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降臨の日 その2

 放送終了後、クラスは騒然としすぎてホームルームどころではなかった。


 放送内容の真偽や是非が半笑いで話し合われ、「もし本当ならどうする?」と異性を冷やかす者や、「放課後か、行ってみようかな」とまだ見ぬ放送者との対峙に思いを馳せる者、「このネタってどっかのニュースで買い取ってくれるのかな」と即物的発想をする者など、会話の尽きる気配すらない。

 午前中の授業でもほとんどの生徒が集中を欠いていたが、先生たちも諦めているのか、ロクに注意もなかった。


 昼休みになると、一応は授業中ということで抑えられていた〝語りたい気持ち〟が弾けたのか、普段の5割増しでやかましくなる。僕は巻き込まれる前に教室から抜け出した。


 しかし、学食もどうせ似たような状況だろう。そもそも廊下からしてすでに雰囲気が浮ついている。どこか静かな場所はないものか、と考えながら歩いていると、横合いから声をかけられた。


椿井つばいくん」


 声の主は向坂楓さきさかかえで


 凛とした外見と声音は、生徒会副会長という肩書きに合わせたかのようでさえある。もっとも、一年次にクラスメイトだった頃から、彼女はこんな感じだ。生真面目でお堅いクラス委員気質。それは外見に限らない。


 あの放送によって緩みきってしまった学校の空気が我慢ならない――楓はそんな顔をしていた。

 いつも以上に目つきが鋭くて、少し怖い。


「どうしたの副長」


「その呼び方はやめてって言ってるでしょ」


「新撰組みたいで格好いいじゃないか」


「女の子に格好よさをプラスするなんてどういう了見よ」


「男子なのにかわいいって言われるよりは肯定的だと思うけど」


「言われたことがあるの?」


「相手は褒めてるつもりなんだから、こっちも曖昧に笑うしかないっていう、やるせなさだけが募るやり取りだよね……」


「そんなことより話があるの」


「あ、うん」


 楓に連れられて向かったのは生徒会室だった。


「静かだけど昼飯が食べられない」


「30分以内に済ませるから、残りの時間で食べて。それなら学食も空いてるでしょ」


「5限目まであと何分とか考えながら食べるのか……」


 時間に追われながらの食事は好きじゃない。味覚がおろそかになるし、そもそも僕はあまり食べるのが早くないのだ。


 こちらの不平を聞き流して、楓は部屋の隅にあるソファに腰かけた。ソファは二人がけのものが二つ、テーブルを挟むように配置されている。僕は楓の対面に腰を下ろした。


「話というのは朝の放送のことよ」


「それ以外のことだったらどうしようかと思った」


「椿井くんは、あれを本物だと思う? それとも、やっぱり偽物?」


 あんな放送を聞いた後で、それが本物か偽物か、なんていう議論になるには、まず前提として、僕たちが〝本物〟を知っていなくてはならない。


 そして、本物は存在する。

 一週間前のことだ。


 世界各地の教育機関で、奇妙な宣告があった。ある学校では校内放送で、またある学校では全校集会で。形はさまざまだったが、その内容にはいくつかの共通点があった。


 ――この学校は選ばれた。

 ――世界をより良くするために、人類はどうあるべきか。

 ――その問いに対する答えを、この学校の生徒に〝実践〟してもらう。

 ――〝実践〟は強制的なものである。


 こんなところだ。

 これだけならただの奇行、愉快犯だし、世界中で同時多発したとはいえ、ネットを使えばそうした呼びかけも不可能ではない。


 だが、これらにはただの奇行では済まされない、決定的な理由があった。


『〝実践〟を強制させる』


 これはただの言葉だ。奇行の主の戯れ言に過ぎず、そのままではなんの強制力もない。


 しかし、本物には〝奇跡〟があった。


〝実践〟を強制させるに足る〝奇跡〟が。


 海外のある学校では「生徒を2つに振り分けて戦争を行う」という、ウチの高校とは逆の意味で耳を疑うような〝実践〟が提示された。


 そんなものは生徒の協力で実行可能なレベルを大きく超えている。


 やるとしても過去の冷戦をスケールダウンした、基本的には血の流れない戦争のシミュレートといったところだろうと、誰もが考えていた。


 だが、テレビから流れる映像は、そんな甘い想像を吹き飛ばした。


 そこでは実際に生徒たちが銃撃戦を繰り広げており、銃声の轟音に合わせてガラスが砕け、地面が抉れ、コンクリート壁に弾痕がはしる、戦争映画の市街戦くらいにはリアリティのある戦争の現実――らしいもの(・・・・・)が映し出されていた。


 たった一つの違和感は、人が死なないという点だ。


 小銃の弾道なんて目には見えないが、周囲の状況から明らかに直撃したと思われる人物でも、出血したり痛みを感じている様子がないのだ。ただ困った顔でその場から退場するだけ。まるで、ごっこ遊びで鬼に捕まったかのように。


 致命傷の〝判定〟を受けたらアウトで一回休みとなり、しばらくは戦争に参加できない――そんなルールがあるらしい。ほかにも、学校限定の戦時協定や戦功による褒章など、生徒作成によるルールブックがウェブ上に公表されていた。


 建物が壊れる銃弾で人が壊れない理屈や、大量の銃器はどこから持ってきたのか、など数々の疑問への、諦めにも似た理由付けとして、いつの間にか〝奇跡〟という言葉が使われるようになった。


 こんなことができるのは神様しかいない、と。


 宣告者が「天の提示」だとか「大いなる意思」といった神様を連想させる言葉を使ったことも、その思考に一役買っていた。


 かくして、宣告者は〝天使〟と認識され、〝実践〟は『天使アーク問題・オーダー』と呼ばれるようになった。


 現在『天使の問題』の舞台に選ばれた学校は998に上っており、そのうち日本の学校が5つ含まれている。


 わが東園とうえん高校が、1週間遅れで栄えある999校目に名を連ねることになるのか、


「それはまだわからないよ」


 というのが正直なところだ。


『天使の問題』は戦争ゲームの学校のように、わかりやすいものばかりではない。むしろああいう派手なものはごく少数で、大半はちょっと面倒な学校行事レベル程度の『問題』なのだ。


「向坂はどう考えてるのさ」


 仏頂面をしている楓に聞き返す。


「99.9%偽物ね」


「あ、やっぱり」


「降臨の日からこちら、どれだけのニセ天使が現れたと思ってるのよ」


 楓は煩わしげにため息をついた。


 ここ最近のニュースといえば『天使の問題』に関するものか、その模倣犯のやらかした騒動だけで放送時間の8割が占められている。現れた偽物の数は、本物の百倍とも千倍とも言われ、正確な数字は公的機関でさえ把握できていない。


「それに、今のところこの学校には〝天使の保護〟もないみたいだし」


「もう確認したの?」


「他校の友達に頼んだのよ」


 その行動の早さには驚いた。


『天使の問題』に選ばれた学校は、当然ながら大衆に注目され、マスコミに狙われることになる。

 そのカウンターとして〝天使の保護〟というものが存在する。


 過剰な関心から生徒を守るための、奇跡の一端――ある種のセキュリティシステムだ。


 部外者の立ち入りの完全遮断はもちろん、外部からのカメラ撮影なども一切受け付けないようになっている。画像にしろ音声にしろ、学校に関するデータを外部の人間が持ち出すことは不可能なのだ。

 理屈は奇跡。

 天使側からそれ以上の説明はない。


 ただ、人の口に戸は立てられないし、内部の人間が情報を広げることに関しては、天使もほとんど口を出してこない。


 インパクトがあって見栄えのする『問題』――例えば戦争や議会運営の真似事を行っているような学校は、特に情報発信が多い傾向にある。これは社会への問題提起の意味合いもあるのかもしれない(ということをテレビのコメンテータが話していた)。


 ちなみに天使の保護という呼称はあくまで楓がそう言っているだけで、ほかにも〝天使の加護〟〝神秘のヴェール〟〝光の衣〟など、おのおの好き勝手に呼んでいる。


「朝の放送内容ね、ディティールとしてはそれなりだったけれど」

 楓はまたため息をつく。

「もう一週間だし、情報が出揃ったからでしょうね。創作としてはよくできていたわ」


「でも『天使の問題』の開始は明日だ、って言ってたじゃないか。〝天使の保護〟がそれに合わせて始動することも考えられる」


「別に明日まで待つ必要はないわ」


 僕の指摘に、楓は目をスッと細める。


「やっぱり乗り込むのか……」


「生徒会として当然のことよ」

 楓は姿勢を正して断言する。

「私は偽物でもなんでもよかったの。『天使の問題』は過激なものもあるけれど、どれもメッセージだと思っていたから」


「メッセージ?」


「矛盾した社会への不満とか、人と人の繋がりが軽んじられていることとか、そういうものに対して、これでいいのか、って呼びかけるような――ううん、叫び声を上げるような激しさが、わたしは嫌いじゃなかった」


「偽物だろうと本物だろうと、言いたいことがあって行動をしたのなら評価する、と」


 楓は小さくうなずき、またすぐに眼光を鋭くする。


「それが何? 恋愛を強要? 冗談じゃないわ」


「落ち着きなって。なんか……」


「なんか、何?」


「いや」


 ――なんか、行き遅れたお局様が新人OLの合コン話に腹を立ててるみたいだよ。


 さすがにそんなことは言えず、僕は不自然と自覚しつつも話を変える。


「屋上に乗り込んで、本人をとっ捕まえるの?」


「……まだわからないわ。気がかりもないとは言えないし」


「気がかり?」


 聞き返すと、それまで鋭利だった表情がかすかにゆがむ。


 先生の話だけど、と前置きして、


「放送室は施錠されたままで、あの時間に立ち入った生徒もいなかったそうよ」



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