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他校の天使


 マナエルが降臨してから3日目の朝。


 家を出た僕の目の前に女の子が立ちふさがった。


 この辺じゃ見たことのない制服を着ており、髪を薄く染めていたりスカートが短かったり、派手な子だなという印象だった。身長や顔つきなどからして中学生だろうか。


「君は?」


 無言でにらんでくるのでそう尋ねると、


「君は、とか超ウケる」


 と思いもよらない反応が返ってきた。ウケてるんだったらもう少し笑ってほしい。


「アンタでしょ、天使にコクった椿井っていう人」


「そうだけど、そういう君は?」


「ノア」


「のあ?」


「アタシの名前」


「ああ。そりゃまた説話的なお名前で」


「バカにしてんの」


「違う。感心しただけだよ」


「じゃあいいけど」


 素直だった。それとも無関心か。


「どういう漢字で書くのかな」


「刀の右肩が凹んだのと、愛」


「ん? ……ああ」


 視覚的な説明だったので一瞬わからなかった。乃愛のあか。


「それで、乃愛ちゃんは僕になんの用?」


「修学旅行で近くに来たから、そういえば天使にコクった人がいたなと思って。顔を見とこうかなって」


「それ、時間は大丈夫?」


 乃愛はケータイを操作して、


「あとちょっとなら」


「そうか。でも、見たところで大して面白い顔でもないよ」


「うん。なんかフツー」


「正直だね」


「よく言われる」


「正直って漢字は直線ばかりだからね、心の柔肌を傷つけることもある」


「何言ってるかわかんない」


「……歩きながら話そうか。このままじゃ僕が遅刻する」


「ん」


 乃愛は無表情にうなずいて僕についてくる。


 どうにもディスコミュニケーションだ。年齢は3つと違わないはずなのに、もうジェネレーションギャップができているのか。彼女から見れば僕はもう古い人間なのか。心の中でため息をつく。


「ところで乃愛ちゃんはどうして天使に興味があるんだ?」


「ちゃん付けキモイ」


「……希望する呼び方とかある?」


「乃愛でいい」


「それで、乃愛が天使に興味を持っている理由は?」


「アタシの中にも天使がいるから」


 一瞬、つい足が止まってしまう。


 僕は〝天使に告白した変わり者〟として少しばかり目立ってしまったので、僕の顔を見ようと思ったという乃愛の言葉を嘘だとは思わない。

 ただ、修学旅行のついでというならほかにも同行者がいて、どこかで様子を眺めているのではないか、と内心では気が気でなかった。


 想定していたことといえばその程度で、乃愛が天使の宿主だという可能性は考えもしていなかった。だから、信じたわけじゃなく、突拍子のない言葉に耳を疑っただけだ。


「……乃愛の学校ってどこ?」


 尋ねると、乃愛の目が少し細められる。


「華ヶ見台中学」


 それは国内で『降臨認定』された7校のうちの1校だ。


『天使の問題』は確か――〝いじめの禁止〟。


 詳しい内情まではわからないが。いじめの加害生徒に対して、天使が直接警告をするらしい。


「『天使の問題』はどんな内容?」


 真偽はともかくとして、天使の宿主を自称するのなら、これくらいすぐに答えられるだろう。様子見の質問だったが、乃愛は口を尖らせて、


「疑ってるの」


「そりゃまあ、簡単には信じがたいよ、当然」


「証拠を見せればいいんでしょ」


 そう宣言して黙り込むこと数秒。


 ポケットの中でケータイが振動した。


 まさかと思いながらケータイを取り出して通話ボタンを押す。


「もしもし……」


『あまり乃愛を困らせないでやってくれ。彼女はああ見えて怖がりだし意地っ張りなんだ』


 その声は洋画の吹き替えのようにキマっていた。芝居がかった口調とあいまって、電話の向こうの相手はさぞイケメンなのだろうと、声だけで想像できた。


「はあ」


「ちょっとルシフェル、変なこと言わないで」


 乃愛が慌てて口を挟んでくる。


「……ルシフェル?」


 天使でありながら神に反逆して地獄に落とされたという、あの堕天使ルシフェル?


『いや、君たちの世界の物語にある天使の名前とは別物だ。オレたち天使には個別の名前はないし、そもそも名付け親がいないからな』


 僕の戸惑いにルシフェルが答える。

 そういえばマナエルも名前には無頓着だった。


「あたしがつけたの。格好いいでしょ」


 乃愛はどうだとばかりに自慢げな顔をする。


 しかし、ルシフェルといえば堕天使の親玉だ。アダムとイブに仕えろという命令が不満で神様に背いた天使。人間嫌いの筆頭と言ってもいい。天使につける名前としては不穏当というか、自分の船にタイタニック2号と名付けるようなものだろう。


「そんなことより、この電話の相手って……」


「証拠を見せるって言ったし」


『改めて――オレはルシフェル。乃愛の身体を借りている天使だ。現状は彼女の心の中で待機しているが、〝表〟に出ずに意思を表したいときはこういう手段をとることもある。エンジェルホットラインとでも名付けておくさ』


「はあ」


 名付けておくさ、じゃないよ。ネーミングセンスのひどさに呆れてしまう。


 だが、このルシフェルとやらはおそらく本物の天使なのだろう。


 乃愛はイヤホン類をつけていないにも関わらずこの電話の内容を把握している。


 それに、電話番号は上4桁が文字化けしており、残りは104‐104、つまり104(てんし)104(てんし)。未登録の相手なのに名称は『ルシフェル=乃愛』と出ていた。


 本物ならば、これはチャンスだ。


「今、乃愛は修学旅行中なんですよね。天使が降臨した学校から動いたら『天使の問題』はどうなるんですか」


『当然その期間中は休止している』


「それは、生徒たちに怪しまれませんか」


『多少はいぶかしむ奴もいるだろうが、表立って騒いだりはしないだろうさ。オレたちの『天使の問題』は、あまり歓迎されるものじゃないんでね』


「いじめの禁止でしたよね、確か。天使が――ルシフェルが直接、いじめの加害者に声をかけるって聞きましたけど」


『誰かがいじめられたと感じたら、それがトリガーなのさ。被害者の主観がすべてだから、無自覚の加害者にとっては〝説教〟どころか〝言いがかり〟に聞こえるらしい』


「でも、華ヶ見台のいじめは減ったんだろう?」


 僕はさっきから黙り込んでいる乃愛に話を振ってみた。


「そ、そうよ、ルシフェルは正義の天使なんだから、これくらい当然だし」


『乃愛という良き宿主があってのことさ』


 二人?は互いに褒めあっている。ルシフェルはともかく乃愛は照れくさそうだ。


 これは推測だが、彼らの『天使の問題』は乃愛の考案なのではないだろうか。


 最初に『天使の問題』の内容を訊いたときに乃愛が答えなかったのは、自分が考えた、いじめの禁止などという、悪く言えば〝いい子ぶった〟問題を、明言するのが恥ずかしかったからかもしれない。


 ルシフェルも〝オレたち〟と言っていたし。


『天使の問題』の決め方にも個性があるということか。


 果たして、その個性は天使のものか宿主のものか。


「乃愛が良き宿主だっていうことは、決める前からわかっていたんですか?」


 それは本当の疑問を隠した問いかけだった。

 すなわち、宿主の選定基準。天使が降臨先を選ぶ理由だ。完全なランダムなのか、それとも個人の適正があるのか。


 乃愛の表情が不機嫌そうに曇る。


『東園の天使はその問いに答えたのか?』


「いえ」


『ならばオレが答えるわけにはいかないな。何も知らない君が相手では――問いと答えの重さが釣り合わない』


 断ち切るような返答を残して通話が途切れると、ほぼ同時に今度は乃愛のケータイが鳴った。


「もう戻らなきゃ」


 同級生からの呼び出しの電話らしい。


「そうか、じゃあ気をつけて」


「ん、さよなら」


 乃愛は無表情に言ってきびすを返すと、なんの心残りもなさそうな足取りで去っていった。

 彼女には他校の天使やその関係者と会うことに深い意味合いがないのだろう。今日のことも本当にたまたま近くに来たから、というだけの理由らしかった。


 しかし、こちらはそれなりに収穫があった。


 朝イチとは思えない充実感を胸に学校へ――向かおうとした僕のケータイが再び振動する。


『天使の恋人を志向する者よ』


「……はい」


『好奇心は猫を殺す、ということわざを知っているか』


 寒気のする問いかけだった。


「……余計な詮索をするなということですか」


『そう震えた声を出さなくていい。勘違いしているようだが、オレは君の立場を忠告しているだけだ。君の得た知識は君を目立たせる。猫を殺すのは天使ではなく――』


 ごくり、と喉が鳴る。


『――まあいい、君は猫ではなく人間だ。好奇心を発揮するのはいいが、デリカシーを持てと、それが言いたかっただけだ。じゃあな』


 思わせぶりなことを言って一方的に通話が切れ、それきりかかってくることはなかった。


 これが天使の説教か……なるほど、痛いところを突いてくる。


 ディスプレイに映り込んだ僕の顔は、苦々しげにゆがんでいた。


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