降臨の日
朝のホームルームが始まる直前のざわついた空気にまぎれて、スピーカーからノイズがこぼれた。
なんの放送だろう、と僕は少しだけ意識を傾ける。
この時点では、放送を気にかけている生徒はほとんどいなかった。
『皆さん、おはようございます』
落ち着いた、よく通る女子の声は、次いで冗談じみたことを語り始める。
『突然ですが、この学校は選ばれました。天の提示する問題、その回答を実践するための場として』
クラスのざわめきがいったん大きくなり、そして状況を把握すべく静まっていく。
「え?」「おい、今なんつった?」「これって……」「まさか、ねえ」
そんな風に小声で呼びかけつつ目配せをする生徒たち。
『世界をより良くするために、人類はどうあるべきか? ……それが問題の大前提として存在する問いかけです。回答者と同じ数だけ答えがある、広範で漠然としたプリミティブな疑問です』
「やっぱアレだよ」「ウソ、本気で?」「誰がやってんの、これ」
大事を予感する緊張と、小事と茶化す弛緩が入り混じってにわかに騒がしくなる。
『――世界をより良くするために、人類はどうあるべきか?』
一度目よりも強い調子で二度目。
『その問いに対する答えを求めて多くの〝端末〟が各地へと降臨し、すでに実践に移しています。ご存知の方もいらっしゃるでしょう』
それは控えめな言い方だった。率直に言って、ご存知ないという人間は存在しないだろう。
だからみんな、この突拍子もない放送を、ある程度は冷静に聞き入れている。
『この学校での〝実践〟は、愛する、ということです。それも、複数に対して散布するのではなく、ただ一人に傾注するものを――ここでは特に、恋愛に限定します。恋愛が個人を豊かにして、その豊かさの集積が世界をプラスに変えていく、という可能性を探る実践です。ファンタジーじみた到達点とお思いかもしれませんが、今、この世界にはそういうものが必要なのです』
それでも、この内容には誰もが放送者の正気を疑い、どう受け取ればいいのやら、という複雑な表情を浮かべはじめていた。僕もだ。
『ゆえに、私は皆さんに恋愛を強制します。推奨ではなく強制です。明日から開始して、期日は12月24日まで。成就の必要はありませんが、それまでに必ず想いを告げること。なお、この問題についてのご質問・ご相談は私のところに直接、持ってきてください。受付は放課後のチャイムから下校時刻までの間。第一校舎で最も空に近い場所で、お待ちしています』