、元々エドの姿を知っていたの?」

柊が首を横に振る。

「ううん。知らなかった」

「でも、エドの姿は柊が言った通りの姿なんでしょ?」

葵がエドに尋ねると、エドは無言で頷いた。

「そうだ、柊が言ったとおりだ」

葵は難しい顔をして考え込む。

柊が想像したことによって、エドという記憶を持った何かが姿を持って形作られたのか、それともエドと柊は過去になんらかの接点があったのか、もしくは何かの偶然で柊の想像力がぴったりとエドの外見を当ててしまったため、エドが儀式に引き寄せられてしまったのか。

今の情報では判断しかねた。

「それで、その後は?」

葵が柊に尋ねる。

「その後は、葵のレポートに生贄を捧げるって書いてあったから、生贄担当のケロちゃんにナイフを突き刺した」

柊の言葉にエドがギョッとする。

無理もない、彼が今まさに姿を借りているのが当のケロちゃんである。

「どこに?」

「腹に」

エドが慌てて自分の(?)腹を見てさする。

幸い柊が使ったのはマジックナイフであったので、腹部が裂けて中の綿が飛び出るような悲惨な事態は起こっていない。

エドは気味が悪そうに自分の腹部をなでていた。

「それで?」

「そうしたら、ケロちゃんが一気に光りだして、気づいたらエドが目の前にいたの」

「その後は、さっき聞いたとおりなのね?何か言い忘れていたこととかは無い?」

柊は頷く。

「ないよ。これで全部」

ふむ、と葵は腕を組む。

柊のことだ、大きな言い忘れはないだろう。つまり、今までの話のどこかにヒントが転がっているはずである。

魔術の心得など当然ない葵にとって、今の話のどこがターニングポイントなのかはまだわからない。そもそも魔術というものに対して、その存在も含めて疑念の絶えない葵であったが、動くけろちゃんや柊の急激な心情の変化を目の当たりにした今、信じないわけにもいかないだろう。

なんとなく気になるのは、やはり柊がピタリとエドの姿を正確に想像したことだった。


そこまで考えて、葵ははたと気づく。

当たり前のことなのに、何故今まで思い至らなかったのか。

柊の急激な心情の変化は、エドの魔法によるものが原因だ。

いわば強制的に好きにならされた、という不自然な状況であるわけだが、柊はそのことを分かっているのだろうか?

惚れ薬を飲まされたような、不自然な恋だということを。

わかった上で、それでも良いと思っているのか。それともその事にも気づけなくなるような魔法なのか。もしくは、何かそれを受け入れるだけの理由があるのか。

まだ、柊が言ってないことがあるような気がした。


葵は柊に尋ねてみたかったが、柊はエドに自分の気持ちを知られたくないと言った。

どのみち今は尋ねられないのだ。葵は一旦その疑問を頭から振り払うことにした。



「それじゃぁ次はエドね」

「お、おう」

葵はエドが頷く姿を見て胸の中に不安が広がった。

柊の話では、エドには婚約者がいるという。

その人の話が出てくるかもしれない。

そうなった時に、柊は再びふさぎこんでしまわないだろうか。

エドから目線を切って柊を見つめる。

柊は、葵の視線に気づくと、僅かに首をかしげて微笑んだ。

柊の心の中が読めないのが歯がゆかった。


「おい、話していいか?」

見つめ合う二人を見てエドがそう聞く。

この悪魔は、あまり空気のよめないやつなのだろうか。

「良いわよ、話して」

葵が頷くと、渋々といった様子でエドが口を開く。

「どこから話していいのかわからないが、どうすっかな」

「あなたがこっちに来た所さえ詳しくわかればそれでいいわ。もしその前のことも話してくれるなら、要約してくれれば十分じゃない?わからないことがあったらその時にまた聞くし」

それじゃぁ・・・と言ってエドは改めて話を始めた。



「そもそも、俺がいたところの他に世界があるなんて考えたこともなかった。柊に地獄という言葉を聞くまでな。自分がその悪魔っていうよくわからんもんなのかも、今はまだわからん。俺の世界では様々な種族の生き物が、毎日戦ってた。自分たちの安全を守るためだったり、ただ単に殺戮を楽しむためだったり。豊かな土地を奪うためだったり、理由は様々だ。」

そこまで言ってから、エドは僅かに俯く。

「俺たちの種族は、殺戮される側だった。弱かったんだ、俺たちの世界ではな。魔力をほとんど持たない俺たちは、生えている翼を使って逃げ惑うことしかできなかった。集落を作っては壊され、作っては壊されの日々だった。安寧の日など、訪れたことがなかったんだ」

葵も柊も黙って話を聞く。

人間よりはるかに強い力を持つであろう目の前の悪魔が、地獄においては弱者だという話が俄かには信じられなかった。

「俺たちが生まれてからもいくつもの集落が壊されて、多くの仲間が死んだ。その時だ、エリスが・・・俺の仲間だが、そいつがこれじゃいけないと言い出したんだ」

エリス、という名前に柊の肩が僅かに動いた。

「エリスは魔法の習得の必要性を熱心に語ったよ。俺たちは腕力が弱かったからな。それとは別の方法に活路を見出そうとしたんだろう。色々なことがあったが、最終的にはエリスと、そして俺が魔術の習得に成功したんだ。そこからは展開も早かった。周囲にあまり驚異となる種族が少ない土地を選んで集落を作ったんだ。もちろん危険があまりない種族といっても、それは平時のことだ。テリトリーを犯されれば奴らだって当然怒る。エリスが予想したとおり、戦争になった。正直、苦しい戦いだった。仲間も沢山死んだし、死ななかった奴も大きな傷を負った。・・・でも最後には俺たちは勝つことができた。相手の種族を一掃してな。その後は俺とエリスが周囲に魔術トラップを何十にも張り巡らして、集落の安全を確保した。10日がすぎ、20日が過ぎ、その頃になって報復に怯えていた俺たちはようやく自分たちが安全を確保したことに確信を持ったんだ。みんな喜んだよ。火をおこして、ご馳走を並べて、みんなで踊ったり歌ったりしながら初めての勝利を祝ったんだ。その時に、宴も終わりに差し掛かった頃にだ、俺とエリスは俺の家で二人きりになった」

葵は柊を見る。

柊の表情は、葵の位置からは伺うことができなかった。

「俺とエリスはお互いに愛し合っていたんだ」

葵はいよいよ柊の事が心配になった。

また泣き出したりしないだろうか。

「俺はエリスに結婚を申し込んだ。始めはエリスも戸惑っていたけど、段々とその考えを変えてくれたんだ。俺はエリスを抱きしめて、エリスもそれに応えてくれた。」

柊は微動打にしていなかった。

「俺はエリスに・・・その・・・なんだ・・・口づけをしようと思ってな・・・。顔を近づけていったんだ。エリスも目をつぶってな。今まさに、口づけをかわそうとした瞬間だった。目の前が真っ白な先行に包まれてさ。エリスが・・・いや、違うか、俺が消えたんだ。一瞬のことだった。本当に嘘みたいにさ。直前まで体の異常なんてなにも感じなかったし、それが起きた時だって、ただ腕の中のエリスが消えたくらいにしか感覚はなかった。

目を開けたらそこに、自分を見上げて目を見開いている柊がいたんだ」

柊は動かないし、喋らない。体も震えていないようだった。

「だから、俺は特別なことをしていたわけじゃないぞ。本当に唐突に、なんの前触れもなくそれが起きたんだ。その後は柊が説明しただろ?これで全部だ」

エドがしゃべり終えて押し黙る。

まぁ、小っ恥ずかしい話をしたのだからテンションを上げろという方が無理だろう。

「・・・」

柊のことも心配だったが、自分の感情を抑えているらしい。

傍目には落ち着いているような様子が見て取れた。

葵は今の話を考えてみる。

出会ったばかりのエドの内面については詳しいことはわからないが、案外適当な性格をしていそうな印象があるエドのことだ、話を落としていることも考えられる。

今の話の中になにかヒントがあるのだろうか?

やはり、重要になってくるのはソレが起きた瞬間の事か。

エリスという女性、そしてお互いがキスをしようとしていたこと、もしくは抱きしめ合っていたこと。

そのどれかが柊の儀式に反応した可能性がある。

ただの偶然という可能性もあるが、そんなことを考えだしたらキリがなかった。

柊がエドを元の世界に返してあげたいと望んでいるのならば、今はわずかでも可能性のあることを一つずつ試していくしかない。


「整理してみましょ」


葵がそう言って書き連ねていったメモの束を並べ替えていく。


「まずこれが柊の行動と使った道具の配置ね。格好はこう。口にした言葉はこれ。時間から予想するに、部屋の中はこんな感じで夕焼けに染まっていた。」


柊がサラサラと簡潔な部屋の様子を絵で描く。


「次にエドの方ね。エドの姿はだいたいこんな感じかしら?」


話を聞きながら描いていたエドの想像図を見せる。


「お前・・・すごいな・・・」


エドが感嘆の声を上げる。

別にエドに褒められても嬉しくない葵は「どうも」と冷静な返事をかえした。


「家の中がどんな様子だったか覚えてないかしら?」


「柊ほど詳しくはわからねえが・・・」


そう言ってエドが紙とペンを受け取って部屋の間取りを書き、家具の配置とエドとエリスの位置を書き込んだ。

それを見て葵が頷く。

「なるほど、それで、ここで二人でキスしようとしてたのね」

「ま、まぁな」

「そうしたら、突然光に包まれて気がついたときには柊の目の前にいたと」

「そうだ」

葵は静かにしている柊に声をかけた。

「柊ちゃん、目の前にエドが現れた時の様子は?」

柊は向こうを向いていた顔を葵に向ける。

いつも通りの柊の明るい顔だった。

「なんか、唇突き出して、ん~~~、ってしてたよ」

柊はエドの格好を真似てみせた。

「な!?そ、そんな間抜けな顔をしてた覚えはねぇ!」

「えー、だって本当にしてましたよ?」

エドが慌てて否定するが、柊は笑って取り合わない。

葵は僅かに胸が痛んだ。


「と、とにかく、なんか分かったか?」


エドがゴホンと咳払いをしながら葵に聞いてくる。

葵は肩をすくめてみせた。

「これだけじゃなんにも」

「そうか・・・」

エドががっくりと肩を落とした。

「でもまぁ、二人がそれぞれとっていた行動に意味があるのだとしたら。トレースしてみるとか?」

「トレース?」

柊が不思議そうな顔をする。

「繰り返してみるのよ。できるだけ条件を揃えてね」

「繰り返すって・・・」

「だから、儀式と、キスよ」

葵がそういうとエドがあっけにとられたような様子になった。

柊の方は相変わらず不思議そうな顔だ。

「この二つが何かしら関係してきているかもしれないじゃない。やってみて損はないわ」

「待て待て待て!エリスはいないんだぞ。柊の方はいいとしても、俺の方はどうするんだ?」

「柊ちゃんが代わりをするわ」


「はぁ!?」

「へ?」


「儀式の方は私がする」


「だ、だってそれじゃぁ条件がちがうじゃねぇか・・・」


「あなたがいったのよ、エリスってひとがいないって。そもそも条件が揃わないことなんか大前提でしょう?一つちがおうが二つ違おうが、大したことじゃないわ。試したいのはそれぞれが行っていた行為そのものが関係してるのかもって可能性よ」


「いや、でもだな!それじゃ俺が帰るどころか逆になんか呼び寄せちまうかもしれねえぞ!?何が起きるかわからねえだろ!?」


「それならそれで、その行為そのものに意味があるんだってわかるから良いじゃない。その後にまた別の方法を探ってみればいいだけだわ」


葵がそういうとエドがグゥ・・・とうめき声を上げる。


「柊ちゃん、とりあえず私が考えられるのはこんなとこだけど、それでいい?」

柊が頷く。

「うん、さすが葵ちゃんだね~」

柊が感心したような表情で褒めてくる。エドのときと違って、今度は葵も嬉しかった。


「待て待て待て!それじゃ俺と柊が・・・、その、キ、キスをだな」

エドが慌てふためいて止めにかかる。

「別に、いいですよ?」

と柊は涼しい顔だ。

「お、おまっ!?そ、そんな簡単にするようなもんじゃねえだろ!」

エドが顔を赤くして手をブンブンとまわす。

いったいこのケロちゃんの構造はどうなっているのだろうか。

人形のくせに顔を赤くするなどとは。

「だって、仕方ないじゃないですか。それしか思いつかないんだし。エドは何か思いつきます?」

柊に冷静にそう返されてエドは再びうめき声をあげる。

「で、でもな、俺のためにそこまでしてくれることはないんじゃいか?そ、その・・・お前だって嫌だろう?キ、キスダゾ!?」

「ケロちゃんとですし。ノーカウントです」

柊は全く取り合わない。慌てふためくエドがなんだか滑稽である。

エドは抵抗を諦めたのか、がっくりと肩を落とした。


「それじゃぁ、そうと決まったら今日はもう出来ることはないわね。明日の放課後、条件を揃えて試してみましょう。エドの部屋の方は・・・そうね、柊ちゃんの部屋を模様替えしておいたらどうかしら?あなたたちはこっちで、私は学校で儀式するわ。時計を合わせて、今日と同じ時刻に同時にやってみましょ?」

そう言いながら、葵はさっさと立ち上がってしまう。

エドは既にそれを呼び止める元気もないようであった。

「葵ちゃん、本当に、ありがとう」

柊が真面目な顔をして目を伏せながら礼を言ってくる。

「柊ちゃんの頼みですもの、気にしちゃダメ」

柊に微笑みかける。

「家まで送るよ?」

柊が立ち上がりかけたが、葵は首を振って断った。

「大丈夫、大きな通りを選んで帰るから心配しないでいいわ」

「でも・・・」

「それより今日はもう休んだら?柊ちゃんだって、疲れたでしょ?」

「・・・うん」

柊はまだ迷っているようだったが、葵は柊に微笑みかけて安心させるように頷いてみせた。

「またあした、学校で会いましょ?」


葵は柊に見送られて柊の家をあとにしていった。


期せずしてその夜、葵は別の悪魔と遭遇することになるのだったが。


その時の葵に、そんなことは知る由もない。



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