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天使の相談会

 放課後になり屋上へ向かうと、天使はすでに降り立っていた。


 人口密度は昨日の比ではなく、全校集会のときと同等のレベルだ。小さい前倣えすらできない。昨日の一件から、天使が本物らしいという話が広まったせいだろう。


「遅かったわね」


 先に来ていた楓が、こちらに気づいて声をかけてくる。


「ちょっと試したいことがあって」


「天使の尾行でもしていたの?」


 楓は腕を組んで、値踏みするようにこちらを見つめる。


「なんでそれを」


「あなたの天使への執着ぶりなら、それくらいやりそうだと思っていたから」


「い、いやだな、執着なんて。僕はそんなねっとりした情念とは無縁の男だよ。血液だってサラッサラだよ」


「どうだか」


 まあ、実際、楓の言うとおりだ。


 HRが終わってすぐに、僕は一年一組の教室へ行っていた。


 天使の本体がわかったのなら、やることはひとつ。柊真奈佳が実際に天使へと変わる瞬間が見たかったのだ。


 だが、結果から言うと失敗だった。


 僕の到着とほぼ同時に一組のHRが終了して、生徒たちが廊下へと流れ出てくるが、その中に柊真奈佳の姿はなかった。

 一年生たちに怪訝な顔をされながらも教室に入るが、やはり彼女はおらず、その代わりに一ヶ所だけ窓が開いていた。彼女の席の、すぐ横の窓だ。

 クラスメイトに尋ねても、彼女がいつ、どうやって教室から出ていったのか、知っている者はいなかった。


 柊真奈佳が天使の本体だというのは兄の柊秋人の言葉であって、直接的な証拠はない。身内の証言は証拠能力が落ちるというし、まだまだ疑わしい話ではある。

 それでも、一連の彼女の行動はミステリアスで、もしかして、という気にさせてくれるには十分だった。


 ――のだけれど。


 改めて、階段室の上に立つ天使を見てみても、やはり柊真奈佳と同一人物とは思えない。

 髪が伸びているのはウィッグで、眼鏡が外れているのはコンタクトで、それぞれ説明はできる。それなら、静かながらも堂々とした態度や、無表情に冷たさを感じるくらい均整の取れた目鼻立ちも、〝中身〟が替われば実現できるのだろうか。


 いろいろと疑問は尽きない。

 しかし、今日の屋上にはそれ以上に気になることがあった。


 集まった生徒たちはすべて天使への面会希望だとばかり思っていたのだが、どうもその中に場を仕切

っている集団がいるようなのだ。


 階段室の前に、天使への接見を阻むように数名の生徒が立ちはだかり、ほかの生徒たちを整列させている。


「何あれ」


 楓に尋ねると、不機嫌そうに眉をひそめる。


「あなたが来る前に名乗っていたわ。『天使の問題』管理委員会――略して天使委員会だそうよ」


「へえ。学校が許可したの?」


 一般に、委員会というのは会社などの組織から権限を与えられた人たちが、その組織についての問題点を解消するための仕組みだ。


「まさか。学校はまだ正式には天使の降臨を認めていないもの。委員会というのも自称よ。どちらかといえば部活動――いいえ、ボランティアのようなものでしょう」


「〝崇拝者〟か」


「あなたと同じね」


「いやいやいや」

 僕はすぐに否定する。ずいぶんな言い草だ。

「全然違うよ。連中は崇拝。僕は恋愛。この違いがわかる? 崇拝は対象を上に見るけど、恋愛は対等。同じ目線なんだよ」


「天使という〝特別〟に近づこうとしている点では共通しているじゃない。仲間に入れてもらえば?」


「さっきから言葉キツくない?」


「あの人たちが宗教とか始めちゃったら、生徒会として止めないといけないのかしら」


 楓は口調こそ冗談めかしているが、表情は穏やかではない。


『降臨の日』から一週間、天使に絡んで新たな新興宗教ができたり、既存の新興宗教の活動が活発になったりということは実際に起きているからだ。それに絡んだ事件も多発している。


『天使の問題』の中には「学校内で新しい宗教を作る」などの宗教に関連したものも複数あって、一連の天使現象と宗教をつなげて考える人は非常に多い。天使自身がそうなるように仕向けているのではないかという意見すらある。


「その前に天使が止めるだろ」


 少なくとも、自分を担ぎ上げようとする集団が出てきたら止めようとするだろう。天使は公に否定している。


「……そうね」


 楓も認める。


 世界が天使の力を認ざるを得ない理由のひとつ。それが『降臨の日』の三日後に世界中に頒布された一大コマーシャルだ。


ÅÅÅÅ天使を装った詐欺・窃盗、悪質な勧誘にご注意くださいÅÅÅÅ


 近頃、天使を装っての訪問販売や各種契約の勧誘が多発しておりますが、天使側ではこのような活動は一切、行っておりません。


 また、天使がそのような活動を個人または団体に委託している事実もありません。


 天使と関連付けられたグッズ販売や集金など金銭授受の発生する行為は、すべて天使の認めるところではありません。


 天使が特定の宗教・宗教団体を公認し、その体系に属することはありません。


 教義の中にすでに天使が組み込まれている場合、それはわれわれ(グリニッジ標準時20XX年10月30日に降臨した天使)とは異なる概念とします。

 これらは相互不干渉であり、各宗教の教義に記されている天使について否定および肯定するものではありません。


 人類の皆様におかれましては、天使の名を騙る個人・団体には十分にご注意ください。

 また、このような不審な個人・団体を発見した場合には、最寄りの警察機関へのご連絡をお勧めします。


ÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅÅ


 こんな文言が各国の有力新聞の一面広告、テレビ・ラジオ放送、ネット広告にメール広告、果ては街宣車のスピーカーからと、あらゆる媒体から流れたのだ。テレビCMなんて前代未聞の1分30秒尺だった。


 理屈を考えるのも馬鹿らしい、奇跡の力としか言いようのない現象。


 スポンサー料はもちろんなし。広告面を勝手に使われた企業からは損失額を補填せよという声明が共同で出されたが、その会見はコントにしか見えなかった。


 ただ、天使の奇跡の力がどれだけ圧倒的でも、人の心まで変えられるわけじゃない。力に純粋に憧れる者、利用できないかと考える者、強い好奇心を抱く者は数多く、天使に近づく人たちは『崇拝者』と一括りで呼ばれている。


「まあ、屋上が混雑して危ないから、交通整理役を買って出てくれてるだけなのかも」


「どうかしら……あ、向こうから説明してくれるみたいよ」


 楓の視線につられて前を見ると、天使委員会の一人がこちらへ歩いてくる。


 線の細い男子生徒だ。身長は僕と同じくらい。縁なしの眼鏡をかけており、神経質そうな外見である。眼鏡のブリッジをクイッと持ち上げたりするタイプだ。

 さあ、持ち上げろ!と心の中で念じると本当にやった。


「存外に遅い到着だな、椿井智実。先んじた者の余裕か?」


「滅相もない」

 上履きの色から三年だとわかり、僕は一応敬語で答える。

「あの天使ってすごい淡白なんですよ。個人の判別なんてしてないんじゃないですか。僕らがアリの個体の見分けがつかないのと同じで」


「そんなことはない。こちらが誠意を持って接すれば、天使は応えてくれるさ」


「どんな応えを望んでるんですか」


「僕は何も望んでいない」

 先輩は眼鏡の奥の目を細めて、

「天使委員会――滑稽だという自覚はあるさ。だが、仕切る者がいなければ場が混乱するだろう。昨日のことで天使の力が本物である可能性が高まったのだから、今日の屋上の混雑は想像がついたはずだ。生徒たちがめいめいに騒ぎ立てる状況を放置してしまっては天使の失望を招く。この程度の集団も律することができないのか、とね。本来ならば生徒会が率先して行うことだ」


 先輩は眼鏡を持ち上げつつ、最後の言葉を楓に向ける。


「確かに……、その点については、思慮が不足していました」


「あれ、意外と素直」


 もっと反発すると思っていたのに。


「茶化さないで、これでも落ち込んでるの」


 どうやら楓は本当にショックを受けているようだ。屋上に来たときから不機嫌そうだったのは、天使委員会の行動を見て、生徒会の不備に気づかされたから、なのかもしれない。


「い、いや、決して君個人を責めているわけではない。ほかの人間は――そう、生徒会長は何をやっているんだ?」


 楓の落ち込み具合に罪悪感を覚えたのか、先輩がそんなフォローを入れるが、


「あの人は使えないんです」


 三人の間に沈黙が下りる。そう断言されると二の句が継げない。


「それより、当の天使はこの委員会を認めているんですか?」


「あ、ああ、放課後の人員整理や、ある程度、人手の必要なときには力を貸してほしいと申し出があったよ」


「そうですか。では、生徒会が下手に干渉しない方がよさそうですね。私たちも、学校の対応が正式に発表されるまでは動きようがないので……、よろしくお願いします」


 楓が小さく頭を下げる。


 ……この状況って、楓がかしこまってはいるけれど、要するに面倒なことを喜んで引き受けてくれる人が現れて、楓が楽になっただけじゃないか。


「ああ、任せておきたまえ」

 先輩は得たりとばかりに眼鏡を持ち上げ、自慢げに僕の方を向いた。

「そうだ、君はどうする? 天使のそばにいたいという下世話な動機でも、われわれ天使委員会は来る者を拒みはしないぞ」


「いや、いいです」


 数秒の沈黙。


「……そうか。ちなみに本日の天使との面会時間はすべて埋まっている。明日以降についても半分以上の時間が予約済みだ」


 先輩はそう言ってきびすを返し、天使委員会たちのところへ戻っていく。が、その途中でこちらを振り返り、


「……決して、誘いを断ったことへの当て付けではないからな」


 本当だぞ、整理券も配布済みだ、などと言い訳がましい言葉を繰り返した。


 その後ろ姿を見送ると、楓がポツリとつぶやく。


「変わった先輩だったわね」


「うん、まあ」


「天使に近づこうなんて考える人の感性は、一般人とは違っているのかも」


「まだ一人しか見てないじゃないか。早計だよ」


 楓は無言でこちらを一瞥する。目線は下からなのに、見下ろされているような視線だ。この視線を向けられたくて答えをはぐらかしていると言っても過言じゃない。


「帰りましょう。天使に会えないのなら、ここにいる意味もないでしょ」


「いや、終わりまで待つよ」


 階段を下りようとしていた楓がこちらを振り返る。


「どうして」


「告白した翌日に顔も出さないんじゃ、本気が疑われるからね」


「天使にそんなことを気にする情緒があるかしら」


 楓の言葉はどこか刺々しい。


 確かに、天使の精神構造なんてわからないし、そもそも人間の言動を気にかけているのかさえも怪しいところだが、


「ま、試している価値はあるよ。確信ってほどじゃないけど、本命……いや対抗くらいは」


「何をブツブツ言ってるのよ」


 楓は僕の話を聞き流して、カバンからノートを取り出している。


「まさかとは思うけれど」


「今日は宿題が多かったの」

 その割には楽しげに、楓は口元を上げる。

「あなたの恋の叫びを聞き届けてあげるわ。断末魔にならなければいいけれど」


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