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第八話


「これは・・・」


葵は、気がつくと一人白い霧の中に立っていた。とても濃く、周りがほとんど見えない。

何となくだが、これは夢なんだなと理解する。

理由はわからないが、自分は夢を見ているのだ、とわかる夢を、以前に葵は何度か見たことがあった。今回も似たような感じなのだ。

きょろきょろと辺りを見回していると、風が吹いたわけでもないのに急に霧が引き始めた。


「やっぱ夢って都合のいいようにできてんのかな」


濃霧の中から姿を現したのは、錆びたブランコや小型のジャングルジムなど、公園にある玩具だった。

それらを囲うようにポプラの木がずらりと植えてある。まるで柵のようだ。

それらを目にした時、葵は一度ここに来た事があるかのような錯覚に陥った。デジャ・ヴュというやつだろうか。


「・・・らね」

「人の声?」


はっとして辺りを見渡す。すると、砂場にしゃがみこむ2人の子どもの姿があった。

1人は男の子、もう1人は女の子であることは、横顔や髪型から何となくわかる。


「これって・・・」


その光景には見覚えがあった。

雪乃のお通夜に出席した日の、休憩室で見た夢と全く同じ光景だった。

ただ1つ違うのは、女の子が泣いているらしく、目をしきりにこすっており、男の子がそれをなだめている動作が加わったことだった。

大して近くもないはずなのに、女の子の声が聞こえてくる。というより、それは直接頭に響く感じだった。


――なら、約束してくれる?



――絶対?ホントに?



――わかった、じゃあ・・・


泣きじゃくりながら話す女の子のセリフは、休憩室の時と全く一緒だった。

一方、男の子の方はと言えば口は動いているのだが、声は全く聞こえてこない。そこだけすっぽりと抜け落ちた感じだ。

ふとこの夢の続きが気になった。

前に見た時はここで目が覚めてしまったが、この夢に続きは存在するのであろうか?

自分が目覚めない事を祈りつつ、そのまま子ども達を見守る。

すると葵の思惑通り、少女が口を開いた。


――からね


語尾はかろうじて聞き取れたものの、先ほどまでとは違いとても聞き取りにくい。

もっと近くによれば聞こえるかな、と近寄ろうとした瞬間、ぐらりと世界が揺れた。


「わわっ!」


驚く暇もなく、みるみるうちに男の子や女の子、そしてすべり台などの景色が遠ざかる。

やがては小さくなり、それも消えた。そして――


「・・・ん」


葵は覚醒した。同時に、チャイムの鐘の音が聞こえてくる。

見渡すと、そこは葵の部屋ではなく3年5組の教室だった。みんな立ち歩いたり各々楽しそうに会話に花を咲かせている。

黒板の上にかけられた時計を見ると、10時半。2時間目が終わったところだ。

その下の黒板に目を向けると、見慣れない化学式でぎっしりと埋めつくされていた。


〈おはよう葵ちゃん。よく寝てたね〉


葵は、開きっぱなしで放置してあった真っ白なノートに『どれくらい寝てた?』と記した。

この筆談も、1週間たった今ではすっかり定着してしまっていた。

授業のノートを取りながらの会話というのも、慣れてしまえばそれほど苦痛でもなかった。

ただ、授業が終わっても内容が全く頭に入っていない、という最大の欠点があったが。


〈授業が始まって5分したら寝てたよ〉

(つまり、ほとんど寝てたってことか)


葵は力なく笑った。

ここのところ、葵はずっと寝不足なのでつい授業中に居眠りしてしまうのだ。

何故寝不足なのかと言えば、その理由は至って簡単である。

葵と雪乃と可奈子、3人で会話する時間を作るために毎朝早起きをして、ホームルームの始まる20分前には学校に着くようにしているからだ。

葵としか会話できないのは雪乃が可哀想、という配慮もあったが、何よりも葵自身、今までは誰とも出来なかった霊についての会話が出来るのが楽しかったのだ。


〈あ・・・、葵ちゃん〉


雪乃が、ちょいちょいと葵の席の真後ろにある掃除用具入れを指差した。

窓と掃除用具入れの僅かな隙間から、セーラー服の少女がじっと一点を凝視している。

以前裏庭で目撃した少女の霊だ。


(またこの子か・・・)

〈最近、よく見るねぇ〉


感心したように呟く雪乃。

彼女の言う通り、裏庭で最初に目撃したその日から、ちょくちょくこの少女を目にするようになった。

裏庭、教室、時には特別教室だったりと出没する場所は特定していないし、雪乃の呼びかけにも反応しない。

この前なんか、和輝と一緒に帰っている時に気配がしたので、振り向いたら葵たちの真後ろに立っていて危うく叫びそうになった。

可奈子に聞いてみても分からない、といった回答だった。

その見た目からは、この学校の生徒でない事はわかる。清泉高校の女子の制服はブレザーだからだ。

しかし、学校には生徒以外の霊も沢山いるのであまり参考にはならない。

まさに放っておくしかない、お手上げ状態だ。


〈葵ちゃん、気に入られたんじゃないの?〉


そんな雪乃の冷やかしに、葵は一言『勘弁してくれ』と呟いた。


***


昼休み、葵と和輝はいつもの様に裏庭で昼食をとるために、昇降口で靴を履き替えた。

この学校には多少の用でも校舎の外に出る場合は靴を履き替えなければいけない、という面倒くさい校則がある。

裏庭のように居心地の良い場所は、普通昼休みは生徒でいっぱいになるものだが、そうならないのはこの校則に加え、H型の校舎をぐるりと旋回しないと裏庭に行けないという不便さにあるのだろう。わざわざそんな所まで行くんだったら、校内にいた方がマシというわけだ。

その分、人ごみが苦手な葵はいくらか楽だったが。


「うぁー、いい天気。こんな日は外で昼寝するに限るよなぁ」

「・・・5時間目、サボるなよ?」


葵の言葉に、「えー」と口を尖らせる和輝。冗談で言ったつもりなのに、どうやらその気だったらしい。

校舎を出ると、目の前のグラウンドは大地の黄土色ではなく、華やかなピンク色の染まっていた。まるでピンク色の絨毯のようだ。

グラウンドの左右にずらりと植えられた桜の木も、始業式の日は満開の桜の花を咲かせていたが、それも4月後半になるとほとんど散ってしまい、哀れな姿を晒している。

ある桜の木の陰からこちらを見つめている、学ランを着た男子学生の霊も哀れさに一層拍車をかけていた。

校舎の横を通って裏庭に向かっていると、そういえばさあ、と和輝が口を開いた。


「葵と犬神って付き合ってんだろ?」


その唐突な質問に、葵は特に障害物があるわけでもないのに、思いっきりつんのめった。


〈葵ちゃん、大丈夫!?〉

「は?い、いや。それはないけど」


このキンパツ男は雪乃の前で何をぬかすんだ、と慌てて隣の雪乃の表情を伺うと、しらっとした目で葵の顔を見ている。

赤面して否定する葵だが、和輝はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。


「嘘つくなって、お前ら朝に屋上行ってるじゃねーか」

「いやっ、だから、それは・・・!」


まさか『死んだ雪乃と3人で他愛のない世間話をしてるんだ』とは口が裂けても言えないので、とにかく否定するしかない。


「とにかく、犬神とは何でもないから!それに――」

「それに?」


葵は、ちらりと右隣にいる幽霊を盗み見る。


『俺は、雪乃が好きなんだから』


とても口に出しては言えないようなセリフが脳裏をよぎり、葵は耳まで真っ赤になった。

どうやらそれを勘違いしたらしく、和輝はそのまま続ける。


「いや、いいと思うよ?俺は。犬神って小っちゃいし、眼鏡だし」

〈葵ちゃん、この人マニアだよ!〉


2人の声も最早葵の耳には届いていない。


「・・・ほんとに、違うから」


赤い顔を隠すようにうつむきながら、ぼそぼそと言えるのはそれだけだった。

からかいがいが無くなったのか、和輝もやれやれと言った様子で肩をすくめた。


「はいはい、わあったって。ま、本当にそうなったら教えてくれよ」

「このオッサンが・・・」


ぼそぼそ小声でと悪態をつく葵。

ふと『和輝が俺の霊感の事をわかっていれば』と考えるが、次の瞬間には心の中で否定した。


(・・・やっぱ、俺には出来ない)


例え霊感の事を告白したからと言って、もしそれで和輝が自分の事を避けたら・・・と思うと、やはりためらってしまう。

いじめを受けた影響で人嫌いになり、何もかもどうでもよかった中学校入学したての葵にずっと話しかけ、今ではここまで仲が良くなったのだ。

きっと和輝がいなくなったら、また誰とも話さずに、静かに生活を送る日々が続くだろう。それだけはごめんだった。


「・・・こいつにも霊感があったらなぁ」

「葵、何か言ったか?」

「いや、何も」


自分の抱いた妄想に、葵は苦笑した。

もし和輝にも霊を見る力があったなら、葵の事をよく理解してくれるだろう。

だが、残念な事に和輝から霊に関する話は今までに一度も聞いた事がなかった。

やっぱり、世の中って上手くいかないもんだな。

葵は心の中で呟くが、彼はこの時はまだ知る由もなかった。


自分の抱いた小さな妄想が、後に現実化する事に。




和輝はロリコンではありません、念のため。

ただ背の低い子が好みというだけです、たぶん。

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